第八話 旅立ち
遅ればせながら第二章を開始致します。
本日から第二章終了まで毎日更新を予定しておりますので、是非ともお付き合いください。
「準備はいいか?」
「はい!」
時刻は昼過ぎ。
鴉の嘴を模した仮面を被った黒い大男、鴉頭と赤い頭巾を被った銀髪の少女、赤頭巾は揃って『アルスフェルト村』と書かれた看板の前を横切る。
アルスフェルト村で獣が起こした事件を始末した二人は、少しの準備を早々に終えて村の外に足を運んでいた。
「まずは旧公国領首都べイルムに向かう」
「べいるむ……ですか?」
「あぁ、そもそもここを片付けたら行く予定だった場所だ」
言い慣れていないのか、たどたどしい口調で聞き返す赤頭巾に鴉頭は淡々と予定について話していく。
「取り敢えずは俺が村に来たルートの逆を通って進んでいくつもりだ。大体二週間程度で着くだろう」
「首都……楽しみだなぁ」
旅行じゃないんだぞ。などと言う無粋な発言をそっと呑み込んだ鴉頭は申し訳程度に整備された林道を歩いて行くのだった。
「そう言えば鴉頭さんってどこの出身なんですか?」
「知らん」
「へぇ……シランなんて国があるんですね」
「違う。知らないと言う意味だ」
「えぇ!?」
村を後にして早々、代わり映えのしない林道に飽きた赤頭巾は歩きながら雑談を始めていた。
鴉頭も流石にその気持ちを汲んで赤頭巾の話題に応える。どうやら赤頭巾の望んだ答えでは無いようだったが。
「〈狩人〉になった反動かは知らないが俺は俺についての記憶が十三年前で途切れている。だから家族も出身も知らない。あと興味もない」
「淡白すぎる……」
家族こそを最も重視する赤頭巾にとって鴉頭の反応はあまりに冷たかった。
しかし鴉頭の社交性が著しく低い原因だと考えると妙に納得できてしまうのも事実だった。
「ってことは鴉頭さんは狩人になってもう十三年も経つんですね」
「あぁ、……おい、止まれ」
赤頭巾の問いに答えた鴉頭は、村を出てから一度も止めていなかった足を止めると赤頭巾に短く指示を出した。
鴉頭の言葉に赤頭巾は手で口を抑えると彼の外套の裾を掴んで身を寄せた。
これは村を出る前に鴉頭と決めた二人の合図だ。
旅立ちの前、田舎者で世間知らずの赤頭巾を守るべく鴉頭は二つの制約を決めていた。
一つは人前で頭巾を外さないこと。
これは単純に赤頭巾が獣である事を隠すためである。
そしてもう一つは鴉頭が赤頭巾に指示を出した時、それがなんであれ赤頭巾は口を噤んで鴉頭に身を寄せるというものだ。
これもまた赤頭巾を守るための約束である。
そして鴉頭は林道の奥から聞こえる僅かな音に反応して赤頭巾に指示を出した。
それは即ち警戒を意味していた。
「……だろうが!」
「……ねぇぞ!?」
先ほどより歩幅を縮めた鴉頭の常人を超えた聴覚が林道に響く野太い話し声を捉えた。
この辺鄙な林道で人がいる事に首を傾げながら、知性を持つ獣の可能性を考慮して赤頭巾には敢えてそれを教えず鴉頭は道を進む。
だがやがて近づいていけば赤頭巾にもその会話が聞こえてきたようで、強張った顔を安堵に変えて鴉頭の方を見た。
「鴉頭さん、人の声ですよ?」
「あぁ、だが確認するまでは警戒を解くな」
「は、はい!」
気を取り戻すように赤頭巾が外套の裾を握り直したのを確認した鴉頭は、彼女の肩を更に引き寄せながら歩みを再開した。
当然、近づくに連れ誰かの会話も鮮明になっていく。
「だから、獣が出てるなんて聞いてねぇって言ってんだろうが!?」
「それは俺もだって、何回言わせんだよ!!」
会話の内容が読み取れる頃には二人の男が怒鳴りあっている姿が鴉頭の目に入ってきた。
一人の男は如何にも高級そうな服を身につけた小太りの男で、もう一方は薄汚い軽装に帯剣した体付きの良い男だ。
その傍らには同じく軽装の男がもう一人、道草を食んでいる馬車馬の様子を見ながら二人の諍いを困惑げに眺めていた。
「ひと、ですよね……?」
「あぁ」
その姿を瞳に移した鴉頭は男達が何者であるかの見当をおおよそ付けていた。
如何にも成金めいた小太りの男は荷馬車があることも踏まえて、恐らく行商人だろう。
そしてガタイの良い二人組はあの行商人の雇った護衛の傭兵ということで間違いない。
【大獣害】によって増加したものの一つに野盗という存在がある。
