KEEP OUT
6月に入り夏の気配を感じる今日この頃
湿っぽさも時期に訪れるでしょう
そんな中で徒然なるままにタイピングを嗜む今日この頃
文字が毛虫のように見えてしまう・・・そうかもうそんな季節かいとおかし。
一つだけ分かったことがある。日本語が分からなくなっていると。
これは一大事だ。送り仮名、文法、言葉の使い方が低下している!
一般教養並みにあると信じているのに頭の中が幼稚園児にまで退化してる?
皆さん、許してほしいこんなつたない文章を書くわたくしを・・・。いとかなし。
さて、アホみたいな前書きは置いといて
いつも、テト含め読んでくださりありがとうございます。
先日第3章が終わったのですが第4章は足踏み状態です。
なので・・・短編書きました!拍手!!!
・・・いや、本編書けよ!って突っこまれると思いますが、
たまにはこういう時もあるよね(いつもだけど)。
あらすじを簡単に説明すと・・・
売れない小説家吉岡が再起をかけて母校でネタ探ししていると
とある男子学生大河内に目が留まりそこからインスピレーションが湧きついに小説を書きあげる
しかし、小説を書きあげるにあたって大河内の身辺調査、ストーカーを行っていたことから
次第に吉岡は彼のバックグラウンドを知っていき、後に大河内にも自分の正体がバレてしまう。
小話的な話なので呼んでくれた皆球に楽しんでいたでければ幸いです。
では、ご覧ください。どうぞ!
「あっ、お母さん。どうしたの?・・・えっいい加減、孫の顔を見せろ?第一声がそれ?もう、用がないなら切るよ。・・・お見合いの話?いいよそんなの。だってこっちだって忙しいし。・・・余計なお世話!もう切るから。お盆には帰るから・・・うん・・うん・・はいはい、じゃあね。」
電話を切ってパソコン机に置いた。思いっきり椅子の背もたれに寄りかかり長く息を吐いた。そしてつぶやく、
「いちいち、結婚しろだのうるさいのよ。私だって素敵な殿方と結婚暮らしたいはよ・・・。けど・・・、」
部屋を見渡して思う。ゴミ袋の山、床に積み上げられた漫画、落選通知の封筒、その他もろもろ。極めつけはパソコン机の横の本棚にあるBL漫画やラノベのお気に入りコレクションなど納まりきれず床にさらに積み上げられている。そして、極めつけはAVのコレクションで主観映像ものばかり。もちろん本人が好んで見ているのもあるが資料としても活用している。そう、彼女は腐女子兼BL小説家だった。
「吉岡さん。この前の内容拝見したんだすけど、あんまり感動しませんね。というよりありがちと言うか。」
担当の小柴がいちゃもんをつけてきた。
「そうですか?けど、雄馬と信二の互いの気持ちを隠しながらけど愛し合いたい気持ち。そこは伝わったのでは。」
吉岡は必死に食い掛って言った。
「なんだろう・・・結局、ゴーイング イン ザ ベッド みたいな展開になってるんで野生動物向けの小説を書いているんですか?もう少し、順序というものがあるでしょう。この雄馬だっていかつい見た目なのに信二の前ではネコ。ギャップ萌えを狙ったのでしょうが安直だと思います。」
吉岡は戦意喪失して小さく「はい」と返した。
「コラムの仕事が入ってきています。後日週刊ピースの編集の方がいらっしゃるので対応お願いします。それと、吉高さんのコメント依頼が来てますので期日までにこちらまで返信してください。よろしくお願いします。」
吉岡は小さく「はい」と返した。
吉岡江梨子 32歳
職業、BL小説家・・・だが今はフリーライターとして活躍が多い。
新英社のレディースコミック新人原作賞 金賞を大学3年の時に取って以来、小説家として活動している。当時、賞金と原作使用料、ライトノベル出版での印税収入が舞い込んでウハウハだった。大学の友人たちがリクルートしている中、「私にはペンがある」と豪語し小説家の道を歩み始めた。
だが、いいとこ佳作止まりが続き、大賞以降、自分名義での小説が発売できていない。さすがにお金に困窮しだしフリーライターとして出版社各社からコラムや時々エッセイの仕事をもらいながら細々と小説家として成就するため生き続けている。
新英社の小柴からさっきのお説教の後、今年のBL小説部門金賞受賞者の作品のコピーを手渡された。
「これは?」
「今年の受賞者の作品のコピーです。これを見て今のトレンドを学んでください。」
「・・・。」
吉岡は悔しくて悔しくて新英社を飛び出しお家でそれを一気見した。そして、
「くっそぉおおお。おもしれぇじゃねぇえかぁ!!!」
主人公が気になっている他校の先輩に会うためにブラパッドと手に入れた他校のセーラー服を着て女装して潜入する。しかし、他の男子生徒に襲われそうになり、とある一室に逃げ込んだ時にそこで昼寝をしている目当ての先輩に遭遇。そこで、俺目当てにこの部屋に来た女子生徒だと思いその先輩は主人公を弄る。
そして、イチモツがついていると分かり、お互いに見合い沈黙後隙を見て主人公は逃走。もう先輩に会えない、会いに行けないと思っていて数日。下校途中に後ろから抱きしめられそして、
「俺から逃げられると思ったのか。」
振り向くと先輩だった。そして、その後は脅されながらも関係を持たれてしまい、あんなことやこんなこと。さらにあこがれの先輩が本当はお兄さんの方だった展開で事態が一変し兄弟同士の取り合いに発展し、まさかの3人で・・・ぐふぇふぇふぇ。
読み終えた後失望感がグッと胸を締め付けてきた。
「今の私じゃ面白い作品が書けない。」
センチメンタルになりながら物で散らかったベッドに寝そべった。ふと、自分が今まで何のために小説を書いてきたのか考えてみた。
一番に思い浮かんだのは大学3年になり将来のことを考え出した時。周りは就活していい会社には入れればとそんな話題を聞いて、内心私は会社の中で従属して働くイメージが持てず一体何がやりたいのか分からなかった。
