われの〝うんめい〟が生まれた日
ピアディはその後、海上神殿から離れなかった。
正確には、ゆりかごのある祭殿の間から。
残りの夏休み期間中はずーっとだ。
心配した聖剣の聖者様が、友達になった冒険者志望の子どもたちを何度か連れてきてくれたので、気晴らしにはなった。
けれど、出迎えはしたが自分も一緒になって外に遊びに出て行くことはしなかった。
あの日、海の中から水面に出るまでピアディを守ってくれた魂たちは、また海へ戻っていったようで今はもう姿を消している。
ピアディの〝だいすき〟だった灰色羽竜の魂はといえば、それから海の中に戻ることはなく、ずっとピアディの周りを漂っていた。
そんなある日の夜明け前頃。
夏休みもあと数日で終わりという頃だ。
祭殿の間のゆりかごの前でぷぅぷう寝息をたてて眠っていたピアディは、頬っぺたのあたりに〝つんつん〟と軽い感触で突っつかれて目を覚ました。
「ぷぅ?」
かつて、大好きだったピアディの〝だいすき〟羽竜の魂だ。
丸くて小さな魂はピアディの目の前で明るく光ると、そのままヒュイッとゆりかごの卵の中へ吸い込まれていった。
「!」
何年も孵らなかった綿毛竜の雛がついに孵化するときが来たのだ。
「ぷぅ……(わああ……)」
長いことお寝坊さんだったわりに、雛竜が孵るのは実に潔かった。
みし、みしっとヒビの入っていた殻を、ポーンと上半分、頭突きで弾き飛ばして飛び出してきたのだ。
殻が割れると同時に、ゆりかごの透明な樹脂も消失した。あとに残ったのは割れて砕けた白い殻だけだ。
全身、純白の羽毛に覆われた綿毛竜の雛竜は、大きさはピアディと同じぐらい。見た目はまんま、白い毛玉だった。
殻とゆりかごから飛び出してきたばかりで濡れていた羽毛も、ピュイッとひと鳴きですぐ乾いた。
――綿毛竜は魔法が使える竜種だ。生まれながらに魔法を使いこなしている。
濡れた羽毛が乾くと、お耳のあたりがちょっとだけ、灰色羽竜を彷彿とさせる濃いグレー色に変わった。
ユキノとそのお嫁さんの卵に、あの羽竜の因子など入っていないはずなのに。
雛竜は何と父親ユキノのガーネットの瞳とは似ても似つかない澄んだ青色の瞳を持っていた。
ただの青色ではない。宝石のオパールのような色の変わる遊色のある青だ。
――まるで晴れた朝の、浅瀬の海のような色。
「ピュイ?(だあれ?)」
「ぷぅ(羽竜たん。われ、われのこと)」
覚えてないのか、と聞こうとしてピアディは思いとどまった。
(われ知ってる。生まれ変わるとそのまえの記憶は忘れるのがふつうなのだ。……おぼえてるほうがマズいのだ)」
ピアディはすくっと短い両脚で立つと、ベビーピンク色でぽんぽんの柔らかな胸やお腹を張った。
「ぷぅ!(フハハハハハ! 聞くがよい、もふもふドラゴンのベビーよ! われ、ピアディ。よろしくなのだ?)」
「ピュイッ(ピアディ。ピアディ!)」
「ぷぅ」
「ピュイッ」
「ぷぅ~」
「ピィピュアー」
「ぷぅ!」
ピアディと新しく生まれた雛竜は、すっかりおしゃべりに夢中だ。
「……くっ。まさかピアディちゃんに先を越されるなんて。私だけのもふもふちゃんになるはずでしたのに……」
卵の孵化とその後のピアディとのやり取りをこっそり見守っていた聖女様は、ちょっとだけ残念そうだ。
ピアディと出会う前から魔力を注いでいた聖女様は、生まれてくる雛竜を自分の相方にする気満々だったので。
だけど、目の前で繰り広げられる可愛い踊りに、すぐにお顔をゆるゆるに笑み崩れさせていた。
「可愛いから、まあ、いいか」
「ぷぅ!」
「ピュイッ」
ピアディが短い前脚を上げると、雛竜も同じようにふわふわの前脚を上げた。
たしっ、たしっ、と床を叩くと、合わせるように後ろ脚でステップを踏む。
そうして種族を超えて、よちよちと小さなピアディと雛竜が踊るダンスは、見ているだけで顔がとろけてしまうほど愛らしかった。
気づくと、お父さんのユキノも一緒にダンスダンスダンス。
まさに今ここに、カーナ神国のアイドルたちが誕生した瞬間であった。
「ぷぅ!(そなたはわれの〝うんめい〟! これからずっと一緒なのだ!)」
「ピュイッ(うんめい! ピアディ、うんめい!)」
そして、ピアディには大きな変化があった。
卵の孵化の連絡を受けて駆けつけた勇者君と鮭の人が、不思議そうに首を傾げている。
「あれ? ピアディが立ってる……」
「ウーパールーパーって二足歩行する生き物でしたっけ?」
海の冒険を乗り越え、新しい仲間を得て、ピアディは少しだけ進化したらしい。




