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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第二章 人間回帰への旅
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第二十八話 後処理

「終わった……んですか?」


 血の海に囲まれながら、赤頭巾はへたり込んだままで今しがたバケツ被りの生首を踏みつぶしていた鴉頭に、消え入りそうな声で戦闘の終了を問う。

 そっと足を上げた鴉頭は次いで、粘液に変わっていくバケツ被りの残骸を漁りながら赤頭巾の問いに答えた。


「いいや、まだだ」

「えっ、まだなんですか!?」


 満身創痍ながら当然のように戦闘の続行を告げる鴉頭に驚いた赤頭巾の叫びがケルンの町に木霊する。

 まだ、と言われてもいったい誰と戦うというのか。それとも赤頭巾には与り知れない新たな敵が現れるというのか。

 鴉頭の言葉の意味をうんうんと巡らせる赤頭巾に対して、鴉頭の方はバケツ被りの遺体、というより衣服の中から探していた物を見つけ出した。


「これだけか」

「……それってなんですか?」


 鴉頭が既に治癒を終えた左手で拾い上げた物は血で赤黒く汚れているが白っぽい欠片のようだった。

 それを横で見ていた赤頭巾は素直に疑問を声にする。

 鴉頭はそんな少女の好奇心へ端的に答えた。

 

「【呪骨】だ」

「ふむ……知りませんね」

「だろうな」


 何故か訳知り顔で頷く赤頭巾に若干呆れながら鴉頭も同じように頷く。


 呪骨。

 それは次元干渉能力を持つ獣や狩人が命尽きた時、唯一粘液状に溶けず残るものである。

 どうして骨が残るのか、そもそもこれは骨なのか、詳しいことは何も分かっていない。


 だが、それでも呪骨を回収するのには相当の理由があった。


「呪骨は死ぬ前のそいつの能力を宿している。そして狩人は呪骨を媒介にその能力が使える」

「えっと……つまり、鴉頭さんの持ってる呪骨は……」

「ああ、バケツ被りの能力、【増幅】が俺でも使えるようになった訳だ」


 鴉頭は何でもないことのように話したが、その全容を知った赤頭巾は反対に驚愕を隠せないでいた。


「そ、そんな便利なものがあったんですね……!」

「いや、お前が思っているより使い勝手は良くない」


 ただでさえ数が少ない上、一人に一つまでしか備わっていない次元干渉能力の複数使用を可能にする、若しくは能力を持たない狩人にまでそれをもたらす呪骨だが、その価値に見合うだけの欠点が存在する。