そんなときに書店で新刊のBLコミックスを覗いていた時、新英社レディースコミックの新人原作大賞募集の掲示を見つけた。私は応募要項を読み「私でも書けるかもしれない。」とすぐに家に帰りパソコンの前に噛り付いた。
講義も休みぶっ通しで書き続けて出来上がったのが
処女作『フローレンス ロマンス』だ。
皇族に遣えるエドモンドは有能な騎士であり、侯爵家の令嬢との婚約を決めていた。ある日、王子の遠方視察の際に出会った青い瞳の美しい青年モーリン出会い、偶然が重なり恋に落ちていく。
そのことを知った令嬢は暗部を用いてモーリンを襲うことを指示しモーリンは片目を失ってしまう。そして、モーリンはそのまま姿を消し、エドモンドはモーリンを喪失し悲しみに暮れる一方で令嬢がモーリンに対いて行った非道について知ることになる。
エドモンドはすべてを失ってもモーリンを失いたくない一心で令嬢に復讐し国外へ逃亡。後にモーリンと再会を果たすも余命が間もないことを告げられるが、この短い時をモーリンと過ごしたいと二人は残りの日々を愛し合いモーリンが旅立ったことを見届けエドモンドも後を追って旅立つ。
この作品によって見事金賞を獲得し、ライトノベルも発売し無事コミカライズされる。
あの時、私は過信していたのだ。劇的に人生が変わったのだからそう思っても仕方がないが小説を書くにあたっての勉強が足りなかったのでは。あの賞できっぱりと違う道を歩めばよかったとうるさいくらい私の中のもう一人の自分が喚く。
けど、ここまで続けようと思ったのはあの大賞を取った時はじめて他人から認められたことが嬉しくてたまらなかったからだ。特別突出しているわけでもない学生時代を送ってきた私にとってこの才能だけは活かしていきたいと思ったからこそ今がある。だから・・・。吉岡は立ち上がり出かけて行った。
ここは母校の大学の校友会館の2階カフェテラス。広い芝生が手入れされた広場と共同館や講堂が見渡せる。吉岡は小説のネタを見つけるためにサングラスとジャージ、そして、ブラックのコーヒーで武装しよく大学を見渡せる席を陣取った。
吉岡の住んでいるアパートは大学以来ずっと借りている。本来は学生優先だが家主さんが吉岡のファンなので特別に住まわせてもらっている。このカフェテラスも一般向けに解放されているのでまず通報されることはない。それを見越していい餌場だと吉岡は思っていた。双眼鏡に黒尽くめの服装だとさすがに怪しまれる。気にせずに双眼鏡を覗いていると吉岡のところへ誰かやって来た。
「あの、すみませんが何をされているんですか。」
双眼鏡を覗くことに気を取られていた吉岡はビクッとして双眼鏡を落としそうになった。慌てながら声の主に視線を向けるとそこには同じゼミだった一ノ瀬が立っていた。
「あれ、吉岡さん?」
「えっ、あっ・・・お久しぶりです。」
吉岡は動揺した。
「ところでなんでこんなところに?」
『どうしよう。人間観察しに来たのって言ったら納得してくれるかな。』
吉岡は怪しまれないように応えた。
「久しぶりに大学の空気を吸いに来たの。まぁちょっと行き詰ってることがあってここでお茶していたの。」
「ここでお茶?双眼鏡もって。」
「これはあれよ。野鳥観察よ。うんそれ。」
「なんだよそれ。」
一ノ瀬は苦笑いした。
「あはは。本当は私ライターなの。それで、大学生活についてのコラムを書こうと思ってちょっと大学の様子を見ていたの。」
吉岡は我ながら中々いい返しをしたと思った。
「そうだったのか。風のうわさで小説家になったって聞いたけど。」
「まぁ小説家だけじゃ食べていけないからね。こういう仕事も受けているの。」
「大変なんだな。けど、学生が不審がるようなことはやめてくれよ。」
「そっか。一ノ瀬君って大学職員になったんだっけ。」
「まぁ教授のコネで入ったもんだけどな。」
「ごめんね、手間を煩わせて。」
「いいよ。久しぶりに会えてよかった。」
「こちらこそ。」
一ノ瀬は職場に戻って行った。
「そっかぁ。一ノ瀬君ここで働いていたっけ。私と違って真っ当な仕事について家庭をもって幸せな生活を送っているんだろうな。」
一ノ瀬誠。吉岡とは大学のゼミで一緒だった。一ノ瀬は絵に描いたような優等生だった。おまけに性格よし。勉強はできる。極めつけは顔がいい。こんな男、女が黙っていない。日にちごと、時間ごとに隣にいる女が違う。
そして、吉岡がゾッとしたのは大学の昼時に一ノ瀬のいるテーブルに女5人。友達ならまだしも各々が学部や学科が違い面識もない。この男を取られないよう互いにいがみ合っていたのだった。その状況に一ノ瀬は特に不思議に思わず友達同士の付き合いと思って接しているもんだから余計ややこしくなっていた。
これがイケメンマジック・・・いや、ただの女たらしというべきか。吉岡は一ノ瀬が苦手ではないが近寄りがたい存在であった。ゼミで資料をまとめているときに話す機会がある程度で親密な関係はなかったものの話していると本人の人柄が分かりすごく落ち着く感じがした。そうこれがイケメンマジックという罠だった。なので、こちらから率先して話しかけることはせず多少身構えながら接していた。
あれから10年近くたって、相変わらずの顔の良さを感じるもののどこか落ち着いた感じが目に取れる。いい目の保養になった。吉岡は再び双眼鏡で大学内を覗き始めた。喫煙所でたむろする体育会系ども、ベンチでおやつを食べながら盛り上がるJD、三階のガラス越しのベンチに座りイチャイチャするカップル、白衣を纏い台車で運搬する教授、特に何の変哲もない大学の日常。
私がこんな日常を汚すなんてほんと頭おかしいのは分かっている。けど、いいんです。大学を舞台にしたBLを書いちゃダメって教わってないし、むしろ書いてみたい。なので、汚すことに一票を投じる。
すると、校門からいかつそうな男子生徒が入ってきた。ガタイがいいので一見体育会系かと思っていると、後ろから一人の女が追いかけてきた。そして、声をかけるも気だるそうに受け答えしているように見えた。特に興味はないので、違う学生を探しているとその男子生徒を隠れながら見つめる一人の女生徒を発見した。
