第四話 アルスフェルト村について
「ようこそ、アルスフェルト村へ!」
鴉頭が刻んだ目印を辿って二人はようやく村へ帰る事ができた。
村の門をくぐると赤頭巾が仰々しく歓迎の言葉を送る。
「一度立ち寄ったけどな」
「もう、こういうのは気分じゃないですか」
「そうか?」
因みに赤頭巾のテンションが高いのは久しぶりに人と喋ったからである。決して赤頭巾がチョロい訳ではない。
「私の家に立ち寄りますか?お茶を出しますよ」
「茶はいらんが話を聞きたい。案内してくれるか」
「はい、任せてください」
さらっとお茶を断られた事に赤頭巾は肩を落としつつ寂れた我が家へと鴉頭を案内した。
家の中へ入った鴉頭は吟味するように辺りを見渡すと、何かに納得したのか小さく頷く。
赤頭巾は戸棚の中から茶葉を探しつつ、早速本題に入った。
「それでお話って?」
「お前の親はどうした」
「そ、れは、別に不思議な事じゃないですよ。……置いて、行かれたんです」
「そうか」
赤頭巾の境遇に鴉頭は同情するでもなく憐憫を抱く訳でもなく、ただ淡々とその事実を受け止めた。若しくは既に察しがついていたのだろうか。
(そうかって、それだけぇ?)
鴉頭の冷たい態度に赤頭巾は複雑な気持ちを湧かせるが、同情されるよりはマシかと自分を納得させる。それに赤頭巾は決して孤独というわけでは無かった。
「あ、でも祖母がいます。だから寂しくないですよ」
「一応保護者はいるのか……。挨拶した方がいいか?」
赤頭巾と祖母が二人で生活しているのならば、恐らく家主は祖母の方だろう。家主に挨拶をするのは当然である。
鴉頭は礼儀を弁えた〈狩人〉なのだ。
「いえ、……大丈夫です」
しかし赤頭巾は鴉頭の提案を突っぱねた。
「いいのか?」
「はい。祖母は最近病気がちで、あまり刺激したくないんです」
「……そうか、分かった。なら遠慮させてもらう」
鴉頭はそれだけ言うと、結局出されたお茶に一切手を付けずに立ち上がった。
「もう行っちゃうんですか?」
「ああ。調べたい事もある」
「分かりました。私は家畜の世話もあるので、困ったことがあったら気軽に聞いてくださいね」
「ああ」
鴉頭は赤頭巾の厚意に生返事をして踵を返した。
気丈に振舞ってはいたものの、何処か寂しそうな赤頭巾の前を横切って鴉頭が扉に手をかけたところで、ふと脇に置いてある写真立てに気付く。
そこには、今も充分幼いが、幼少期の赤頭巾と彼女の両親と、恐らく祖母であろう女性の集合写真があった。
「……これも獣の弊害か」
写真に写る少女の屈託な笑顔と、先程自分を見送った赤頭巾の硬い笑顔。
どちらが少女にとって幸せなのか。
〈狩人〉であり、およそ人の心など待ち合わせない鴉頭には、ついぞ答えが出ることは無かった。
――――
「……はぁ」
「お前は……」
鴉頭が赤頭巾の家から出てすぐ、扉の前に村で初めて会った老人が立っていた。
初回の塩対応を覚えていた鴉頭は思わず顔を顰める。
何せ自分は赤頭巾の家から出てきたのだ。
これだけ狭い村だと恐らく赤頭巾と老人は顔見知りだろう。
親しい少女の家から〈狩人〉が出たとなれば非難は必至。鴉頭が何を言い繕うか悩んでいると、老人の方が先に声を掛けた。
「赤頭巾は無事なのか」
「……ああ」
果たして自身の言葉がどれだけ信用されているのかは知らないが、鴉頭は一応真実を語った。
「そうか、良かった……」
「何故森に行かせた」
「……どうして私があの子を森に行かせたと?」
嘆息を吐く老人に鴉頭が質問をするとその問いに老人は驚いた。何故鴉頭が知り得ないはずの事を知っているのか、と。
「お前は赤頭巾の居所でも、俺の目的でもなく、赤頭巾の無事を聞いてきた。つまりお前は赤頭巾が森に行った事を知っており、そしてどうなるかも分かっていた事になる。違うか?」
「……アンタ、〈狩人〉より探偵の方が合っているんじゃないか」
鴉頭に図星を突かれた老人は思わず似合わない冗談を言ってしまった。
世間一般で蔓延する〈狩人〉の粗暴性という偏見を等しく持っている老人は「しまった」とばかりに口を塞ぐ。
しかし打って変わって鴉頭がそれを気にする様子は無かった。
「俺には向いてない。なんせお前の動機についてはさっぱりだからな」
「……動機?はははっ、簡単な事さ。解放してやりたかったんだ。この村から」
老人の諦観が混じった独白に鴉頭が返事をする事は無かった。それを否定するには無知で、しかし肯定するほど非情でも無かった。
「だがアンタが獣を殺したんだろう?これでもう怯えて過ごす必要もなくなる」
「いや、獣はまだ居ると見ている」
「な、なに?二匹目を見たのか?」
(二匹目を見た?)