 呪骨は一度だけしか使えないのである。

 たったの一回、対象が何であろうと使い捨てになってしまうのだ。


 それは鴉頭にとって看過できない大き過ぎる欠点だった。


「下手に使用を躊躇って隙を作る可能性もあるし、何より一回こっきりの道具なんざ所詮付け焼き刃だ」

「なるほど……」

「あと獣の力を再利用するという考え自体が気に食わん」


 忌々しげに話す鴉頭を見て「たぶんそっちが本命なんだろうなぁ」などと生温かい目で見つめる赤頭巾に気付いた鴉頭はすかさず反論を重ねる。


「言っておくがそれはこいつも同じみたいだからな」


 そう言って鴉頭が後ろ指を刺したのはバケツ被りの残骸である。

 鴉頭との戦闘中、バケツ被りは一切【増幅】以外の能力を使わなかった。それの意味するところは彼が鴉頭と同じように呪骨の携帯をしていなかったということになる。

 バケツ被りレベルの狩人が鴉頭以外で〈干渉者〉を相手取った経験がないなどという事もあり得ないだろう。

 つまりバケツ被りもまた、鴉頭と同様に呪骨の使用を縛っていたのだ。それ故に鴉頭に遅れを取っていたとしても。


「あれ?なら鴉頭さんはその呪骨どうするんですか?」

「やる」

「えぇ!?」


 今度こそ真っ当な意見を言い放った赤頭巾に向かって鴉頭は無造作にバケツ被りの呪骨を投げ渡す。

 わたわたと慌てながら、赤頭巾は放物線を描きながら飛んできた呪骨を何とかその白い手を皿にして受け止めた。


「い、いらないですよこんなの!それに鴉頭さんから貰うならもっと可愛いのが……」

「そう言うな。護身用だ。協会にくれてやるより都合がいい」


 赤頭巾の後半部分のごにゃごにゃを完全にスルーした鴉頭は端的に理由を述べた。

 思うところがあるものの、全くの正論に赤頭巾は渋々ながら血に塗れた呪骨を懐にしまいながら、未だ自分の疑問が解決していなかったことに気付く。


「そういえば何が終わっていないんですか?」

「ん?あぁ……お前を狙っていたあの獣を追う」


 赤頭巾に言われて思い出したのか、少しの間を空けて鴉頭は答える。

 だがその答えは赤頭巾にとって想定外のものだった。


「でも、あの獣はもう逃げたんじゃ……?」


 バケツ被りに庇われながら逃走を図った獣の後ろ姿を思い出して赤頭巾は顔を曇らせる。

 しかし赤頭巾の心配はあながち見当違いの杞憂では無かった。


 バケツ被りとの激闘は鴉頭にとっても生半可なものではなかったし、加えてバケツ被りの降らせた【怪雨】のせいでケルンの町が血まみれになったことで血痕などの足取りも潰えている。

 つまりあの獣が何処へ向かって逃げたのか全く手がかりが残されていないのである。


「手掛かりならある。その【怪雨】だ」

「あ、あれが……ですか?」

「あの鳥の群れは作為的なものだった。そしてそれの手引きをしたのは間違いなくやつだ」


 そこまで言えばさしもの赤頭巾でも鴉頭の言わんとする事を察する。

 鳥の群れは獣の手によってケルンの町に向かって飛んできた。

 つまりその方角に向かって進んでいけばやがて獣の居場所を突き止められる、という事だ。


「そんなに上手くいきますかね……?」

「分からん。だがあの数の鳥を用意できても、調教までして複雑な経路を通してケルンの町まで飛ばすことは不可能に近い」


 確かにあの獣の狡猾さを考えると赤頭巾の懸念も理解できるが、あの時はさしもの獣も切羽詰まっていた。

 加えてバケツ被りは飽くまで保険であるとも言っていた。

 鴉頭もその言葉を鵜吞みにしている訳ではないが、博打の判断材料に使うには悪くない。


「それに、奴の足は俺の【鋸鉈】で断ち切られている。獣とはいえ獣化もしていないなら鋸傷はそう簡単に治癒できない」

「えっと、なら私はどうすれば……」


 獣の所在と、追いつける勝算を聞いたところで赤頭巾は自身の処遇について尋ねる。

 如何に獣が手負いとはいえ赤頭巾の足で追いつくのは到底無理な話である。

 とはいえ敵方に狙われている彼女を置いていくわけには行かない。


 ならば、答えは決まっていた。


「赤頭巾、捕まっていろ」

「ちょ、ちょおっ!?なんでそんな持ち方なんですか!?」


 なんの躊躇いなく赤頭巾を脇に抱えて走り出そうとする鴉頭を赤頭巾の怒号が制止する。

 いっぱしの乙女として、赤頭巾のプライドがそれを許さなかった。


「なんだ。何か不満でもあるのか?」

「不満しかないですよ!?せめてもっとあるじゃないですか!お、お姫様抱っことゕ……」


 怒りのまま勢いで要望を口走った赤頭巾だったが、流石に自分からお姫様抱っこをねだったのが恥ずかしくなり声を尻すぼみに変える。

 だが、狩人の聴力がそんな乙女心は関係なかった。


「それなら早く言え。時間の無駄だ」

「もうっ……私ばっかり」


 顔を赤くする赤頭巾に反して至極冷めた様子であっけなく彼女を横抱きにした鴉頭は見下ろしたまま悪態を吐く。

 依然として変わらない鴉頭に毒気を抜かれた赤頭巾は火照った顔をやがて冷ますと、振り落とされないように鴉頭の肩に抱きついた。


「じゃあ、お願いします!」

「ああ、振り落とされるなよ」

 

 鴉頭が再度の確認を取ったその瞬間。



 ――赤頭巾は飛んでいた。


「は、はやっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 赤頭巾が飛んでいると錯覚を覚えるほどの速度で鴉頭はケルンの町を通り越して森の中を突き進む。