「おや?これは事件のにおいがする。」
吉岡は立ち上がりすぐにその女子生徒に会いに行った。女子生徒に気づかれないように少し離れたところで観察し、様子を伺った。
男子生徒と先ほどの女が何かもめているようだった。女は結局不貞腐れながらその場から立ち去り、男子生徒は大学の館内に入って行った。女子生徒は少しため息をつきながら男子生徒の後を追うように館内に入ろうとした時、
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
吉岡は館内に入ろうとする女子生徒を呼び止めた。
女子生徒は振り向き返事した。
「はい・・なにか?」
「実はさっきの女の人についてちょっと調べているんですけど。お話伺ってもいい。」
「私は特に何も知りません。」
「そう、じゃあさっきの男の子に尾行していたって伝えてこないと。」
「やめてください!」
「大丈夫。ただの聞き込みだから。」
吉岡は変な笑みを浮かべた。
福留紗季 大学2年 経済学部マーケティング戦略科
先ほどの男子生徒は大河内解という。同じ学部で取っている授業で次第に好意を寄せていたという。ただ、すこし近寄りがたい雰囲気があり陰ながら思いはせることしかできないかわいそうな子だった。
そして、さっきの女は大学3年の天海姫。名前からしてお嬢様気質で狙った獲物は逃がさない女の敵タイプな女だった。男たらしという異名もあり、見た目は悔しいが美人だった。そんな彼女のターゲットが大河内君だった。ただ、大河内君は天海姫が苦手らしく断っても付きまとわれているみたいだった。
「そう、大体わかったわ。ありがとう。」
吉岡はコーヒー代を渡した。
「いや、いいです。受け取れません。」
「いいのよ。あなたの恋が成就することを願っているわ。」
「あの、あなたは何者ですか。天海さんを調べているようですが。」
「まぁそうねぇ・・・。男性遍歴の多い女程憎まれやすいってことでちょっとトラブルを解決するために調査しているって感じかな。(本当は小説のネタとして面白そうだったので聞きに来たしがない売れない小説家なんて言えないけど。)」
「そうなんですね。けど、気をつけた方がいいですよ。熱狂的な信者や取り巻きがいるのでそいつらに目をつけられると嫌がらせを受けることもあります。」
「忠告ありがとう。」
吉岡は福留と別れ一人考えながら他にネタが落ちていないかともう少し歩いていた。
『なんかいい感じなんだけど肝心な相手役がほしい所ね。』
大学掲示板の前を通りかかった時、一人の男子生徒に目が留まった。
~大学ミスターコンテスト 優勝 飯島賢吾さん 大学生活のエピソードを紹介~
昨年の大学祭のイベント、大学ミスターコンテストで優勝した飯島賢吾さん。今回は、新入生へのアドバイスとして本人の大学生活についてインタビューしました。
吉岡は一通り内容を読んだ後、
「これだ!」
と思わず叫んでしまった。
吉岡はニンマリしてこの日は家に帰り、机に乗っているゴミや漫画をどかし床にあった何かの原稿用紙を取りその裏に新しい小説のあらすじと流れを書き始めた。夢中で書いていて、少し迷うとペンの後ろを唇の下に付けて考え再び書きを繰り返しながら書き続けた。
書き終えた頃には朝になっていた。出来上がった内容を見て
「これ、いける!」と
一人で盛り上がった後息絶えたようにベッドに倒れ眠りについた。
大学三年になった。あまり授業に出ずに少し単位が危うい。履修登録のために大学のセンターに来てみたが必修科目を今期すべて取らなければ留年する。渋々すべて受けることにして2限目から授業を受けることにした。友人の角田に連絡して講義の部屋に行くと角田がほかの友人と一緒に漫画を読んでいた。
「よっ、角田。」
「おぉ久しぶりだな。解。また女侍らせてたか。」
「んなもんしてねぇわ。バイトだ、バイト。」
「ほんとかよ。」
席に座ると近くに座っていた女子がこっちを見てすぐ視線を逸らされた。特に気にせずスマホを見ながら講義が始まるまで時間をつぶしていると、
「あの大河内君久しぶりだね。」
一人の女子生徒が話しかけてきた。誰なのか全く覚えていない。
「あぁ、どうも。何か用。」
「ちょっと大河内君のことが気になっている子がいて・・・それで、単刀直入に彼・・彼女いるのかなって。」
「今はいないよ。」
「そうなんだぁ・・・ごめんね変なこと聞いて。」
その女子生徒は逃げるように前の方の席に着いた。
「おまえ、モテモテだな。」
隣で様子を伺っていた角田が茶化す。
「そんなんじゃねぇよ。」
「あぁうらやましい。」
「くどいぞ。」
ちょうど教授が入ってきて講義が始まった。頬杖しながら授業を聞き続け、気が付くともう昼休憩になっていた。
大堂の食堂へ行き角田と一緒に昼食をとっているとまた別の女子生徒が声をかけてきた。
「大河内君だよね。突然ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって。」
角田と見合いながら視線を戻し応えた。
「まさか、彼女いるのかって聞くんじゃねぇよな。」
「あっ、えっと・・・そう?」
「いねぇよ。そもそも脈がないのに聞きに来てる感じ、一体なんでそんなこと聞くんだ?」
「それは・・えっと・・・ごめんね。」
その女子生徒は応えず逃げて行ってしまった。
「お前モテモテじゃないのか?」
「うるせぇ。なんかおかしいぞ、これ。」
「おかしいのはこの状況を疑うおまえの神経だと思うぞ。」
「一日に二人も同じ様なこと聞かれておかしいと思うだろ、普通。」
「贅沢な悩みだな。俺だったらそのままデートに誘う。」
「次聞いてきたら斡旋してもいいぞ。」
角田は手を止めて大河内の方を向いた。
「是非、お願いします。」
頭を下げた。
「単純だな、お前。」
大河内は呆れた。
