後編
2人はカフェで話す。ママとは偶然街で出会い、そしてママと恋人の出会いのきっかけとなった事もあり仲良くしていると説明する。元恋人達の事は初めて会った時に話していた為割愛した。趣味も合う2人、ふと時計を見ると閉店の時間が近い。名残惜しそうな顔をしアルベルトは言う。
「時間だね、また会ってもらえる?」
「私も、また会いたいわ」
「送るよ」
席を立つ2人にホテルの従業員が話しかける。宿泊するかの確認であった。
沈黙が2人を包む。従業員は部屋の場所について話し始める。部屋や浴室から見える夜景と陽が昇った後の景色が綺麗である事とバルコニーでの朝食もまた絶品である事を流暢に話し出す。
「以上でございます。鍵は置いてきますので、不要なら置いたままで構いません」
そう言うと従業員はテーブルに鍵を置き一礼し去っていくのであった。
「夜景……美味しい朝食……」
ポツリとアシュリーは呟く。
「シェリー、このまま泊まる?私と一緒が嫌なら……夜景も朝食も気になる所だが私は帰るとしよう」
少し寂しそうにアルベルトは話す。アシュリーは考える。
アシュリーはテーブルの鍵を握り伝える。
「綺麗な夜景と美味しい朝食を一緒にどうですか?」
「いいのか?シェリー、喜んでお供させてもらう」
2人は部屋へと向かう。そして影から見ていたママと恋人は抱き合い喜ぶのであった。そして、楽しそうに部屋に向かう2人を影から誇らしげに見送る従業員に声をかける。
「あんた、よくやった。名前を教えなさい。年度末の査定を楽しみにしていて。今日は私達も泊まるわよ。ダーリン」
「オ……オーナー。ありがとうございます」
何度も頭を下げる従業員であった。そうママはこのホテルのオーナーであった。
アシュリー達は、まだその事を知らない。
部屋に入る2人の心臓は爆破寸前であった。
足元のみを照らすランプの灯りと壁一面の大きな窓。
「す、すごく広い、お……お部屋ですね」
「そ……そうだな」
「あ……夜景を見なきゃ」
ぎこちなく窓に向かうシェリー。
その姿を見てアルベルトは吹き出したのだ。
「シェリー?緊張してる?」
「はい……すいません。こんなに素敵なホテルは初めてで……それに男性と2人きりは……」
ゆっくりとアルベルトも窓の方に近づく。
「過去の恋人とは?」
アシュリーはアルベルトに話す。恋人とは身体の関係がなかったこと、最初で最後はアルベルトである事を話す。その言葉を聞いた時、アルベルトの胸は高鳴る。彼女に触れたのは自分だけだったと。そして再び自分にその機会が訪れている幸運を神とバーの店主、そしてカフェにいた従業員に感謝した。
「シェリー、や……夜景を見てみようか」
「はい」
2人は窓に近づく。窓には下を向くアシュリーが映っていた。アシュリーは夜景を見ようと顔を上げるも窓には自分とアルベルトが映っていて恥ずかしくなり再び下を向くのであった。
「なんか……照れてしまうな。外に出れるみたいだよ。行ってみようか」
バルコニーから見える街の明かりは少し乾燥した季節の為、街の灯りを鮮明に映し出していた。
夜景に見惚れているアシュリーの横顔をずっと眺めるアルベルトであった。
「本当に最上階なのね、ママはとんでもない部屋の招待券を譲ってくれたようね」
「そのようだね、ますます店主の正体が気になるよ」
そして、楽しそうに話す2人の声を隣の部屋のバルコニーで聞き耳を立てるママと恋人であった。
夜景を堪能した2人は部屋に戻る。
「結構、寒かったわ」
「そうだね、お風呂で温まった方が……あっ、変な意味ではないから」
「そ、そうよね」
「湯を溜めて入った方がいいだろうから湯を入れてくる」
アルベルトは浴室へと向かう。
「シェリー来て」
浴室からアルベルトはアシュリーを呼ぶ。
「アルト、すごい大きな浴槽ね。しかもすでにお湯が溜まっているわ。見て、ここからも夜景が見えるわ」
「ん?ボタンがある。押してもいいかな」
「きっと大丈夫よ、危険なボタンならば隠してるはずよ」
ボタンを押すアルベルト。すると湯船から泡が出て、あっという間に泡風呂となる。
「凄いわね……」
「僕は部屋にいるからシェリーは、お風呂に入ったら?」
