第8話 学園 二年目が始まる ⑤
「まあ我が家なんかは中央での発言力も権力も爵位も無い弱小貴族だから、大勢に影響はないのだけれども」
「貴族、の皆さまは、平民が魔法学園で学ぶことを厭うって聞いたことあります」
学園に入学してからな。居んだよ、教師の中にもそういうヤツ。学園側も把握してんのか、直接平民の指導役にはなってないけどさ。
俺はこてん、と首を傾げた。
魔力持ち魔力持ちと言うが、人は多少の差はあれ誰しも魔力を持っている。一般的に魔力持ちとは要するに魔力量が貴族に匹敵するほど多い平民を指すのだ。
平民は若干の嫉妬心を込めて呼び、貴族が使うときには嫉妬に侮蔑もプラスされている、と聞いて。
(え~、魔力持ち嫌われてんじゃん)と、すっかり凹んでしまった俺。
村じゃ嫌われてる素振りなかったと思うんだけどなぁ。まぁ他人の肚の裡は分からんし。仲良く暮らしていたと思ってたのは俺だけなんだろうか。ちょっと……ちょっぴり……いや、かなり切ないし悲しい。
「学園では彼等は少数派だけれど、現実はねぇ……。高位貴族にすり寄る為に本心を偽って差別的な振舞いをしている場合も、表向き平等を説くけれど実態は平民排除派の急先鋒だった場合もあるのよねえ」
「わたし達にはわからないですもん。だ……どなたが平民を嫌っているかとか」
「学園側だって全ての貴族の意向を正確に把握できている訳ではないわ。だから生産職クラスの生徒には王立の工房への就職を推奨しているのよ。就職後のトラブル防止の為に」
そうだったのか。
俺はてっきり王家が魔力持ちを囲い込んでいるものだとばかり思っていたが。
公爵家や侯爵家、伯爵家といった高位貴族は自前の騎士団を持つように、魔道具工房も構えているものだ。騎士団の装備──武具防具への魔法効果付与とかは自領で行うんだってよ。まぁそりゃそうか、軍事機密だもんな。ってことは生涯その貴族家で雇われ続けるってこと?魔力無くなったらどーすんのかね?え?良くて飼い殺し?んじゃ悪ければ……え?
アボット先生によると、ほんとに滅多に無いことではあるが、急な欠員補充のために学園に卒業生を寄越せと捩じ込んでくる貴族がいるのだそうだ。特に戦闘職。
過去には準王族である公爵家からの申し入れもあったそうな。
学園側は卒業生を守りたい気持ちがあっても、高位の貴族家からの直接申し入れを拒否できない。
そらそうだ。魔法学園は八カ国協力のもと創立され運営されているのだ。出資者の意向に逆らえないのはこちらも前世も大差ない。
「もちろん戦闘職クラスの生徒にも、積極的に王国騎士団への就職を薦めているのよ」
そこでいったん言葉を切ったアボット先生は慎重に言葉を選んで話し始めた。
学園が平民生徒達の就職先に国の機関を薦める理由についてだ。
高位貴族家だと侍従や侍女は全員貴族の子女だ。騎士団にしてもそう。料理人とか庭師とか馬丁とか鍛治師とか。専門知識や技術が必要だったり、家族ぐるみで家に仕えていたりする他に平民が雇われていることはないのだ。それは魔道具工房でも騎士団でも同じ。
使用人の待遇はそれぞれで家による。
最上位である執事でさえも他の使用人と相部屋だったり、地下室だったり、地上でも一年中陽の射さない部屋だったりと劣悪な環境な場合も珍しくないんだとか。そんな家なら、平民の工房職員の待遇など推して知るべし。プライバシーが守られないどころか、人権すら守られない。心身への虐待も日常茶飯事。なにしろ貴族家では当主が絶対権力者。家族、使用人ならびにその家族全ての生殺与奪を握っているのだから。
平民の、しかも俺みたいな孤児なんて、なにされたって文句言えない。
なに、貴族、怖……。
「泣き寝入りするしかないんですね」
「泣き寝入りですめばいいけれど」
「え……」
「王都だけでも年間、いったい何人、身元不明の遺体が出てると思うの」
「え……。それって」
「行方不明者の捜索依頼も年間千人を超えるのよ。もっとも行方不明者が全員、捜索依頼を出してもらえるわけでもないから」
「え?……」
「もちろん屋敷の敷地から出さない場合も多いと思うわ」
「……え?」
「高位貴族の場合、王都のお屋敷だって敷地は広いし、森や湖があって処分し放題だから。あ、領地に持ち帰るのもありよね?領地なら治外法権。それこそしたい放題だもの」
何を?とは聞けなかった。
いや怖ええよ、この世界。夢見る少女向け恋愛ファンタジーじゃあなかったのかよ?
そんな暗黒時代的な世界観必要ねーんだけど。