今日の講義は6時過ぎまでかかる長丁場。さすがに最終5限まで来ると頭が回らない。角田はこの授業を取っていないので一人で受講しなければならず、思わずあくびをもらし退屈な授業を聞いていると一人の女子生徒が部屋に入ってきた。部屋を見渡した後なぜか俺と目が合い近づき隣に座った。
「大河内君久しぶり。」
その女子生徒は俺のことを知っているようだったが名前が出てこない。同じクラスだったような気もするけどそこまで印象がなかった。
「ごめん、誰だったっけ。」
「そうだよね。覚えられていないようね・・・。」
さすがに失礼だったか、気まずくなってしまった。
「福留紗季です。同学部で英語の時間一緒だった。」
「あぁそうだったな。すまん。」
大河内は正直覚えておらず話を合わせることにした。
「この授業取っていたんだ。」
「あぁ、単位がやべぇからな。」
「大河内君あんまり大学で見ないから忙しいのかなって。」
「バイト掛け持ちでやってるからそれで。」
「そうなんだ、大変だね。」
「それで何か用だった。」
大河内は福留に問いただした。
「実は、とある女性ものの小説に大河内君と似てる描写があって取材協力とかしたのかなって。」
「なんだよそれ?」
「偶然だったらいいの。ただ、今この小説が大人気で半年の間に何度も重版されているの。私も読んだ・・・面白かったけど。」
「それ、なんていう小説なんだ。」
福留はカバンからその小説を取り出し大河内に渡した。大河内は受け取りタイトルを見た。
「『恋は小説より奇なり』?」
表紙は男同士が密着して華やかな絵になっていた。
「これってもしかして・・・。」
「そう・・BLなの。」
「おいおい、こんな小説が女子界隈で人気なのかよ。」
「ごめんね。正直私も大河内君に伝えるのはやめようかと思ったんだけど、さすがに内容も内容だし伝えたかったの。」
道理で今日女子生徒たちが俺のところにやって来たわけだ。大河内は趣味ではないがこの小説を読むことにした。
登場人物は主人公の河内が大学生活の中で容姿端麗な大島と衝突を繰り返すものの互いに惹かれあう。しかし河内を狙う奄美妃が大島に嫌がらせや脅しにかかるも河内が大島を守り二人は障害を乗り越え結ばれるという王道作品になっている。
そして気になったのは間取りだった。河内の部屋の様子が俺の部屋がそのまんまで、置いてあるものもほぼ一緒だった。奄美妃とのやり取りで喧嘩のシーンのところも天海姫としばらく会わなくなる前にこんなこと言った覚えがあった。所々で大河内のプライベートが盗み見られているようだった。
大河内はゾッとしながらもその小説の作者の名前を見た。
『越後みさき』。
「悪趣味だな。」
「そうよね。ごめんなさい、気分を害してしまって。」
「ところで取材協力って言ってたけど心当たりあるの?」
「もう一年近く前になるんだけど、私一度ライターを名乗る女の人に聞かれたことがあったの。もしかするとその人がこの小説の作者の人なんじゃないかと思ってて。」
大河内は福留と連絡先を交換してその小説を借りて、内容を確認することにした。
まず、舞台となっている大学は講堂や図書館などの位置関係や近接する建物や喫茶店。名前が変えてあるがこの大学であることは間違いない。
そして、登場するこの大島は大学ミスターコンテストで2連覇した飯島で間違いない。飯島とは学部は違うものの共通科目の時に面識があって何回か友人を介して飲みに行ったり、遊びに行ったりしたことがあった。
この小説で登場するラウンド〇ンの描写が覚えている限りそのまんまだと思った。飯島がストライクを出しハイタッチした後隣同士で座った時に女の話になった。その時付きまとわれている天海の話をして飯島は親身になって聞いてくれた。その時の内容が脚色されているが一致していた。
そうするとその遊んでいる横にその作者がいたことになる。普通にストーカーだと思いゾッとする一方で、小説の題材に使われていることに不快さと怒りがこみあげていた。極めつけは夏前に天海にしばらく会わないでくれと懇願し揉めたときの様子が文字通りだった。
これは何としてでもこの作者を捕まえたい。この作品は完結となっているが大学生活回が完結となっただけで、まだ連載となっているようだった。ということは、この作者は知らない間にストーキングして私生活を覗きにやってくると考えた。そこで俺は友人たちを交えてバーベキューを企画しみんなノリノリで参加したくれた。もちろん、その友人の中には飯島もいる。
バーベキュー当日、貸しキャンプ場の一画を使ってバーベキューを開催した。近くには川もあり食べて遊びながら有意義に時間を過ごした。
そして、俺は角田に
「俺らから離れるときに怪しい人物がいたら教えてほしい。」とお願いした。
角田は「何言ってんだ?」と言っていたが了解してくれた。
肉を焼いていると飯島がやって来た。
「手伝おうか。」
「いいよ。食べとって。」
「わざわざありがとう。少し驚いた。こういうの得意じゃないと思ってたから。」
「まぁ得意じゃないけど、嫌いってわけじゃない。」
「そっか。あと最近例のやつ大丈夫だった?」
「あぁきつく言ったけどあれからは見なくなった。ただ飯島がほかの男に手を出してることを教えてくれて助かったわ。」
「お礼なんていいよ。」
ふと周りを見渡してみた。友人たちが肉だのお菓子だの食べ、話したりして特に怪しい人物などいなかった。
「どうした?」
「いや何でもない。」
焼けた肉を取り皿に取り分けて飯島に渡した。
結局その日は怪しい人物が接近してきたこともなく終わってしまった。けど、絶対来ていると思い、片づけながら何かないかと探っていると電源を引っ張るところに不自然にコンセントタップがついていた。不思議に思い取ってみた。誰かの忘れ物かと思い友人たちに聞いてみたが誰のものでもなかった。怪しいと思いそれを持って帰ることにした。
家に帰るとカーテンを閉めてドライバーで中を開けて見るとそこには明らかに謎の電子盤とボタンのようなものが組み込まれていた。
