第三十四話 真相
「攫った旅行客が獣になったぁ!?」
深夜という時間帯を気にせず叫んだ赤頭巾の言葉は、しかし驚愕に値する真実だった。
ゴロツキの言葉を信じるなら、獣に殺されたと思っていた旅行客こそが獣であり、失踪自体はゴロツキたちの手に依るものだったのである。
幸か不幸か、ある意味では鴉頭の懸念は合っていたのだ。
犯人は人間、被害者は獣と、まるであべこべだが、獣が関与しているなら鴉頭にとってその過程はどうでも良かった。
おめおめと尻尾を出した獣を殺す。ただそれだけの事だ。
「お前らの攫った旅行客は三人だったはずだが、残りは?」
「わ、分からねぇ。攫った奴らは一人一人個別に監視してたからよ」
「……たかだか貴族を?」
「俺もそう思ったけどよ、ボスの命令だ」
「ボス……さん、ですか?」
「おう。他の村や都市からあぶれた俺たちを拾ってくれた恩人だよ」
赤頭巾の疑問を何故か得意げに答えるゴロツキから新たに出てきた人物には鴉頭も確かに引っかかりを覚えたが、それはそれ。
一刻も争う今、突っ立って歓談している訳にもいかなかった。
「詳しい話は後だ。これ以上被害が出る前に獣を叩く。お前らの拠点まで案内しろ」
「分かった!ついてこい!」
流石のゴロツキも獣に追われたトラウマから鴉頭の命令を素直に従うようだった。
業腹ではあるが、こと獣に対して狩人が傍にいる事のマージンは計り知れない。
利害の一致しているこの状況でわざわざ反抗する意味も体力もゴロツキには無かった。
「それで」
「あ?」
早速ランスの入り組んだ路地を意気揚々と進みだしたゴロツキの背後から、同じく後を追う鴉頭が冷や水を浴びせるように話題を切り出す。
「お前らのボスについてだ」
「へいへい。で?何が知りてぇんだよ」
鴉頭の横柄な態度と質問責めにもすっかり順応したゴロツキは、足を進めつつ鴉頭の疑問に応える。
「ボスとやらはいつからランスを拠点にしていた?」
「いつから、だぁ?……あー、そんなに前じゃねぇ。大体一ヶ月前ぐらいだ」
「あれ?意外と前からいたんですね」
怪訝そうに答えたゴロツキの一ヶ月という言葉に反応したのは、鴉頭ではなくその腕に抱えられている赤頭巾だった。
「は?妥当なモンだろ。なぁ?」
ほぼ無意識に発した赤頭巾の言葉に当のゴロツキは眉を顰めて否定する。なんなら並走する鴉頭に同意を求めるほどだ。
「……獣をランスに招き入れるとするなら、準備期間としては妥当だな。寧ろ少し長いぐらいだ」
「ちッ、一々厭味ったらしい狩人だな」
鴉頭の言葉を聞いて、初めて赤頭巾も違和感の正体に気付いた。
(あっ、そうだ。獣が出たからゴロツキさんが来たんじゃなかった。むしろその逆……)
前提としていた因果関係が逆転しているのだから、そもそもゴロツキたちは獣の出現に関係なくランスに身を寄せていたのだ。
アジトまで形成しているとなれば、一ヶ月という期間はゴロツキの言う通り妥当と言えるだろう。
(あれ?でもなんでそう思ってたんだっけ……?)
