前編
「ママ〜聞いてよ〜」
ここは一軒の寂れたバーに飛び込んでくる女性客。
そしてにニヤニヤと様子を伺うカウンターにいる男性は、この店の店主である。マスターではなくママである。美容にも気を使い好きなタイプはガッチリとした筋肉隆々の男だ。マスターもといママが言うには逞しい身体に激しく抱かれるのが好きと言う。そう、ママには恋人がいる。全てを理解する筋肉隆々の男だ。
ママの恋人はこの店で護衛として働いているのだ。
「ほらシェリー俺からのサービスだ」
「ありがと」
ママの恋人からビールをご馳走になり、一気に飲む。
「はいはい、それでシェリー?」
「うっ、うっ……仕事がね、忙しすぎるからと言われてね。私も頑張ったわ。でもね浮気されてたのよ。その上、その浮気相手が……妊娠したと……2人にとって私は邪魔者でしかなかったのよ」
週末のバーに1人訪れる女性は、アシュリー24歳である。職業は貿易会社の秘書課職員だ。普段職場では髪はきっちり纏め眼鏡をかける彼女。本日の彼女は珍しく定時で勤務が終わったために、一度自宅アパートに帰りOFFモードでの来店である。仕事帰りにも立ち寄る事もある、このバーは彼女の憩いも場であった。OFFモードの彼女は仕事モードの彼女とは違い小麦色のサラサラロングの髪を下ろし、メガネを外し綺麗な空色の瞳でママに愚痴をこぼすのだった。バーではアシュリーではなくシェリーと愛称で呼ばれる彼女24歳は先日恋人に浮気されて振られた。
今夜は1人やけ酒を飲むのだった。
「シェリー、ちなみに浮気相手の女って……」
「そうよ、あの女よ……メリンダ」
ママと目を合わせ頷くシェリー。
「またかい」
「そうよ、何でさ、毎回毎回……」
「今回は、いや……今回もメリンダは妊娠したんでしょ。次こそは大丈夫じゃない」
「次って……。彼女の狂言かもしれないわ。何故、毎回メリンダは私の恋人で妊娠し私は振られるのよ。彼女は子供を産んだことはない……つまり全て嘘よ」
アシュリーが恋人に振られバーに愚痴をこぼしに来るのは初めてではない。恋人を作るも結局浮気される。アシュリーは今回4度目である。そして浮気相手の女性は毎回同じ女である。浮気相手は、いつも同じメリンダである。
「しかし男ってのは、オッパイに弱いのか?ボヨヨ〜ンのさ。アイツ……あの女のオッパイに……」
「シェリーだって、それなりにあるでしょう?あの女のオッパイは牛じゃない?私はシェリー位の方が好きよ」
「うっ、うっ……ママだけだわ。そんな事言ってくれるのは」
「さっさと忘れて、次の男よ」
「ママ……私は今までは会社とは関係のない人と出会い恋をしてきたわ。でもね、今回は、あえて同じ会社の人にしたの。理由はね……流石に同じ会社内だったら浮気することはない、そして寝取られる事はないと思ったからよ」
「そうね、それでもメリンダはシェリーの男を寝取るのね。ある意味神技よ」
「…………」
メリンダはアシュリーに恋人ができたと聞きつけると、その男を寝取るのだ、メリンダとは高等学校で同じクラスになった事が知り合ったきっかけだ。しかし、高等学校時代も既に一度恋人を寝取られていたのだ。彼女と元恋人から離れたく地元から離れ王都に来たのに何故か彼女も恋人と別れ同じ街に……そして同じ職場に就職していた。
この街で知り合った雑貨屋の息子、そして騎士見習いの男も寝取られたのだ。
アシュリーは3人目の恋人であった騎士は私の同郷だというメリンダに話しかけられ何度か私との関係を相談するうちに身体の関係へとなったようだ。
私はメリンダとは会わないで欲しい事と理由を伝えたが彼には届かなかったようだ。
「彼ったら体力が凄くて、私の身体は持たないわ。あら、あなたは、まだ経験がないわよね」とメリンダは勝ち誇ったように言うのであった。
この街に来てから知り合った騎士の恋人、優しかった彼とは1年ほど付き合いを続けていた。もし仮に彼に初めてを捧げていたら違ったのだろうか、アシュリー何度も自問自答するも答えは出ない。騎士との恋が終わったアシュリーは傷心旅行に行ったのだ。
