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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第三章 協会と教会
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第三十三話 待ち伏せ

「わぁ、夕焼けも綺麗ですね」

「……そろそろ日没か」

 

 空が緋色に移ろいゆく黄昏時。


 既にオンジューの邸宅を後にした鴉頭たちは、大通りを臨む路地にて夜の訪れを待っていた。


 斜陽に焦がされる大通りを目にして感嘆の息を漏らす赤頭巾に、腕を組みながら目を閉じて路地裏の壁にもたれ掛かっていた鴉頭が反応する。


 今に至るまで目立った動きは見られなかったが、大通りの点灯が始まってからが本命である鴉頭にとっては支障はない。

 寧ろ何故こうして一足早く夕焼けを望んでいるのかと言われれば、他ならぬオンジューの薦めですっかりその気になった赤頭巾に連行されたからである。

 赤頭巾本人はご満悦らしく、それはいいのだが如何せん手持ち無沙汰なのが鴉頭の本音だった。


「ここは一つ、懸念を話しておくか」


 思い立ったように言葉を発した鴉頭に、赤頭巾が少しの間を置いて大通りから鴉頭に向き直る。


「懸念、ですか?」

「ああ。今回の件が本当に()()()()()、というな」


 鴉頭の懸念を耳にした赤頭巾は思わず息を吞む。

 今回の事件が獣害ではないと言うならば。


「……やっぱり鴉頭さんは人間の仕業だと思ってるんですか?」


 赤頭巾に思い起こされるのは鴉頭とオンジューの諍いのような口論だ。

 即ち真犯人が人間である、というものである。


 あの時、鴉頭は納得したかのように引き下がっていたが、赤頭巾はそう思っていなかった。

 赤頭巾のよく知る鴉頭があの程度の感情論で納得するわけがない。

 引き下がったように見えたのは、感情的になったオンジューを見限っただけなのだと赤頭巾は確信していた。


 そしてその赤頭巾の信頼を鴉頭が裏切る筈もない。


「飽くまで可能性だ。だがもしそうなら……俺はこれ以上、この件に首を突っ込むつもりはない」

「え、そうなんですか?」


 鴉頭らしからぬ消極的な発言に思わず食い入るような返答をした赤頭巾を、鴉頭は呆れたように睨みつける。


「何度でも言うが俺は狩人だ。一々人間に構っていられるか」

「ああ、そういう……」


 自分が思うものよりもそれらしい言葉が返ってきたことに赤頭巾は安堵にも似たため息をついた。鴉頭はいつだってブレない狩人なのである。


「だが飽くまで可能性の一つに過ぎん。お前が狙われている以上、俺達を油断させる罠の可能性だってある」

「そういえば私って女王さんに狙われてるんでしたね……」

「女王とやらも、狙っている奴がここまで吞気だとは思っていないだろうな」

「ひ、ひどい!」


 酷いのはお前の危機感の無さだろ、という言葉を鴉頭は呑み込んだ。

 それは赤頭巾を慮って、などでは勿論なく、淡い朱色だった空が段々とその明度を失い、暗闇へと染まっていく事に気づいたからである。


 故に鴉頭は呑んだ言葉の代わりに赤頭巾へ警戒を促した。


「赤頭巾。気を引き締め直せよ」

「はいっ!」


 つまり鴉頭達の待っていた点灯日が今まさに始まろうとして――。



 そして、更に数時間が経過した。


「へくちっ!……うぅ、さむさむ」


 既にほとんどの人間が寝静まるような深夜の街に、赤頭巾の間の抜けたくしゃみが虚しく響き渡る。

 寒冷地方である旧プライセル公国出身の赤頭巾だが、それ以前に彼女は健康優良児であり、やはり夜の寒さというものには未だ慣れなかった。


「また上着でも貸してやろうか?」


 なるべく大通りに近付く人間の足音を聞き逃すまいと集中していた鴉頭も、それを察知していつかの夜にした提案を赤頭巾にする。

 そんな珍しい……と最近は赤頭巾も思わなくなった鴉頭の優しさに赤頭巾は首を振った。


「いえ、大丈夫です!寒さ自体はへっちゃらですし、それにこれ以上あったかくしたら……私、絶対寝ます!!」

「なぜ誇らしげなんだ……?」


 思わず突っ込んだ鴉頭だったが、赤頭巾に地べたでおやすみされても確かに困るので改めて周囲の警戒を再開する。


 だが根気強く眠気と戦う赤頭巾を裏切るように、鴉頭はこの状況に見切りをつけ始めていた。

 日没から何の変化もなく、もはや大通りからは襲撃者どころか通行人すら感じられない。


 点灯日などとそれらしい理由があったにせよ流石に安直過ぎたか、と鴉頭が今後の動きについて考えを巡らせたところで、不意に隣で立っていた赤頭巾が寄りかかってきた事に気付く。


