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第3章 東の森、泉の汚染

 青水島中を流れる川は、かつての透き通る美しさは影も形もなく、川面に漂う不気味な影が静かに迫る危機を物語っている。

キラは川辺にしゃがみ込み、ゴーグル越しに濁った水を見つめた。

「この水……ただの汚染じゃない。」彼はゴーグルを外して息をついた。「青の力と違う、別の力が入り込んでる。」

「別の力?」

治癒師の青年、リュイが不安げに問い返した。彼はキラの隣に座り込み、水面をじっと見つめる。


「そう。」キラは立ち上がり、水を指差して説明を続けた。「見て。青の力は、通常こうやって穏やかに流れてるはずだ。でもここでは……別の力が混ざって濁り渦になってる。それも、まるで何かに引き込まれるみたいに。」


ティアが後ろから近づき、首を傾げながら川を覗き込む。

「じゃあ、それがこの汚染の原因ってこと?」


キラは小さく頷くと、川上を指差した。

「力の流れを追うと、上流が怪しい。東の森の泉に行く必要があるな。」


リュイは地図を取り出し、泉の位置を確認する。

「案内するよ。東の森は深いし少し危険だから俺も同行する。」


「ありがとう、助かるよ。」キラは彼に向かって軽く笑みを浮かべた。


「侯爵様に案内人として任命されているしね。」リュイは仕方ないというように肩をすくめた。


東の森への道中、ティアはキラの横を歩きながらぽつりと話し始めた。

「ねえ、キラ。あの水、見てるだけで気持ち悪くならなかった?」


「正直、気持ちいいもんじゃなかったけど。」キラは頷きながら答える。「でも、それより原因を見つける方が先だろ?」


「うん、そうだけど……。」ティアは目を伏せる。「私、ちょっと怖いかも。」


キラは立ち止まり、彼女の顔を覗き込むようにして笑った。

「大丈夫だよ。僕がついてる。それに、リュイだって頼りになるし。」


ティアは少し顔を赤らめながら、照れくさそうに頷いた。「……分かった。」


そのやり取りを聞いていたリュイが、振り返って笑みを浮かべた。「君たち、仲がいいんだな。」

キラは少し照れたように笑い返し、「まあ、仲間だからね。信頼してるんだ。」と肩をすくめた。


東の森は霧が漂い、奥に進むほど空気が重くなっていく。森の中心に近づくほど、川の水はさらに濁り、その異様さが一行を包み込む。

「東の森の泉って、本当に美しい場所なんだ。」リュイが前を歩きながら話し始めた。「朝日が差し込むと水面が金色に輝いて、まるで別世界みたいだった。でも今は……。」

「だからこそ、原因を見つけに来たんだ。」キラがリュイの言葉を遮りつつ軽く肩を叩いた。「元の美しい森に戻せるように、全力で調べる。」


ーーーー


霧が肌にまとわりつく。東の森の奥、静寂を破るものは3人の足音だけだった。

「東の森の泉って、本当に美しい場所なんだ。」

リュイが足を止め、少し振り返るように話し始めた。「朝日が差し込むと水面が金色に輝いてさ…………。今は…どんな状態なのか想像できない。」


キラが軽くリュイの肩を叩く。「まずは確かめよう。行って僕たちでなんとかするしかないだろ。」

リュイは目を伏せたまま、短く息をついた。「……そうだな。分かってる。」

さらに奥へ進むと、空が開けた広場に出た。だが、そこに広がるのはリュイの記憶にある美しい泉とは全く異なる光景だった。


 霧がさらに濃くなり、不気味な匂いが漂う。濁った水面には奇妙な光がゆらめき、森の木々が唸り声を上げて揺れているように見えた。


「これ……なんだ……。」

リュイの声が震え、その場に膝をついた。「これが、あの泉だっていうのか……。」

「リュイ!」

キラの声が鋭く響く。「しっかりしろ。僕たちがここにいるのは、この泉を元に戻すためだろ?」


リュイは拳を握りしめたまま顔を伏せていたが、深く息を吸い込むと顔を上げた。

「……悪い。弱気になってどうするんだよな。」