「まさかこれって・・・。」
「吉岡先生。先日いただいた原稿すごく良かったです。再び奄美が再登場してここで、大島をゆすってくるとは。その後の河内の大島への愛の深さ。身を引こうとする気持ちをよそに俺が守るからって・・・、もう最高に良かったです。」
「あそこのシーンは現実にありそうであるからこそ生々しく感じるようにしたんですよね。その結果、河内の行動により説得力を持たせた形ですかね。」
「お見事です。一巻もまた重版が決定して、今弊社の文庫売り上げ一位になりましたよ。本当ありがたい話です。」
「いえいえ、下積みが長い分の経験値が生かされた結果ですよ。」
吉岡は完全に浮かれていた。
「実は吉岡先生の記事を次回のレディコミで掲載したいと考えておりまして、来週来社していただいてフリートークの形で質問しながらお話を聞かせていただけないでしょうか。」
「大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。早速ですけど事前アンケートを渡しておきますので記入していただいたうえで当日持ってきてください。」
「分かりました。よろしくお願いいたします。」
帰宅した吉岡は新調したソファーに寝そべり不気味な笑みを浮かべた。
「もーう先生だなんて。私も偉くなったわ。」
立ち上がり、冷蔵庫から買っておいた缶ビールを取り出しカルパスをつまみにして飲む。部屋の中は相変わらずだが『恋は小説より奇なり』の連載がとんとん拍子で決まり、小説も売れ、懐がうるおい有頂天になっていた。部屋の中は相変わらず汚いが、新調したソファーを部屋に入れる前にだいぶ掃除したので多少足の踏み場ができた。
「私の人生絶好調!」
騒いでいるとインターホンが鳴った。吉岡は渋々玄関に行きドアスコープから覗いてみた。するとそこにいたのは大河内だった。吉岡は冷蔵庫からまた缶ビールを取り出しそのままソファーに戻った。
「やばい、来たかぁ。私の人生終了するわー。」
なんでバレた?そもそも私の小説呼んでくれたの?ありがとう。じゃなくて、これはサンプリングリアルみたいなものだから、盗作ではない。
吉岡は動揺しすぎて頭がおかしくなっていた。いざ本人に直面すると緊張する。再びインターホンが鳴って扉の向こうから声がしている。
「吉岡さん!いらっしゃるのは分かっています。直ちに出てこないと司法処置を取らせていただきます!」
吉岡は全力で玄関に行き扉を開けた。
「ちょっと!さっきから何なんですか!警察呼びますよ!」
「じゃああなたが呼ぶ前に警察を呼びますね。」
大河内は強気だった。
「そもそも、私警察に呼ばれるようなことしてないし。」
「ストーカー被害に遭っているって被害届を出してもいいんですけど・・ねぇ、越後みさきさん。白を切っても無駄です。証拠はあるので。」
吉岡は悔しそうにしたが観念した。とりあえず、大河内を中にあげて話を聞くことにした。
「汚い部屋・・ですね。」
大河内は何か珍獣を見たかの如く部屋をみた。吉岡は未だかつて男なんて部屋にあげたことないのによりにもよって小説のモデルが家に来るなんて。大河内はソファーに座り吉岡は話しかけた。
「それでご用件は。」
「あなたの書いた小説についてです。この主人公は俺がモデルで間違ってないですよね。」
「さぁ、正直あなたが何を言っているか分からないわ。確かに私は小説家だけど何を書いているのか、その内容は守秘義務があるからお伝えすることはできません。」
吉岡はこの状況で強がった。
大河内はポケットからあるものを出した。
「じゃあ、このコンセントタップについては?」
吉岡は表情を変えずに応えた。
「分かりません。なんですかそれ?」
「キャンプ場の電源に刺さっていました。明らかに不自然なので分解してみたら明らかにマイク付きの電子盤が入っていたんです。工学部の研究室の人にこれを見てもらったところ盗聴器だと分かりました。そして、後日キャンプ場に問い合わせて聞いたところ何やらアルバイトに入った方が熱心に掃除や器具の片づけや点検をしてくれたって・・・。その人の名前は吉田早苗って言ってました。」
吉岡は黙ったままだった。
「そして、盗聴器のことを話して履歴書の写真を見せてもらったんです。それで確信しました。吉岡さん、あなたでした。」
「仮に私が盗聴したとして別にあなたが何かの被害を受けたとか。」
「あなた分かっていない。盗聴は犯罪ですよ。これを出版社とかに垂れ込めば・・・。」
吉岡は崩れ落ちた。そして、負けた。
「違うの!私はただ、小説のネタを探していただけ。それに確かに大河内さんあなたをモデルにしたのは認めるけど、あくまで特定できる個人を描いていない。確かに友人とのやり取りは聞いてたから参考にさしてもらったけど。」
「どこが特定できる個人を描いていないだ。まんまだろ。それに部屋も覗いていたみたいだし。これはもう犯罪の何者でもない。」
「それで、要求は何?」
「小説の差し止めを要求する。それと、明らかなストーカー行為があったということでの被害届からの慰謝料。」
「そう・・・仕方ない。私はあくまで小説のネタを探していただけよ。けど、実際にストーカーをしていたのは誰なのかしらね。」
「どういう意味だ。そんなはったりに動揺するとでも。」
「はったり?そう・・・私はねぇ、あなたに興味はないの。けど、あなたを探っている人間がいたのよ。実際に目撃しているし。現に私の仕掛けた盗聴器にコンセントタップは使っていない。それに私の小説の中でネタにできてあなたを尾行できたのは大学内での付き合いだけ。」
「そんなこと信じろと。」
「信じなくてもいいけど、その代わり何があっても私は教えてあげない。そもそも、天海姫を引き離した理由って彼女がストーキングしている犯人だと思ったからでしょ。」
大河内は何もしゃべらなかった。
「まぁ疑われても無理がない。彼女も似たようなことをしていたのは事実。まぁあなたに実害がないと思うから放っておいて大丈夫だと思うけど。」