「すぅ、すぅ……」

「……寝てるじゃないか」


 どうやらとうとう眠気に負けて鴉頭を支えに舟を漕いでいるようだ。

 上着云々のやり取りを想起しながら、鴉頭が赤頭巾を起こすか否か迷っているその時だった。



「ぅあああああああああ!!!!」



 決してここから遠くない男の野太い叫び声が夜のランスに木霊した。


「ひゃあ!?ごめんなさい!起きてます!寝てないです!」

「……いや寝てただろ」


 その叫びに驚いた赤頭巾の謝っているのか、言い訳しているのかよく分からない寝起きに反応した鴉頭だったが、内心では焦燥を募らせていた。


 叫び自体に驚きはない。

 寧ろそれを望んでこんな夜更けまで待っていたのだから、その甲斐があったというものである。

 予定と違っていたのは声の出処が大通りではなく、その対極に位置する()()()()から聞こえてきた事だ。


 大いにアテが外れたが、まだ修正の効く範囲内ならば鴉頭の取るべき行動は決まっていた。


「赤頭巾。捕まってろ」

 

 即ち追跡である。

 正面から抱き合う形で赤頭巾は鴉頭の首に腕を、鴉頭は赤頭巾の腰に左腕を回して立ち上がる。


「はい!楽しみです!」

「楽しむな」


 あの知能型(エリート)を追った一件から何故か自分に運ばれるとテンションを上げる赤頭巾を冷たくあしらった後、鴉頭は煉瓦の地面を踏み込んだ。


「あと、舌を嚙むなよ」

「は、いいいいいぃぃぃぃ!!」


 赤頭巾のやまびこする返事を背にして、鴉頭は最初から最高速度で駆け出す。


 鴉頭の背中越しから赤頭巾の目にランスの入り組んだ路地が目まぐるしく遠ざかっていくが、その時間も長くは続かなかった。


「グルゥアァアアアアアア!!!」

「だれっ、誰か助けてくれぇぇ!」


 やがて迷路のような住居区画の中で辿り着いた先には、眦に涙を浮かべながら逃げる声の主がいた。

 狩人である鴉頭の尋常ならぬ聴力であれば、声の位置の検討さえつけばそこから足音などを逆算して明確な発生源を突き止める事は容易い。


 問題は、出会い方だった。


 恐らく後ろにいる獣を撒く為に敢えて選んだのだろう。

 男が走る路地は成人男性が辛うじて通れるほどの幅しかなく、よりにもよって鴉頭はその対面に位置していた。


 このまま男の元へ駆けたとして、真正面から衝突する事は赤頭巾から見ても明白だった。


 しかし男の背後、その先には間違いなく充血した瞳を光らせる獣の姿があった。

 であるならば、鴉頭の行動は決まっている。


「赤頭巾」

「はい?」

「もっと掴まれ。……多少、無理をする」

「は、はい!」


 鴉頭の有無を言わせぬ声音に、赤頭巾がより一層腕に力を入れて身体を鴉頭に密着させたその瞬間。

 鴉頭は男の逃げる細い路地の真正面から駆け出した。

 

「行くんですか!?」

「当たり前だ」


 赤頭巾の驚愕に短く応えた鴉頭は、例え男との距離が縮まろうと一切速度を緩めず、それどころか加速しながら男に接近していく。

 やがて急接近する鴉頭の姿は、逃げる男の目にも映った。


「か、狩人!?良いところに来たぁ!!助けてくれええええ!!!」


 あまりの必死さに嗚咽まじりの命乞いをした男を華麗に無視し、その先の獣を見据えた鴉頭は短く呟いた。


「【反転】しろ」


 閉塞した路地、加えて前から障害物が迫る圧倒的に不利なロケーションを鴉頭が打開する術は、言わずもがな干渉能力にあった。

 だがその対象を獣にしてしまうと、ただでさえ遠い距離が更に空いてしまう。それどころか獣に逃走する隙を与える事になる恐れもある。


 故に、鴉頭が【反転】の対象にしたのは自分自身。

 より詳しく言うなら自身に掛かる()()を反転し、ある種の無重力状態へと変えた。


 逃走する男に道が塞がれている?


