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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第二章 人間回帰への旅
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第二十一話 殲滅戦

 リーダー格の男の咆哮のあと鴉頭は残った獣その全てに囲まれていた。

 距離として三メートルにも満たない間合いだが両者はお互いに時を止めている。

 鴉頭は言うまでもなく、獣すらも本能で感じ取った先行する愚か者が一番に屠られる情景。


 その沈黙を破ったのは当然、鴉頭だった。


 鴉頭は懐から手に取った血液瓶を()()に投げると、自身の正面に突っ立ていた間抜け面の獣に突貫した。

 宙に舞う血液瓶がその最高点に到達するよりも早く獣に衝突した鴉頭は獣が自身の攻撃に合わせて防御――端的に表現するならふんじばった所で異能を解放する。


「【反転】しろ」

「ギェ!?」


 敢えて首を狙わなかった鴉頭の突撃に後押しされる形で、いや獣自身の力をも利用して包囲網に穴が空く。

 そして鴉頭の攻撃に対応する能を持たない獣は抵抗も許されず民家の壁に打ち付けられた。


「グッ、ギャアア!」

「三匹目」


 背後からの衝撃に硬直した獣が回復する前に鴉頭は鋸鉈すら振らず、持ち上げた足でもって獣の脊椎ごと踏み潰す。

 肉と骨が同時に圧縮される音が響くとともに獣はやがて壁の染みに変わった。


 だがその隙を傍観する獣は存在しない……はずだった。

 一匹を確実に殺すために、残り九匹の獣に背中を晒した鴉頭を殺すべく獣たちが一斉に身体を屈めたその時。


 重力に導かれた血液瓶が甲高い音を伴って地面に堕ちた。


 ガラス片と血液がぶちまかれた瞬間、鴉頭に狙いを定めていた獣たちが雁首揃えて虚空に飛び込む。

 相手をただ殺すために放たれた考えなしの突進はそれぞれの同族に向けられ肉の潰れる音を奏でた。


 恐らくこれだけで全ての獣を殺し尽くす事は不可能だろうが攪乱としては充分の成果だ。

 現に鴉頭は無傷のままで獣はその数を着実に減らしていた。

 鴉頭としては手段を変えず一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返せば良いだけである。


 しかしそれを許さない獣が、鴉頭から距離を離していたために血液瓶の影響を受けていなかった熊型の獣が鴉頭の前に立っていた。


「よお、楽シそうだナ?」

「生憎そうでもない」


 獣の軽口を返しながら鴉頭は靴の裏にこびりついた獣の血を落とそうと億劫そうに地面に擦りつける。

 不遜な態度で煽る鴉頭の態度に眉一つ動かさず熊型の獣は身体からパキパキと音を立てながら鴉頭との間合いを詰めた。


「あぁ、遺言ヲ言うなら今の内だゼ?」

「あ?」

「一秒後がテメェの命日だからなァ!!」


 獣が煽り口上を叫びながら肥大化した腕を振り上げる。

 

 欠伸が漏れ出そうなほど緩慢な動きで。


「お前のだろ」


 ――ギャリギャリギャリ!

 

「ぅ、オオオオ!?」


 既に獣の動きを見切っていた鴉頭はガラ空きの胴体に鋸鉈を叩きつける。

 鋸鉈が直撃した獣の胴体はしかし肉の分断する感覚を鴉頭に与えず、その刃によって火花を散らして雑音を放つ。

 油断が故か防御の体勢すら取れないで獣は後方に吹っ飛んだ。


 だがそれは裏を返せば鋸鉈でも獣に致命傷を与えられなかったという事である。

 つまり奴はそもそも防御を取る必要が無い特殊個体。


「チッ、外骨格型(クラスト)か……」


 獣の妙に余裕ぶった動きの理由に気付いた鴉頭は思わず悪態を吐く。

 

 外骨格型(クラスト)