赤頭巾が引っかかりを覚えたのはそこだ。
払拭された違和感の更にその根底となった原因とは何だったか。
赤頭巾がその答えへ辿り着く前に、その思考を遮るような鴉頭の声が質問を続けた。
「今回の貴族誘拐の発案者は?」
「……ボスだ」
「そいつ一人だけが?」
「あぁそうだよ!ちくしょう……!」
鴉頭の問いに、ゴロツキは悔し気に歯嚙みしながら吐き捨てた。
彼の言葉の意味する所は、ゴロツキのボスに扮した獣が仲間をランスに招き入れたというわけで、つまり他のゴロツキたちはその片棒をまんまと担がされていたのである。
「そもそも何故ランスを拠点に?首都近郊で世界連合政府が定める自治区だぞ」
「……そりゃ、連合政府なんざよりもっとおっかねぇ奴らから逃げてきたからさ」
「連合政府よりもっと、だと?」
他二つの質問に比べて何の気なしに尋ねた鴉頭だったが、その答えに初めて眉をひそめた。
世界連合政府とは現存する最後の国際機関であり、それ故に自治能力は国家の比ではない。
ランスを擁するフラウニース共和国が如何にその介入を厭おうと拒めない程度の影響力はあるのだ。
その連合政府よりも恐れるものとは何なのか。
鴉頭を手玉に取る好機でもあるのにゴロツキは案外あっさりと、しかし躊躇いがちに答えた。
「騎士教会って連中だ」
「協会って……狩人協会みたいな?」
「そっちの協会じゃなくて教える方だ」
「……宗教団体か」
「流石に詳しいな。知ってたのか?」
「いや、騎士教会というのは初耳だ」
ゴロツキは感心を示したが、鴉頭が既知であったのは宗教団体の方だ。
世間知らずとはいえ赤頭巾ですら聞き馴染みの無い存在だが、大獣害初期はその手の集まりは少なくなかった。
なにせ大獣害は人類が未だに経験した事のない未曾有の大災害だったのだ。
人々が未知の脅威に対して信仰の力を頼るのは、寧ろ人類史において自然な事だろう。
特に終末論に類似する信仰は大獣害の特性もあって新興宗教、伝統宗教を問わずかなり蔓延していた。
しかし現在、それらの信仰は世界連合政府が制限するまでもなく衰退している。
理由など最早言うまでも無いだろう。
獣害に対して信仰は無力だったのだ。
そもそも現状の打破を望んで入信した者は無意味と悟るや否や信仰を捨て、それでも縋った者は悉く獣の餌と成り果てた。
要するに鴉頭、引いては世間にとって宗教とは既に時代遅れの代物なのである。
しかし、だからといって無視しても良い存在だとは鴉頭も思っていない。
記憶に新しいのはランスを訪れる前に受けた、中継先の村々での不自然な対応の事だ。
アレの影響が獣ではなく、ゴロツキの言う騎士教会とやらにあれば、少なくとも狩人に好意的な組織ではないだろう。
わざわざ世界連合政府の支配を厭うフラウニースで工作を行なっている事からもそれは窺える。
疑問なのはゴロツキ達が世界連合政府よりも、その新興宗教団体を恐れている点である。
「俺の行った村では不干渉を貫いていたようだが?」
「そりゃ、流石に狩人を直で捕まえるのは無理だろ。だが俺らみたいな野盗くずれは違うってこった」
「自業自得だな」
「ちッ、テメェに話したのが間違いだったぜ」
「いや、興味深い情報だった。感謝する」
「…………ケッ」
因果応報に過ぎるぼやきを、鴉頭ににべもなく正論で返されたゴロツキが舌打ちで悪態を返すも、対照的に鴉頭は礼を述べた。
無論ゴロツキのどうでもいい身の上話ではなく、騎士教会についてではあったが。
「とにかく、居場所を無くした俺たちを拾ってくれたのがボスだったって訳だ」
「だがその正体は獣だったと」
「しかも他の獣を町に入れる手伝いもしちゃったって事ですよね?」
「なんだよ!悪かったな!?」
鴉頭と赤頭巾、両者の連携の取れた指摘にゴロツキは声を荒げる。
鴉頭にしてみれば、自らの悪行で居場所を失くしておいて被害者ヅラをしている時点で救いようがなかった。
バツの悪くなったゴロツキが息を呑む僅かな合間。
「おい、そろそろ着くぞ」
それを誤魔化すようにゴロツキがアジトへの到着を告げる。
そこはランスの住民区画から少し離れた場所にある廃棄された倉庫だった。
剥がれた壁面、割れたままの窓ガラス。この廃倉庫が碌に整備されぬまま放置されていた事が伺える。
「……ここ、誰のだ?」