 キラはリュイに軽く頷くと、泉の中心を指差した。「僕はあそこを調べる。異常な力が底から湧いてるのが見えるんだ。」

ティアが辺りを見回しながら口を開いた。「じゃあ私は周りを見てみる。浄化できる場所があれば試してみる!」

彼女はすでに風の力を呼び起こしており、霧が吹き飛ばされると青い光が辺りを包み込んだ。

「すごい……。」

リュイが目を見張り、息を呑んだ。「ティア、その力……こんなに強いなんて……。」

「リュイ、そんなこと言ってる暇ないでしょ?!」

ティアが言い放ち、リュイはハッとして調査に戻る。


 一方、キラはゴーグルを装着し、泉の底をじっと見つめていた。その視線の先、禍々しい光が渦巻いているのがはっきりと見えた。

「泉の底だ……。」

キラが静かに呟く。「あの光、何かがおかしい……。」

さらに一歩、泉に近づく。水の縁に立ち、彼は振り返らずに言った。「僕、あの辺りまで行って調べる。この泉、どのくらい深い?」

「待て!」

リュイがキラの肩を掴む。「おい、むやみに入るな!泉がどうなってるのか分からないんだぞ。毒かもしれないし、危険だ!」


 キラは驚きつつもリュイの言葉を受け入れるように頷いた。「……確かに、焦りすぎた。ありがとう。」

ティアが息を切らしながら戻ってきた。「こっちは少し浄化できた。でも、まだ何か邪魔してるみたい。」

キラはゴーグルを外し、2人に向き直る。


―――


リュイは泉の水を瓶に採取し、持参した機器で測定を始めた。装置から淡い緑色の光が漏れ、水の成分が次々と分析されていく。

「……浄化力はほとんど残っていないけど、毒性も見当たらない。でもこの濁りの原因は……まさか、カラスタイトか?」

リュイの表情が険しくなった。


「カラスタイト?」キラが眉をひそめる。「橙土島で採れる鉱石のことだよな?」

「ああ、でもただの鉱石じゃない。錬金術で使われる素材だ。特に腐食を引き起こす性質が注目されているって噂を聞いたことがある。」


リュイの言葉にティアが驚きの声を上げる。

「腐食?そんな危険なものが、どうして泉に?」


リュイは複雑な表情を浮かべた。「本来は岩から鉱物を効率よく抽出するための技術だ。橙土島では鉱石採掘に役立っている。けど、誰かがこれを悪用して、浄化の泉を汚したんだろうな……。」


「まさか、中央島の皇帝だけじゃなく橙土島も絡んでいるんじゃないか?」

リュイがぽつりとつぶやいた。その言葉に、キラとティアの表情が険しくなる。


「それは後で考えよう。今は泉を元に戻すことが最優先だ。」さらに錬金術というリュイの話に、キラは納得したように続ける。

「この見慣れない力は、錬金術の力だったのか。力の流れからして、泉の底に、錬金術にまつわる、なんらかの装置が沈められていると思う。装置を見つけるにしても、まずはこの水の濁りをある程度なんとかしたいな。」


「さっき無鉄砲に、入ろうとしてなかったか?」

リュイは苦笑気味に言った。キラは少し罰が悪そうだ。


「ただ単に、浄化をしても装置がある限り、どんどん腐敗していくから意味がないわよね?」

ティアがキラに尋ねる。


「そうだな…。錬金術はそもそも物質を変化させる術だから…。」

キラはしばらく考えていたが、何か思いついたように顔を上げて言った。

「そうだ!カラスタイトを用いた錬金術で水を変性させているのなら、カラスタイトが無くなれば、錬金術は止められるはず!」



「どうやってからタイトをなくすの?」ティアがキラに問いかける。


「ティア、リュイが抽出したカラタイトを参考にして、橙色の力を使って泉に含まれるカラスタイトを特定してくれ。その後、僕がカラスタイトを引き寄せる。」


 カラスタイトを手にティアは意を決して、虹色のブレスレットを光らせた。泉の水が渦を巻き、泉に充満している細かいカラスタイトが橙色に反応して光り出す。それを見たキラが集中し、手袋の力でカラスタイトを一箇所に集め始めた。