 それは獣の特殊個体の一つで言葉の通り自身の外皮を骨のように硬化させる能力を持つ。


 母胎型(プラント)よりも発見数は多く所謂メジャーな部類の特殊個体である。

 硬化以外には他の獣と何ら遜色は無いが、目を見張るべくはその硬度にある。


 鴉頭の攻撃を完全に防御したのが何よりの証左だろう。

 狩人の武器に使用される特殊隕鉄は次元干渉能力に対して絶対的優位性を持つが、その硬度はせいぜい鋼鉄程度に留まっている。

 とは言え狩人の膂力と合わせれば大抵のものに通用するその武器で傷を付ける事すら出来ないのは外骨格型(クラスト)ぐらいだ。

 関節部分と獣の弱点である脊椎の硬化こそ不可能だが有効な盾を持つというのは厄介に違いない。


「へへっ、流石にビビったぜ」

「安心しろ。次はその暇も与えん」

「おいおい、コイツらの事も忘れてやルなよ。拗ねちマうぞ?」


 鴉頭と獣が戦闘をしている間に回復を終えた獣たちが外骨格型(クラスト)を庇うように周囲に集まる。

 獣と言えど流石というべきか。全力の攻撃だろうがお互いに衝突した程度では致命傷には至らず五体満足で戦線に復帰していた。


「あの世でやってろ」


 依然として形勢は不利。

 だが鴉頭が選択したのは外骨格型(クラスト)との近接戦闘だった。


「そうコなくっちゃなァ!」


 他の獣が鴉頭の攻撃を見過ごす中、唯一対応できた外骨格型(クラスト)は硬化した左腕で鋸鉈を受け止める。

 そして受け止めたまま右腕を振りかぶりながら両脇から飛び出た二匹の獣と同時に鴉頭に反撃を仕掛けた。


 鴉頭の攻撃直後の隙を狙った三体同時による襲撃が鴉頭に到達するその前に鴉頭の口は動いていた。


「【反転】しろ」

「うォっ!?」


 外骨格型(クラスト)が振り抜かれた右拳がその勢いのまま引っ張られるように、隣に侍らせていた獣の顔面に裏拳を決める。

 外骨格型(クラスト)にとって渾身の一撃は獣が無防備であった事も含めて獣の首を引きちぎった。


 そしてその隙を鴉頭が見逃す筈が無い。

 外骨格型(クラスト)が一方の獣に攻撃する合間に、同時に飛び出していたもう一方の獣の首を切り落とす。

 噴出する返り血をも顧みずとどめを刺そうとする鴉頭を、外骨格型(クラスト)は自身が手に掛けた獣すら無視して阻もうと鋸鉈の消えた左腕で殴りかかった。


「させルかよォ!」

「あぁ、とどめを刺すのは()()()()()


 脊椎を引き摺り出すかと思われた鴉頭は、獣の首元ではなく胸ぐらを掴むと外骨格型(クラスト)の攻撃への盾として使った。

 敢えて首の断面を外骨格型(クラスト)の攻撃に合わされた獣は脊椎ごと肉を潰される音を出すとその姿を灰へと変える。


「これで四匹目。良いアシストだ」

「っ、クソが」


 外骨格型(クラスト)が忌々しそうに悪態を吐いたのは何も鴉頭によって同胞を殺させられたからでは無く、獣を盾として使う一瞬の間に裏拳で首を千切られた獣に追撃を仕掛けていたからである。

 無惨にも歪な断面の首から鋸鉈を振り落とされた獣は同じく死を迎えた。


「五匹目」


 明らかに目減りしていく獣。

 死を告げるカウントダウンのように淡々と獣を狩る鴉頭に外骨格型(クラスト)は焦りと自身の認識の甘さを自覚する。

 目の前の狩人は例え自分が出張ろうとその進撃を変えることは無い。

 いや寧ろそれすらも利用して戦闘を優位に進めていく。

 このままではこちらがジリ貧になる。数的優位に立っている(こちら)が、である。


 故に外骨格型(クラスト)は出し惜しみという選択肢を棄てた。


「全員、来い!!」


 全身の硬化を始めた外骨格型(クラスト)は鴉頭が間合いから離脱をする前に残数七匹の獣による集中砲火を命じる。

 鴉頭はもちろん外骨格型(クラスト)自身も逃げ場のない包囲網。

 だが外骨格型(クラスト)には鋸鉈にすら耐え得る盾が存在する。

 つまり外骨格型(クラスト)の作戦とは自身を中心に獣を攻撃させ、その付近に位置する鴉頭ごと肉塊に変えるというものだ。


「まぁそうなるよな」


 鴉頭の能力【反転】はシンプル故に汎用性の高い能力だが明確な弱点も存在する。

 その弱点とは能力の対象が一つの動作に限られるというものである。


 能力の行使自体は対象を認識すれば可能だが、もし二つ以上もの対象を認識しようと一つしか選択できない。

 つまり二体同時で獣に突進された場合、鴉頭は一匹の獣しか反転させることができない。

 また一つの動作と言うように、一匹の獣であっても対象が両拳で殴ってきた場合でもどちらか一方の拳のみを反転させることしかできない。


 即ち外骨格型(クラスト)は幸いにも五匹の獣という損害を出して初めて鴉頭に対する有効打を選択したのである。


 既に四方から一心不乱に獣が突撃してきている状況下、鴉頭が選択したのは――。


「【反転】しろ」

「なッ!?」

 

