第十六話 次元干渉能力
「次は工房に行こうかと思ったが……そろそろ時間だな」
「時間って、なんの時間ですか?」
狩人協会を出た鴉頭は足早に次の目的地を目指していたが、懐中時計を確認すると足を止めて行き先を変える。
鴉頭の呟きを聞き逃さなかった赤頭巾は貰ったばかりの狩人証を握ったまま鴉頭の裾を引いた。
「情報屋に会う約束をしていてな。もうすぐで落ち合う時間だ」
「情報屋さん……ですか?」
生まれて初めて聞く職業に興味を引かれた赤頭巾は鴉頭の言葉を繰り返す。
態々さん付けまでした赤頭巾を微笑ましく感じつつ鴉頭は彼女の言葉に呼応するように頷いた。
「字面の通り情報を売買する職業のことだ」
「そんなお仕事、初めて聞きました。でも鴉頭さんと何の関係が?」
赤頭巾が鴉頭と出会ってからその様な人物と接触している場面を目にしたことはなかった。
アルスフェルト村やギーセン村の件は、赤頭巾の目には全て鴉頭一人の手腕に映っていたのである。
だが鴉頭は赤頭巾の言葉を首を振って否定した。
「狩人と情報屋の関係は切っても切れない」
「あんまりそうは見えませんけど……」
「言っておくが自力で獣を見つけるのは俺でも難しい。だから様々な手段で調べる必要がある。情報屋を使うのもその内の一つだ」
狩人が獣を発見する方法はおおよそ四つに絞られる。
一つ目は自力での発見。
これは鴉頭の言う通り非現実的で、根無し草の狩人が世界に蔓延る獣の全て見つけ出すのは不可能に近い。
二つ目は現地人からの告発。
一般人から疎まれている狩人がこのケースに当たる事は決して多くないが、ギーセン村の一件のように運が良ければ巡り合う事もある。
だがやはりそれをアテに活動する狩人は少ない。
三つ目は狩人協会からの依頼。
これが最も確実でメジャーな方法になる。
世界連合政府の捜査網は広大で各都市に配置された鐘鳴らしなどその権力による恩恵は計り知れない。
デメリットがあるとすれば、それなりの規模の獣害が起きなければ依頼されず後手に回ること。そして他の狩人とバッティングし易い点などが挙げられる。
四つ目が独立の情報屋から仕入れる方法。
これは何も狩人だけが利用している訳ではない。
【大獣害】以降他国との往来が困難になったため或る物の価値が著しく向上した。
それは情報である。
何処で獣が発生した。どこの国が滅んだ。あの有力な資産家が死んだ。
世界全体の治安が劣悪になったことで、情報は金に替えても惜しくない必需品になったのだ。
そこに目を付けた一部の商人達が情報を専門に取り扱う情報屋を名乗るようになる。
その分野は意外にも豊富で物価などの経済系や果てはゴシップ系まで多岐に渡る。
狩人を相手取る情報屋は当然獣と関わるので危険性が高く、その上誰よりも早くその情報を仕入れる必要があるなど、それなりのスキルを求められるため数が少ない。
だが信用に足る情報屋を一人でも囲えれば獣を発見する効率は跳ね上がる。
特に【大獣害】が始まって十三年が経った今、残っている情報屋も上澄みばかりで外れはないといっても過言ではない。
唯一の欠点を挙げるとすればそれは法外な報酬を求められることぐらいだろうか。
そして鴉頭も例に漏れずお抱えの情報屋と取引を結んでいて、予てよりべイルムで落ち合う予定だった。
「というわけで今はその待ち合わせ場所に向かっている」
「狩人と情報屋が取引をする場所……ごくり」
如何にも怪しい取引をしそうな組み合わせに赤頭巾は路地裏の暗闇を想起する。
そこには情報屋に金貨を手渡しながら不気味に笑う鴉頭が。
良からぬ妄想に耽る赤頭巾を引き上げるように鴉頭が目的地の到着を告げた。
「着いたぞ」
「こ、ここは……!?」
赤頭巾の視界に広がったのは薄暗い路地裏……などではなく。
白を基調とした装飾の施されたテーブルと椅子。
店頭に並ぶ色とりどりのスイーツ。
トレーを持って朗らかに笑顔を振りまくウエイトレス。
そしてどこからか漂ってくる紅茶の香り。
辺りを見渡した赤頭巾は鴉頭に向き直って一言。
「カフェですね」
「ああ、カフェだ」
――――
「ん~!おいっしいです!」
「そうか」
店に入って早々、座席についた赤頭巾はフォークを片手にショートケーキを頬張っていた。
咀嚼を必要としないほどふわふわとしたスポンジケーキに、口の中で甘くとろける生クリーム。
紅玉のように輝く苺の酸味が良いアクセントになっている。正に絶品としか言いようがないケーキである。
「まさかケーキを食べられるなんて……!」
「大袈裟だな」
「だって私、人生で二回目なんですよ!?ケーキ食べるの!」
「分かったから落ち着け」
久々の嗜好品に感激する赤頭巾と違って鴉頭は落ち着き払って珈琲を啜っていた。
