おとうたんが子どもになった!?
大きなクーラーボックスには氷や飲み物を。
リュックタイプの縦長バッグには、浜辺に設置する予定のレジャーシートや組み立て式のパラソルなどが入っている。
それらを肩から提げて背負った、白いシャツと夏用の薄手のスラックス姿の聖剣の聖者様はまさに休日の正しきマイホームパパの姿だった。
が、しかし。
「ルシウスさんもちゃんと麦わら帽子を被ってください」
と聖女様が大人用の麦わら帽子を差し出したとき、それは起こった。
どこからともなく、――いや魔王おばばが軽く振った手から虹色にキラキラ光る夜空色の魔力が放たれた。
かと思うと、あっという間に聖剣の聖者様の大きな身体を飲み込んでしまったのだ。
そして、おばばの魔力が晴れたとき、そこにはもう麗しのイケオジ聖剣の聖者様はいなかった。
「ぷぅ!?(お、お、お、おとうたんー!?)」
大人の服がぶかぶかになってずり落ちてしまっている、呆然とした子どもがそこには一人。
聖剣の聖者様と同じ、青銀の髪と 湖面の水色の瞳だ。
なんと、聖剣の聖者様は魔王おばばの魔法で、子どもになってしまったのだ!
「姉様、何ですかこれは!?」
「大の大人が昼間から海で遊んでいたら、騎士団に通報されるだろうが」
「今は夏休みですよ!?」
「あ、そうだった。いかんな、最近はもう曜日感覚がない……」
「これだから自由業は!」
おとうたんが子どもと一緒で何がわるい。
「ぷぃ!?(ひいっ。おそろしいのだ、おとうたんまで魔王おばばの呪いのえじきに!?)」
小さなたくさんの歯を剥き出しにして、魔王おばばを威嚇した。猫なら全身、尻尾まで逆立てて「やんのか!?」状態なところだ。
ただし怖いので、聖女様の手の中からだけれども。
「冒険するのだろう? 弟も冒険者の資格持ちだ。お供に付けてやろう」
「ぷぅ?(ええ~? おとうたん、子どもになっちゃったのに戦えるのかなのだ?)」
「!」
姉の暴挙に打ちひしがれていた聖剣の聖者様(少年)は、ハッとなって顔を上げた。
そして、いそいそと脱げてしまったシャツの胸ポケットから一枚のカードを取り出す。
「見るがいい、ピアディ! これが私の冒険者証だ!」
「ぷぅ?(わあ~キラキラなのだ)」
「色もだが、ここ、ここ! ランクに注目!」
「ぷぅ(うねうねが、みっつ)」
「SSSだ。私は最高峰の冒険者でもあるのだ!」
「ぷぅ(そうなのー)」
あまりピアディに興味はなさそうだった。攻撃力ゼロのピアディではそもそも、冒険者の選択肢は無くなってしまっているので。
「ぷぅ?(そのとりぷるえすとやら。なんの役にたつのだ?)」
「お役立ちに決まってる! すごく強いということなのだぞ!?」
「ぷぅ~?(ええ~?)」
ピアディはじろじろと不躾に、子どもにされてしまった聖剣の聖者様を見た。
大人のイケオジだった聖剣の聖者様は見るからにつよつよだった。
ふつうにしていても虹色キラキラをまとうネオンブルーの魔力でうっすら発光していたし、深みのあるお声は数多の人間たちを腰砕けにさせていた。
お説教長いマンなのと、たまにお酒を飲みすぎて二日酔いでぐでっとするのだけが欠点のおじさんだった。
今の子ども姿のおとうたんは、何というか小さい。人間の子どもの八歳から十歳ぐらいの大きさだ。
「姉様。これ後でちゃんと大人に戻りますよね!?」
「うーむ。……多分?」
「多分なんて言わないでくださいー!」
「まあそのときは、また育ち直せば良い」
「やーだー!」
悲痛な子どもの悲鳴が響き渡る。
そんな間にも、聖剣の聖者様の従者は心得てると言わんばかりにどこからともなく男子用の子供の夏服を用意してきている。
「ルシウス様、お着替えしましょう。日焼け止めもしっかり塗りますからね~」
「あっ、あっ、せめてスプレータイプのさらっとしたやつにして!」
「ダメですよー海に入るんですから。しっかりクリームタイプのです」
一応女子の聖女様もいるので、物陰で下着をはき替え、顔から足までべったり強力日焼け止めを塗られ、明るいグレーのズボンと白いTシャツにお着替えした。
「ちゃんと子供用の麦わら帽子もあるのだぞ」
最後に、魔王おばばが麦わら帽子を被せて完成である。
憮然とした子ども姿の聖剣の聖者様は恨めしげに姉のおばばを睨んでいる。
「姉様、最初からこうするつもりだったでしょ?」
「さあな。そら、早く行かねば浜辺を他の者たちに取られるぞ?」
「ぷぅ!(おとうたん、ユキノたん! はやくいくのだ!)」
大人の聖剣の聖者様が持つはずだったクーラーボックスやバッグは、大きめサイズになった綿毛竜のユキノが抱えていくことにした。
ピアディは子どもの聖剣の聖者様の、麦わら帽子の頭の上にぴょいと飛び乗った。
その聖剣の聖者様はユキノの背中に乗った。ユキノなら海上神殿から浜辺までひとっ飛びだ。
「ぷぅ!(さあ海の冒険へれっつごーなのだ!)」
お昼までには戻ってくるんですよ~と聖女様たちに見送られて、ピアディたちの冒険は始まったのである。