それから2年経ちアシュリーは同じ会社の事務官と付き合う事になるもあっさりと恋人だった事務官はメリンダに寝取られたのだった。
アシュリーは思う、前世で私は彼女に何かしたのだろうか……。
恋人期間は2か月であった。事務官の恋人はメリンダを隣に座らせ言う。
「メリンダの方がタイプだった。すまない」
アシュリーは事務官を見つめる。しかし事務官の視線は大きく胸元の開いた服を着るメリンダの胸だけを見ていた。
若干……いやかなり引いたので事務官の恋人はノーカウントだと思う事にした。
「はぁ、暫く恋人はいらないわ」
「シェリー何を言うの?花盛りの乙女が」
「……とっくに乙女ではないわ」
「何を言ってるのよ。貴方はまだ……一度……いや一晩だけでしょ。乙女といっても過言ではないわ」
「………………」
「しかし、シェリーも大胆よね。初めてなのに男を置いて来るなんてさ」
「だって……綺麗なグリーンの瞳でさ、あんなイイ男は見た事なかったわ。話し方も態度も優しくて、声も素敵だった。そう……酔ったせいもあったのよ。若気の至りってやつね」
アシュリーは未だ色褪せない思い出に浸る。
騎士の恋人と別れ、アシュリーは傷心旅行へと行く。そこで知り合ったアルトと言う名前しか知らない男と初めてを迎えた。
アシュリーの初めての相手の男アルトはアシュリーが初めてだと知っても拒絶はなかった。アシュリーの初めてを優しく迎えてくれた男だった。アシュリーはアルトが目覚める前に姿を消したのだった。目覚めたアルトに別れを言うのも言われるのも耐えられなかった……あの日、私はアルトに恋をしたのかもしれない。
あんなに初めてを捧げる事を躊躇っていたのに名前しか知らない男に初めてを捧げた事には後悔はなかった。しかし立ち去った事だけは未だに後悔していた。
店に来客を告げるベルが鳴る。
「はいはい。あら、お客様ね、お一人ですか?カウンターでもいいかしら」
「ママ……この店にはカウンターしかないわ」
「うるさいわね。オホホホホ、この子は恋人に振られてね。ただの酔っ払いよ。気にしないでね」
アシュリーとは席二つ分空いた席に案内したのだった。
ママはアシュリーの相手を恋人にさせて客の相手を始める。
「初めての顔ね?」
「最近、赴任してきたんだ。友人から聞いてね。どうやら、この店は当たりだ。静かで落ち着く」
「ありがとうね。ここは趣味みたいなもんだから客がいてもいなくても問題ないのよ。ゆっくりして」
「ありがとう」
男の名はアルベルトである。3ヶ月前にこの街にやってきた。外出先では基本的に名乗らないようにするアルベルト、名を名乗る時はアルトと名乗っていた。
友人に頼まれて会社を期間限定で引き継いだ。貿易商を営む為に従業員は100名程だ。忙しい日々に疲れていた。しかし、先日1つ問題が起きた。その問題は会社ではよくある事だか1番厄介なやつだ。事務官の職員と秘書課の職員は恋人であった。しかし、庶務課の女が事務官の男を寝取り妊娠したと言う。
秘書課の職員は優秀であった。友人の言う通り彼女の仕事ぶりは真面目で教養もある。彼女の淹れるコーヒーはうまい。そして、眼鏡の奥にある空色の瞳はある女性を思い出す。しかし彼女に辞められてしまったら今以上に忙しくなる。何とかしなければ。
ママの恋人はアシュリーに問う。
「会社には他にも男がいるだろう。例えば……同じ課の男なら、君が仕事もできる優秀で素敵な女性だと知っているだろ。それか誰か紹介してもらうとか。また騎士がいいなら紹介するぞ。俺と同じような見た目でいいのなら」
「筋肉を愛する会のメンバーね。私は程よい筋肉の身体が好きなのよ」
「そうか、気が変わったら言ってくれ」
「ふふっ、ありがとう」
その会話にママが入ってくる。
「確かに、同じ会社でもいいかもね、シェリーの事情も知っているでしょうしね。あなたの上司はどう?最近、変ったのでしょう?」
「私の上司は社長よ……相手にされるわけがない」
「でも社長は独身なんでしょ」
