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卵たん救出ミッションなのだ!

 海底の岩陰の大きな貝の中に、白い球体があるのが見えた。


 卵だ! と思ったら違かった。真珠だ。


(まぎらわしいのだ!)


 綿毛竜(コットンドラゴン)の卵と同じぐらいの大きさだから見間違えてしまった。

 この大きさの真珠など滅多にない。しかも表面はつやつやの虹色。巻きが厚いというやつだ。ほのかに光ってさえ見える。

 ものすごい価値のあるものだったが、今のピアディには卵より大事なものはない。


 ぺしぺし、と叱るように大きく分厚い貝の表面を短い前脚で叩くと、申し訳なさそうに真珠貝は閉じてしまった。




 それから、海の底をあちこち泳ぎ回って、ようやくお目当ての卵を見つけることができたのは数時間後だ。


 カゴから飛び出てしまった卵だったが、海底の砂がクッションになったようで無事だった。


 けれど、ものすごく深い場所だ。周りにいてくれる魂たちの薄ぼんやりとした光で何とか自分の周りが確認できるぐらいの視界しかない。


 ピアディは自分よりちょっとだけ大きな卵をどう持ち帰ろうか思案する。


 ミシッ、ピシッ……


(まずいのだ。卵たんのヒビ割れが深刻なのだ)


 深海の水圧でいよいよ卵が壊れそうだ。


 あちこち見て回って、海底の岩から生えている幅広で薄手の海藻を見つけた。

 がじがじ齧って切り取り、風呂敷のようにして卵をしっかり包み込んだ。


 それから短い四肢で苦労しながら自分の身体に結び目を引っ掛けて、そのまま卵を引っ張って海面を目指した。




 深い海の中は真っ暗だったが、古の魚人たちの魂のほのかな明かりで、何とか水面の方向がわかる。


 魂たちはほとんどが球体。しかし中には本来の魚人の形をしたものもあった。――特に力の強かった者たちだろう。

 魚など水生生物の形をしていたが、中にはそれ以外の獣人や人間の姿のものもあった。


(われが〝ゆりかご〟の中にいたころ、祝福しにきてくれたものたちではないか……)


 間違いない。どの姿にも見覚えがある。ピアディは進化した種族(ハイヒューマン)。幼くても記憶力には自信がある。


 そして、それらの中に見つけた一体に、ピアディは泣きそうになった。

 海の中だから、涙は溢れる前に海水に溶けていってしまうけれど。


 ぼんやりとしたその形は、羽毛がボサボサな、もふもふドラゴンのシルエットだ。


(羽竜たん。われの〝だいすき〟。ずっと近くにいてくれたのだ?)


 古の時代に、ピアディの〝だいすき〟羽竜も甥っ子サラマンダーに食べられてしまっていたのだろうか?


 今となっては確かめる術はなかったが、その魂は一生懸命、水面へ向かって泳ぎ続けるピアディの傍らにずっと寄り添ってくれていた。




  * * *




 夕飯のとき、揚げタコ焼きを肴にいささか酒を飲み過ぎてしまった魔王おばばは、食後リビングに移動してソファでうたた寝をしていた。


「む? なんだ、騒がしいな」


 何やら屋敷の中、いや外が騒然としている。その雑音で目が覚めた。


「何かあったのか?」


 長い青銀の髪をかきあげながら廊下に出た。

 ちょうど出くわした弟ルシウスの侍従に聞いてみると、何とピアディがユキノの卵と一緒に誘拐されてしまったというではないか。


「弟の寝室で保護していた卵か。あれは……難しいだろうに」


 魔王おばばの弟、聖剣の聖者ルシウスがまだ二十歳前に生まれた卵なのだ。

 どういうわけか、一年もあれば孵化するはずの綿毛竜(コットンドラゴン)の卵は、二十年以上も卵のままだ。


 中身を検査すると、中の雛竜はある程度まで成長してはいるものの、仮死状態で時を止めてしまっているようなのだ。


「ジューア様、ピアディ様のことは心配ではないんですか?」


 中年の男性侍従はちょっと呆れ顔だ。ピアディと彼女が仲が悪いことは知っていたが、少しぐらい心配しても良いのに、という顔だ。


 ふ、と魔王おばばは小さく笑った。そしてそのまま、お庭にある自分の工房へと戻っていった。




  * * *




 初めて海の中に潜るピアディの無敵モードは、長くは続かなかった。

 まだまだ水面が遠いのに、途中で力尽きてきてしまったのだ。


(魔力、魔力が足りないのだああ……)