1人風呂に浸かるアシュリー、夜景を見ながら考える。風呂から上がるとアルトはいないかもしれない。そう考えると怖くなるアシュリー。
「どうしよう……アルトが帰ってしまったら……あの日アルトは傷ついたと言っていたわ。ここから出た時にアルトがいなかったら私なら立ち直れない」
自然と涙が溢れるアシュリーだった。
その頃アルベルトは部屋の中を探索中であった。
「シェリーが遅い……大丈夫か」
浴室に向かうアルベルト。そして聞こえるのは啜り泣く声だった。
「シェリー?大丈夫?」
「ア……アルト?あの……違うの色々と考えて……」
アシュリーはアルベルトがいてくれたことに安堵した。アルベルトは浴室のドアの前でアシュリーに話しかける。
「何故泣いていたのか教えて」
「あの……お風呂から出たらアルトがいないかもしれないと思って、前は私がいなくなったから。今回はアルトが……そう思ったら怖くなって」
「シェリー、大丈夫だ。君を1人を置いて出て行かないよ」
「わかった」
アシュリーはバスローブに着替え部屋に戻る。そしてアルベルトに謝罪した。
「アルト、この前は本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるのアシュリーであった。
「いいんだよ、立ち去った理由もわかった。そして戻ってきてくれた事も知れたからね。私も汗を流してくる、できれば今回はこの部屋にいてくれたら嬉しい」
アシュリーの返事も聞かず浴室へ向かうアルベルトであった。
湯船に浸かるアルベルト。
「はぁ、ヤバい。湯上がりのシェリー……焦ってはダメだ。冷静に……今夜は話をして眠り、一緒に朝食を摂るだけ。連絡先や、仕事についても知りたい。しかし……シェリーもあえて本名も仕事も明かしていない。互いに警戒していると言う事だ……焦るな俺……」
その頃アシュリーはというと。
「喉が渇いた……何処かに冷蔵庫が……あった。ん?これは限定の……アルトごめんね。少しだけ飲むわ」
冷蔵庫にあった可愛らしい瓶に入ったお酒を少しだけ飲む事にしたアシュリーだった。
「シェリー、すまない……遅く……ん?」
「アルト……遅かったわね。夜景を堪能してたのかしら」
「シェリー、君は……」
「少しだけ……喉が渇いて」
「シェリー……酔ってる?」
「酔ってない」
「そう……」
冷蔵庫から水を取り出してアシュリーに飲むように言う。
アシュリーは水を飲む、そしてアルトはアシュリーの残した水を飲み干すのであった。
「アルト……会いたかったの」
「ん?……私もだよ。でも酔っていない時に聞きたかったけどね」
「酔ってないわ。ずっとね、忘れられなくてね。アルトの綺麗なグリーンの瞳、その瞳を探していたのよ」
「酔っててもいいや、シェリー、抱きしめてもいい?」
アシュリーはアルベルトの前に行き自ら抱きつく。そしてバスローブ越しの胸板にスリスリと頬を寄せる。
「これ……この感触が忘れられなくて……何も言わずにいなくなってごめん」
「はぁ、参ったな。私も忘れらなかった。小麦色の髪にブルーの瞳……そして」
アルベルトはアシュリーにキスをする。
「忘れられないのが可愛らしいハートの痣だ。見てもいい?」
「アルト……」
アシュリーはアルベルトにキスをするのであった。
アシュリーを抱き上げベッドに運ぶアルベルト、ゆっくりとアシュリーの身体を堪能するのであった。
アシュリーは自分を包み込む温もりと寝息にモゾモゾと動く。
「シェリー……そこでモゾモゾと動いちゃダメだよ…」
ぎゅっと抱きしめる逞しい腕と胸板に挟まれる。
「アルト……苦しい」
「ごめん」
アシュリーの頭にキスを繰り返すアルベルト。
「シェリー、とても良かった。身体は大丈夫?」
「大丈夫よ。優しくしてくれたから」
「シェリーと一緒にお風呂に入りたい」
「……」
「私は風呂に入っている間にシェリーが出て行ったら悲しい。だから一緒がいい」
「……わかったわ」
その後、2人は湯を楽しみ、美味しい朝食をいただくのであった。
「シェリー……家まで送る」
「ありがとう、私の家はこっちよ。アルトは?」
「俺もだ」
2人は街をのんびりと歩く。手を繋ぎながら。その様子を偶然見ていたのはメリンダであった。
「アシュリー……あんないい男を捕まえて」