 確かにこの速度をもってすれば獣の追跡も夢ではないだろう。

 鴉頭の目論見は無理筋では無かったのである。

 

「すごっ、凄い!!私あの汽車に乗ったみたいです!!」

「少し黙ってろ。舌を嚙むぞ」


 今は亡き父から聞いていた馬車以上の速さで人や物を運ぶ汽車と呼ばれる存在になぞらえて、鴉頭特急を褒め称えながら興奮する赤頭巾を当人である鴉頭が窘める。

 赤頭巾の目からは代わり映えしない森の景色が流れていくだけだが、鴉頭はこれでも赤頭巾を気遣って樹木をなるべく避けながら、しかも獣の痕跡に注意して全力疾走していたのだ。


 無論、それには多大なる集中力が必要となる。

 つまるところ、ぶっちゃけ赤頭巾がうるさかったのである。


 色々察した赤頭巾が口を噤んで、ごうごうと風が流れる音を聞くこと数分。




「――見つけた」

「……!?」


 短く呟いた鴉頭の言葉をすかさず聞き取った赤頭巾は口を閉じながら感嘆の息を漏らす。

 景色は依然として森の中だが、鴉頭が見つけたと溢したのなら間違いはないのだろう。

 そしてその赤頭巾の信頼は当然、裏切られることは無かった。


 森を抜けた少し先、奥にある村へ懸命に足を動かして逃げる獣の姿が赤頭巾の目からも確認できた。

 そして獣の方も、これでもかと言うほど目を見開きながら絶望の表情を貼り付けることで、急接近する鴉頭に気づいたことを示した。


「まッ……!?」

「死ね」


 獣が驚きの言葉を言い切る前に、鴉頭は命を確実に奪うためではなく、怒りを発散するために逃げ惑う獣を背後から容赦なく蹴り飛ばした。

 当然ながら受け身を取れるわけもない獣は背中をくの字に曲げながら吹き飛び、顔面から地面に着陸する。


「うっ、グぅぅ……バケツの野郎……負けてんじゃねえかよぉ……」


 顔を土と涙で汚しながら獣は既に死んだバケツ被りに向かって恨み言をこぼす。

 しかし獣からは余裕の表情が消え失せており、すっかり憔悴してしまっているようだった。


 だが、鴉頭は獣に同情する心を持っていない。


 痛みで喘ぐ獣の背中を、赤頭巾も抱えたままで容赦なく踏み潰した。


「ぎゃあっ!」

「こうやってバケツ被りの首も潰してやった。次はお前だ」

「ま、待ってくれ!!話すっ、お前の知りたいこと何でも話してやるっ!だから待ってくれ!!」


 血と涙と土に加え、とうとう唾まで飛ばして顔を汚しながら獣は必死に命乞いを始めた。

 ケルンの町の人々を殺し、或いは獣に変え、それすら使い潰した上にバケツ被りまで利用して今さら惨めに命乞いをする獣に、あの赤頭巾までもが軽蔑する。

 しかし却って鴉頭の方は極めて冷徹だった。


「もはやお前の話は聞くに値しない」

「ははっ!そのガキのことについて何も知らない癖にか?」

「あぁ、もう油断はしない」


 端から獣と会話を続ける気など無かった鴉頭は背骨に靴を沿わせ、やがて踵が頸椎に至ったところで力を込め始めた。


「だが楽に殺してやるつもりもない。自分の頸椎(いのち)がゆっくりと踏みにじられる気分を味わってから、逝くといい」

「ぎぃっ!やっ、やめぇっ……!?」


 鴉頭の言葉通り、唯一の弱点である頸椎をみしみしと押しつぶされる感触を存分に味わいながら、獣はこの窮地を脱するために自身の脳をフル回転させる。

 何故なら今まで彼を助けてきたのは獣の膂力でなく、他でもない自身の頭脳だったから。



 この世に蔓延る獣には複数の特殊個体が確認されている。


 そもそも獣は大まかに、知性を持たない野生動物に類似した個体と、人間だった頃の記憶を持ち擬態する能力を持つ個体の二つに分類される。

 違いは擬態能力の有無で、獣化さえすれば膂力や治癒能力に違いはない。


 その生前の記憶を保持する獣の中で更に固有の能力を持つ獣を特殊個体と呼ぶ。

 最も多く確認されているのは鴉頭も対峙した、外皮を硬化させる外骨格型(クラスト)

