第三十話 不穏
今後の方針を固めた鴉頭と赤頭巾は既にザールを後にして、フラウニース国境付近まで来ていた。
「でも、まさかフラウニースまで直通の道があるとは思いませんでした」
「大獣害が起きる前までは人の往来も多かったらしいからな。その名残だろう」
併合戦争終結後、和平を結んだ両国は名目上はその証として、実際は監視の意味を大いに含んで両国間を繋ぐ街道を造設した。
ザールと、これから向かうストラスと呼ばれる村はその経由地であり宿場町なのである。
交易路としても使用されていたので人の往来は多かったが、一種の緩衝地帯のような側面もあったため諍いも多かった。
恐らく長くは続かなかったであろう均衡の上で成り立っていた地域だが、皮肉にも大獣害が起きたことでその均衡は保たれて今に至る。
赤頭巾の故郷であるアルスフェルトでは全く見なかった舗装された道は寂れてはいるものの、利便性では問題はない。
旧プライセル公国での道のりよりかは幾分かマシなものになるだろうと赤頭巾は吞気に考えていた。
「関門があるって事は……ようやく私のコレの出番が来たってことですよね」
呑気な態度はそのままで赤頭巾は懐から取り出した自身の狩人証を鴉頭に見せびらかす。
実はギーセン村から鴉頭の狩人証の提示に密かに憧れを抱いていた赤頭巾は、自身も同じく狩人証を見せる瞬間を今か今かと待っていた。
なんなら最近は就寝前に狩人証のオリジナルデザインを考えるぐらいだった。
そんな赤頭巾の童心溢れる心情をなんとなく察していた鴉頭は生温かい目で赤頭巾を見ていた。
「……残念ながら関所は無人だ」
「えぇっ」
「獣が出る森の中で少人数で一か所に留まる訳がない。自殺行為だ」
「た、たしかに……」
自身の考えの浅さに落ち込む赤頭巾だったが、鴉頭は更に追撃を加える。
「それと、ストラスには狩人協会の支部が置かれていない。入村の許可が下りなければ素通りするぞ」
「えぇっ!?」
世界連合政府公認の組織である狩人協会の権力の強さは鴉頭の濫用っぷりを見ていた赤頭巾も認めるものだった。
それが通じないとなれば赤頭巾の驚き具合も理解できる。
しかしその理由はこのフラウニースという国によるものが大きい。
世界連合政府の直轄領である旧プライセル公国と違ってフラウニースは現行の政府が存在する同盟国である。
つまり飽くまで同盟であり、狩人協会の設立などは義務ではなく任意となっている。
加えてフラウニースは共和制を執っているためか、国の方針がよくブレる。
大獣害直後はプライセル帝国の二の舞になりたくないと世界連合政府にすぐさま泣きついたが、そのほとぼりが冷めれば連合政府の干渉を厭って独立を叫ぶような国なのだ。
しかも狩人は万国共通で嫌われている。
ストラスのように狩人協会の支部の設置すら拒否する村も存在しており、そうなると同盟国であろうが入村は叶わない。
もちろん押し入ることも可能だが、今は目立つ行動をしたくない鴉頭にとってはわざわざ立ち寄る必要のない村なのである。
「一番の疑問はどうやって獣に対処しているかだな」
「うーん、傭兵さんでもいるんですかね?」
「……さぁな」
狩人でもないのに獣に対処できる傭兵などもはや御伽噺の類だが、赤頭巾の意見を否定する論拠もない鴉頭は生返事を返すのみだった。
静かな森の中を進んで数刻。
やがて赤頭巾の前に苔むした朽ちかけの関門が現れる。
「わぁ、ベイルムの城壁とは違う趣がありますね……!」
木陰の隙間からこぼれる光に照らされた森と同化した関門は一種の神聖さを帯びており、赤頭巾が感嘆の息を漏らす気持ちが鴉頭にも理解できた。
しかしいつまでも足を止めているわけにもいかない。
「おい、行くぞ」
「あ……は、はい!」
ぽん、と頭に手を置かれた赤頭巾は鴉頭に追随して関門を通り抜ける。
訪れるはずのなかった隣国にあっさりと足を踏み入れた赤頭巾は実感の湧かないまま、ついさっき通った背後の街道に向かって振り返ると、薄暗い森が佇んでいるだけだった。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です。これでフラウニースに入国、ですね」
突然立ち止まった赤頭巾を鴉頭が呼ぶと、頭を振って赤頭巾は心配そうにする鴉頭へ笑顔を作ると改めて彼の後ろについていく。
胡乱な態度を取る赤頭巾の様子に訝しむ鴉頭だったが、彼女を引き留めて頭巾の皺を伸ばすように頭を撫でる。
「か、鴉頭さん?」
