卵たんが、卵たんが……!
その頃、聖剣の聖者様は水着に着替えて夜の海に潜り、必死でピアディの捜索をしていた。
騎士団や冒険者たちも海上神殿に集まっている。泳ぎに自信のある者たちも潜り続けていたが、いまひとつだ。
「どうですか、ルシウスさん!?」
「……駄目だ。やはり、せめて朝にならねば水中の視界がきかぬ」
額に水中用の魔導具ランプを装着して潜り続けた聖剣の聖者様だったが、卵が入っていた小さなカゴ以外の成果は今のところなかった。
「ピュイッ!(ルシウスくん! ルシウスくん、あっち、神殿の端っこのほう!)」
人間より視力の良い綿毛竜のユキノが、もふもふの前脚で遠くを指した。
聖剣の聖者様はざばっと海から上がると、近くにあった魚獲り網を引っ掴んで、全力でダッシュした。あの場所なら泳ぐより走るほうが速い!
後から聖女様たちも追う。
「ピアディ!」
「ピアディちゃん!」
水面に顔を出すなり、ピアディは魚獲り網で聖剣の聖者様にすくい上げられた。
隣には聖女様たちもいる。
辺りが明るい。夜明け間もなくぐらいの時刻のようだ。
もう疲労困憊だったピアディだが、ここで果てるわけにはいかない。ぷぅっとお腹に力を入れて一鳴きした。
「ぷぅ(われのことはどうでもよい! 卵、卵たんが!)」
首に引っ掛けていた海藻の袋を取ってもらうと、綿毛竜の卵は全体にたくさんの細いヒビが入ってしまっている。
大きなヒビもある。中の竜の雛が見え隠れするほど。だが雛竜はぴくりとも動いていなかった。
「ぷぅ!(聖剣の聖者様! 聖女様! 卵たんに治癒魔法を……!)」
必死で頼むピアディだったが、聖剣の聖者様はその疲れきった小さな身体を抱き上げて、小さく顔を横に振った。
「ピアディ。残念だが、その卵はもう……」
「ピアディちゃん。たとえ聖なる魔力であっても、死んだものは生き返らないのです。それこそ医聖様なら話は別でしょうが……」
「ぷぅ!?(そ、そんな!?)」
だが何度、聖剣の聖者様と聖女様の顔を交互に見上げても、二人の悲しい顔は晴れなかった。
「ぷぅ(あ、ああ……卵たん、卵たん、……う、うあああああ!)」
大きな青い目どころか、全身が溶けて消えてしまうのではないかというほど、ピアディは泣いた。
まだ生まれる時期ではないのに卵が割れてしまったら、中の生き物は死んでしまうことが多い。
それぐらいはピアディでも知っていた。
だが、天は卵を見離さなかったようだ。
「間に合ったか」
落ち着いた少女の声に、皆が空を仰いだ。
グオオオーン……
濃緑色の飛竜が神殿の上を飛んでいる。その背から飛び降りてきたのは。
「ぷぅ(お、おばば?)」
「だから、私をおばばと呼ぶんじゃない。ジューアお姉様と呼ばんか!」
青みがかった透明感ある、腰までの長い銀髪。長いまつげに彩られた 湖面の水色の瞳。
白い肌に華奢な身体の麗しの少女が、小脇に子どもの頭大の球体を抱えていた。
以前、夢見の世界の中で見た、ピアディが創られた〝創成のゆりかご〟だ。
「ぷぅ(それ、ゆりかご……)」
「ようやく復元したばかりの貴重なものだが、まあ仕方がない。その卵のために使ってやろう」
魔王おばばが抱えていたゆりかごをヒビ割れた卵に近づけると、卵は音もなくすーっとゆりかごの中に封入された。
球体のゆりかごの中にはほんのり緑がかった青い液体が入っている。
ゆりかごに入るやいなや、壊れかけて潰れかけていた卵のヒビが、すーっと合わさって見えなくなった。
「おっと、あまり光に当てるのは良くないらしい。古の時代と同じように、神殿の祭殿の間に安置しておこう」
「ぷぅ(卵たん、ぶじなの?)」
「わからん。まあ、運が良ければ蘇生するだろう」
片手に卵入りのゆりかごを、もう片手でピアディをぷにっと掴んで、おばばは神殿の中へ入っていく。
祭殿の間にゆりかごを設置した後は、ピアディを筆頭に仲間たち全員で、力を振り絞って魔力を込めに込めまくった。
ただ、そこまでがピアディの限界だった。
「ピアディちゃんー!?」
白目をむいてコテっとひっくり返ってしまったのだ。
慌てて聖女様が駆け寄ると、ピクピク震えていたが、ちゃんと息をしている。
どうやら魔力切れ、体力切れで意識が落ちてしまっただけのようだ。
「頑張りましたね、ピアディちゃん。卵もきっと無事です。近いうちにもふもふドラゴンの赤ちゃんに会えると思いますよ」
「ピュイッ(うんうん。きっと元気に生まれてくるよ!)」
それから体力回復用のポーションをスポイトで飲まされ。
海水が乾いて塩だらけだった身体を丁寧に拭かれて、ようやくピアディは目を閉じてぷぅぷぅといつもの寝息を立て始めたのだった。




