第七話 最後の獣
投稿が大変遅くなりました。申し訳ございません。
皆様も体調にはお気を付けくださいませ。
アルスフェルト村は困窮の一途を辿っていた。
【大獣害】の被害もまだ残っている時勢で厳しくなる徴税と増えていく働けない老人。
没落した貴族の妾だったおばあちゃんはさも当然のように捨てられて、あてもなくこの家に匿われて、それでもとても優しかった。
両親がいない日は絵本を読んでくれた。おままごとにお散歩にも付き合ってくれた。
そして私が十歳の誕生日を迎える一週間前ほどに口減らしとして捨てられた。
それすらも覚悟していたのか、森に捨てられると分かっていながら静かに涙を流すお父さんに微笑んでいた。
そんなおばあちゃんが、私が赤頭巾を被り始めて少し経った頃に家に帰ってきた。
自力では立てなかったはずのおばあちゃんがその二の足で帰ってきたのだ。
とっくに死んだものと思い込んでいて、驚くお父さんを獣に変わったおばあちゃんが切り裂いた。
吹き出る鮮血に呆然とするお母さんを獣は貫いた。
余りに突然の惨状を前に立ち尽くす私に獣はこう言った。
「お前はもう家族だからいい子にしておくんだよ」
それから地獄が始まった。
泣きわめきながら両親の亡骸を土に埋め、私の様子を見かねたおじさんの優しさに付け込んで協力させてしまったり、顔馴染みだった木こりのおじさん達や、討伐隊として森に入っていったお兄さん達の末路をわかっていながら黙っていたり。
それなのにみんなの後を追う勇気も持っていなくて、気付けば村に独り残っているのは私だけになっていた。
これがアルスフェルト村で起きた悲劇のあらましだった。
――――
また墓地に訪れていた鴉頭は新しく遺品を埋める赤頭巾からぽつぽつとアルスフェルト村での事の経緯を語られていた。
如何やら姥捨て以外は概ね鴉頭の予想通りだったらしく、流石の鴉頭も肩の荷を下ろす。
「この村もどうなるんでしょうね」
「知らん。行政は俺の専門外だ」
「ですよね」
出会った最初から最後まで変わらない鴉頭に、赤頭巾は羨望の混じった愛想笑いを浮かべる。
祖母の遺品を埋め終えた赤頭巾は立ち上がると一拍を置いて本題を切り出した。
「もう行っちゃうんですか?」
「あぁ」
「えっと、私……いえ、寂しくなりますね」
何かを言いたげにする赤頭巾は直前になってそれを飲み込んだ。
赤頭巾の一挙手一投足に意識を向けていた鴉頭は僅かに沈黙が過ぎるのを待ってから一言だけ呟いた。
「お前が本当に言いたいことはそれでいいのか?」
「え?」
「赤頭巾、お前なら分かっているはずだ。それとも隠したままでいるつもりなのか?」
鴉頭の言わんとする事を理解した赤頭巾は瞠目をして固まるが、フッと息を吐くと朗らかに微笑んだ。
「ホント、敵わないなぁ……」
赤頭巾にしては珍しく崩れた口調の呟きはまるで泣いているかのようだった。
「いつ気付いたんですか?」
「初めて会った時からだ」
「そ、そんなに早かったんですか!?」
「ああ、昏睡していたお前を剝いたときにな」
「そっか、あの時」
今思えば中々に刺激的な出会いだったものである。
森で迷子になって獣に殺される直前で〈狩人〉に助けられ、起きた時に服を脱がされていた。かつての自分に言っても信じないだろうと赤頭巾は意味のない想像に耽る。
赤頭巾は肌身離さず被っていた頭巾を外すと肩まで伸びた銀髪をたくし上げる。
そして諦めたように、しかし確かな声色で言葉を紡いだ。
「鴉頭さんの予想通り、私がアルスフェルト村最後の獣です」
赤頭巾の髪からまろび出た白いうなじには椎骨のような歪な形の赤い腫れが出来ていた。
それは彼女が一切の例外なく獣であるという何よりの証拠だった。
「・・・何か言い遺す事はあるか」
「家族と同じ所に埋めてください」