老人の言い草に鴉頭は違和感を覚えた。
「二匹目が居たのか」と聞くならまだ理解できるが何故鴉頭が目撃したかどうかを気にするのだろうか。
しかし鴉頭は自身の考えを邪推と断じて頭を振った。これではただの揚げ足取りだ。
「二匹目は見ていないが、森の状況を鑑みるに複数の獣がいる事に間違いは無い」
「そうか……そう言うことか。なら、一応気を付けておこう」
「……ああ」
「私は赤頭巾に詫びを入れに行こうと思う。それでは」
鴉頭の話を聞いた老人はそそくさと逃げるように赤頭巾の家へと入って行った。
まるで最初から鴉頭の持っている情報を聞き出すためだけに出待ちをしていたかのようだった。
「気の所為、なら良いんだがな」
しかしそうはならない事を、独りごちた鴉頭本人が一番良く分かっていた。
彼の予感はよく当たる。それが悪ければ悪いほどに。
さて、老人と別れた鴉頭は本来の目的である〈鐘鳴らし〉の下に来ていた。
というより余所者の鴉頭がこの村で頼れるのはここだけなので、来る当てがなかったといえばそれはその通りである。
「〈鐘鳴らし〉、名簿借りるぞ」
もちろん〈鐘鳴らし〉は返答しないが、鴉頭は構わず安置されていた資料を引っ張り出した。
〈狩人協会〉は世界連合政府公認の〈狩人〉を支援する組織である。言わば国家権力に近しいものであり、情報源としてはかなり信用できる。
大きな都市になると、流石に個人情報保護の観点から面倒臭い手続きがあるのだが、田舎の村にそんなセキュリティが敷かれる筈もなく。
よって鴉頭は一応の管理を任されている〈鐘鳴らし〉に断りを入れながらも、アルスフェルト村について勝手に調べ始めた。
アルスフェルト村。
この村は旧プライセル公国領の北東部に位置する人口約千人の小さな村だ。
主な産業は林業と畜産。
赤頭巾の家にも家畜小屋が隣接されており、牛や鶏の鳴き声もしていたので恐らくそれは間違いない。
林業の方は残念ながら鴉頭に判別できなかった。
森は雑草がぼうぼうに生い茂っていたし、切られたまま放置されている丸太は腐食が進んでいた。少なくとも木こりが全滅したという話に偽りは無いだろう。
この村に獣が出現したのは約二週間前。
最初の被害者である木こりと討伐隊、合わせて四十人程度が失踪、もしくは殺害されている。
そしてその結果、村の殆どの人間が他都市へ亡命。
今やアルスフェルト村の人口は三十に満たない程しか残っていない。
「なるほどな」
アルスフェルト村の地形や人口、基本的な情報を集めた鴉頭は、漸くこの村に孕む異常性を理解した。
人類は未だに獣の出現理由と、その目的を知らない。
だが何もかもを無知で済ましている訳でもなかった。
まず、獣は必ず人間の生息域に出現する。
その数は一度におよそ一匹から三匹とされ、基本的には単体で生息する。
そしてその土地の生物を食い荒らして最期には共喰いをするか、餓死するか、狩人に狩られるか、いずれかの末路を辿る。
その期間は合わせて大体一週間とされている。そう、一週間だ。
赤頭巾は村人が故郷を捨てた事に思う所があったようだが、鴉頭に言わせてみれば捨てることが出来ただけマシである。
何故なら通常の獣であれば、村人に逃げる暇を与えず皆殺しにするからだ。
そもそもこの世界で数千、数万単位で群生する生物は人間しか存在せず、獣にとって都合の良い餌場が後回しにされる可能性は皆無に等しい。
加えて獣が陣取っていたであろう森の生物はほぼ全滅しており、鴉頭が狩った獣も飢餓状態に陥っていた。
これらの事柄でますます村が手付かずの理由が謎めく。
そして赤頭巾の存在。
何故あの齢の少女が死に体の村に身を寄せているのか。
赤頭巾は両親に置いて行かれたと言っていたし、鴉頭もそういった孤児の存在なら知っている。
しかし服飾に興味のない鴉頭でさえ高級品だと分かる頭巾を、ましてや貧しい村の一家庭がそれを買い与えるような娘を軽々しく捨てるだろうか。
恐らく赤頭巾は何かを隠している。鴉頭が握っている彼女の秘密とはまた別の何かを。
「取り敢えず、今は何とも言えないか」
老人にも話したように鴉頭は探偵ではない。
自分の邪魔にさえならなければ、この村の行く末も謎も殊更にどうでも良かった。
幸いにも森の地図を入手した。これで森の獣を捜索する事が幾分か楽になるだろう。
目的を果たした鴉頭が部屋を出ようと扉に手をかけた瞬間。
「きゃああああああああ!!!」
「またか……」
外から赤頭巾と思われる少女の悲鳴が響いてきた。
鴉頭はそこはかとないデジャヴを感じつつ、急いで赤頭巾の下に向かうのだった。




