第4話 学園 二年目が始まる ①
個室の扉を開けて足取りも軽く廊下を進む。
今朝は普段おさまりの悪いふわふわ癖毛が、とってもいい感じにふわんくるんと決まったので気分もアガる。新学期早々幸先がいい。自然と口角が上がるよ。ヒロインてきっと毎日がこんな気分なんだろうな。
魔法学園の制服はワンピース。白地に濃灰色のピンストライプ、ウエストまでは前釦が六つ。
襟は白。肩を覆う大きさの変形丸襟で周囲をぐるっとフリルが取り巻く付け襟タイプ。いつも清潔に真っ白で、ぱりっと糊を効かせておかなくちゃならないので、替えも含めて全部で六つ持っている。
袖はふんわりパフスリーブ。半袖は細いカフスに釦がひとつ。長袖はロングカフスに釦は六つ。どっちもカフスの色は白。
釦は前釦もカフスの釦も濃灰色で校章が刻印されているんだが、これが魔力刻印というヤツで偽造も偽装も不可能。持ち主と着用者が違うと釦の色が変わることで成り代わりとかの犯罪から、なにかとか弱い平民女子生徒を守っているんだってさ。
ふーん、でも貴族令嬢さまの制服も見た目俺らと同じだけどね?
ウエストは共布のベルト。バックルもワンピース生地でくるまれている。
スカートは四枚接ぎの膝丈フレアースカート。動きに合わせてふわふわ揺れる。
この制服、色はアレだがシルエットは美しい……俺の中のオトメゴコロがくすぐられるね。
だって村では膝丈のストンとした彩り皆無な無地のワンピに伸縮性の皆無なレギンスでさ。可愛らしさとか美しさなんて求めようがなかったんだよ。
まぁ俺自身は可愛くて可憐だったけどな。オラそこ!笑うとこじゃねえからな?
俺の個室を出て歩き始めて左側五つ目の扉が開き、濃い灰色のミディアムボブの美少女が笑顔を向けてくる。
「おはよう、ナタリー」
「おはようキティ」
キティが首を傾げて俺──ナタリーを見る。癖の無い真っ直ぐな髪がさらさらと揺れた。常日頃から癖毛に手こずり悩まされる俺としてはうやらま、羨ましい限りだ。
「ナタリー、今日くるふわですっごい可愛い」
切れ長の目を何度もぱちくりさせながら、俺のくるふわカールに手を伸ばす。
キティは俺と同じ平民生産職基礎クラスの同級生だ。
濃い灰色の髪に飴色の瞳、賢くクールな感じの美少女で、身長は俺と同じくらいだが、腰の位置は握りこぶしふたつ分キティの方が高い。手を重ねてもキティのが爪半分指が長く掌も大きいので、たぶん一年以内にはするっと背が伸びんじゃないかな。
知らんけど。
「ありがと。いつも寝起きは寝癖でしっちゃかめっちゃかで纏まんなくてたいへんだのに、今朝は一発でスタイリングが決まったの」
「よかったわね、いつもの襟足でふたつに結んでいるのも似合ってるけど、ナタリーには今朝の髪型の方が似合うと思うわ」
「うん。あたしもこっちのが好き。朝一番にしゅぱ!と纏まったから今日はなんかいいことありそうな気がする。そのくらい嬉しい」
「……そう、よかったわね」
俺ってほんと単純。見てみろよ、キティの視線が生温いわ。
「おはよぉ、おふたりさん……」
「「おはよう、ラリサ」」
ポン、と肩に手を置かれた。俺とキティの間にぬうっと顔を出したのはラリサだ。
腰まである焦げ茶色の髪をキリッとポニーテールに纏めてる。瞳も髪と同色でシャープな印象が強くて、俺達より頭ひとつ背が高いはっきりした性格の彼女によく似合っているんだが。
「どしたの、ラリサ。目ぇ開いてないよ?」
「目の下の隈が酷いわよ。そんなで教室に行くの?」
キティの言う通り、ラリサの目の下には第三、第四の目か?ってくらいにくっきりはっきりした隈があった。ラリサの瞳の色と同じくらいだ。
「寝てないの?」
「ラリサ、目ぇ開いてないよ?」
普段のキリッ!としたラリサじゃない。心なしかポニーテールもくたん、として見える。
「うう~ン。コレ、続きが気になって途中でやめられなかったぁ」
ラリサが背中に回していた手に持っている本を示した。
「ぁう」
いかん。変な声出た。
「あら。ソレ昨日ナタリーに借りてた本よね?もう読み終えたの?」
「うん」
ラリサが猛スピードで頭を上下に振る。声にも謎のエフェクトかかってるし。『うん』が『ぅう"ん"ン』って聞こえたよ。コワい……いや、ライブ会場じゃないんだから、ヘッドバンギングは……ヤメテ。
俺とキティだけでなく、通りかかった他の生徒もギョッとした後二度見して視線を逸らし速足で通り抜けてく。
同じクラスの子もいたが、挨拶さえ無しだった。
ん、わかるよ。関わりたくないんだよね?俺もそうだよ、こんな壊れかけたラリサ怖くて側に立ってるだけでも足ぷるぷるするよ。