魔王おばばの呪い
「ぷぅ?(ユキノたんはひやけどめとやら、よいの?)」
「ピュイッ(ボクは冷たい魔力を隅々まで浸透させて暑さ対策バッチリです!)」
子どもになってしまった聖剣の聖者様、――いやここからはルシウス君と呼ぼう。
海の上を飛ぶユキノの背中の、ルシウス君の麦わら帽子の上からピアディはユキノに話しかけた。
「ピアディは後で保護ジェルを塗ろうか。真夏日だしね、日光に当たりすぎると皮膚が乾いちゃう」
「ぷぅ」
と、あることに気づく。
短い四肢でしがみついているルシウス君の麦わら帽子から不思議な気配がする。
「ぷぅ?(む? 麦わらからおばばの魔力が漂ってるのだ)」
魔王おばばの魔力は、虹色のキラキラを帯びた夜空色だ。
「姉様の手編みだよ。器用な人だからね」
「ぷぅ(おばば、なかなかできるおばばなのだ)」
ということは、ピアディ用の小さな麦わら帽子もおばば手製なわけだ。
意地悪な魔王おばばは、こういうとき自分がしてやったと恩着せがましく言わないところがすごい。
(われなら、われがわれがやったのだーって自慢するとこなのだ)
海上神殿を飛び立ってしばらくは、神殿中心に海の上を飛んで、どこで遊ぶか目星をつけていた。
一応、ピアディはカーナ神国の守護者だし、ルシウス君は守護聖者様の一人。ユキノはルシウス君の友達であり随獣だ。
となると、対岸にあるゼクセリア共和国や、その他の国まで飛んでいくのはちょっと控えたほうがいいかもしれない。
天気の良い真夏日だ。陽の光を浴びて、海は浅瀬は青みを帯びたエメラルドグリーン。沖合は文字通りのマリンブルーの鮮やかな色。
波のざわざわざっぱーん、な音が耳に心地よい。
「んー。海の上は風が吹いててまだ涼しいね!」
すっかり子どもの身体に引きずられて童心に返っているルシウス君が、麦わら帽子を押さえながら言った。
「ここから海にダイブする? ピアディ」
「ぷぅ!?(おとうたん! まだ泳げないいたいけなウパルパになんてこというのだ!)」
「あ、そっか」
「ぷぅう!(ユキノたん! ユキノたん! おとうたんは当てにならぬ! ユキノたんだけがわれの命綱!)」
「ピゥ……(そうだね……そういえば子どもの頃のルシウス君ってわりと大雑把だったなあ)」
以前聞いたところによると、ユキノとルシウス君は、ユキノがまだ生まれたての頃、悪い人間にユキノが傷つけられて息も絶え絶えだったところを助けられて以来の付き合いだとか。
それから恩義を感じて、ユキノはずーっとルシウス君の随獣であり守護竜なのだそうだ。
「ぷぅ(でもおとうたんは、なかなか立派なおとななのだ。われも早くおとなになりたいのだ)」
「ピアディは姉様に呪いを解いてもらわなきゃね。『大人になれない呪い』だっけ?」
そう。あの見た目は麗しの美少女の魔王おばばは、ちょっとピアディが〝おばば〟呼びしたぐらいで怒って、ピアディに呪いをかけてきたのだ。
『お前は永遠に子どものままでいるがよい!』
それからずっと、ピアディとおばばは仲が悪い。
聖女様はそんな二人を見かねて、喧嘩の原因でもあるピアディに仲直りを命じてきたというわけだ。
「ぷぅ(べつにわれ、こまらぬもん。おとなになったらまちがいなく美サラマンダーだけどーいまだってかわゆいウパルパだものー)」
「ピュイッ(ピアディなら人間になってもきっと可愛いよね)」
「ぷぅ!」
そんなピアディとユキノの会話に、ルシウス君は笑った。
「子どもだって大変なんだよ。学校に通うようになったら宿題だってあるしね。夏休みなんて山ほど課題が出るんだから」
「ぷぅ?」
「気づくと夏休み最終日。なにも手をつけてなかった宿題を前に、激おこな父様。あれは怖かったなあ~」
「ぷぅ(おとうたん、わりとだめなほうの子どもだったやつ)」
おしゃべりしながら、あちこち空を飛んで、やはりカーナ神国の首都に一番近い海岸に降りることにした。
まだ午前中の日中より少し涼しい時間帯だ。子どもや大人たちが泳いだり、浜辺で散歩したり、遊んでいるのが遠目からでも見えた。