われの小さな小さな恋
「ぷぅ(目がさえてしまったのだ)」
「ピュイッ(ピアディ、みんなのところに戻る?)」
「ぷぅ(ユキノたん、ねむくなるまでおしゃべりしてー)」
「ピュイー(いいよー)」
食事が終わったぐらいの時間なので、まだ夜の早い時刻だ。あと一時間ぐらい夜更かししても普段通りの感じである。
そのまま手すりの上に乗ったままだと、何かの拍子に海に落ちてしまうかもしれない。
ピアディはユキノの真っ白でもふもふの両手の上に乗せられた。いつものように口にくわえられると、口が塞がれておしゃべりできないからだ。
「ぷぅ(ふかふかなのだあ~)」
種族名の綿毛竜の通り、綿毛のような、いや綿毛よりはるかに極上の羽毛のふわふわ、ふかふかはピアディのお気に入りだ。
ユキノは二足歩行だから、いつも起きているときも、寝ているときも、二本の後ろ脚で立っていることが多い。
頭の柔らかな二本の短い角の間も、ふかふか。
両肩それぞれも、もふもふ。
こうして両前脚での抱っこも良いものだが、実は一番羽毛が密集している胸元に埋まるのはまた格別。
よく聖女様や聖剣の聖者様や勇者君が抱きついて、すーはー吸ってはお顔をゆるゆるにとろけさせている。猫吸いならぬ竜吸いだ。
特に綿毛竜は草食なので、吸うと草や果物の良い香りがするので。
「ぷぅ(あのねあのね、ユキノたん。われにも、だいすきなもふもふドラゴンがいたのだ)」
「ピュイ?(え? ぼくと同じ綿毛竜?)」
「ぷぅ(ううん。ユキノたんみたいに白くなかったのだ。毛並みもぼろぼろだったし、色も……うーん……くらい? まだら?)」
「ピュアア……(古い竜は灰色や、白黒のまだら模様だった時代もあるって聞いてるよ。ぼくたちのご先祖さまかも)」
「ぷぅ(ユキノたんから〝だいすき〟の気配を感じぬから、ユキノたんは子孫ではなさそうなのだ)」
それから、ぷぅぷぅとピアディは、ゆりかごの中にいた頃の思い出を語った。
今から何十万年も前の、今の人間たちにとってはほとんど神話の時代のお話だ。
「ぷぅ(われのおにいたまは、竜人のお姫さまをお嫁さまにおむかえした。カーナたんというお名前)」
神話やおとぎ話でわりと有名なお話だ。
「ぷぅ(カーナたんは竜の王様の、二番目のお妃さまのこ。だけどカーナたんは竜人なのに竜に変身できなくて、皆にいじめられてたのだ)」
「ピゥ……(そっかあ。カーナさまが……)」
高貴な生まれにも関わらず、祖国では不遇だったと。
「ぷぅ!(おにいたまはそんな幼馴染みのカーナたんのことをいつも気にしていたのだ)」
「ピュイ?(それでお嫁さんにもらったんだね)」
「ぷぅ(うむ。お輿入れのときカーナたんは騎士も召使いも連れてこなかったけど、ともだちだけ連れてきたのだ)」
「ピュイッ(それがピアディの〝だいすき〟?)」
「ぷぅ!」
まだゆりかごの中にいたとき、ピアディの世界には最初は王様と王妃様の、おとうたんと、おかあたん。
二人がいなくなった後は、おにいたま。
その後は、お嫁さまのカーナたんと、カーナたんの友達のもふもふドラゴンが世界のすべてになった。
「ぷぅ(カーナたんはおにいたまと新婚だったから、だいすきは邪魔しないようにわれのゆりかごまで来ては、時間を潰してたのだ)」
「ピュウー(すごいね。空気読めるドラゴンだったんだね)」
その辺はユキノもなかなかだ。
「ぷぅ(ユキノたんと色はちがうけど、同じもふもふだったのだ。ふわふわのおててで、いつもゆりかごを撫でてくれたのだ)」
早く大きくなって、ゆりかごの外の世界に出たいなあと思っていた。
早く、だいすきなもふもふドラゴンと遊びたかった。
けれど、ゆりかごで創られる子どもが産まれるまでは年数がかかる。
「ぷぅ(ちょっとだけ伸ばせるアンテナで、ちょっとだけだいすきに触れるのがせいぜい。ふかふかだったのだ。ふわふわしあわせだったのだ)」
「ピュイ(そのアンテナの名残が頭の謎突起?)」
ピアディはウーパールーパーだが、本来サラマンダーの幼体にある襟巻き状のひらひらだけでなく、頭部には不思議な形状の突起がいくつかある。
「ぷぅ(うむ。探しものにべんりなので残してあるのだ。お説教しにわれを探す聖剣の聖者様よけにもさいてき!)」
