第十五話 狩人デビュー
今話から三話ほどに渡って無駄に隠していた狩人周りの設定解説回になります。
道行く人々に遠巻きに見られながら、鴉頭と赤頭巾は大通りの一角に建つ煉瓦造りの施設に足を運ぶ。
その扉の横には『狩人協会支部』と刻まれていた。
「広いですね」
「腐っても首都に置かれているからな」
赤頭巾にとって三番目に訪れた協会は最も大きく、内装から見ても彼女の自宅どころかギーセン村の貴族の屋敷をも超える広さを誇っていた。
だが赤頭巾の目を惹いたのはそれらではなく、カウンターに佇む一人の女性だった。
「か、鴉頭さん!受付の人がいますよ!?実在したんだ……」
「……そりゃするだろ」
赤頭巾の感想に思わず突っ込んでしまった鴉頭は気を取り直して受付の方へ向かった。
「ようこそ、鴉頭様。本日はどの様なご用件で?」
「依頼されていたアルスフェルト村の獣害を解決した。如何やら母胎型獣が紛れていたようだ」
受付の女性は鴉頭の報告を受けると手元の書類に書き込みや判子などを押して、目の前の鴉頭にそれを受け渡した。
「依頼の完了、誠にありがとうございます。こちらは報酬になります」
「悪いがいつも通りそのまま振り込んでおいて欲しい」
「かしこまりました。報告は以上でよろしかったでしょうか?」
「……ああ」
「では少々お待ちください」
受付の女性がカウンターの奥に消えるのを確認した鴉頭は、いつの間にか後ろの休憩スペースで寛いでいた赤頭巾の前に腰を下ろした。
手持ち無沙汰だったため、鴉頭と受付のやり取りを見ていた赤頭巾はこれ幸いと気になったことを聞き始めた。
「ギーセン村の事は話さないんですか?」
「未だに獣の侵入した経緯が分かっていないからな。詳しい事が判明するまで公にするつもりはない」
相変わらず色々と画策する鴉頭に感心した赤頭巾は前置きを終えて本題に入った。
「それで……私を狩人にするというお話ですが」
「分かっている。……お前の疑問も」
余程話すのが嫌なのか、これまで赤頭巾の疑問に一々応えていた鴉頭は珍しく重々しく口を開いた。
「先ずは俺のうなじを触れ」
「えっ?」
そう言いながら赤頭巾に近づいた鴉頭は彼女の目線に合わせて跪いた。
鴉頭の予想外の行動に赤頭巾は顔から湯気を立てて手をわちゃわちゃさせる。
「きゅ、急にそんなっ、べ、別に、嫌というわけではなくて……!」
「さっさとしろ」
「あ、ちょぉ!?」
赤頭巾を待てなくなった鴉頭は自ら彼女の手を引くとコートの隙間に隠れる自身のうなじに手を当てさせた。
動揺していた赤頭巾だったが、やがて自身の手に伝わる感触に気づくと瞠目して鴉頭を見つめる。
「これって……?」
赤頭巾の手が伝える感触。
それは鴉頭のうなじが腫れているという事実だった。
そしてうなじの腫れとは全ての獣が抱える楔だったはずだ。
「俺も、いや狩人も獣だ」
鴉頭の告白に赤頭巾は彼の手を払って椅子から降りて後ずさった。
「そんな……!ならどうしておばあちゃんを!」
「話を最後まで聞け。狩人は身体だけが獣なんだ」
「身体だけ……?」
獣を憎む〈狩人〉は一般人から恐れられている。
それは何も彼らが獣に異常な執着を見せるからという理由だけではない。
【大獣害】が世界を襲い、そして間もなく獣を狩る狩人が現れた。
つまり狩人が現れた時期は獣と同時期であるということである。
その事実は即ち、人間の意識を持った獣が同じ獣を襲い始めたことを示していた。
獣の身体と力を持ちながら人類であるという意識を保つ彼らは〈半獣〉と呼ばれ、その後に人間社会に溶け込むため〈狩人〉という名称を用いられるに至った。
「他にも狩人は人間の姿に戻る事ができない」
「お婆ちゃんやメイドさんみたいな擬態の事ですか?」
「ああ、俺がお前を獣だと考えた理由もそれだ」
獣と同等の能力を手にした狩人達に唯一許されなかった能力が人間の姿への擬態能力である。
基本的に人間の記憶を保つ獣は擬態を可能とするが、狩人たちはまるでそれが代償だと言わんばかりに人間の姿を失う。
故に狩人たちは全身を隠し顔を隠し覆面を被った珍妙な格好に身を包むのだ。
「じゃあ鴉頭さんも?」
「あぁ、この仮面の下には、醜い面が広がってる」
「……ごめんなさい」