既に獣を狩った時から【鋸鉈】を離していなかった鴉頭は赤頭巾の首元にそれをあてがうと刃を止めた。
祖母の血液がこびりついた【鋸鉈】は未だに生臭く、なのに赤頭巾は何故か安心を覚える。
「……殺さないんですか?」
「そう言うお前は抵抗しないのか」
「私にそんな事をする権利なんか、ないですよ」
あそこまで獣に執着していたにも関わらず赤頭巾を手にかけない。
「なら、なんであの時お前は祖母の死を看取る事を選んだ?」
「そんなのどうだっていいじゃないですか」
赤頭巾は自身の首にあてがわれた【鋸鉈】を痛みを無視して握り締めた。
小さな手のひらから血が流れるが、その上で乾いた瞳を鴉頭に向ける。
「お前の下らん感傷に付き合うつもりはない」
「……鴉頭さんには分からないですよ。分かるはずがないです」
「なんだと?」
「私は一番卑怯なんです。全部分かってて……なのにみんなを見殺しにして」
「そんな事はどうでもいい」
俯きながら懺悔の言葉を並べる赤頭巾を鴉頭は不躾に遮った。
鴉頭の人となりを理解していた赤頭巾ですら、この期に及んでまだ空気を読まない鴉頭の発言に固まってしまう。
「死にたいなら勝手にしろ。俺を巻き込むな」
「……ごめんなさい」
暗に鴉頭を利用しようとしていた事を咎められた赤頭巾は図星を突かれて謝罪する。
確かに自分が死ぬ勇気を持たないからといって鴉頭に殺させるのは間違っていると。
だが鴉頭の言葉はそれで終わらなかった。
「それでも死ななかったのには理由があるんだろう」
「っ……理由なんてない、です」
「だからお前は両親が死んでも、祖母を看取ってでも生き残ったんだ」
「そう、ですよ。そうです。私は自分勝手で、死にたがってる癖に死ぬのがまだ怖い、臆病者ですよ」
「違う」
言い訳のように死なない理由をまくしたてる赤頭巾を再度、鴉頭は遮った。
「お前はもっと我儘になれ」
「は、ははっ、なに言ってるんですか……?」
鴉頭の思惑が一向に読めない赤頭巾はとうとう自分でも分からないうちに笑みを浮かべていた。
そして赤頭巾のその感情が悲しみを誤魔化すものだと見抜いていた鴉頭は、彼女から目を離さないまま言葉を紡ぎ続ける。
「あの時、祖母を殺す選択をしたお前の目はもっと真っ直ぐだった。だから俺はお前の選択を尊重した。だが今の死を乞うお前の目は見るに堪えない」
「じゃあもうどうしろっていうんですか」
「お前なら既に気づいているだろう」
自分が気付いているように、と後付けするような鴉頭の言い分に赤頭巾は、それでも分からないというように頭を振った。
「どうして……鴉頭さんはそうやって私を生かそうとするんですか?」
「それも、分かっているだろう」
「分からないですよ!だって……だって、そんな事言われたらっ死にたくなくなるじゃないですかぁ!?」
努めて感情を抑えていた赤頭巾はとうとう堰を切ったように叫んだ。
「私だって生きたいです!獣の体のまま死にたくなんかない!!ちゃんと人として……死にたいです!!!」
「あぁ」
「だからっ、このまま殺してくれないのなら私を助けてください!人に、戻してください……」
泣きじゃくる赤頭巾の真意を聞いた鴉頭は首にあてがっていた【鋸鉈】をあっさり離すと、赤頭巾に向かって手を差し伸べた。
「分かった」
「……え?」
「俺がお前を人間に戻してやる」
「いいんですか……?」
「ああ、お前こそ付いて来られるか?」
冷たくて自分勝手な、でも誰よりも優しい〈狩人〉の大きな手のひらを赤頭巾は凝視する。
独りぼっちだった少女の次にとる行動は言うまでもないだろう。
「……っはい!!!!!」
斯くして赤頭巾と呼ばれる少女は、鴉頭という狩人と契約を結んだ。
これは滅びかけた世界で狩人が獣となった少女を殺す、血塗れの物語なんかじゃない。
これは獣に身を窶した少女が優しすぎる狩人に助けられ、人間に戻るまでの物語だ。