「何が望みだ。」
「できれば小説の差し止めは断る。その代わり、あなたがバイトしている理由は聞いているの。だから、その学費を私が負担するでいいかしら。」
「そこまで調べていたのかよ。」
「あなたをモデルにしたことは悪かったわ。けど、この小説はすべて書かせてほしい。」
「あんた・・思ったより老けてるんだな。」
「うるさいわね。女子に向かって失礼じゃない。」
『どこが女子なんだ。』と大河内は思った。
「処分保留にする。一先ず証明として、振込用紙を持ってくるから前期分の振り込みをしろ。」
『ちぃ。高くついたな。』吉岡は悔しかった。
「ところで、俺をつけていたストーカーって誰なんだ。」
「知りたい?」
「なんで上から何だよ。立場分かってるのか?」
「けど、私としては知らない方がいい時もあるって思うの。」
「なんで急に踵を返した?」
「とにかく、実害はなさそうだからそっとしといてあげましょ。それより、要注意なのは天海姫の方ね。気をつけなさい。少年。」
「馴れ馴れしくなったなぁ、おい。」
吉岡は連絡先を交換して今日のところは帰ってもらった。後日振込用紙が届き、即銀行へ行って振り込んだ。
吉岡を問い詰めた後日、振込用紙の控えをもらい正しく学費が支払われた。これで少しは生活が楽になる。
俺の家は両親が離婚している。まだ幼稚園の頃だったか俺は父方の方に引き取られ小学校までは不自由なく暮らしていたが、ある日父親が交通事故に遭い、働けなくなってしまったことを機に父方の両親の家で一緒に暮らすようになった。
俺は高校したら働こうと思っていたが、祖父母、父親は大学まで行けと言ってくれたが、父が働けず祖父母の年金だけでは到底学費までは払えず大学の学費を稼ぐために日々バイトをしながら通うことにした。
今でも大学に通わずに高校卒業後に働いていればよかったと思うこともあるが、父親が大学まで行かせてやりたい気持ちも知っていたし、事故に遭って自信を喪失していたこともあった。だからこそ、気持ちを汲んであげたいと思った。
実際行ってみて、バイトに明け暮れることが多いが友人たちと交流することができ良かったと思えた。そして、今回吉岡というやばい女が金づるとなったことでバイトを少し減らすことができる。正直、大学卒業が危うい状態でこれで少しは楽になる。
けれども、あの吉岡という女は接点をもったらもったで面倒くさかった。突然連絡をよこして来たら・・・
『ねぇ友達とどこか行かないの?』
『あんた、大学3年なんだから彼女くらい作りなさいよ。そうすれば天海姫が黙ってないでしょ。』
『共同館のカフェあるじゃない。あそこのカレーおいしいよね。今度飯島君と一緒に食べに行ってくれない。そして、願わくば会話も内容も教えてね。』
それを踏まえて吉岡の部屋に来た。
「おい。なんで俺がお前にネタを提供しないといけないんだ。」
「あっ、ばれた。」
「ばれたじゃねぇ。お願いできる立場じゃないだろ。」
「けど、私が小説を書く。お金を稼ぐ。大河内君の学費になる。そう、私が書き続けないと大河内君の学費を支払うことができなくなる。そのために書くネタを提供してくれたらうれしいなぁって。」
「・・・あんた、あたまおかしい。それになんだよこのメール。天海姫をたきつけようとしてるじゃねぇか。気をつけなさいって言っておきながら犠牲になれってどういうことだよ。」
「それは・・・。面白いから?」
「わかった。まずは被害届を。」
「ごめんなさい!悪かったわよ。冗談よ、冗談。許してねぁ大河内君。」
大河内は冷たい目で吉岡を見た。
「じゃあ金をよこせ。」
「げぇげ。かよわい女子から金銭を巻き上げようとするなんて、なんて男。次回作のネタになりそうね。」
「じゃあ弁護士をこれからは通してもらうことにするわ。」
「だから、機嫌直して。解君。」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな!」
「それで、あんた天海姫が動き出したわよ。」
「いきなり話を逸らしたな・・・。」
「たぶん、あんたレイプされるわよ。」
「・・・話が読めないんだが?レイプってあの?」
「正確にはおそらく眠らされてその間にやることやって、子供出来た責任取れ的な感じに持っていこうとするんじゃないかしら。」
「逆レイプってやつか。」
「ご褒美じゃん。良かったわね。子供生まれたら写真送ってね。」
「けど、あいつと接触しなければ問題ないだろ。」
「ところがあの女あんたの友人を利用して誘い出して、二人っきりにさせようとするわ。」
「そもそも、その情報はどこから・・・。」
「大河内君にはバレてしまってるし、特にもう探る必要ないからもうやってないけど。」
「いや、本来ダメだろ。」
「ほかの登場人物も同じように探りを入れているのよ。」
「それ余罪を増やしているだけ。」
「とにかく、あんたはその飲みの席にまんまとハマりなさい。」
「はぁ!わざわざトラップに引っ掛かりに行けと!」
「安心しなさい。そこであんたのストーカーが守ってくれるわ。」
「・・・。なんだそれ、占いか。」
「あんたも気になっているんでしょ。そのストーカー。なら一層のことそこで鉢合わせたらいいわ。」
吉岡はワクワクしていた。
「もし、俺の身に何かあったら恨むからな。それこそ豚箱へ行ってもらう。」
「大丈夫よ。あんたを傷つけさせやしない。」
にわかに疑わしかったが、翌日大学で講義を受けているときに友人から飲みの誘いがあった。これが罠だと知っているからこそ行く気が失せるがこれ以上天海姫の好き勝手にさせたくないと思い、飲みに行くことにした。それにそのストーカーの正体を知りたいと思った。
飲み会当日に友人5人で飲んでいると女子3人が店に入ってきた。その一人は天海姫だった。なるほど、偶然を装って来たのか。そして、誘ってきた友人もグルだと。