メリンダは自分の横をみると冴えない顔の事務官である。
「また、私がもらうわ」
メリンダ小さなの呟きを聞き取るメリンダの恋人の事務官であった。
「メリンダどうしたの?」
「ん?何でもないわ。買い物に行きましょう」
「わかったよ」
仲良く歩くアシュリーとアルベルトを眺めるメリンダであった。その様子を見るメリンダの恋人。
アシュリーとアルトは街を楽しむ。
「少し寄り道をしていいだろうか?」
「いいわよ。私が一緒でいいの?」
「問題ない」
アルトが向かうのは宝石店であった。そして店員に声をかける。
「彼女へのプレゼントにブレスレットが欲しいのだが」
「かしこまりました」
アルベルトは店員から若い女性に人気のブレスレットの説明を受けた。
「そうか……シェリー、こっちに」
アシュリーにブレスレットを選ぶ様に言う。
「いいの?」
「あぁ、好きな色にするといい」
「それなら……これにします」
アシュリーが選んだのはアルベルトの瞳と同じグリーンよ宝石の付いたブレスレットであった。
「シェリー……」
「私の好きな色よ。アルト、こっちに」
「アルトも選んで。私からのプレゼントよ。あまり高級ではないけど」
「ありがとう、私はこの色だな」
アルトの選ぶネクタイピンには空色の宝石が付いていた。
それぞれが購入し、店を出る。そして近くのベンチに座り交換するのであった。アシュリーは家が近くだから買い出しをして帰りたいと言い、送りたいアルベルトを宥めて別れるのであった。そして週末にママの所で待ち合わせをするのであった。
アルベルトは名残惜しそうにアシュリーと別れ帰宅する。アシュリーも買い出しをし家へと戻るのであった。
2人はまだ知らない。同じ社宅アパートに戻った事を。
日曜日ベッドでゴロゴロするアシュリー、その腕にはアルベルトから貰ったブレスレットが陽の光を浴びてキラリと光る。
「カフェで小説でも読むか」
カフェに行き小説を読むアシュリー。
カラン。来客を伝えるベル。
混んできたわね。そろそろ行こうかしら。
「あの……お客様。只今満席でして」
「そうか……」
聞き覚えのある声に顔をあげる。
「アルト」
「シェリー」
「お知り合いですか?」
「アルト、ここで良ければどうぞ」
「しかしな……」
「大丈夫よ。それぞれの時間を過ごせばいいのよ。ほら、私は小説を読んでいるから」
小説を見せるアシュリー。
「そうか……それなら」
「お客様ありがとうございます」
アルベルトもカバンから小説を出して読み進める。ふと視線を上げると彼女も真剣に小説を読んでいる。会話はないがこの空気が心地よい。俺の視線に気付いたのか顔をあげる彼女は俺を見て笑うと再び小説の世界へと戻る。
俺も再び小説を読み始めるのだった。1時間を過ぎた頃、席を立つ彼女。
「じゃあ、私は行くわ」
「次はどこに?」
「ん〜ランチかしら」
「俺も行ってもいいか?君の邪魔はしない」
「ふふっ、いいわよ。一緒に行きましょう」
その後、ランチを共にし書店に寄る。
「楽しかったよ。ありがとう。あの店のランチは美味いな」
「そう、穴場なのよ。時々、あそこでも小説を堪能するのよ」
「あの……アシュリー偶然会った時は声を掛けていい?」
「勿論よ」
「送ろうか?」
「ありがとう。大丈夫よ。アルトは紳士ね」
「そんな事はない……ただ……」
「ん?」
「もう少し……一緒にいたくて」
その後も街歩きをする2人だった。
月曜となる。
「さて、今週もがんばろう」
会社に向かうアシュリーの腕にはブレスレットが揺れる。
「おはよう」
アルベルトは会社に到着するなり仕事を始める。続々と秘書課の職員は出勤してくる。
「おはようございます、社長」
「社長おはようございます。ん?社長、今日は随分と顔色がいいですね」
「おはよう。そうだろうか……まあ、久しぶりにゆっくりできたよ。来週は祝日があるからな、忙しくなるが頑張ってもらう」
「おはようございます」
アシュリーの髪色はシェリーと似てるんだな。彼女も仕事へと行ったのだろうか。激務だと言っていたな。金曜日が楽しみだと思うアルベルトであった。
「さあ、仕事だ。気を引き締めてな」
アルベルトの一言で秘書課の職員は動きだす。
