婚約破棄する馬鹿王子の初恋は叶わないようです
「初恋って、叶わないものなのよ」
アタシは、運命を占いに来た王子にそう言った。
目の前に座るのは、黄金の髪に、琥珀のような瞳を輝かせるアレクシス殿下。
美しい顔立ちは、まるで彫刻のような完璧さだ。
いつもは上質な礼服を着ているが、アタシの前では、柔らかなローブを身につけている。
「そんなわけはない。私は、ルーリエを愛している!」
馬鹿みたいに、ルーリエ伯爵令嬢のすばらしさを語る。
「婚約はできるのだからいいでしょう」
アタシは退屈そうに言った。
明日は、殿下とルーリエ嬢の婚約披露宴の日、そんな大事な日の前にこんなところでうだうだしていていいわけがない。
「それでは、ダメなのだ。私は真実の愛がほしい」
出たよ。『真実の愛』。さっぱりわからない。
「真実の愛とは」
「相手から好きだといってほしいのだ」
急に話が安っぽくなった。
「婚約するというのに、ルーリエ嬢は勇者ロレンのカッコよさばかり私の前で語るのだ」
「あんたも、アタシの前で、ルーリエ嬢のことばかり語ってるけど?」
アタシは、苦笑しながら殿下に皮肉で返す。
アタシの言葉は、気にもせずに、占いの机をバンッ!と叩いた。
「ということで、今日も占ってほしい」
「はいはい」
アタシは、呆れながら水晶に魔力を流し込むと、占いを開始した。
「『夕暮れ時に眠る者よ。長き夢の内で、真なる愛を発見する』だって」
「つまり、どうすればいいのだ!?」
答えは簡単。
「早く寝なさいってことよ」
「そうすれば、真実の愛が見つけられるのだな」
「きっと、そうね」
アレクシス殿下は、ほっとしたように頷き、少し気を取り直した様子で立ち上がった。
その姿は美しいが、最近は、忙しかったからか疲れが顔に出ている。
たぶん、目の下のクマがとれさえすれば、美男子なのだから、ルーリエ嬢も見直すだろう。
「そうか。ならば、寝るとしよう。おやすみ。グリア」
「はいはい。おやすみなさい。アレクシス殿下」
アタシは、帰っていく馬鹿王子の背中を見送った。
「初恋って、叶わないものなのよ」
そんなことを呟きながら。
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次の日、アタシはあくびをしながら、婚約お披露目パーティーに現れた。
「なんで、君は今日もそんな恰好なのだ」
主役として挨拶周りをしていたアレクシスが、アタシの恰好に文句をつけてくる。
アタシは、黒の大きな真っ黒帽子をくいっと上げながら言った。
一応、服は黒ではあるもののローブではなく、ドレスにしてきた。
「別にいいでしょう。主役でもなんでもないのだから」
ドレスコードは、守っているので文句を言われる筋合いはない。
アタシは、単に親の七光りの貴族の末端の座を利用して、タダで夕飯にありつきたいと思っているだけ。
机の上には、豪華な料理と、なにより黄金色に輝くお酒が大量に置いてある。
わぁーお。年代物のブランデーだわ。
今日は飲むわよ。
給仕から、瓶ごとお酒をもらうと、会場の隅っこに陣取った。
話しかけてくる者はいない。
壇上で繰り広げらる出し物をみていると、遂に本日のメインイベントであるアレクシスが前に出てきた。
しかし、突然会場に轟く声が響いた。
「ルーリエ伯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
馬鹿王子の声が、響き渡った。
会場に衝撃が走った。
それはそうだろう。
王子のルーリエ嬢の溺愛ぶりは、知れ渡っていたのだから。
一番動揺していたのは、檀上の脇で出番を待っていたルーリエ嬢だろう。
前に進み出て、殿下に抗議を始めた。
「殿下、なんの御冗談ですか? 婚約してほしいと申し出てきたのはそちらでしょう」
殿下――馬鹿王子は、したり顔で頷いた。
「昨日は、今日のために、早く寝て頭がすっきりしたのだ」
「それで?」
「そうして、私は真実の愛に目覚めたのだ。私は、グリア男爵令嬢を愛していると!」
馬鹿王子のわがままに巻き込まれた可哀想な奴がいたものね。
ところで、グリア男爵令嬢って誰よ……。
なんだか、視線がアタシに集まってきているような。
あっ……。
グリア男爵令嬢って、アタシか!
