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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第一章 少女と狩人
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第三話 始動

今話から残酷描写が増えます。苦手な方はお気を付けください。

――そして時はあの逃亡劇の終盤まで遡る。


「ガァァァァァァ!!!!!!!!」


 絶体絶命。

 恐怖で泣き腫らした赤頭巾の瞳が最期に写したのは、獣のあまりに醜い牙だった。

 赤頭巾に抵抗する余地は最早なく、彼女は諦めたように目を閉じた。


 しかし赤頭巾の短過ぎる人生では走馬灯すら流れる事は無い。

 ただ両親と、祖母と過ごしたあの幸せだった日々を意味もなく反芻する。そして願わくば両親と同じ場所へ――。


 ――じゅぶ、ぼとっ。


 あぁ、これが死ぬ時の音か。

 私は何処を喰い千切られたのだろうか。首だろうか、顔だろうか、それともお腹?

 でも、あんまり痛くなくて良かった。


(……痛くない?)


 いつまで経っても襲ってこない死の痛みに、流石の赤頭巾も疑問に思った。

 しかし次の瞬間。


 ――バシャッ!


 何かの液体が思いっきり自身の顔に掛かったのだ。


「えっ!?」


 とうとう恐怖よりも驚きが勝った赤頭巾は重たかった瞼を開く。

 ツンとした血生臭さに顔を顰めながら目を開いた赤頭巾の視界には、赤い肉の丸太が鎮座していた。

 丸太からはぴゅるぴゅると赤い液体が噴き出しており、どうやらそれが赤頭巾の顔に掛かったようである。


 そして、尻餅を付いていた赤頭巾の股の間に()()()()が落ちていた。


「ひっ、きゃぁぁぁぁぁ!?」


 突然のスプラッターに赤頭巾は青ざめながら悲鳴を上げる。

 自身の命を刈り取ろうとしていた獣が目を閉じた次の瞬間に首を斬られていた。

 それはつまり。


「私って、実は〈狩人〉を超える超能力者だった……?」

「そんな訳あるか」

「えっ、あ、だ、誰!?」


 赤頭巾の斜め上過ぎる妄想に、間一髪で獣の首を切り落とした正真正銘の〈狩人〉――鴉頭が突っ込みを入れた。入れざるを得なかった。

 鴉頭の右手には鋸状の刃が付いた鉈、鴉頭の愛用する武器【鋸鉈】が血に塗れている。どうやらアレで獣の首を落としたようだ。


 赤頭巾にしてみれば、突如として現れた血塗れの凶器を持つ全身黒尽くめの鳥仮面男が目の前に現れた形となる。はっきり言って恐怖である。

 しかし鴉頭は赤頭巾の質問に応える事は無く、赤頭巾の足下にあった獣の首を踏み躙ると、そのまま蹴飛ばしてしまった。


「えっと、あの何を?」

「下がっていろ」

「えぇ?“獣”ならお兄さんが倒したんじゃ……」

「……はぁ。まだだ」


 鴉頭が吐いた侮蔑混じりのため息に赤頭巾はむっとするも、そう言えば“獣”は首を落としても死なないという逸話があったと思い出す。

 ひょこっと首を切られた獣の死体を覗くと未だ首の切断面から血液を噴き出しながら固まっている。

 赤頭巾にはどう見ても死んでいるようにしか見えなかった。


 ――が。


 身体をぴくっ、と震わせた獣は突然立ち上がると、鴉頭を警戒する様に瞬時に後ろへと下がった。

 二足歩行になって益々人間のように見える首を失った獣は更に身体を震わせると、首の切断面から血に染まった白い脊椎を伸ばし始めた。


「ひっ!?」


 またしても現れたグロテスクな光景に赤頭巾は思わず悲鳴を上げる。しかし鴉頭は慣れたように獣を見据えていた。


「な、何なんですかアレ!?」

「獣だ」

「首の骨が飛び出してますけど!?」

「首を切られた獣はああなる」

「そんな……!?」


 鴉頭の冷静かつ端的な解答に赤頭巾は絶望を覚えた。

 では一体どうやって獣を倒すと言うのか。

 その答えは赤頭巾が望む前にやってきた。


「シャァァァァ!!」

 