いわゆる貧困者のなれ果てであり、獣の発現によって治安の悪化した地域で野盗行為が横行したのだ。
被害者はもちろん同じ穴の狢である農民ではなく、その村に訪れる行商人だった。
そのせいでやがて商売が立ち行かなくなった商人達は護衛、つまり金で雇える同類の荒くれ者である傭兵をあてがうようになったという訳である。
因みに戦闘能力だけを見れば〈狩人〉を雇うのが一番確実なのだが彼らは獣の殺害にしか興味が無い為、どれだけ金を積んでも〈狩人〉を護衛につける事は至難の業になる。
加えて商人も、いつ自分が獣と見做されて殺されるか分からないので〈狩人〉を雇おうとも考えない。
よって、獣でもない事を確認した鴉頭はその警戒を幾分か緩めながら歩を進める。
他人の怒号に慣れていない赤頭巾が鴉頭の背を盾にして二人を覗く中、当の鴉頭はそれを気にせず男達のもとへ向かった。
ただの諍いなら鴉頭も無視を決め込む所だが、獣という言葉を聞いて素通りできる〈狩人〉はいない。鴉頭は模範的な狩人なのである。
「事前の情報の不備はてめぇの落ち度だろうが!」
「チッ、嚙みつくなら契約書ぐらい目を通しておけ能無しが!俺は書いていたはずだぞ、『現地での不測に限らず護衛の契約を結ぶ』ってなぁ!!」
「んなもん詐欺じゃ……!」
赤頭巾はともかく、大柄な鴉頭の接近にも気付かず口論を白熱させる二人に鴉頭は容赦なく横槍を入れた。
「おい」
「っ!?お前は……〈狩人〉か!?」
鴉頭の予想通り、商人を置いて機敏に反応したのは傭兵の方だった。
全身黒尽くめに怪しい仮面を被った、まさしく〈狩人〉の風貌に身を固めた鴉頭が突然現れた事に怒鳴っていた方の傭兵が帯剣の柄を握りながら鴉頭を睨みつける。
それが虚勢以外の何者でもないことを、傭兵の震える身体から読み取った鴉頭は一切臆することなく自身の要件を切り出した。
「獣が出たと聞こえてきたが本当か?」
「……てめぇには関係ねえだろうが」
「そうか」
鴉頭ににじり寄られた傭兵が俯きながらも頑なに口を閉ざしたことを察した鴉頭は、これ以上のやり取りは無意味と断じて立ち去ろうとしたその時。
妙に潔く諦めた鴉頭に驚いていた傭兵が通りすがりざまに、鴉頭の裾を掴む少女の存在に目敏く気付いた。
「おい、何で〈狩人〉が子供を連れてやがる?」
「……お前には関係ない」
だが絡んできた傭兵を鴉頭は飽くまで一蹴した。
仮面の奥で自身を射す鴉頭の眼光にたじろいだ傭兵だったが、プライド故か少し呻きながらも鴉頭の前に立ち塞がる。
「確かこの先にも小せぇ村があったはずだ。まさか攫ってきたんじゃねえよなぁ?」
「同じ事を何回も言わせるな。お前には関係ない」
「ってめぇ!」
相変わらず人を食ったような態度の鴉頭に、恐怖よりも怒りが勝った傭兵は鴉頭の背後に立つ赤頭巾の腕を掴もうと腕を伸ばした。
しかしその動きを見逃す訳がない鴉頭が、傭兵の伸ばした腕が赤頭巾に触れる前に【鋸鉈】を傭兵の反応を許さない速さで正面から首にあてがった。
「こいつに触れるな。殺すぞ」
「ぐっ……」
今の今まで素っ気なかっただけの鴉頭が突如として醸し出した殺気に、二人の傭兵はピクリとも身体を動かす事が出来なくなってしまう。
「鴉頭さん」
「お前も不用意に喋るな。赤頭巾」
「うぅ」
鴉頭が作り出した重い空気を、だが一人の男がそれを打ち壊した。
「ったく、雇い主を置いて話を進めてんじゃねぇよ馬鹿野郎が」
「……チッ、わぁーってるよ」
「……」
禿頭で小太りの男、おそらく商人であろう男がずけずけと前に出てきたことで鴉頭は【鋸鉈】を下げ、傭兵は逃げるように商人の後ろに移動する。
都合のいい傭兵を睨みつつ鴉頭に視線を戻した商人は不機嫌そうなまま話しかけた。
「俺はリパッチ。商人だ。お前は?」
「……鴉頭。狩人だ」
「ん?どっかで聞いたような……まぁいい。俺はお前らを詮索するつもりはねぇ。ただ代わりと言っちゃなんだが一つ頼みがある」
「おい!まさか……」
「言ってみろ」
商人リパッチの言わんとする事を察した傭兵が遮ろうとする前に鴉頭が話を進めるように促す。
傭兵の言うことなど聞く気がないリパッチもまた構わず話を進めた。
「この先の村で獣が出た。そいつを始末してほしい」
世界には獣が蔓延っている。
それが大袈裟な誇大広告でないことを赤頭巾はこれから知ることになる。