女性事務官はアシュリーにコソコソと話しかける。
「アシュリー、今日の社長はいつもより表情が柔らかいわ。何かいい事があったのかしら」
「ふふっ、そうかもね」
「あら、アシュリーのブレスレット素敵ね」
「ありがとう」
「アシュリー、あんな男は忘れて、次よ」
「そ……そうね」
事務官の元恋人の事をすっかり忘れていたアシュリーであった。
「アシュリー、あの資料を」
「はい。こちらですか?」
アルベルトに資料を渡す。そして資料を受け取ろうとしたアルベルトは気付く。アシュリーの手首には見覚えのあるブレスレット。
「アシュリー?それ……」
「ん?」
アルベルトはネクタイを指差す。
「え……」
アシュリーの目の前に見えるのはアルベルトのネクタイピン。
アルベルトは付箋にメッセージを書く。
『昼食後に資料室へ』
そっと渡すアルベルト。
時々、何かを思い詰めた様に仕事をする社長のアルベルトであった。
昼食後、アシュリーの向かう先は資料室だった。
「あの……」
窓の外を眺めるアルベルトに声をかける。
「アシュリー……君はシェリーなのか?」
「はい、社長は……アルト?」
アシュリーはアルベルトが社内恋愛をよく思っていない事、そして先日のアシュリーと事務官とメリンダの関係も知っている。
「……ア……社長」
「アシュリー、すまないが週末は出張が入った。店主の所には行けなくなった。すまない」
そう言うと資料室を後にするアルベルトであった。
アシュリーの心臓はズキリと痛む。
「…………そうよね。アルベルトは社長よ。ダメって事ね」
残りの昼休みを1人資料室で過ごしたのだった。
少し瞼が赤く腫れるアシュリー。自分のデスクに座る。
「アシュリー?大丈夫」
「あっ、大丈夫よ」
「アシュリーはまだあの男の事が好きだったのね」
「は?あの男?」
「ほら事務官よ。さっきね、食堂であの女と婚約したと発表してたのよ。女の方は驚いていたけどね。これでアシュリーも気兼ねなく恋人を作れるわ。まさか婚約したのにアシュリーの男を誘惑しないでしょ」
「あはは……は」
自分がいない間に食堂で電撃婚約発表が行われていた事を知らないアシュリーであった。
その日は気づいたら仕事が終わっていた。指摘がないから身体は働いてくれていたのだろう。いや、事務官の婚約発表にショックを受ける元恋人と思われていたのだろうか……とりあえず仕事帰りにママの店に寄るアシュリー。
「あら、シェリー。珍しいわね」
「ママ……」
「どうだったのアルトとは?」
「……そうね。今日までは上手くいっていたわ」
「今日まで?話してシェリー」
アシュリーはママに先日この店から出た後の事を話す。そして本日、アルトが社長だと知った事、本当は金曜日にここで待ち合わせのはずが出張が入ったといい断られた事を……アルトは私とメリンダのせいで社内恋愛をよく思っていないはずと泣きながらゆっくり話す。それをママは何も言わず話を聞いていた。
「そう……社長さんだったのね。シェリー、彼も混乱しているのよ。まさか自分の部下だとは思っていなかっただろうしね。彼は社長を務めるほどの男よ。部下との恋愛をどうしたらいいのか悩んでいるのかしらね」
「そうね。でもね、あの時のアルトの顔……私を見なかったわ。その後もね……彼は秘書課に顔を出すことなく退勤したの。きっと私は……アルトとはこれ以上何もないのよ。話を聞いてくれてありがとう。帰るわ」
「シェリー……いやアシュリー?」
「ママ?私の名前……」
「知ってたわ」
ママは大きな身体でアシュリーを強く抱きしめたのだった。
「ぐへ……ぐるじいわ」
抱きしめる力は男なのだと思うアシュリーであった。
そして、翌日のアルベルトのネクタイピンはいつものに変わっていた。朝礼を終えるとアルベルトは出張へと向かい週明けの月曜日。
「突然だが、会社を辞めるとこになった。短い間だったが世話になった」
突然の発表に驚く職員。
「すまないな。元々は友人に頼まれて期間限定だった。アイツが戻る事になったから。この後、引き継ぎがあるからこの場をもってお別れだ。忙しかったが楽しかった。それでは仕事の時間だ」
「………………」
驚くアシュリー。
「アシュリー、この前の資料を会議室に持ってきて、私は先に行っているから」