 珍しい部類に入るものに赤頭巾の祖母がそうであった、人間を獣に変異させる母胎型(プラント)


 そして鴉頭に対して策を弄し、狩人すらを保険として使った彼は知能型(エリート)と呼ばれる特殊個体である。


 知能型(エリート)は字面の如く知能が高い個体で、大きな利点として殺人衝動の抑制が挙げられる。

 どれだけ擬態しようとやがて本能に従って人を襲ってしまう獣と違って、知能型(エリート)であれば完全に人間社会に溶け込むことが可能なうえ、ある程度であれば知性を持たない獣と意思の疎通も図れる。


 その知能ゆえに獣は今日まで生き延び、女王との謁見さえ叶えて、あろうことか直々の指令まで下された。

 無論、彼の上は存在する。

 【大獣害】の初期段階から女王に突き従う超常の者たちが。


 だがそれらを除けば自身は選ばれし勝ち組であると、獣は思い上がっていた。

 狩人を相手取り数多の獣を従える自分自身に酔っていた。


 蓋を開ければ鴉頭に対して有効打を与えたのは良くて保険のバケツ被りのみであり、その他の罠や外骨格型(クラスト)は一切通用していなかった。

 その保険のバケツ被りでさえ、自身が直接遣わしたのではない。

 恐らく仲介者がいなければ鴉頭より先にバケツ被りの方に殺されていただろう。


 そして肝心の頭脳はこの土壇場に限って無意味な走馬灯を垂れ流すだけだった。


 しかし完全に抵抗の術が残されていない訳ではない事を獣自身がよくわかっていた。

 この窮地を脱するにはもはや獣化するより他は残されていない。

 例えその場しのぎだろうと惨めに踏みにじられるよりもマシであることは理解していた。


 だが獣化は力と引き換えに知能の低下を伴う。

 鴉頭と対峙した獣たちが軒並み擬態を解いたのは偏に出し惜しみする余裕が無かったのだ。


 知能型(エリート)である彼にとってそのデメリットは到底受け入れられなかった。

 見下していた同胞と肩を並べるなど、なんならそれ以下に落ちるような真似を許せなかった。


 皮肉にも獣が獣になることを恐れていたのである。



 ――メキッ。


 そんな獣の恐れを嘲笑うように、骨の軋みが獣を現実に引き戻す。

 もはや葛藤する猶予など残されていない。

 

「グッ……ゥ、くそがぁ…………ァァアアアア!!」


 遂に獣は決心した。

 口の中に血の混じった土が入る事も厭わず不細工な叫び声を上げながら久しく経験していなかった獣化を果たす。


「なんだ。やっとか」

「ァ?」

 

 だが、彼の這いつくばった姿勢は持ち上がらない。

 どれだけ腕に力を込めようと鴉頭の足が杭のように地面と獣を繋いで、離れることはなかった。


 しかしそんな事は不可思議でも何でもない。

 そもそも狩人に背を向けてうつ伏せになっている時点で抵抗など不可能に決まっていたのだ。

 死んでいないのは獣化の有無ではない。ただ、鴉頭が殺していないだけだ。

 

 獣自身が誰よりも誇っていた頭脳とやらは、その程度の事も見通せていなかった。


「踏み潰すと言ったはずだ」

「ギェ!?」


 鴉頭は何もしていない。

 ただ獣の頸椎に当てた踵を寸分の迷いなくゆっくりと潰しているだけだ。

 

 多少猿知恵が働く程度で思い上がっている獣ごときに、鴉頭が策を弄する必要などあるはずもない。


「思いあがるなよ……獣風情が」



 ――ぺき。


 赤頭巾の耳にも届く軽快な音を立てて獣の頸椎が踏み潰される。

 もう獣から言葉は出てこなかった。

 顔面からあらゆる体液を吐き出したあと、その身体を粘液に変えると地面の染みとなって消えていた。


 これがケルンの町を滅ぼした元凶である獣のあっけない最期であった。

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