「ピウ?(サーチ機能があるんだ? ならそれで魔石を探そうよ)」
「ぷぅ!?」
それな! と気づいて、ピアディは大きな目をこぼれんばかりに見開いた。
「ぷぅ!(あすは海で宝さがしするのだ!)」
なので今夜はもうおやすみなのだ。
その日の夜、ピアディはまだゆりかごの中にいた頃の夢を見た。
(羽竜たん……われの〝だいすき〟)
寝る前、バルコニーでユキノに話した、兄嫁カーナ姫の友達だったもふもふドラゴンの夢だ。
皮膚がウロコではなく羽毛で覆われた竜種は、正確には羽竜という。
例えば、真っ白な羽毛を持つユキノは羽竜のうちの、綿毛竜という種族だ。
けれど、ピアディの〝だいすき〟の羽毛は薄汚れたような、まだらの灰色をしていた。
(だいすきは、竜人族の国ではカーナたんと一緒にいじめられてたって。羽のいろがボロぞうきんみたいでみっともないからって)
ユキノのような綿毛竜は、真っ白の羽を持つことができて、とても良い進化を遂げていると思う。
本来の羽竜の羽の色は、灰色が主流だったと言われている。原種は大山脈のある高地にのみ生息していると聞いたことがあった。
〝だいすき〟はゆりかごに逢いにくるたびに、口を酸っぱくして言ったものだ。
『ピィッ、ピィッ、ピュアア!(いいかい、赤ちゃん。創成のゆりかごは種族のもつ因子の範囲内で、外見も性格も能力もカスタマイズできるんだ。君はボクみたいに汚らしい色を選んではいけないよ』
『ぷぅ(どんな色がよいのだ?)』
『ピュイッ(美しい色が良い。海の中で暮らすなら水と同じ色もいいね)』
と羽竜が必死に教え諭してくるので、ゆりかごの中でいろいろな色に変化して試していたこともあった。
最初はゆりかごの置かれていた祭殿の間の、深海のような濃い紺色。
次は、ゆりかごごと神殿の外に持ち運ばれて見せてもらった、昼間の明るい海の水の色。これは羽竜にも、兄にもカーナ姫からもなかなか評判が良かった。
羽竜と同じ、まだらの灰色に変わったときは泣かれてしまった。
『ピゥ……ピィ……(ダメだよ。ボクと同じ色では君もいじめられてしまうよ……)』
あまりにも悲しそうに泣くので、灰色は諦めた。
代わりに選んだのが、赤ちゃんの頬っぺたの色だった今のベビーピンク色だ。
当時の神殿の神官夫婦に生まれた赤ちゃんがとても可愛くて、皆がにっこりする色だったから。
(でもね、われは羽竜たんの灰色のもふもふの姿も、おててもだいすきだったのだあ)
優しい兄嫁さまのお供なのに、ちょっとひねくれた、素直じゃない性格だった〝だいすき〟。
まだ名前のなかったゆりかごの中のピアディが、神殿で「ひとりはさびしい」と訴えると、海の中まで自分のごはんやおやつを持ち込んで、一晩中側にいてくれることもあったのだ。
羽竜は魚人ではない。国王になったピアディの兄から、海の中でも呼吸して自在に動ける魔法をかけてもらってから、ゆりかごの間に来てくれていた。
魔法の持続時間は半日。
次に同じ魔法をかけることができるのは、七日後。
七日ごとの逢瀬だ。
(人間のすがたに変われるようになったら、だいすきの子孫をさがしに旅にでたいのだ。まだもふもふは灰色?)
夢と現実の境目でうとうとしているうちに、ピアディの意識はすーっと沈み込んでいくのだった。
* * *
翌朝、朝食を終えてピアディはやる気をみなぎらせていた。
「ぷぅ!(海だ! 海へ行くのだ!)」
大きな青い目は夢と希望と野望に満ち溢れている。
「ぷぅ!(おばばがひれ伏すぐらいでんじゃらすなお宝ゲットなのだ!)」
しかし、子守りドラゴンのユキノを従えて外に出ようとしたピアディに待ったがかかった。
聖剣の聖者様と聖女様だ。二大お説教マンとウーマンではないか。
警戒したピアディに、違う違うと聖剣の聖者様が苦笑している。
「今日も真夏日だからな。暑さ対策せねばならん」
「ぷぅ?」
小首を傾げていると、ひょいっと聖女様の手にのせられて、何か頭に被せられた。――小さな麦わら帽子だ。
しかも、まだ幼体のウーパールーパーのピアディの柔らかくてしっとり、すべすべのお肌を傷つけないよう、内側に柔らかな布が張られている。
不思議そうに麦わら帽子を短い前脚でいじっているピアディを満足そうに見つめて頷き、聖剣の聖者様は夏の海遊びの準備に戻った。