アルベルトはアシュリーを会議室に呼び出し部屋を後にするのだった。
「ふぅ」
会議室前で大きく深呼吸するアシュリー。アルトとは今日がお別れだ。
コンコンコン
「どうぞ」
アシュリーが部屋に入るなりアルベルトはアシュリーを抱きしめる。
「アシュリーすまなかった」
「アルト……うっ……う……」
「ごめん、泣かないで。色々とバタバタしてた。何も説明しないままで、すまなかった」
「アルト……アルト……」
アシュリーはアルベルトの胸を押し距離を取る。
「アシュリー?」
「社長……お元気で。私は……私は……大丈夫なので」
そう言いアシュリーは資料を机に置き部屋を後にするのだった。
「アシュリー……待て、最後まで話を……」
呆然とアシュリーの出ていったドアを見つめるアルベルト。
ガチャ。突然ドアが開く。
「アシュリー?」
「……違うよ?お前の親友で義兄になる男だ。アシュリーは体調不良と言う事で帰した。お前……何をしているのだ?アシュリーは泣いていたようだが……」
「話をする前に……出て行った……俺は振られたのか……」
「バーの店主とは知り合いで連絡が来た……お前がアシュリーを振った。いや……お前から距離をとった。何故、きちんと説明しない。アシュリーだったんだろ、お前の探していた女性は」
「……そうだ。アシュリーだった」
「前からお前の言う女性がアシュリーではないかと思っていたから引き合わせた。それでどうする?」
「……引き抜く」
「は?」
「アシュリーをお前の会社から引き抜く」
「お前……」
「いいだろ、お前だって姉貴を何とか口説き落としたんだろ。うちの会社の優秀な秘書で事務員で店長だったのに」
「…………わかったよ。クレアも私の会社の事を知りたがっていたしな。しかし、アシュリーには出向と言う形にするよ」
「何故だ?」
「お前の所が嫌になった時に帰る場所がある方がいいだろ」
「……アシュリーは……俺の所で永久就職だ」
「……まぁ、頑張ってくれ」
アシュリーはひと月後、とある街に出向として引っ越したのだった。
「懐かしいわ。さて会社の場所は……」
のんびりと街を歩きながら指定された会社へと向かう。目の前には可愛い見た目の輸入雑貨屋がある。2階が事務所なのかな。あまり大きくない会社。
店の外にある階段を登り中に入る。
「私の仕事は事務員ね。私は左遷なのね……」
がっくりと肩を落とすアシュリー。
コンコンコン
「失礼します。本日付けて出向してきましたアシュリーです。よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶するアシュリー。
「よろしく頼む。アシュリー」
頭を上げるとそこには
「アルト……アルトが社長なの?」
「あぁ、俺の会社だよ。趣味みたいなものだ。従業員は1人いたが友人が嫁にすると言い連れて行った。代わりにアシュリーをもらう事にした。アシュリーは下の雑貨屋の店長で私の専属秘書だが問題はあるかな?それとも恋人ができた?」
「問題ないわ……下の可愛い雑貨屋……。恋人なんていない……会いたかった。私とお別れじゃないの?」
「アシュリーが社員だと知って、混乱した。きちんと話す事を避けていた。本当にすまなかった。友人にも怒られた。すぐにアシュリーに会いたかったが準備をしていたんだ。これからも私の側にいてほしい。嫌かな?」
「アルト……次はきちんと話してね。とても傷付いたわ……」
「すまない」
嬉しそうにアルベルトに飛び付くアシュリーであった。
その後は街を案内してもらう。
「この街の事を覚えてる?」
「勿論よ。私とアルトが出会い、過ごした街だもの。そして……あのバーで酔った私はアルトに声を掛けたのね。そして、私はアルトをあのホテルに持ち帰った。でも前と違って街中に可愛いが溢れているわ。素敵な街になった」
「そうだね。きっと可愛い物好きが整えた街なのかなもしれないね。実は……あのホテルの持ち主は私なんだ……あの日、君に逃げられてさ、しばらくは従業員の笑い者だったよ。そしてあの日、戻った君を引き止めておかなった女従業員は解雇した……」
「私のせい?」
「いや、元々、あの従業員は素行が悪くてね。私の隣を狙っていたようで私と寝た君を快く思っていなかったようだ」
