われが創られた日のこと
皆の見守る中、王様と王妃様が二機の〝ゆりかご〟を触りながら状態を確認している。
『やはりそれぞれ、あと一回が稼働の限界であるな』
『この透明な器を修復できる術者が見つかれば良かったのですが……』
話を聞いていると、どうやら二人はそろそろ寿命が近いらしい。
二人の間には後継ぎの王子が一人きり。このままでは、王子に何か危険があれば魚人族の血が途絶えてしまう。
そこで思い出したのが、この古代から伝わる魔導具の〝ゆりかご〟だったようだ。
死期の近い王妃様の年齢ではもはや新しい子どもを産むには体力が保たない。
けれど〝ゆりかご〟を使えば、両親の魔力を注ぎ込めば子どもが創れる。
『しかし陛下。ゆりかごから赤ちゃんが生まれるまでには何十年とかかると聞いております。その頃にはわたくしたちはもう……』
いない、と王妃様が悲しそうに呟いた。
『確かに子が生まれる頃、我らは既にいないだろう。だが王子も親戚たちも、民もいる。きっと寂しい思いをすることはないだろう』
王様は不安に震える王妃様の肩を抱いて、一緒に手を〝ゆりかご〟に伸ばすよう促した。
二人の手の平にはそれぞれ、王様は鉄色の、王妃様はオレンジがかった夕焼け色に光る魔力の塊が生まれた。
二つの色の違う魔力を混ぜ合わせてから、そっと深い紺色の液体の入っていたほうの〝ゆりかご〟に触れさせる。魔力の塊はすーっと、〝ゆりかご〟の透明なガラスの中に入り込み、封入された。
すると、深海のように暗かった〝ゆりかご〟の中には、キラキラと小さな光が無数に点滅し始めた。
王様と王妃様はそれぞれ〝ゆりかご〟の球体を抱き締めた後で台座に戻すと、名残惜しそうに何度も祭壇を振り返りながらも祭殿の間を出ていくのだった。
* * *
ハッとなって気づくと、そこはもう海の中でも、海底神殿の中でもなかった。
いつもの海上神殿の食堂の中だ。
食べかけていたジェラートもまだ溶けていない。
「ぷぅ(あれが、われが創られたときの光景)」
「ふつうの人間の妊娠出産とは違うプロセスでしたね」
思案げに鮭の人が夢見で見た過去のことを思い出している。
「ぷぅ(あれは創成のゆりかごなる魔導具なのだ。わが魚人族の最初のご先祖様の時代から伝わるレアレアアーティファクトぞ)」
そのご先祖様をポセイドンという。海の神様の名前だ。
かつて魚人族が治めるお魚さん王国はポセイドン様の名前から取られて建国された国だった。
「ぷぅ(ゆりかごは昔はたくさんあったそうなのだ。でもわれが創られる頃にはほとんど壊れてしまった。進化した種族の各種族がひとつふたつ持ってるだけだったのだ)」
例えば、ピアディの魚人族。
あとは友好種族がそれぞれ、一機ずつくらい。竜人族などだそうだ。
「魔力だけで子を作るとは。今の時代からは考えられぬな」
「ぷぅ!(最初のいきものはすべてゆりかごから生まれたそうなのだ)」
「……この話が広まれば、人類史がひっくり返りそうだなあ」
聖剣の聖者様も夢見の中で見た光景に驚いているようだった。
「ぷぅ(おとうたまと、おかあたまの魔力をたくさん、たーっくさん、ゆりかごの中に詰め詰めするのだ)」
「その魔力がピアディちゃんになる赤ちゃんになったのね」
「ぷぅ!(そのとおりなのだ! でもおかあたまのおなかの中で育つ赤ちゃんと比べて、産まれるまでにものすごーく時間がかかるのだ)」
それは夢見の中で王妃様も言っていた。あの小さなゆりかごの中で、何十年とゆっくりゆっくり育たなければならないのだ。
「ぷぅ(ゆりかごに、おとうたまとおかあたまは毎日会いに来ておしゃべりしてくれたのだ)」
両親の魔力の塊が、やがて自我を持ち、胎児となる。
その頃の記憶をピアディは持っていた。
まだ今のようなベビーピンク色もしていない、色のない、丸っこい何かだった頃。
お魚さんなのか何なのか、どう進化しようかあれこれ自分の未来に夢いっぱいだった、ゆりかごの中での頃のこと。
今は退化してしまったけれど、ゆりかごの中にいた頃は外に伸ばせる触手をいくつも持っていて、アンテナのように世界の様々なことをキャッチしていたものだった。
ピアディがまだまだ幼いのにたくさんのことを知っているのは、その頃にゆりかごの中から学習していたためだ。
「ぷぅ(でもねでもね。次第に〝お父たま〟と〝お母たま〟は来なくなって。そしたらおにいたまが来てくれるようになったのだ)」
その王子の兄と交わしたという会話をピアディは皆に話した。
ぷぅぷぅと空気の抜けるような鳴き声に重なって聞こえるピアディの思い出話は、何とも物悲しいものだった。
ある日、海底神殿に来てくれた〝おにいたま〟が教えてくれた。
「父上と母上は亡くなってしまったんだ」
『なくなるってなあに?』
「死んでしまったってことだ」
『しぬってなあに?』
「もう会えない、ってことだよ」
『そっかあ。それはかなしいのだ』
多分、ゆりかごの中にいた頃のピアディは『死ぬ』ことの意味は理解していなかっただろう。
『かなしい』を理解していたかも怪しい。
しんみりしてしまった空気にピアディは小首を傾げた。
「ぷぅ(さびしくはなかったのぞ? そのあと、おにいたまにお嫁さまがお輿入れなされたのだ)」
「あ、カーナ姫様ですね」
いまピアディが守護者を務める、ここカーナ神国の国名の元になった進化した種族のお姫様のことだ。
竜人族出身で、ピアディの兄だった当時の王子様、後に国王様になった魚人に嫁いだ人物である。
「ぷぅ(カーナたんとおにいたまは、よく海のなかでデートしてたのだ。われにも会いにきてくれたけど、あれどうみてもわれのことがついで!)」
いかに兄と兄嫁がラブラブだったか、必死に短い四肢を動かして訴えるピアディの動きが、次第にゆっくりとなっていく。
大きな青い目も、とろん、とぼんやりしてきていた。
「今日はいろいろあったものな。続きはまた明日だ、ピアディ」
聖剣の聖者様が大きな手でピアディを抱っこしてくれた。
その頃にはもうピアディはぷーぷー寝息をたてて、夢の中だった。