第2章 青水侯爵フルーメ・メルクリスと皇帝の影
「ここが青水侯爵の館だよ。」
リュイが指差した先には、水晶のように透明な川の水が館の周囲を流れ、壮麗な建物がそびえていた。館の外観は美しく、まるで水に浮かぶように建てられている。だが、門前に立つ騎士たちの鋭い視線は、訪問者を拒むような厳格さを帯びており、緊張感が漂っていた。
リュイが先んじて門番に挨拶をする。
「浄化の力のことで話がある。紫重侯爵の推薦状を持つ者たちをお連れしたい。」
門番は一瞬怪訝そうな顔をしたが、推薦状の名前を聞くと、その場を去って内通を行い、間もなく門が開いた。
門をくぐると、涼やかな水の音が耳に入り、庭に設けられた噴水が静かに流れ続けている。その音は、心を落ち着けるように感じられた。
館の中へ通された二人を出迎えたのは、青いストレートの長髪を揺らしながら歩み寄る一人の女性だった。フルーメ・メルクリス侯爵。青緑色の瞳が静かに二人を見つめ、その柔らかな雰囲気が一瞬で場を和ませる。しかし、その優美な顔立ちには、隠しきれない苦悩の影が浮かんでいた。
「紫重侯爵エイレーンからの使いとして、あなた方を歓迎します。」
フルーメはそう言って、穏やかな微笑みを浮かべた。その笑顔には、どこか虚しさを感じさせるものがあった。
「侯爵様、今回の件であなたにご協力をお願いしたいのですが。」
キラが紹介状を差し出しながら語りかけると、フルーメはその手を受け取り、目を通した。
「青水島のために力を尽くしてくださるのですね。心より感謝いたします。」
彼女の礼には真心が込められていたが、続けて静かな声でこう言った。
「ですが、現状では私が直接的に支援するのは難しいのです。」
ティアが眉を寄せる。
「それはどういうことでしょう?私たちは、青水島の浄化の力が弱まっている原因を突き止めたいだけなのに……。」
フルーメの瞳が一瞬、青水島の広大な川を眺めるように遠くを見た。その表情に深い悲しみが浮かぶ。
「青水島は代々、浄化の力を基盤として医療を発展させてきました。しかし、近年中央島の圧力が強まり、浄化の力が低下していることが知られれば、私たちの立場はさらに悪化するでしょう。」
キラが疑問の声をあげる。
「つまり、中央島は青水島を攻撃しているのですか?」
フルーメは少し間を置いて、静かに頷いた。
「攻撃ではありません。ただ、中央島は私たちが供給するポーションを利権と見なし、他の島への供給を減らすよう要求しています。それに応じない私たちに対し、無言の圧力がかかっているのです。治癒師たちが帰って来れないのもそのせいです。」
その言葉に、ティアは目を見開き、声を詰まらせた。
「そんな……!」
フルーメは肩を震わせ、さらに言葉を続ける。
「私の側近や治癒師の中に、皇帝に通じている者がいるようです。川の汚染が進んでいるのも、彼らが裏で工作している可能性が高いと私は考えています。」
「それで、僕たちが島の調査をしても、公に支援できないわけですね。」
キラは冷静に言い放った。
フルーメは苦しげに唇を噛んだ。
「私の立場では、あなた方を表立って支援すると必ず妨害されるでしょう。ですが、青水島にいる一人の少年が、夢のために遺跡を調査している。それを黙認する形ならば……」
キラはしばらく考えた後、静かに頷いた。
「理解しました。僕たちは青水島の浄化の力を取り戻すために動きます。それが、僕の夢にもつながると思うから。」
フルーメの青緑色の瞳が少し潤んだように見えた。
「ありがとう……。どうか、私たちを救う手助けをしてください。」
キラはその目を見つめ、静かに頷いた。
「分かりました。僕たちは紫重侯爵の資料から、島全体を流れる川と遺跡に深い関係があると考えています。川の流れがわかる地図などありますか?」
フルーメは青水島の川の流れと水脈を記した地図をキラたちに渡した。
「ええ、これを持って行ってください。それと、リュイを案内役に同行させます。」
「え、俺ですか?」
後ろに控えていたリュイが驚いた声をあげた。
フルーメはうなずきながら言った。
「地図があるとはいえ、川は島中に流れています。領民以外の方が川の流れを把握するのは至難の業です。あなたがサポートしてあげてください。くれぐれも、私の指示だということは周りに悟られないように。どうか、気をつけて。」
「わかりました。」
リュイは深く頷き、キラたちを見つめた。
こうしてキラとティアは、青水島の浄化の力を取り戻すため、水源の調査に向かうのだった。