海はきけんがいっぱいなのだ
浜辺に着いてすぐ、ルシウス君は顔見知りの大人たちを見つけたようだ。
手伝ってもらう話をつけたらしい。素早くヤシの木陰にパラソルを立てて、レジャーシートを敷き、休憩スペースを確保しに行ってしまった。
ピアディは先にユキノをお供にして遊ぶことにした。
整備されている観光地の海辺なので、白い砂浜はわりときれいだ。ゴミもなく、たまにそこらにカラフルな海藻がびろーんと波で打ち上げられているぐらい。
波打ち際で恐る恐る、ピアディは短い前脚で波の端っこをちょん、と突っついた。
「ぷぅっ(ひいっ。危ないのだ、波にのまれて海のそこにさらわれてしまったらどうしよ?)」
怖いので、波が届かないギリギリを攻めて、よちよちと濡れた砂の感触を楽しみながら何度も往復しながら歩いていたら、何と。
「ぷぅ?(むう? あしが重くなってきたのだ)」
液状化現象だ。濡れた波打ち際を踏み踏みすると、浸透圧で水が砂と混じり、ぬかるんだ泥になる。
気づくとピアディは身体の半分以上が泥状の砂に沈んでしまっていた。
「ぷぅ! ぷぅうううう!」
「ピャー!(ピアディー! なにやってるのー!?)」
悲鳴をあげると、慌ててユキノにぱくっとされて、ルシウス君が設置していた休憩エリアに連れて行かれた。
ちょうどルシウス君がバケツに水を汲んでいたので、泥だらけのまま中にぽいされた。
「ぷぅ(危なかったのだ……こころざし半ばではてるとこだったのだ……)」
半泣きのピアディはバケツの中でふてくされていた。
だが冷たい真水の入ったバケツの中はなかなか快適だ。海に入ったことがないだけで、ふつうの水なら怖くも何ともない。
バケツの縁に短い前脚をかけて、浜辺を見やる。
何人か、冒険者ギルドで見かけた子どもたちとその親御さんの姿もあった。ビーチボールで楽しそうに遊んでいる。
「知り合い? ピアディ」
「ぷぅ(サナちゃんたちなのだ。あいさつするのだ)」
ピアディは魔王おばばと違ってフレンドリーな進化した種族なので、フットワーク軽めである。
お高くとまって相手に来させるのも良い気分だけれど、自らぐいぐい行くタイプだ。
ルシウス君にバケツの中から出してもらい、軽く水気を拭いてもらった。
「ピアディ、これこれ。夏用の魚人向け保護ジェル」
「ぷぅ?」
ルシウス君が荷物の中から取り出した小瓶から、ぬっとり粘度の高い透明な液体を手に出して見せてきた。
「ぷぅ!?(そんなにぬっとりとは聞いてないのだ! ひふこきゅうをそがいしそう!)」
「あっ、こらピアディ!」
慌ててルシウス君の手から飛び降りて逃げたピアディは、そのままよちよちと顔見知りの子ともたちの元へ向かった。
とそこへ飛んできたのは、子どもたちが遊んでいたビーチボールだ。
ビニール製の軽いそれが、砂の上を進んでいたピアディに直撃した!
「ぷぇっ」
「きゃー! ピアディさま、ごめんなさいー!」
昨日、冒険者ギルドの講習でご一緒したサナちゃんだ。今日はポニーテールで、スカートタイプの水色の波模様の入った水着姿だ。キュートである。
「ありゃ。頭のアンテナがちょっとヨレちゃったね、ピアディ」
「ごめんなさいいい!」
「平気平気。これぐらいじゃなんともないよ」
半泣きのサナちゃんを、ルシウス君がかるーく慰めている。なんともなくないのだ!
「ぷぅ……(われ、はやく人間になりたいのだ……)」
べそをかきながら、ピアディは思った。
そうしたら、ビーチボールが当たったぐらいでダメージを受けることもないのに。
実はピアディは〝ゆりかご〟の中から出た直後、一度だけ人間の幼児の姿になったことがある。
(魔力がたりなくて、すぐウパルパに戻ってしまったのだ。おばばへのわいろを見つけた後は、われの魔力チャージ用の宝も探さねばならぬ!)
ぷぅっと力強くひと鳴きして決意した。
「ぷぅ!(魔力さえあればなんとかなる気がするのだ!)」
「そこに気づくとは。賢いな、ピアディ」
そっと半透明の身体を撫でられて、見上げると黒髪黒目のイケメン勇者君が優しげにピアディを見つめていた。
「ぷぅ(勇者君! お仕事どうしたのだ?)」
「そのお仕事の一環で浜辺の見回りなんだ。悪い奴らがいないか巡回さ」
肩提げタイプの革の長い鞘をピアディに見せてくる。
中には聖剣の聖者様とはまた別の聖剣が収められている。勇者君は聖剣持ちの勇者なのだ。