「どうかしら……時間にはピッタリで、整理整頓、時間の無駄を嫌う男よ。私生活もそうかもしれないわ。私は……仕事は真面目にしてるけどさ……休みの日くらいは……ぐうたらしたいの。彼と布団でゴロゴロしたいしドロドロに甘やかされて愛されたいのよ」
「わかるぞ。その気持ち」
「ん?」
アシュリーはアルベルトに話しかけられる。アルベルトもまた他人の話に入ってしまったことに驚く。
「すまない。話が聞こえて。私も仕事では真面目にしているから部下からはつまらない男だと思われていると思う……しかし、私だって人間だ……休日は何もせずにゴロゴロし、読書をする。カフェにも行くんだよ。恋人か……しばらくいないが一緒に布団でゴロゴロはいいな」
グラスの酒を飲みながら遠くを見つめる男。アシュリーはその男がどこを見ているのか視線の先を追う。
その視線の先は、店の天井の角だ。そこには蜘蛛が巣を張り獲物を糸で絡めている。アシュリーもその蜘蛛を眺め、あの様に絡め取られたいと思うのであった。
「あなた達、何処を見て……ヒッ、蜘蛛。ちょっとダーリン、蜘蛛よ大きな蜘蛛」
「前からいたぞ。あの逞しい身体はずっと見ていても飽きないぞ」
「巣を張るのはメスよ。ダーリン排除よ」
「わかったよ。外に逃してやるか」
蜘蛛を箒で絡め取り店の外に放つのだった。
「巣を張るのはメスなのね、私も男を虜にする蜘蛛になりたいわ。メリンダの様だわ、私もメリンダのような巨乳があれば違ったのかしら」
「胸は大きければいい訳ではないぞ。まぁ、男の好みだが、胸だけが全てでは無いから元気出せ」
『メリンダ』と言う名は今自分が直面している事案の登場人物にいる。メリンダと言う名はトラブルメーカーなのだろうかと思うアルベルトであった。
「ちょっと、お客さんいい事、言ったわ。この子は巨乳メリンダに恋人を寝取られてね」
「ママ……余計な事を言わないで」
「さっきの仕返しよ」
男は同じくカウンターに座る女性をふと見る。
ドキリと鼓動は高鳴る。隣にいる女性は今でも自分の心と頭の大半を占める女性『シェリー』を思い出させる。店内は薄暗い照明の為、髪色と瞳の色はわからないが雰囲気が似ている。もう一度会いたいと願う女性の名は『シェリー』。あの日、私に初めてを捧げいなくなった女性だ。
男は頭の中で情報を整理する。忘れられない女性『シェリー』は小麦色の髪に空色の瞳。そして右下腹部にあるハート型の痣。あの夜はあの痣が可愛らしく、あの痣を初めて見た男が自分であった事を神に感謝した。男は同じカウンターで酒を飲みほろ酔い気分の彼女を再び見る。先ほど恋人に振られていたと言っていたことから現在は恋人はいない。しかし、突然見知らぬ男から右下腹部にハート型の痣があるか確認させてくれとは言えない。どう確かめるかを考えていると。
「シェリー、もう飲みすぎよ」
店主が女性に話しかけた、そこで男は気付く、名前を聞けばよかったのだと。再び会う事を願った『シェリー』かもしれない彼女は、自分の横で楽しそうに酒を飲んでいる。
「あの……」
男は意を決し話しかける。このチャンスを逃すと次がないような気がしていたから。
「はい?」
「き……君の名は『シェリー』だろうか?」
「そうですが」
不思議そうにアルベルトを見つめる。そしてアルベルトはゆっくりと話し出す。
「2年前に……港街で……」
「……港街で?」
「一緒に過ごした男を覚えているだろうか……違っていたらすまない。しかし……確かめなければ後悔しそうで。あの夜、私と過ごしたのは君だろうか?」
アシュリーは顔が赤くなるのがわかった。あの日、初めてを捧げた男、そしていつまでも自分の心を離さない『アルト』という名と身体しか知らない男が今自分の目の前にいるのだった。
「まさか……アルト?あ……あの時は、すいません。もしかして私に怒りをぶつけに?」
青褪めるアシュリー。
「は?……違う、ずっと探していたんだ。あの日、も……もう少し一緒にいたかったんだ。それなのに目を覚ましたら君はいなくて、なぜ私の前から勝手にいなくなった?」
「その……迷惑をかけて、でも代金は」
「代金なんてどうでもいいんだよ。ずっと忘れられなくて、仕事も手手に付かず、寝ても覚めても思い出すんだよ。……申し訳ないと思っているならさ」