 背負っている海藻の袋の中からは、少しずつミシ、ミシッと卵がヒビ割れていく音がする。


 このままではピアディも卵も共倒れだ。


聖剣の聖者様(おとうたん)たちも魚人ではない。すぐに助けにはこれないのだ)


 水の中で呼吸したり、陸地と同じように動くための魔法はあったが、かなりのレアスキルだ。

 聖剣の聖者様(おとうたん)のお師匠様が知っていると言っていたが、いくら何でも今日話が出たばかり。今すぐやって来るわけでもないだろう。


(えと、ええと……魔力、何か魔力ちゃーじできる手段は……)


 元は、兄王の補佐となるようピアディはゆりかごで創られている。

 具体的には、兄は国王、ピアディは国を様々な儀式やご祈祷などで支える神殿の大神官になるよう設計されていたはずだ。


 ゆりかごの中にいた頃から、両親や兄、兄嫁、それに神官や各分野の専門家たちから様々な教えを受けたり、スキル伝授を受けていた。

 歌聖という、歌で世界を祝福するスキルはその中で生まれた能力である。


(いまのわれに使えて、確実に魔力ちゃーじできる方法。いっこだけあるのだ。夢見の術なのだ)


 以前、仲間たちに自分がゆりかごで創られたときや、まだゆりかごの中にいた頃を見せた術のことだ。


 夢の世界を利用して、過去と未来、どの時間軸の、どの場所にも行ける術だ。

 本当なら身の安全が保たれている環境でやるべきだが、古の魂たちに守られている今ならいける!


(われに魔力を与えてくれる、優しい世界と人々のいる場所へ!)


 ぷぅっと鳴いて、夢見の術を発動した。

 同時にピアディの意識はホワイトアウトする。




(……ぷぅ?)


 ゆっくりとピアディの意識が戻ってきた。


 深海の中、たくさんの建物が見える。

 ゆっくりと、建物の間をお魚さんたちが泳いでいた。かなり深い場所にしかいない深海魚たちもいる。


 建物の中にはぼんやりとした明かりが灯っている部屋もあれば、真っ暗な部屋もある。

 室内で泳いでいるお魚さんや海の生き物たちもいるようで、シルエットがいくつか見えた。


 それら建物群の隙間に、石造りの橋がかかっている。

 その上には長い髪を海流にたなびかせた少女が立っていた。

 ニヤリとピアディに笑いかけてくる、その表情は。


(おばばそっくりな笑いかたなのだ。む? でもお顔がちがう……?)


 ピアディの視線を受けて、少女は姿を変えた。――大きなサラマンダーに。

 深い海の中なので色は暗く見えてよくわからない。


 サラマンダーは虹色キラキラを帯びたネオンカラーのレモンイエローの魔力をまとっている。

 ぷぅっと一鳴きして口から大きな泡を吐き出した。

 ただの泡ではない。中に魔力を込めた泡だ。


 目の前までふよふよ飛んできた泡を、短い前脚でちょんと突っつくと、一気にピアディの疲れ果てた身体に魔力が満ち満ちた。


(げんきはつらつ!)


 橋の上の少女が、またニヤリと笑った。


『ばいばい、幼いピアディ(あたし)。皆によろしくね』


 その声が聞こえてすぐ後に、ピアディの意識は再びホワイトアウトしていった。


(あれは、われの未来……?)





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本作の本編にあたる「聖女投稿」はアルファポリスで書籍化のため、なろう版は削除いたしました。アルファ版ページで連載が続いております。
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