「詳しくは知らねえが、なんでも、どこぞの貴族が持ってた穀物庫だったらしい。大獣害のゴタゴタで住民どもから根こそぎ盗られて手放したんだとよ」
「そ、そんな事あります……?」
「相変わらず、この国はブレないな」
「あるんだ……」
盗るだけ盗り尽くして放置するだけならまだしも、あまつさえ外から来たゴロツキ供の寝ぐらにされているのだから始末に負えない。
今回に至ってはその元締めが獣だったのだから洒落にもなっていない。
だが、鴉頭の聴覚は廃倉庫から響いてくる肉を喰む音と、獣の唸り声を確実に聞き取っていた。
正直なところ鴉頭の心中ではゴロツキへの信疑は半々だったが、素直にアジトへ案内していたらしい。
「今から突入する。死にたくないなら、俺より前に出るなよ」
「な、なぁ……ここまで案内したんだ。俺はもういいだろ?」
鴉頭の警告に赤頭巾が頷く中、ゴロツキは肯定でも否定でもなく離脱を打診した。
これまでの会話で鴉頭が自身にさしたる興味がないことはゴロツキにも察しが付いている。
獣の心配がなくなったのならば、彼が次に警戒すべきは憲兵である。
正直なところゴロツキは一刻も早くこんな街から逃げ出したかったのだ。
「ボスとやらの確認が取れるまでは付いてこい」
「マジかよ……!?」
「聞きたい事が山ほどあるんでな。他の生存者を探すのも面倒だ」
「言っとくが絶対に加勢なんてしないからな!」
「安心しろ。出てこられる方が邪魔だ」
今更狩人相手に逃げる気も起きないゴロツキは悪態だけの応酬を経て、渋々鴉頭への追従を選んだ。
鴉頭を先頭に、赤頭巾を挟むようにゴロツキが殿に位置していざ突入……とする前に鴉頭が足を止めてゴロツキへ再度顔を向ける。
「最後にもう一つ」
「おいおい、まだ何かあんのか?」
「鐘鳴らしを殺したのはお前らか?」
「はぁ?んなワケねぇだろ」
鴉頭の不意の質問にゴロツキは即答で否定する。
そう返答するだろうと予想していた鴉頭は、敢えてある言葉を付け加えて質問を改めた。
「お前らのボス、ならどうだ?」
「それは……わからねぇ。でもボスがアジトを出たって話は聞いたことねぇし……」
今度はゴロツキも即答できずに口ごもった。
そもそも鴉頭がランスに滞在する原因となった鐘鳴らしの殺害。
その犯人として現在もっとも有力な容疑者はゴロツキたちのボス、もといそれに扮した獣だ。
動機は言うまでもなく、鐘鳴らしを食ったのなら死体が無かったことにも辻褄が合う。
ゴロツキにも引っかかることはあるのだろう。
こめかみを抑えて記憶を想起しているらしいゴロツキは一頻り唸ると、突然合点がいったように顔を上げた。
「待てよ、鐘鳴らしの死亡のお触れが出たのっていつだ?」
「そもそも触れが出たのかは知らんが……発見したのはお前らを眼鏡の男から追い払った後だ」
「それだ!」
「は?」
「金持ちから一銭も取らずに帰ったとなりゃ説教の一つぐらいあるもんだが、あの時のボスはなんつーか焦ってる感じでな。お咎めナシだったんだよ。てっきり誘拐の事が憲兵にバレちまったのかと思ったが……」
「……俺か」
ゴロツキの話を粗方把握した鴉頭は得心がいったように頷く。
相変わらず置いてけぼりになった赤頭巾は鴉頭の裾を掴んで首を傾げた。
「え、えっと……?」
「恐らくだが、鐘鳴らしを殺して情報の漏洩を止めようとしたんだろう。だが生憎……」
「私たち、というより鴉頭さんが来てたって事ですね!」
「となりゃ、ボスは運が無かったてことだな」
その獣に騙されたゴロツキが言うことではないが、そもそもフラウニースに狩人が少ない点を考慮すれば、確かに獣は運がなかった。
よりにもよって鐘鳴らしの殺害自体も鴉頭に発見され、この町の滞在の要因にもなり、とうとうねぐらであるアジトまで突き止められてしまったのだから。
「これで大体は掴めたな」
「はっ、狩人サマはいつから憲兵モドキになったんだ?事情関係なく殺しまくるのがお前らだろ」
「むっ。鴉頭さんはそんな人じゃないですよ!」
「ちッ、へいへい。一々うるせぇガキだな……」
「駄弁ってないで、さっさと着いてこい」
(えっ、私も怒られたの!?)
鴉頭のフォローに入ったはずの自身すらも咎められた赤頭巾は肩を落とし、依然として不満げなゴロツキは鼻を鳴らして、そして鴉頭は淀みの無い足取りで薄暗い獣のねぐらへとその身を投じるのであった。