「え……慰謝料?」
「違う、責任を取ってくれ」
「は?」
「私は初めてだったんだ。それなのに君はいなくて、私が悪かったのだろうかと傷ついたんだよ。それから色々な女と寝た。でも途中で君を思い出し最後まで出来ない。君のせいだ。なぁ、店主よ、どう思う?」
「あの時のシェリーの相手があなたなの?あなた…初めてだったの?シェリーからは女性の扱いに慣れた紳士的な素敵な男性だったと……シェリー?あなたの初めての相手が女を虜にするような女性の扱いに慣れた男ならまだしも……童貞だった彼を置いて逃げ出すなんて……アルトと言ったわね、あなたの心情を察するわ」
「ママ?ねぇ……」
アシュリーはママの恋人を見る。ため息をつきママの恋人は話す。
「シェリー恥ずかしかったとはいえ……男性も初めての時は緊張する。女性の中に入るためには緊張していようが慣れていようが勃たないと無理だからな。俺も初めての時は緊張したぞ。起きた時にいないのは俺でも何か気に障る事をしたかと思い傷つく、そして何がいけなかったのか気になるぞ」
「シェリー教えてくれ、何故いなくなった。俺は君を傷つけたのだろうか。初めての君に嫌われるような事をしたのだろうか?俺のモノが気に入らなかったのか?私は君の初めての相手には相応しくなかったのだろうか……」
「シェリー忘れているだろうけど、ここには今、男が3人よ。シェリー判決を言い渡すわ」
「ママ?いつもはマスターと呼べば怒るじゃない。なんで急にマスターになるのよ」
「シェリーあなたは、童貞の身体と心を弄んだわ。その後も彼は傷ついたまま。それに比べあなたは気にせず恋人を作った。そして振られた。シェリーあなたは有罪よ。どうして何も言わず童貞だったアルトの元を去ったのか説明してあげなさい」
アシュリーの横でガッツポーズをするアルベルトであった。
「そうね……シェリーとアルトは、少し腹を割って話し合った方がいいわ。そうね、私とダーリンの事は置物だと思って気にしないで」
「マスター……存在感ある2人がキラキラした目でカウンターから体を乗り出しているのに置物と思える訳がないわ」
「シェリー、今の私は『ママ』よ」
「さっきは『マスター』だったわよね」
「今からは『ママ』よ」
「それでシェリーどうして帰ってしまったのかな?」
「……その、恥ずかしかったの。だって私……初めてなのに私から誘った……」
「そうだったね」
「とても、素敵な体験をさせてもらって……起きたら貴方は何も無かったかのように振る舞い、そしてサヨナラかと思ったら、急に悲しくなって。部屋を出たの、少し街を歩いてこれではいけないと思い、戻ったの……」
「戻ってきてくれたの?」
「そうよ、でも既にチェックアウトしていると言われて」
「君がいないとわかり探しに行ったんだ。もう1度、話をしたくて」
至近距離で話に割り込むママ。
「なるほど〜、2人はすれ違ったのね。これもまた運命ね」
2人の話を聞きうっとりとするママと恋人であった。そしてママは1枚の紙切れを渡す。
リゾートホテルの招待券であった。
「勘違いしないで、もう少し話し合ったほうかいいと女の勘が働いたのよ。ここのホテルのカフェは遅くまで営業しているからゆっくりコーヒーでも飲みながら話してみたら?このカードを見せると宿泊も可能だからね。さぁ、今日は閉店するわ。お二人は帰ってちょうだい」
「ママ……」
「シェリー、後悔しないようにね」
「シェリーもう少しだけ時間をもらえないだろうか」
アルベルトは頷くアシュリーを誘い店から出るのであった。
「ここ有名なホテルよね」
「そうだな、店主は一体何者なんだ?」
「ん〜よくわからないわ」
「知り合いなんだろ?」
「ママとの出会いは話せば長くなるわ」
「せっかくだカフェでゆっくり話を聞かせて」
2人は仲良くホテルのカフェに向かうのであった。
そして、その後ろをママと恋人が見ていたのであった。
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