三話 真相
俺はルニクスのテント前に来ていた。
警備は深夜の訪問者である俺に、どっか行けとは言わない。
たぶん、ルニクスが俺が来たら受け入れるように言っているのだ。
俺が思い直して、ルニクスの仲間になりに来た時のために。
「ようルニクス」
「何だ、敬語はやめたのか?嬉しいね」
「もう必要無いだろ」
「俺達の仲間になりに来たのか?」
出迎えたルニクスは、俺に笑いかける。
俺の顔は、たぶんそれと対照的な怒りだろう。
「違う、ただ一つ聞きたい事がある、対宇宙人組織でリーダーをしているお前に」
「……」
ルニクスは、護衛の奴らに目配せした。すると連中は一瞬でどこかに消え失せる。
ここから見えない遠くで見張ってはいるだろうが、近くにはいない。
どうやら俺の聞きたい事は、ルニクスにとってあまり人には知られたく無い事のようだ。
まぁいい、聞きたい事を俺は思う存分聞くだけだ。
「宇宙人のメッセージってさ、毎回ちょっとずつ文面違うよな。あれ連中なりに歩み寄ろうとした結果なんじゃないの?」
「……」
「そんなメッセージ、わざと悪意を持って解釈していたのお前だろ」
「あぁ」
ルニクスは俺の追求をあっさり認めた。
宇宙人が平和に事を進められない原因の一つは、地球人の側にあったのだ。
宇宙人のやることなす事全部に悪意があるのだと決めつけるヤツがいて、しかもそいつの発言力があるなら交流なんて上手くいくわけが無い。
「宇宙人がべつに地球人を滅ぼすつもりは無いって、お前も思ってるんだ」
「あぁ」
「でも、お前みたいな偉いヤツが”宇宙人には敵意があります”って言えばみんな信じるんだ。そうやって、地球人と宇宙人の平和的交流を邪魔したんだろうが!!!」
昨日、俺がルニクスに発見したメッセージの内容を教えたら、士気高揚に使われた。
ああやってルニクスが、宇宙人への敵意をみんなに植え付けてきたんだろう。
「……前に夜空を見たんだ。宇宙人の船に弾丸をぶちこむ作戦の時にな」
ルニクスは空の話を始める。
「わかってたんだろ……もうすぐ地球が滅ぶって。だから、こんないきなり本命の作戦とやらをやるんだろ、滅ぶ前に」
「星を見て俺も気づいた、宇宙人の目的は俺達を滅ぼす事じゃないんだろうって、気づいたさ」
「……気づいたのは、お前一人だけか?」
「いいや。だけど”あの星は宇宙人の兵器だ、宇宙人はアレをぶつけて人類を滅ぼそうとしてる”って言ったら皆信じるぜ?適当こいただけなんだけどな」
俺の怒りは、もう限界だった。
そんなウソまでついて、こいつは何がしたいんだ。
「なぜ宇宙人と敵対する?あいつらは星の衝突で死にそうになってる俺達を助けてくれようとしてるんだぞ?!それをなぜ?!」
「……宇宙人が俺達人類を助ける、その目的は?」
「なに?」
ルニクスの言葉は、俺の勢いを一瞬で削いだ。
「宇宙人に連れていかれたらどう扱われるんだ。奴らは人肉が好みなのか、それとも拷問が趣味か?まぁ一番現実的なのは奴隷にされる事だろうか?」
俺の中で、怒りが何処かから抜けていく。
ルニクスの主張は痛いほどわかってしまった。
俺はついさっき、宇宙人が滅ぼすつもりじゃないと知って気持ちがはやり、考えなしだった。
だけどルニクスは、ずっと前から知ってた。
だから沢山考えたのだろう、リスクを。
宇宙人が人類を助ける理由が、善意じゃない可能性について。
「……世界には善意だってある」
俺は善意を信じたかった。
「その善意をどうやって見極める?善意があったとして、宇宙人の価値観で描く善意は俺達にとって害にならないと言えるか?」
「それは……」
ルニクスへの反論をしようとして、言葉が俺には浮かばない。
「目的が何であれ説明もなく人をさらいまくるような連中だ。あまり期待できないな」
「拷問とか、そんな事のために……ッ!わざわざ宇宙から来てまで、手間暇かけるかよ!!」
「地球人からしたら宇宙の移動ってたいそれた事だな。でも敵からしたら、俺達にとっての自転車くらいの気軽さでかもしれないぜ、宇宙旅行」
あまりにも、あまりにもルニクスの言葉の一つ一つには説得力がある。
「……俺は連中が信じられない、きっと連中に命を預けるより自由のため戦って死ぬ方がマシだ。少なくとも尊厳は守れる」
「……俺達、皆に宇宙人と戦う以外の選択肢があったんだろ」
俺はルニクスが、宇宙人を信用しない事は別にいいと思った。
例え宇宙人が人類を滅ぼすつもりが無いとしても、状況は結局のところ先行き見えないものだとつきつけられたから。