「安心しろ。次、故郷に帰った来た時には人間に戻っている。約束しただろう?」
「……!」
赤頭巾自身ですら言語化できなかった不安を拭う鴉頭の言葉に赤頭巾は目を見開く。
若干、撫でる手付きが雑なことに目を瞑れば鴉頭の気遣いはとても暖かった。
「ありがとうございます……鴉頭さん」
「礼なら全てが終わってからでいい」
自身の心からの感謝をつっけんどんに返す鴉頭に破顔しながら赤頭巾は彼の後を追う。
フラウニース最初の村、ストラスは既に眼前まで来ていた。
――――
「だ、誰も……居ない?」
鴉頭たちの訪れた念願のストラスはもぬけの殻だった。
その静けさを現すように赤頭巾の困惑した声が虚空に消えていく。
おかげで何の問題もなく村に入る事はできたが、村の警備兵はおろか村民まで姿を現さないとなると話は変わってくる。
「鴉頭さん、もしかしてこれって……!」
森の中よりも静謐さを感じてしまう無人の村を見て過ぎるのは、あの獣に滅ぼされたケルンの町だ。
しかし未だに記憶に新しい悲惨な光景を脳裏に映す赤頭巾と違って鴉頭は冷静だった。
「いや、住人は居るようだ。家の中から生活音がする」
「でも、どうして村中の人が家の中に?」
「それは……俺にも分からん」
だが少なくともストラスの住人に鴉頭を歓迎する気が微塵もないことだけは確かだった。
そして鴉頭たちがこの村に訪れることを知っていたことも。
流石に年中、こうして家に引きこもっている訳がない。
つまり狩人である鴉頭の来訪を察知して身を隠しているのだろう。
ある意味で鴉頭たちを待ち伏せをしていたが、どのような手段を用いてその動向を掴んでいたのか、どうして鴉頭たちを忌避をしているのか、それら一切は鴉頭に知る由もない。
「まぁ実害はない。このまま抜けるぞ」
「そんなぁ、せっかく来たのに……」
「文句ならここの連中に言ってやれ」
鴉頭としては獣の湧いていない場所に微塵も興味が無いので、足早に無人のストラスを通り過ぎる。
赤頭巾も赤頭巾で鴉頭にああは言ったものの、まるで活気のない不気味な村から逃げるように鴉頭の後をついていくのだった。
――――
塞がった村ストラスを抜けた二人は暫く歩くと、辺りが暗くなってきたところで野営を始めていた。
野営と仰々しく表現したが、所詮は索敵が容易な見晴らしの良い小丘に焚き火を囲んでいるだけだ。
何処からか取り出した火打ち石で手際よく火をつけた鴉頭を見ながら赤頭巾は息を漏らす。
「ホスニッポさんも言ってましたけど、鴉頭さんって手先が器用ですよね」
「こんなものは慣れだ」
いつぞやの運び屋とのやり取りを思い出す赤頭巾に対して、鴉頭は謙遜でもなくただの事実を口にする。
ばっさりと雑談を断ち切られた赤頭巾が口を尖らせて妙な表情を作っているのも無視して、今度は鴉頭から話題を振った。
「寝る前に今後のことついて話す」
「そう言えば次に何処へ行く、とか聞いてませんでしたね」
「次に向かうのは首都近郊にあるランスという町だ」
鴉頭がストラスを呆気なく通り過ぎたのは、何もあの村に獣が居なかったからという理由だけではない。
今ある物資と移動にかかる時間を鑑みて、いちいち村に留まるより一気に首都の近くまで向かった方が効率的であると考えたからだ。
「あそこには狩人協会の支部もある。恐らく一週間程度かかるだろうが、それまでなら食糧も持つ」
「鴉頭さんはそのランスっていう町に行ったことがあるんですか?」
「ずいぶん前になるがな。取り壊されたなんて話も聞いていない。ストラスのようにはならないはずだ」
あの鴉頭のお墨付きならば、これ以上赤頭巾から意見する事はなかった。
寧ろフラウニースにすら精通している鴉頭により一層尊敬の念を感じていた。赤頭巾は変わらずチョロい狩人なのである。
「さて、明日からはひたすら移動だ。そろそろ寝ろ」
「はい、おやすみなさい。鴉頭さん」
鴉頭は恐らく寝ずの番で見張りをする気なのだろう。
それを諌める力を持たないどころか、完全に享受している赤頭巾は何も言わず挨拶を済ませる。
だが横になった赤頭巾へ鴉頭が徐ろに自身のコートを渡した。
「えっと、これは……?」
「この辺りは夜も冷える。臭うだろうが羽織っておけ」
「……ふふっ、はい。ありがとうございます」
相変わらず不器用ながら優しい狩人に礼を言って赤頭巾はコートに包まって瞳を閉じる。
確かに強い血の匂いの中に混じった、微かな鴉頭の温もりを感じながら赤頭巾は眠りにつくのであった。