 なおも能力の行使だった。


 しかし能力の対象は獣でも、ましてや外骨格型(クラスト)でもなく自分自身に掛かる重力に対してである。

 瞬間的に無重力状態に類似した鴉頭は目前で無様にも硬化の影響で動きの鈍った外骨格型(クラスト)の頭を踏み台に天へ跳躍した。

 獲物を失った獣どもが外骨格型(クラスト)に殺到する中、身体をひねりながら獣の背後で着地した鴉頭は間髪入れず、横並びになる獣三匹の首を横なぎで地に落とす。

 そして鋸鉈を逆手に持ち直し、両端の獣の首を掴んで真ん中の獣を巻き込んで挟み潰した。


「八匹」

「グっ、退けェ!」


 目論見を大いに外した外骨格型(クラスト)はたまらず運良く残った獣たちを連れて鴉頭から距離を置く。

 だがそれを鴉頭がみすみす見逃すはずが無かった。


「【反転】しろ」

「ギャ!?」


 鴉頭から最も近かった獣が反転によって逆に鴉頭に向かって吹き飛び、吸い込まれるように首が鋸鉈に切断される。

 生首を後方に飛ばして身体を鴉頭の足元に落とした獣は次の瞬間には彼の靴裏で地面の染みになっていた。


「九匹目」

「噓ダろ……!?」


 もはや折り返しどころかたったの三匹にまで雑兵を駆られた外骨格型(クラスト)は現実逃避じみた感想を漏らす。

 仲間から今回の狩人は手強いと伝えられていた。上位ランカーなどという肩書きは伊達では無いと。

 

 確かに油断があった事は認めよう。

 だが決して手加減はしていなかった。

 奴の言う通り波状攻撃を仕掛け、それでも崩せない場合の捨て身の総攻撃も敢行した。

 だというのに、目の前の狩人は無傷どころかこちらを全滅させる勢いで苛烈に攻め上げているではないか。


「ありエねぇ……アり得るわけが……」

「どうした?さっさと雑魚を連れてかかってこい」

「……あ?」


 外骨格型(クラスト)の茫然自失ぶりを見てなお鴉頭は余裕そうに変わらない態度で煽る。

 本来であれば激昂し兼ねない言葉に、しかし外骨格型(クラスト)は自身の考えの曇りが晴れたような錯覚に陥った。


 外骨格型(クラスト)である自分は最強だった。

 あの方を支える戦士であった。

 故に誇りの盾でもって人間を、狩人を、時には同胞を叩き潰した。


 それが今は何だ?

 なぜ()()()()()()()()()()()()雑魚を侍らせてお山の大将を気取っている?

 なぜ雑兵を散らされた程度で動揺を覚える?

 

「あぁ、その通りだったな」

 

 外骨格型(クラスト)はすかさず一匹の獣に鴉頭への突撃を命じた。

 突然の無策を疑問に思う能がない獣はたった一匹で鴉頭に突貫する。

 

「何を考え……」


 難なく獣を灰に変えた鴉頭が返り血を浴びながら目にしたのは、残りの二匹を自身で手にかける外骨格型(クラスト)の姿だった。

 硬化した腕でゴリゴリと獣の脊椎を首の肉の上からすり潰した外骨格型(クラスト)は両腕から血を滴らせると不敵に笑いかける。


「あぁそうダ……。最初(ハナッ)からリンチみてぇな闘いなんザ気に食わなかったンだよ」


 外骨格型(クラスト)が自身の本性を再確認する度に、筋肉が呼応するようにバキバキと悲鳴を上げて肥大化する。

 赤黒く目を血走らせながら外骨格型(クラスト)は唾をまき散らして叫んだ。


「俺が!俺自身の手デ!お前を殺す!!」

「さっさと来い」


 邪魔者は消えたと言わんばかりに今度は外骨格型(クラスト)が接近戦を仕掛けた。


 外骨格型(クラスト)の右ストレートを容易に躱した鴉頭は首に向かって鋸鉈を振るう。

 当然硬化した腕で防がれる事は織り込み済みである。


 外骨格型(クラスト)の硬化能力は確かに強力だが肉体と違って自然治癒する事ができない。

 解除して再び硬化すれば硬度を保てるがそれには著しいインターバルが発生する。つまり解除する暇を与えず攻撃を続ければ外骨格型(クラスト)の硬化も劣化するのだ。

 無謀にも接近戦を仕掛けた時点で鴉頭の狙いは決まっていたのである。


――ズブっ。


(……なんだと?)