「ちょっと、なにどういうことなの!?」
つかつかと履きなれないハイヒールをならしながら、檀上にあがる。
アタシと同じように、怒った顔をして壇上に上がってくる者がいた。
魔王を倒した勇者ロイルの子息ロレンだった。
長身でたくましく、聖剣を手にしたその姿は戦士そのもの。
「貴公らは、ルーリエを愚弄する気か」
「はあ、別に愚弄はしてないでしょ。ただの婚約破棄よ」
婚約を破棄すると言っただけだ。
馬鹿王子も、ルーリエ嬢が悪いとは言っていない。
「国のことを思い、ルーリエが泣く泣く承諾した覚悟を愚弄しただろう」
確かに、それを言われると、二の句が告げない。
アタシは、ちゃんと謝罪させようとアレクシス殿下を見ようとしたところで、
ロレンは、アタシに言ってきた。
「そもそもルーリエを魔族から、守ることすらできない弱い男の分際で、婚約者など片腹痛い」
大昔、魔王の残党がルーリエ嬢を襲った時、助けに入ったアレクシス殿下が返り討ちに会ったことを言っているのだろう。それは、事実ではあるが、言っていいことと悪いことがある。
「殿下を侮辱してるのは、あんたでしょう」
「お前も、ただの勇者の従者の分際で、貴族などと偉そうに」
バカ勇者は、殿下とアタシを愚弄してきた。
カッチ―ン。
頭の中で怒りの歯車がかみ合った。
「はぁ、勇者が賢者の上だなんて思い上がりも甚だしいわ」
「貴様のような者が賢者を名乗るなど、傲慢だ!」
「あんたこそ、馬鹿なのに勇者なんて名乗って何様のつもりよ?」
「魔王を倒したのは父上だぞ」
「真の黒幕である竜王を倒したのは、アタシのお父様よ」
「なんだと」
ロレンが、聖剣の柄に手をかける。
「なによ」
アタシもローブの下に隠した魔杖を握りしめた。
「やるのか」
「のぞむところよ」
言い争いがヒートアップし、ロレンが聖剣を振りかざした瞬間、アタシは魔杖を構えた。
―バチンッ!―
聖剣とアタシの魔杖が空中で激しくぶつかり合い、衝撃波が周囲に吹き荒れた。天を突き抜けるような光が生まれ、王宮の天井が音を立てて崩壊していく。
「くっ……!」ロレンは聖剣を振り抜き、迫ってくる。しかし、アタシはすかさずカウンターを打つ。杖先から放たれた魔力が弾丸のように彼に向かって飛び、衝撃波で彼を数メートル後方へ吹き飛ばした。
「やったわ……!」
勝利を収め、
ようやく少し冷静になり、自分がしでかしたことを見渡してみる。
「あっ。やっば……」
魔法を真正面から受けたもののロレンは、のびているだけで死んではいない。
それは、いい。
だけど、会場は無残な姿に変わり果て、瓦礫の山と化していた。屋根が吹き飛び、王宮の煌びやかな内装が見る影もない。戦闘は一瞬だったが、被害は甚大だった。
やっちまったと、思いながら国王様を見ると、真っ赤な顔をして怒っていた。
そして、アタシとアレクシス殿下に向かって、大きな声でこう言った。
「バカ息子と魔導士グリア男爵令嬢をこの国から追放処分とする!」
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「空が青いわ」
すっきりと晴れた空を見ながら、アタシは呟いた。
いろいろな手を尽くして息子のために、伯爵令嬢との婚約を取り付けた王様の顔に泥を塗った殿下。
王宮を完膚なきまでに破壊しつくした男爵令嬢。
「どう考えても、真っ当な理由での追放ね」
すがすがしいまでに、自分たちが悪い追放である。
国外追放期間は3年とのこと。
要は頭を冷やしてこいとのことであろう。
王様、普通に優しい。
そして、アタシと共に、リュックを背負ったアレクシスをみた。
「うっぐ、うっぐ、すまない。ここまで大事にするつもりはなかったのだ」
顔はぐちゃぐちゃでみっともない。
綺麗な顔が台無しである。
「はいはい。泣かないの」
アタシは、ハンカチを取り出し、アレクシスの顔を拭いてあげた。
「すまない。勝手に巻き込んでしまって」
「やらかしたのは、むしろアタシだし」
「一言、相談していれば、こんなことには」
「ほんとよ。もう、やるならやるで、相談して頂戴」
「でも、思いついたのは、今日起きてからだったのだ」
「はいはい。どうせ、ルーリエ嬢のことをおもってでしょう」
ルーリエ嬢から見れば、勝手に婚約してきた上に、言いがかりをつけられた上に勝手に破棄してきた馬鹿王子が自滅して国外追放されたようなものだ。
これからは、彼女はアレクシスの悪態をつきながら大っぴらにあのバカ勇者と付き合い、幸せに生きるだろう。
「二人は幸せになるでしょう。あなたの狙い通りでしょうね」
「違うのだ。本当に真実の愛に気づいたのだ」
「はぁあ?」
「花束を贈っても、心を込めた愛の言葉を送っても、ルーリエは私を振り向いてはくれなかった。なのに、君はいつも私の言葉を親身に聞いてくれた。君ほど私のことを考えてくれている人はいないと思ってしまったのだ」
「えーと、つまり、どういうことなの」
アレクシス殿下は、アタシの顔を琥珀色の瞳でまっすぐ見つめて、アタシの手を取り真剣な表情で言った。
「私は、グリアのことを愛している」
「……本当にあなたの愛は一方的ね」
「まったくだな……今も、君に苦労をかけてしまっている」
「いいわよ。別に、アタシは、魔法も占いもあるし、どこでだって生きていけるから」
「それに比べて僕は……」
「あんたも、そんなに弱くないわよ」
あの時、襲い掛かってきたのはデーモン族、魔王の直系だ。
本当は立ち向かっていっただけでも、たいしたものなのだ。
あのバカ勇者とアタシの性能が段違いなだけで。
「それに、あんたの取柄戦闘力じゃなくて、底抜けの明るさでしょう」
「そうだな。では、新天地めざして出発するとしよう」
眩しいほど凛々しい顔をしてアレクシスは、アタシに言った。
「よし! いくぞ、愛しのグリアよ」
「ちょっとそれ、やめなさい」
いうだけ言うと、恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてアレクシスは先を歩いていく。
アタシはアタシで、ほころぶ口元を隠しながら、アレクシスに気づかれないように呟いた。
「初恋って、叶うこともあるのね」