だが、ルニクスの行いに一つ気に入らない事がある。
それを否定したくて、声を出す。
「お前は説明もしなかった!誰にも相談しなかった!違う道があると知りながら誰にも!!」
俺は、ルニクスが気づいた事を何も人に話さなかった事が許せなかった。
嘘までついて、自分の好きなように他者を誘導したのが許せなかった。
「きっとそれは、期待しない方がいい道だ。どうせ行っても地獄しかないくせに、選ばなかったら後悔を残す。最初から知らなければ、迷わないで済む道だ」
「決めつけるな、選択肢があるんだったら俺は知りたかった……」
俺は例えゴミみたいな選択肢だったとしても、隠されたくない。
行く先くらい考えさせてほしかった。
「新しい道に飛びついた結果、死んだ方がマシだったと後悔しながら生きていくのは嫌だろう?」
「……意見はまとまらないんだな」
だがわかってしまう。ルニクスと俺の意見は決して交わらないと。
宇宙人襲来前からこうだった、どこに遊びに行っても食事のメニューは一つとして被った事が無い。
「結局メッセージの謎を解き明かす事は出来ない。そりゃ推察は出来るが、結局のところ真実は対面しなければわからんだろう。答え合わせの時には、もう手遅れだ」
「なら選ばせてくれよ、どこに行っても悲劇かもしれないっていうんなら、せめて選ぶくらいはさせてくれよ」
俺は、選択肢があるのにそれを無いようにするのは嫌だ。
そりゃ可能性は低いし、悲惨な未来だけが続いてるのかもしれない道だけど。
だから、ルニクスに背を向け、皆のいるところへ歩き出す。
「どこに行く?」
「地下に住む皆のとこ、彼らに地球が滅ぶ事を教える。それでどうしろって強制はしない」
「そうか」
ルニクスは俺を止めない。
宇宙人への反抗作戦を明日やるのだから、そんなモチベーションを下げかねない俺の事を止めるかと思ったけど。
「止めないのか?」
「お前も、俺達の反抗作戦を止めようってつもりじゃないんだろ?」
「……そうか」
俺はそのまま立ち去ろうとした。
「人は簡単に言葉に縋る」
だけどルニクスは、俺の背に声を掛ける。
俺は立ち止まるけど、振り向かない。
「覚悟をして、道を選べる上出来な人間がどれ程いるんだ?」
「……」
「意志無き者が周りに流されて浮ついた選択をする。そして悲惨な運命に相まみえれば、流れを作った奴を攻めるんだ。まるで、強用でもされていたかのように……恨み、そして恨んだ相手の尊厳を傷つけながら、死ぬ」
「……それでも、俺は行く」
ルニクスの意見はどれもネガティブだ、けど俺は反論しない。しても、何かが変わったりしない。
ルニクスのその言葉が俺の意思を何一つとして曲げないように、俺の言葉はルニクスを何一つも変えられない。
振り向かないまま、話す。
「お前は"愚か者"と呼ばれる、宇宙人に与したとしてな、戦って死んだ方がマシだったんだって、責められる」
「”愚か者”って呼ばれるかもしれないのはお前もだろ、無駄に反抗して無駄に命を散らしたってさ」
「ッ!!!そうだな!変わらないな!ハハ!」
ルニクスは何がツボに入ったのか、笑う。
そして笑いすぎて涙を流したのだろう。
ひきつった声だ。
「なぁお前本当に明日の作戦に参加するつもりは無いのか?コレから先お前は戦死した方がマシだったと思うかもしれない」
俺を引き留めるルニクスの声には、もう真剣さの一かけらも無い。
決して俺が乗らないと、ルニクスがわかり切ったうえでの勧誘だ。
「それでも参加、しない」
「そうか」
俺はその言葉で終わらせて、ルニクスのもとを去った。
今後一生で、俺とルニクスが関わる事は無いだろう。
さて、俺は皆に説明しないといけない。
地球に残って死ぬか、宇宙人に連れられていくのか。
道は少なくとも2つある事を。
正直どちらがマシかはわからない。もしかしたら、どっちも大して変わらないかもしれない。
俺達の未来は謎でしかない、実際にその時になるまで真実は明らかになりはしない。
宇宙からのメッセージだって、その真意はどこまで行っても謎だ。
いくらだって推理はできるけど、結論は"手遅れ"になって始めて出る。
もう引き返したくてもどうしようもなくなって、答えが出る。
その時は、後悔しようがもう遅い。
さて、急がないと。
夜はもうすぐ明けて、ルニクスは本格的な反攻作戦を始めてしまう。
あいつにさよならを言い忘れたけど、もうそんな事言いに戻る時間は無い。