意気揚々と待ち合わせ場所に訪れた鴉頭だったが本命の情報屋は見る影もなく、どうすべきか考える彼の前には食い入るように陳列棚に並ぶケーキを眺める赤頭巾。
彼女の無言の圧に負けた鴉頭は情報屋が来るまでの間という名目で赤頭巾にケーキを奢らされ今に至る。
無駄な出費に肩を落とす鴉頭だったが気を取り直すと赤頭巾に伝えるべき事があったと姿勢を正した。
「そう言えばお前にはまだ言っていなかったな」
「えっと……ケーキの値段のことですか?」
「違う。俺が戦闘の際に使っていた能力についてだ」
鴉頭の発言を聞いてケーキを平らげた赤頭巾は口直しに紅茶を呷ると気まずそうに目を逸らした。
「ごめんなさい。正直、鴉頭さんが戦ってる所は速すぎて見えてませんでした……」
「……そうか」
赤頭巾の独白にさしもの鴉頭も言葉を失ってお互いの間に沈黙が通り過ぎる。
二つのカップから湯気が迷子のように揺蕩う中、沈黙を破ったのは鴉頭だった。
「まぁいい」
「い、いいんですか?」
「ああ、これから旅を続けていく中で強力な獣と当たる事もある。その時に対応できるように少しでも情報は共有しておきたい」
「はい。それで、能力というのは……?」
「先ずは見てもらった方が早いな」
そう言うや否や鴉頭は自身の手元にある珈琲の入ったカップを持ち上げると、そのままひっくり返してしまう。
そして間髪入れずに鴉頭は短く詠唱をした。
「【反転】しろ」
「わっ、鴉頭さん!?あれ、珈琲が……落ちてこない?」
カップという受け皿を失った珈琲が重力に従って地面に落ちると思われたが、その時は一向に訪れなかった。
鴉頭が軽々しく起こした怪奇現象に驚く赤頭巾が下からカップを覗くと珈琲は何食わぬ顔でその場に居座っている。
「これが俺の能力。【反転】だ」
「はんてん……?」
「俺の認識下にある対象の力の向きを反転させることができる」
「えっと、つまりその珈琲は」
「ああ。俺の能力でこの珈琲の重力を反転させた。カップが無ければ浮き続けて天井にシミを作っていただろうな」
これがアルスフェルト村やギーセン村で獣が自身の意思に反して身体を動かしたその正体である。
鴉頭の能力は彼の認識下、つまり視界に入れなくとも対象に作用する力の向きを反転する事が可能で、故にカップによって見えない珈琲も落ちてこないというわけである。
「す、すご……まるで魔法じゃないですか!」
「魔法、か。そこまで万能ではないがな」
赤頭巾の言葉をやんわり否定した鴉頭がカップを元に戻すと、浮き続けていた珈琲も後を追うように落ちて少しの飛沫を飛ばしてカップに収まった。
「正式な名称は『次元干渉能力』らしい」
「だからおばあちゃんが鴉頭さんを【干渉者】って……」
あの呼称は狩人にではなく次元干渉能力を持つ鴉頭に対してのものだったのだ。
「この能力には一応制約も存在する」
「制約……条件ってことですよね」
「ああ。能力によって細かい制約も存在するが、全ての能力は等しく指向性を持った発言を課せられる」
指向性を持った発言。つまり能力を行使する前提でそれに関連した言葉を発さなければ能力は発動しない。
鴉頭が戦闘中であるにも関わらず、言葉を発していたのはそのためである。
「これは大きな弱点だが、逆に言えば敵が能力を持っていた時には付け入る隙になる」
「敵って……獣も使えるんですか?」
「理由は知らないが、一部の狩人と獣の中でも知性の高い個体は持っているな」
ただでさえ厄介な獣にも能力を持つ個体がいることに赤頭巾は戦慄しながらも一番気になる部分について鴉頭に尋ねた。
「ち、因みに私に能力はあるんですかね?」
「そんなこと知るか」
「ええ!?」
もしかして私にも最強の能力が……などという赤頭巾の淡い期待を鴉頭は無情にも否定する。
「お前は心臓の動かし方を親に習った事はあるか?」
「え?いえ、物心がつく頃には勝手に動いていたので」
「そういうことだ。お前の心臓の動かし方はお前にしか分からないように、能力の有無もお前にしか分からない」
鴉頭のともすれば投げやりな物言いに赤頭巾は肩を落とした。
「そんなぁ」
「うんうん、言い方に愛を感じないよね」
「え?」
赤頭巾の嘆きを聞きなれない女の声が馴れ馴れしく同意を示す。
まさか返答など、ましてや見知らぬ人間から返ってくると思っていなかった赤頭巾は、弾かれたように声の主に目を向ける。
そこには草臥れた薄茶色のローブを羽織った黒い髪の女性がテーブルに肘を突きながらニヤけ面で赤頭巾を見ていた。
「やっと来たか」
「あ、もしかして……」
何処か呆れた態度の鴉頭を見て赤頭巾が一つの可能性に辿り着くと同時に、黒髪の女性は立ち上がると拳を自身の胸に当てて名乗り上げた。
「初めまして。私は狩人専門の情報屋、アンゲル。欲しい情報はなにかな?」