 脊椎を伸ばし切った獣が、喉もない筈なのに甲高い音を立てて襲い掛かってきたのだ。

 赤頭巾では目で追えないほどの速さ。

 「危ない」と、赤頭巾が遅すぎる警告を発する前に鴉頭は動き出していた。


 鴉頭から見れば、獣の動きですら緩慢だった。

 あまりに無駄で呑気過ぎる威嚇。行動を読みやすい露骨な予備動作。

 獣よりも獣の動きを把握した鴉頭は自身の愛武器【鋸鉈】を振りかぶると、今にも踏み出さんとする獣の脚を切り飛ばした。


「ジャァ!?」

「遅いんだよ。愚図が」


 鴉頭は片足を失った事でバランスを崩した獣の背後へ素早く回り込むと、移動しながら上に振りかぶった【鋸鉈】を容赦なく獣の首元へ落とした。


「ジ、ヤァァァォォァァァ!!!???」

「五月蝿い」


 獣があまりの痛みに痛烈な叫びを上げる中、返り血を浴びた鴉頭はそれを意に介さず獣の伸び出ていた脊椎を左手で掴んだ。


「死ね」


 鴉頭は一言だけ呟くと、右足で獣の腰部分を踏み躙りながら掴んでいた脊椎を力任せに引っ張った。

 途方も無い膂力を掛けられた脊椎は、自身の命を離さんと癒着する肉の断裂音をブチブチと奏でながら外界へと引き剥がされる。


 鴉頭によって外気に晒された脊椎は生物のように身を捩らせたが、間を置かないうちに動きを止めると灰と化して崩れ去ってしまった。

 抜け殻となった肉体がもう再生する事はなく、脊椎の後を追うようにどろりとした赤黒い液体になって地面へと染み込んで行った。


 赤頭巾にとっては未知の連続。

 気になる事だらけではあったが、突如として起こった目の当たりにしたことの無い悲惨な光景に赤頭巾はそっと自身の意識を手放すのであった。


――――


 赤頭巾はこの景色が夢だと分かっていた。

 夢だと分かって尚、それが覚めることを恐れた。


「――、どうしたの?」

「え、あ、おかあさん」

「ほら、折角の誕生日ケーキなんだから早く食べましょう?」

「うん」


 知っている。私はこの景色を知っている。

 私がちょうど十歳になったお祝いの日。

 ケーキなんて高級品を初めて食べた私の誕生日。

 うちは貧乏なのに、お父さんが領主様に泣き落としをして下賜してもらった、甘くて温かいケーキ。

 そして、この後。


「――!お父さんからはこれを上げよう!」

「これって……」


 ケーキを口いっぱいに入れた私に向かって、やたらテンションの高いお父さんが包装紙に包まれた箱を渡した。


「開けてもいい?」

「勿論さ!」

「……わぁ」


 中に入っていたのは、見たことが無いくらい真っ赤な頭巾だった。

 赤い頭巾を手に取って見ると、それは綿布(シルク)のような手触りで一介の村人が持つには余りに高等な代物だった。

 でも、馬鹿で我儘で世間を知らない私は頭巾を見て不満を漏らした。


「……ドレスが良い」


 私の傲慢な呟きに両親は顔をくしゃりと崩した。

 辛そうで、泣きそうで、両親のこんな顔を見たのは後にも先にもこの時だけだった。


「……ごめんな、――。不甲斐ない私たちを許してくれ」

「ええ、本当にごめんなさい」


 両親の突然の謝罪に、私は流石に申し訳なくなって子供ながらに気を使って慌てて赤い頭巾を被った。


「どう?似合う?」

「っ、ああ。とっても似合ってるよ」


 私が頭巾を被ると、お父さんは嬉しそうに笑ってくれた。お母さんなんかは泣いて喜んでいる。

 ちょっとだけ恥ずかしかったけど、私はより一層家族が好きになった。不器用で優しい、そんな二人が大好きになった。


 忘れられない誕生日。


 ――だけど。

 どうしてこの夢に、おばあちゃんは居ないんだろう?


――――


「……ん、ぅ」


 パチパチと鳴る、焚き火の薪を焦がす音に赤頭巾は目を覚ました。

 重たい頭を少しだけもたげると、その奥に鳥のような嘴がついた仮面を被る男――鴉頭が座っていた。

 赤頭巾が起きた事に気が付いた鴉頭は一言だけ。


「起きたか」

「えっと、はい、おはようございます?」


 自身が昏睡していても変わらない鴉頭の態度に、安心のような、悔しいような複雑な感情が湧き上がる。赤頭巾は気を取り戻すためにも上体を起こすと、ふと違和感に気付いた。

 身体が軽く、少しだけ肌寒いのだ。

 羽織られていた鴉頭の黒外套を握りながら赤頭巾が恐る恐る自身の身体を見ると、()()()()()()()()()