 だが鴉頭の予想に反して外骨格型(クラスト)の防御に出した左腕は硬化がされていなかった。

 鴉頭の手に肉体を切断する感触が広がったその次の瞬間。


――ガンっ。


 鋸鉈が外骨格型(クラスト)の首元で行き先を阻まれたのだ。

 この結果に流石の鴉頭も瞠目を隠せないでいた。


 硬化能力を持つ外骨格型(クラスト)の獣だが例外として唯一の弱点である首の硬化は不可能なのである。

 だからこそ外骨格型(クラスト)は態々硬化した腕で首を防御していたはずだ。


「賭けは俺の勝ちミたいだなァ!?」

「……そうか。硬化したのは首ではなく……!」


 賭けという言葉と硬化しているはずの首に刺さったまま固定されている鋸鉈を見て鴉頭は核心に至る。

 

 外骨格型(クラスト)は首の硬化ができない。

 では首のどこまでが硬化できるのか。


 答えは首に近づくに連れて硬度が低くなっていくのである。

 肩から順に硬度を下げるのだが逆に言えば首、特に脊椎に至るまでは多少の硬化は見られるという事だ。

 

 そこで外骨格型(クラスト)は宣言通り賭けに出た。

 左腕を犠牲に一瞬だけでも鴉頭を動揺させ、最低限でも全力の攻撃を避けて鋸鉈を脊椎に到達する前に、硬化した肌と感情に呼応して膨張した筋肉で固定する。

 結果は見ての通り、外骨格型(クラスト)の読み通りで終わった。

 

 武器を失った鴉頭が呆然とする内に速攻で勝負を決める。


 ――だがしかし、外骨格型(クラスト)が勝機を見出したのはその一瞬だけだった。


「マジかよ?」


 外骨格型(クラスト)が拳を振るう前に鴉頭は既に鋸鉈から手を離していた。

 そして外骨格型(クラスト)のがら空きの頬に左ストレートをぶち当てる。


「グゥッ!」

 

 衝撃に怯んだ外骨格型(クラスト)の顎に、鴉頭は息をつく暇も与えず右の肘打ちをクリーンヒットさせた。


「がッァ!?」


 すぐさま反撃をしようと外骨格型(クラスト)が鴉頭を見据えようとしたところで急激な眩暈に襲われる。

 それどころか体全体が脱力感に苛まれ、意識を保つことが困難になる。


(これは……!?)


 外骨格型(クラスト)を襲ったものの正体とは脳震盪である。

 外骨格型(クラスト)は外皮を硬化させることができる。

 だがそれは裏を返せば身体の内部までは硬化できないということだ。故に外骨格型(クラスト)であっても身体の内からの攻撃は通ってしまう。

 特に硬化したことで却って衝撃が内部に響きやすくなっているため、脳震盪などは他の獣よりも誘発されやすい。


 その弱点を鴉頭はこの土壇場で突いたのである。

 集中が途切れた事により外骨格型(クラスト)の首に刺さっていた鋸鉈がぐらつき落ちかける。

 だがその前に鴉頭が左手で鋸鉈を逆手に握りしめた。


「まっ」


 外骨格型(クラスト)が咄嗟に上げた静止の声が終わるより前に鴉頭は左手を力任せに引っ張る。

 右肩から袈裟切りされた獣の身体からこぼれ出た脊椎を鴉頭は右拳を振り上げると容赦なく振り落とした。


「……おかしい」


 漸くケルンの町の獣害の原因である外骨格型(クラスト)を狩猟したにもかかわらず鴉頭は怪訝な表情を浮かべる。

 

 あの程度の獣が町を滅ぼした挙句、鴉頭を誘き出した張本人であるはずがない。

 謀略に走るような素振りはない上に協力者の存在も匂わせていた。


 故に外骨格型(クラスト)を追い詰めれば助けに現れると予想していたが人影ひとつ現れなかった。


「俺が狙いでは無かった?なら誰を…………」


 思案を巡らせた鴉頭が赤頭巾の隠れ場所に向かった所で自身の失態に気づく。

 身を潜めていたはずの赤頭巾が忽然と姿を消していた事を確認して。

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