「あれ?大河内君じゃん。それにみんな。」
天海姫は白々しく言った。俺は会釈して目線を逸らした。そして、気づかなかったが、奥の座敷に誰かと一緒に座っている吉岡の姿がいた。
『あいつ来てたのか。あれ誰だ?』
様子を伺っていると天海姫がそそくさと俺の横に座って声をかけた。
「久しぶり、最近会わなかったからちょっと寂しかった。」
「あぁそう。」
たわいもない話で盛り上がる中、天海姫に完全にロックオンされ逃げられない状態だった。そこで一度トイレに行くと言い席から離れ隙を与えた。その間におそらく天海姫が睡眠薬か何かを入れられると思い、それを飲むふりをして様子を伺おうと考えた。
トイレから帰ると天海姫はこちらに笑みを浮かべていた。
「飲み物頼んでおいたよ。同じので良かった?」
机にはすでにレモン酎ハイが置かれていた。
「おぉありがとう。」
たぶんこれには睡眠薬的なものが入っていると思い、天海姫と話しながら少し視線を逸らした瞬間に迎えの友人の飲みかけのグラスと入れ替えて飲むふりをした。ただ、この後どうすればいいのか分からなかった。眠くなったとか言えばいいのだろうか。30分くらいしたらこそっと言ってみた。
「あぁやべぇ・・・眠たくなってきた。」
「大丈夫?送って行こうか?」
「いいよ。もう先に帰ろうかな。」
「危ないわよ。そうだ、グランドパレス(観光ホテル)の宿泊券があるんだけど止まっていく?」
『うわぁここまで計算されていたのかよ。こえぇよこの女。』
「いやいい。タクシー呼ぶわ。」
大河内はふと思った。そういえば睡眠薬の効果ってどんな感じなんだ。そんなタクシーとかを呼んで一人で帰れるのか・・・。
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。ホテルではない。起き上がり部屋を確認してみる。特にごちゃごちゃしている様子もなく、置いてある物からして男性のものだった。冊子から覗くとどこかのマンションの一室で遠くのホームセンターから察するに大学からそこまで離れていない。
疑問に思いながらその部屋から出ると廊下で右手に広い空間が見えた。どうやらダイニングになっているようだった。そして、コーヒーの香りが廊下まで漂っていた。恐る恐る近づいてみるとキッチンのところに見慣れない男性が立っていた。
「あの・・・。」
俺はその男性に声をかけた。
「あぁ目が覚めたか。必死に起こしたんだが起きなくて心配したよ。」
「すみません。どちら様ですか。それとなんでここにいるんでしょう。」
「そうだな。ちゃんとあいさつしないと・・・。一ノ瀬誠です。君の大学の職員をしています。そして、昨日のことを話そう。」
一ノ瀬は話し始めた。
昨晩、突然眠りだした俺を天海姫は誰かを呼んでグランドパレスに連れて行った。その様子を一ノ瀬は吉岡と見ていてすぐに後を追った。連れて行かれた後、天海姫はチェックインを済ませ部屋の中へ。
一ノ瀬と吉岡はどこの部屋に行ったのか分からずパニックになりながら受付で止まっていると吉岡が機転を利かせて、別ルートで天海姫と交流のある友人に電話させてホテルのフロントまで下りてきてもらった。
吉岡は友人のふりをして大河内君の忘れ物と称して天海姫にUSBを渡して、その後を一ノ瀬に追わせた。ホテル11階の部屋。一ノ瀬は待機しながら吉岡の連絡を待った。大河内君の忘れ物と称して渡したものは一見USBに見えるが自立型の盗聴器。バッテリー時間2時間と短いが今回はこれが役に立った。
吉岡は盗聴器を聞きながら天海姫がセックスしようとするタイミングを見計らい一ノ瀬に連絡し、一ノ瀬はルームサービスと偽り部屋をノックした。何回かノックした後でようやく出てきた天海姫を横切り中へ入り大河内を確認した。
「ちょっと!なんなんですか!警察呼びますよ。」
「君の企みは分かっている。連絡をくれた人がいたからね。」
一ノ瀬は天海姫のカバンを見つけてその中から睡眠薬を発見した。
「あなた何なんですか。」
「不同意性行為は犯罪だよ。俺の弟に手を出すなら許さない。」
そう、一ノ瀬誠は大河内解のお兄さんだったのだ。天海姫はその場で泣き崩れた。吉岡は通報し天海姫は警察に連行されていった。
「えっ?えっ!?」
大河内は驚いた。いきなり、実兄だと言われて信じられなかった。親が離婚してから月日が経って、俺に兄がいた記憶などない。
「無理もないな。お前ももう大きくなったから教えておく。父さんが交通事故に遭った時、お前も一緒にいたんだ。そして父さんはお前をかばい事故での後遺症を負った。父さんは一命を取り留めたけど、お前は軽傷だったが目が覚めなかった。目が覚めたときには、事故のこと、俺と母さんのことを覚えていなかった。
ただ、俺が父さんたちが事故に遭ったことを知ったのはその2年後。祖父母を訪ねたときに知った。その時、父さんからは無理に思い出せない方がいいと。父さんは、解が自分を責めたりしないでほしいと思ったんだろう。だから、俺も兄であることは知らせずに陰ながら見守ることにしていた。」
大河内は何も言えなかった。突然知らされた真実にどう受け止めていいのか分からずにいた。
「一ノ瀬君。さすがに初心な少年にいきなりヘビーな話は可哀そうよ。せっかくの感動的な再会なのに。」
気が付かなかったがソファーに座りコーヒーを嗜む吉岡の姿があった。
「ごめんよ、吉岡さん。こういうのって慣れてなくて。」
「慣れるものじゃないでしょ。それに、一ノ瀬君もまずは言わないといけないことがあるんじゃない。」
「そうだな。解。一人で考え込ませてごめんな。いきなり兄さんなんて思えないと思うけど、少しでも頼ってほしいんだ。」
吉岡は立ち上がり大河内の前に来た。
「あんたがストーカーと思っていたのがお兄さんだったなんて驚きだったでしょ。一ノ瀬君ね、わざとストーカーと見せかけて天海姫が危ないことを伝えていたのよ。大学に入ってきて天海姫があんたを狙いだした時、天海姫がやばい女って知っていたからストーカー行為を誇張させて天海姫から引き離そうとした。結果、一時は天海姫も引き下がったけど、今回のことで素性がバレてもいいから助けたいって。」