のんびり歩く2人が到着したのは。
「さぁ、ここは君の家だよ。社宅……と言う事でどうだろうか」
「一軒家でしょ、まさか……」
「私の家だ。きちんとプライベートも確保できる様に改修したから……2軒の家がくっついていると思ってくれればいい。ただし私以外の男性を寝室に入れないでほしい」
「アルト……」
「アルベルトと呼んでほしい」
「アルベルト……あの……」
「アシュリー、これから互いを知って……よければ私の元に……永久就職してほしいな」
「私でいいの?」
「アシュリー以外いらない」
「アルベルト、よろしくね」
アシュリーは知らない。アルベルトの執着を。そして小さな輸入雑貨はアルベルトの事業のほんの一部、本当に趣味の範囲内であった。アルベルトはアシュリーが初めて会った時に話していた事を覚えていた。
『いつか、可愛い輸入雑貨屋で働きたい……可愛い雑貨を集めた夢のお城で。街も可愛いがいっぱいだと楽しいわ」
その言葉でアルベルトはすぐに輸入雑貨屋を開店した。姉を事務員として雇い少しずつ確実に有名店へと押し上げる。自分の元を去った『シェリー』とまた会えると信じて。
アルベルトは港街1番の大富豪の跡取り息子である。アシュリーと出会った2年前の街は夜は薄暗く昼間も今の様な賑わいはなかった。酔ったアシュリーとの会話からアシュリーが話す素敵な理想の街をアルベルトは築いてきた。
今ではメルヘン街道と呼ばれ、国を代表する港街だが全てはアシュリーの為、再会できるかもわからないアシュリーを想い築き上げた港街である。
「アルベルト?何見てるの?」
アシュリーは視線の先を追う。
「ひっ……蜘蛛の巣。でも……主人はいないのね。小さい巣の塊だね」
「そうだな。小さい巣の集合体か……オスが作った巣かも。この巣を気にいるメス蜘蛛がくるのかもしれないな」
「せっかく作った巣だし、主人が現れるといいわね」
オス蜘蛛の張る巣は小さいが数をこなせば大きな巣になる。そこに招く客は1人でいい。彼女が巣を気に入り主人となるならば、アルベルトはアシュリーの為に糸を張り巡らせ沢山の巣を作るだろう。彼女の幸せの為に。
「会社の説明の前に家のベッドの具合を確かめたい。意味わかる?」
「アルベルト……」
「アシュリーが不足しているんだ……お願いだよ」
「お店は?」
「今日は臨時休業だ。午前中は兄嫁が店番をしていた」
「……アルベルト。今日から一緒のお家よ。仕事が終わったらベッドの具合を一緒に確かめましょう。だから、お店が見たい。お願いよアルベルト」
「わかったよ……」
「さぁ、お店に戻るわよ」
とぼとぼとアシュリーの後ろを歩くアルベルトに伝える。
「アルベルト」
「ん?」
「大好きよ」
「…………アシュリー。私も大好きだ」
にこりと笑うアルベルトは、走りアシュリーの元に近くとヒョイっと抱き上げ店に向かうのであった。
「恥ずかしいわ」
「我慢して、ほら、うちの従業員達だ。手を振って……あっちも……みんなアシュリーを見たいようだ」
「アルベルト……あなた何者なの?」
「アシュリーの恋人に……そして夫になりたい男だよ」
◇◇◇◇
「ちょっと、一体何するのよ。出しなさい」
「メリンダ?君は僕と結婚するんだよ、他の男を欲してはいけない」
「何を言ってるの?」
「アシュリーの恋人を今まで寝取ってきたんだよね。終わりだよ。アシュリーは綺麗だ。私達は彼女の幸せを祈るしかない」
「ちょっと、あなた狂っているわ。ここから出して、貴方と別れたいの」
「子供ができたと言っていたよね」
「いない、そんなのいない」
「大丈夫だよ、これから作ればいい」
「ちょっと、貴方……」
「君もアシュリーも僕の事を忘れているね。同じクラスだったのにさ。寂しいな」
「は?」
「アシュリーは昔から優しくて可愛くて。僕にも話しかけてくれて。やっと恋人になれたのにさ。君に誘われて……でも君の身体は悪くないからね。気に入ったよ。ずっと僕がお世話するからね」
「いや……いや……出して、ここから出してよ」
「また、来るね。メリンダ」
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