 ――ならば塞がれていない場所を走れば良いのだ。


 重力の軛から解放された鴉頭は走る勢いのまま、向かって右側の壁へ跳躍する。

 そして赤頭巾を抱えたまま、右腕と下半身の力のみで壁面を爆走した。


(壁の上を走ってるぅ!?)


 鴉頭の強引な解決策に男は目を剥いて驚くが、現在進行形で壁走りの当事者に抱えられている赤頭巾の動揺はそれに勝るものだった。

 男を避けるためとはいえ、煉瓦の壁面を蹴り飛ばして走る鴉頭に赤頭巾は突っ込みを入れたくなるが、赤頭巾にまだ懸念していることが残っていた。


 あの鴉頭の言う「無理をする」がこの程度なのか?


 そんな考えが浮かぶほど鴉頭に毒されている赤頭巾の懸念は、残念なことに間違っていなかった。


 壁を走ったまま通りすがりに獣の首を切り落とすのは容易い。

 しかし首を切り落としただけでは獣を殺せない。

 加えて鴉頭は万が一にも赤頭巾が壁面に衝突しないよう利き手側の右の壁面を走っているため、辻斬りをするという選択は既に捨てている。


「ッ!」


 ゆえに、男の頭上を壁面から難なく通り過ぎた鴉頭が次に取った行動は減速。

 瓦礫を飛ばしながら右手で速度を調整した鴉頭は、男の背後から追走していた獣との距離を充分に測ったのち、地面(かべ)を蹴って後方宙上がり――いわゆるバク宙をした。


 だが、勿論それだけでは終わらない。

 バク宙の縦回転とは別の横回転、つまり()()()を加えた鴉頭は足が空に浮いた瞬間、【鋸鉈】を握って右腕を肩から水平に伸ばした。


「ギっ……!?」


 やがて鴉頭の頭と足が上下逆になったその時、猛然と走る獣が回転する鴉頭の【鋸鉈】によって断末魔を上げる暇もなく首を刎ねられる。


 宙返りの途中、それも僅かな瞬間で獣の首を落とした鴉頭はその勢いのまま身体を起こすと、肉に埋まった頸を伸ばそうと固まっていた獣を上から踵で踏み潰した。


「…………ふーっ」


 鴉頭は噓偽りなく無理をしたのだろう。

 珍しく長いため息を吐いた鴉頭の腕の中で、縦横無尽の回転に晒された赤頭巾が「きゅう」と鳴いて目を回すのだった。



「さて、それじゃあ詳しく話してもらおうか」

「あ、ああ……」

「ひ、ひどいめにあった……」


 獣が肉体を粘液に変えて煉瓦の染みに消えている少しの間をおいて、態勢を整えた鴉頭は未だ逃走の疲れから地面にへたり込む男に詰め寄る。ついでに降ろされた赤頭巾も鴉頭製ジェットコースターの余韻で気もそぞろだった。


「まず、お前はどこから逃げてきた?」

「っぁーと、それはだなぁ……」

「あれ?そういえばこの人って、オンジューさんを襲ってたゴロツキさんじゃ?」

「あぁ!?どっかで見たと思えばあの時、ちゃちゃ入れてきたガキ!?」


 後ろめたい事でもあるのか、やたらと口ごもる強面の男に赤頭巾は合点がいったように声を上げる。

 ゴロツキの方もようやく赤頭巾に気付いたらしく、獣との無様な逃走を忘れて赤頭巾に怒鳴りつけた。


「いいからさっさと質問に答えろ。どこであの獣に出くわした?」


 僅かに弛緩した空気を壊したのは鴉頭だ。

 突き出された血塗れの靴に恐れ慄いたゴロツキは堰を切ったように、耳を疑う言葉を吐露した。


「どこもかしこもあるか!俺らのアジトだよ!」

「なんでお前らの拠点に……」

「……そりゃ、単純な話だ」


()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

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