「?……っきゃああぁぁぁぁぁぁ!?」

「……おい、五月蝿いぞ」

「うるっ、なんで冷静なんですか!?この変態!」


 赤頭巾に全裸で寝るような癖は無い。

 つまり目の前の男が、赤頭巾が意識を失っている内に服を全て脱がしたと言う事だ。

 その事にいち早く気付いた赤頭巾は黒い外套を身体に巻きながら鴉頭を睨みつける。


 そして自分が何か途轍もない勘違いをされている事に気付いた鴉頭は呆れ気味にため息を吐いた。

 吐きながら自身の後ろを指差した。


「お前の服が獣の血で汚れたから洗っただけだ」

「そんな嘘……!……うそじゃない?」


 鴉頭の指した方向を見れば、赤頭巾の衣服が森の木を手折って作った急造の物干し竿に掛けられていた。

 しかもよくよく周りを見渡すと、焚き火が焚かれているのも河川敷だ。

 恐らく赤頭巾が倒れてしまったので、鴉頭が見通しの良い場所を見つけて休息を取ったのだろう。


 自身の短慮に気が付いた赤頭巾は素直に謝罪した。


「う、その、ごめんなさい。疑っちゃって」

「あぁ、全くだ。大体お前みたいな貧相な身体に興奮する奴は居ないと思うぞ」

「ひんそっ、やっぱり許しません!!」

「えぇ……?」


 鴉頭が再度投下した燃料にブチ切れた赤頭巾は、長い長い説教を始めるのであった。


 時間はきっかり十分。

 焚き火の前には着替えを済ませた赤頭巾と、彼女に背を見せながらゲンナリした鴉頭がいた。


「でも、良かったです」

「……服を脱がした事がか?」

「違います!獣が倒されて良かったって話です」

「ああ、そう言うことか」


 赤頭巾の態度と違って鴉頭は淡白だった。

 〈狩人〉は獣を憎悪している。

 獣を殺した時に罵倒していたので鴉頭もその例には漏れて居ないのだろうが、それにしては少し落ち着いている印象を赤頭巾は抱いた。


「でもどうやって獣を倒したんですか?」


 鴉頭の腰に差されている先刻獣を屠った【鋸鉈】を見ながら、赤頭巾はずっと疑問に思っていたことを聞いた。

 赤頭巾にとって獣とは不死身の化け物というイメージが存在している。

【大獣害】が起きたあと、獣の脅威を伝えるために獣に関する逸話が語られるようになった。

 祖母が童話で語る獣は首を切っても死なない怪物だとされるのが専ら定番だった。

 加えて先の戦闘でも首を切られた獣は活動を続けていた事は記憶に新しい。


「お前が獣についてどう聞かされているかは知らないが、生物である以上弱点は存在する」

「は、はぁ」

「獣の弱点は肉体ではなく、その中の骨だ」

「骨ですか?」

「ああ、頸の骨、つまり頸椎を五割以上損傷すれば獣は再生能力を失って死に至る」

「なるほど……」


 明確な殺害方法を淡々と話す鴉頭に赤頭巾は安堵を覚えた。

 やっと村に差し込まれた暗雲である獣が斃されたのだ。これで寂れた故郷にも活気が戻るのだと思ってしまう事も無理はない。


「これで村のみんなも帰ってくるかな」

「それは無い」


 しかし赤頭巾から溢れた淡い希望を鴉頭は変わらぬ声で否定した。まるで今まで同じ光景を見て来たかのように。


「ど、どうしてですか?」

「理由は二つある。一つ目に逃げ出した連中はその事に少なからず負い目を感じる。家財を投げ打った奴も居るし、そもそも逃げた時点でこの村に大した思い入れも無いんだろう」

「それは……」


 鴉頭の冷たい正論に赤頭巾は何も言えなかった。

 余所者である鴉頭が歯に衣着せぬ物言いになるのも当然だし、またそれはよく的を得ている。

 だがこれは前置きだと赤頭巾は見当がついていた。


「じゃあ、二つ目の理由は?」

「恐らくこの森にはまだ獣が居る」

「えっ!?一匹じゃなかったんですか?」

「一匹にしては森が静か過ぎる」

「そんな……」


 あんな化け物がまだこの森に徘徊している事に赤頭巾は顔を青ざめた。よく自分が生きていられたな、と。


「なら狩人さんはこの森を回って行くんですか?」

「ああ。……そのつもりだったが」

「わっ……?」


 不安げに赤頭巾が鴉頭を見上げると、彼は頭巾越しに彼女の頭を撫でた。


「まずはお前を家に届けないとな」

「狩人さん……」


 初めて聞いた鴉頭の優しい声音に赤頭巾は破顔した。

 怪しい格好をしているが悪い人では無いかもしれない。赤頭巾は些かチョロい感想を抱いた。


「狩人さんのお名前は?」

「名前?……周りには鴉頭と呼ばれている」

「からすあたま……なんだか変な名前ですね」

「全くだ。お前は?」

「私は村のみんなに赤頭巾って呼ばれてます」

「そうか……変な名前だな」

「あはっ、お揃いですね!」


 真っ赤な頭巾を被った少女と、鴉の仮面を被った男。

 奇妙な組み合わせの二人は斯くして出会い、帰路に着くのであった。


「ところで帰り道は知ってるのか?」

「いえ、知りません!!」

「……そうか」

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