 しばらくして、泉の水から黒い砂状の物質が拳大ほど取り出された。リュイがそれを凝視しながら呟く。「……これだけで泉が汚染できてしまうんだな。」


キラは泉の中心に視線を固定していた。カラスタイトを取り除いたことで水は少し澄んだが、まだ泉の底から不気味な光が漏れ出している。

キラは深く息を吐いた。「……とにかく、装置を探し出さないと。」

「二人とも、。何かあればすぐ知らせるから準備を頼む。」

そう言ってキラはゴーグルを調整し、泉の中心に向かう。


「分かったわ。」ティアが頷き、風の力で霧を払いつつ応援の準備を始める。リュイも慎重に装置を調整しながら、何かを言いたげな表情を浮かべていたが、最終的に「気をつけろよ」と一言だけ絞り出した。


 キラは泉に飛び込むと、冷たい水が全身を包んだ。水は澄んでおり、カラスタイトを取り除いた効果が感じられた。ゴーグル越しに見える景色は、奇妙に歪んでいる。水中では異様な橙色の光が脈動し、底に沈む装置を照らしていた。


「これだ……!」

キラの視界に入ったのは、黒い金属製の装置。表面には複雑な文様が刻まれ、淡い光が流れるように動いている。近づくたびに頭に響くような低い音が聞こえた。


「間違いない、これが原因だ。」

キラは心を決めると、装置に慎重に手を伸ばした。グローブ越しに装置の力を感じ取る。脈動する錬金術のエネルギーがカラスタイトを媒介に水を変質させていると悟った。


「ティア、リュイ。装置を取り出す。警戒してくれ!」

水面から顔を出してそう告げると、二人は頷き、それぞれ準備に取り掛かった。

キラはグローブに力を込め、装置を慎重に持ち上げた。青い光が水中で渦を巻き、装置を浮かび上がらせる。水面を突破した瞬間、リュイとティアが駆け寄ってきた。


「これが原因……?」

ティアが眉をひそめながら、黒い装置をじっと見つめる。その表面から漏れる橙色の光が不気味に脈動している。

「錬金術の術式が複雑すぎる……。」

リュイが装置を凝視しながら呟く。「これを止める方法があるのか?」


キラは装置を観察し、心の中で手順を組み立てていた。「錬金術のエネルギーの流れが中心に集まってる。ここを破壊すれば、術式を断ち切れるかもしれない。」


リュイがなるほどと言いたげに、装置に触れた。その瞬間、文様が急速に回転し始め、装置の光が異常なほど強まった。

「リュイ、離れろ!」

キラが叫び、リュイを押しのけると同時に装置が爆発音を轟かせた。眩しい光が周囲を包み、キラの体は爆風に吹き飛ばされた。

「……くそっ!」

地面に叩きつけられたキラは咄嗟に起き上がり、仲間の無事を確認した。ティアとリュイは少し離れた場所で倒れていたが、意識はあるようだった。


「大丈夫か、二人とも!」

キラが声を張り上げると、ティアがうめきながら答える。「なんとか……でも、あれは……!」

キラが振り返ると、爆発の衝撃で装置が崩壊し、その中心から淡い光が立ち上っていた。光が消えた瞬間、泉の水は静かに澄み始め、周囲の空気も少しずつ浄化されていくのが分かった。

「やったのか……?」

キラが深く息を吐きながら拳を握る。彼の眼差しは爆破が装置の防衛機能なのか、それとも別の原因があるのか、見極めようとしていた。


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