「ちょっと待て。そもそも、今回の件のタレコミは誰からなんだ?」
「それは秘密。」
「吉岡さんのおかげで解が守れたのは良かったけど、弟を小説のモデルにするのは正直納得いかないが。」
「そこは見逃してほしいな。」
「俺も納得いかない。」
「そこは大河内君を守ることができた。それは吉岡さんのおかげ。仕方ない小説の件は見逃すでいいでしょ。」
「じゃあ・・・保留かな。」
一ノ瀬は笑顔で言った。
「出来上がったら検閲することにする。」
大河内と一ノ瀬は互いに見合い笑った。
吉岡は大河内の身辺調査をしていた。その時に大河内を遠くから見ている人がいた。それは一ノ瀬だった。大河内を大学内で監視していると時折一ノ瀬がいる。不思議に思いながら、一ノ瀬について吉岡は調べることにした。
昔の大学の友人に連絡して一ノ瀬について聞いた時、高校3年の時に両親が離婚して母子家庭で父親の方には幼い弟がいると。当時大学の時だったから吉岡はふと思った。もしかすると大河内と一ノ瀬君は血縁関係なのではと。その答えは割と早い段階で判明した。
吉岡が大河内を尾行中に一ノ瀬に捕まったのだ。
そして、場所を移動して喫茶店で話に応じた。
「それでなんで生徒を尾行していたのかい。」
「それはこっちのセリフよ。一ノ瀬君こそ大河内君を監視しているときあったよね。」
「それは・・・。生徒の行動を見るのも仕事の内だって。」
「建前はいいわ、お互い本題に入りましょう。おそらく、私が何をしているのか見当がついていたんでしょ。そして、私も一ノ瀬君と大河内君との関係を知っている。」
一ノ瀬君はしばらく黙った。吉岡は続けて話した。
「私は大河内君をモデルにして小説を書いているの。けど、彼に対してやましい感情はない。」
「いや、さすがに私生活を覗くのはいたたまれないのだが。」
「もちろん、悪いとは思っているわ。見逃してくれとは言わないけど、せめて提案を聞いてほしい。私が大河内君を代わりに監視するわ。ついでだけど。調べてみて分かったんだけど、天海姫が一番やばいわね。」
「吉岡さん。天海姫のことは知っているけどさすがにお願いしますとは言えないよ。」
「たぶん、大河内君は私が尾行していることに気づくと思う。小説を書かせてもらう条件に大学の学費の負担を提案しようと思う。そもそもバイトしている理由って単純に考えれば学費稼ぐためだものね。」
「そこまで考えていたんだね。」
「私は、今回の作品に手ごたえを感じているの。プライバシー侵害だとは分かっている。けど、書かせてほしいの。お願い。」
一ノ瀬は少し考えた後で話した。
「わかった。けど、観察するときは必ず連絡すること。」
「ありがとう。」
吉岡と一ノ瀬は大河内が知る前にすでにグルだった。
こうして一ノ瀬は大河内に自分が実兄であることを伝えることができ、週に何回か会って話したりするようになった。さすがに一ノ瀬自身も監視していたことがバレ、大河内からもう子供じゃないんだと怒られたそうだ。
捕まった天海姫は釈放されたがさすがに大学側は自主退学を要請し、応じる形となった。今は親の会社の監視下で働いていると聞いた。
大河内は金銭的にも心情的にも余裕が出たが単位を確実に取得するために学業に専念している。大河内を手助けするために福留紗季が過去問を渡したり授業のノートを見せたりしている。
吉岡は干からびていた。あの兄弟から出来上がった原稿を見せることになり、厳しい検閲からダメ出しとカットの要請が多数あった。さすがに検閲に負けじと弁明し説明を重ね重ね言いまくり、二人を困らせた。二人がこの部屋に来るようになり部屋がきれいになった。さすがに恥ずかしい、プライバシーの侵害だわと言い放ったが
「お前が言うな!」
と怒られ、渋々片づけられた。
片づけている最中、ネチネチと大河内から言われる。
「こういうの見るんだ・・。」
「いい年して恥ずかしくないのか。」
「おい、これ日付過ぎてるけどが大丈夫なのか?」
歯を食いしばりながらそのいびりに耐え続けた。
一方の一ノ瀬からは
「ちゃんとご飯食べないとダメだよ。」
「あんなカビだらけの洗濯機はまずいと思ったから新しいの電気屋で買っといたよ。明日来るって。領収書渡しておく。」
「いい加減引っ越さないと。手狭でしょう?」
私のおかんかよ。
兄弟そろってそれぞれ違う疎ましさがある。私の小説家としての美学がなくなっていく。かなしい。
吉岡はため息をついてもう寝ようとした時電話が鳴った。
スマホの画面を見て電話に出る。
「もしもし。あぁごめんね、連絡忘れてたわ。うん・・・そうそう、大丈夫安心しなさい。ほんと、君には感謝している。なんせ、彼のピンチを救ったようなものでしょう。・・・えっ?ほんとうは助ける役回りをやりたかったって?だめだめ。今回は兄弟の再会が優先。そこは察しなさい。・・・そりゃあねぇ、私も君が助けに行く展開の方が燃えるわよ。けどダメ。・・・このままでいいの?
最近、女の子と一緒にいるみたいよ、あいつ。うん・・・手を貸してあげてもいいよ。けど、君ならいけそうな気がするんだけどなぁ。・・あぁ夏休み初めにやるんだって。やんわりと誘うように言っとくから、頑張ってよ。・・ふふ・・はいはーい。じゃあね。」
吉岡は電話をオフにした。
スマホの画面には『飯島くん』と表示されていた。
いかがでしたでしょうか。
単に吉岡がすごすぎる話になりましたね。
本当はミステリーチックに書きたかったけど、結局主人公が際立ちました。
今回に関しては吉岡というキャラクターを大事にして書きました。
ただ、これ何が伝えたかったのでしょうと言われたら・・・
私にもわかりません。単純に吉岡さんのやらせたいままに書き進めたらこうなりました。
中身がないけど、小話として楽しんでいただけたら嬉しいです。