われ、夢見の術発動!
「ぷぅ!(われ、まだお子さまだからだもん。もちょっとしたらちゃんと泳げるようになるもん!)」
たしっ、たしっと短い前脚で、抱っこしてくれる聖剣の聖者様の胸元を叩いた。
その様子はとてもキュートだったのだが、皆の視線は生暖かいままだ。
「ぷぅ?(な、なんぞその目は!? お、泳げるもん! われ泳げるもんー!)」
大きな青い目を再び潤ませてぷぇぷぇ泣き出したピアディに、意外なところからフォローが入った。
「まあピアディ様以外の魚人が周りにいませんからね。魚人族ってオレあんまり詳しくないんです。良かったら教えてくれませんか?」
魔王おばばの縁者にして聖剣の聖者様の甥っ子、青銀の髪と 湖面の水色の瞳のピアディの鮭の人が上手く話を向けてくれた。
ハッとして振り向いた。
「ぷぅ(ききたい? さいあい、ききたい?)」
「ええ。デザートをいただきながら、ぜひ」
ちょうど食事もあらかた終わって、料理番のオヤジさんがデザートの配膳をしてくれていた。
今日のデザートは新鮮なマンゴーを使ったジェラートと、パイナップルとココナッツのジェラートだ。
どちらも素材だけでシンプルに作られているので、ピアディでも食べられる。
ただし食べすぎには注意だ。まだ小さなピアディではお腹を壊してしまう。
「ぷぅ(ならば聞くがよい。このピアディの物語を!)」
ピアディの半透明の身体がキラキラと虹色に光る。
そのキラキラに、鮮やかなレモンイエロー色の光が重なった。ピアディの魔力の色だ。
「ぷぅ!(夢見の術で過去にとぶのだ。いにしえのお魚さん王国へれっつごー!)
「ピュイッ(ピアディ、魔法使えるじゃないかー!)」
そして賑やかだったはずの食堂内はホワイトアウトした。
ホワイトアウトから意識が戻ってきたとき、そこは海の中だった。
大小様々なお魚さんたちや貝や海老など海の生き物、海藻がところかしこに見える。
水面のほうから陽の光が、光のカーテンみたいに海中へと差していて、明るい。
目を凝らすと海底の岩の隙間から白っぽく、背の高い建物が見えた。
「ぷぅ(お魚さん王国の神殿なのだ。われが創られた頃は海のなかにあることが多かったのだ)」
「「「!?」」」
ハッと気づくと、食堂の中にいたはずが海の中だ。
不思議と息ができる。
海水の冷たい感覚は感じられたが、濡れた感触はなかった。
「ぴ、ピアディちゃん。これは夢見の術……と言いましたか?」
「ぷぅ(なのだ。夢の世界を利用して時や世界を渡る魔法なのだ。ここは何十万年もまえの神殿のあるばしょ)」
さあ行くのだ! とピアディが海底の砂の間をよちよちと短い四肢で進み始める。
よちよち……
よちよち……
よちよち……
「ピアディ。神殿にたどり着く前に日が暮れて、いや夢から覚めてしまいそうだ。抱っこさせてもらうぞ?」
「ぷぅ!(勇者君がそこまでいうならよろしくたのむのだ)」
慌てて黒髪黒目の勇者君がピアディの小さな身体を抱き上げた。
(海の中なのにやっぱり泳がないんですね。ピアディ様)
(野生の本能が働いているなら、自然と泳ぎ出しそうなものだが……)
一同はそのまま歩いて海中神殿へと向かった。
建物までやって来ると、つい先ほどまで夕食を楽しんでいた海上神殿で間違いない。
いわゆる白亜の石造りの建物だ。海中にあるため、水の青さでうっすら染まっているように見える。
海面の光の模様が表面に映って、鉱石のラリマーのような模様が表面に浮かんでいる。
海上にあるときは建物内部には空気が通っていたが、さすがに海の中では隅々まで海水で満ちている。
お魚さんたちが悠々と泳ぐ建物の中を、ピアディが指し示すままに進んでいく。
勇者君の腕の中からピアディが前脚を伸ばして示したのは、祭殿の間だ。神殿の中で一番広い空間にあたり、神官たちが祈りを捧げたり、祈祷の護摩を焚いたりする場所だ。
「ここは?」
「ぷぅ(われが創られた場所なのだ)」
中は薄暗い。
室内の一番奥に段々の祭壇がある。
その上には、子供の頭ぐらいの大きさの、透明なガラス状の球体が設置されていた。
数は二機。
うち、一機は中に何もない空。
もう一機には、深海のような濃い紺色の液体が詰まっている。
「ぷぅ(これが〝ゆりかご〟。おとうたまと、おかあたまが魔力をたっくさん込め込めすると子どもが創れる魔導具)」
「何と。伝説のアーティファクトではないか!」
今の時代に伝わる神話やおとぎ話の中に出て来る、魔法の道具の一種だった。
「そうか。これが稼働する前の正常な状態か……」
魔王おばばが〝ゆりかご〟に駆け寄り、興奮ぎみに装置をあれこれ確認している。
「!」
と思ったら、祭殿の間に二つの光の塊が入ってきた。
よくよく見ると、それは光をまとった帯のように長い深海魚と、半透明で薄青色をした四つ足のサラマンダーだった。
皆の見ている前で二つの光の塊は、二人の年配の男女の姿に変わった。
深海魚は男だ。
金髪で紫の目を持ち、ダイヤモンドの王冠を被ってマントを羽織っている。
背が高く、筋肉質な体型で全体的にがっしりした大きな体型だ。
厳格そうな顔つきだった。
サラマンダーは女である。
金髪で、こちらはもうちょっと色味が濃い。目の色はとても鮮やかな青色――ウルトラマリンの色をしている。
冠は男のものより華奢で、真珠がたくさん付いていた。
こちらもマントを羽織り、女性らしい細身の体型をしている。背はあまり高くない。
老齢に差し掛かった年齢ながら、愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしている。だが今は緊張しているのか、顔つきが少し強張っていた。
「この二人、もしかしなくても俺のご先祖様?」
聖女様の彼氏が呟いた。
言われてみれば、王様らしき男性は彼によく似ていた。違うのは目の色ぐらいだろうか。
「私たちのことは見えてないようですね」
聖女様が王様と王妃様らしき二人の前に手を差し出しても、二人はまったく反応を見せない。
ただ、目の前の〝ゆりかご〟を見つめているだけだった。