何故鴉頭が狩人の仔細について話さなかったのかが赤頭巾にも漸く理解できた。
獣の姿を持っているにも関わらず、獣を憎み殺す狩人の矛盾と葛藤が。
気持ちの落ち着いた赤頭巾は鴉頭に頭を下げると席に戻る。
「だったら、私は獣なんでしょうか?」
「それは……正直言って俺にも分からない。お前は獣化もできないし殺人衝動もないんだろう?」
獣と狩人の関係性が分かった所で生じるのは赤頭巾という存在の謎である。
赤頭巾もうなじに腫れを持ち、人間の姿を保つという獣の特徴を有している。
しかしその膂力は年相応に貧弱で殺人衝動に至っては皆無と言っても過言ではない。
「うーん……」
曖昧な自分の立場に赤頭巾が宙に浮いたような、吊り下げられたような気持ちに陥っていると同じく席に着いた鴉頭がじっと彼女を見つめた。
「基準を作ればいい」
「基準?」
自身の提案に首を傾げた赤頭巾に鴉頭は小さく頷く。
「俺から言わせてみれば狩人も獣も変わらない。だから明確な違いを付ける必要があった」
なんなら狩人の中には同じ狩人を獣と断じて殺そうとする者も存在するし狩人たちもそれを強く弾圧することはない。
どこまで行っても自分達は半獣であると理解しているのだから。
「俺にとっての“獣”とはうなじに腫れを持ちながら人間に害を為す奴だ」
「それは……私もですか?」
「いいや。俺自身もだ」
赤頭巾の言葉を否定した鴉頭は有無を言わさぬ口調で断言した。
獣の特徴と力を持ちながら、それでも非力な人間を襲う者は例え自分自身だろうと抹殺対象になり得ると。
「俺はこれからお前に護身術を教えていくつもりだ。その際に獣を自分の手で殺す機会が訪れるだろう。その時に迷わないためにも……自分の中で答えを出した方がいい」
この世界に答えが用意されていない難題だと鴉頭の警告に反して赤頭巾は直ぐに結論を出した。
「なら私は鴉頭と同じ基準にします」
「いいのか?」
「私は貴方に救われましたから」
「……そうか」
赤頭巾の答えに納得したらしい鴉頭はそれ以上何も言わなかった。
だが鴉頭の代わりにカウンターの奥から戻ってきた受付の女性が言葉を放った。
「あら?まだ何かございましたか?」
鴉頭たちは既に去ったものだと思っていた彼女に、立ち上がった鴉頭は赤頭巾を手招きしてカウンターに向かう。
「こいつを狩人に登録してほしい」
「その方は……いえ、かしこまりました」
年端のいかない少女である赤頭巾を見て躊躇いを見せた受付の女性だったが、直ぐに襟を正すとにこやかに準備を始めた。
狩人などという野蛮な半獣に襲われないための彼女なりの処世術の賜物である。
「お待たせしました。お名前をお教え頂けますか?」
「あ、赤頭巾です」
「赤頭巾様ですね。ありがとうございます」
明らかに本名ではない赤頭巾という名を受付の女性は一切訝しむことなく登録作業を進めた。
大体の狩人は本名を名乗らないので寧ろ違和感が無いぐらいだった。
「それでは簡潔に登録に対する注意と説明を行います。よろしいですか?」
「は、はい」
「まず本日を以て貴方を狩人協会所属の狩人とします。一時的ですが世界連合政府の下、超法規的な権力が貴方に与えられますが度を超す場合は狩人証の停止。最悪、討伐命令が出されます。くれぐれも過信しないように」
「はい?」
「また協会に所属する上でノルマ等はございませんが一年以上討伐報告が見られない場合や、協会の強制招集に応じない場合は強制的に狩人証の停止を行います。ご留意ください」
「はい……?」
「以上の説明を聞いてご同意いただいたのであれば、こちらの書類にサインをお願いします」
一気に注意事項を捲し立てられた赤頭巾はほぼ涙目になりながら鴉頭に助けを求める視線を送った。
「分からない所は後で説明してやるから先ずはサインをしろ。字はわかるよな?」
「はい。ここで……大丈夫ですか?」
鴉頭が指差す書類の空欄に自身の名を書いた赤頭巾は不安になりながら書類を震えた手で受付の女性に渡した。
受付の女性は書類を確認して頷くと、次いで文字が刻まれた金属板を赤頭巾に手渡した。
「こちらが赤頭巾様の狩人証となります。また次回の発行から手続料金として銀貨一枚を徴収させていただきますので、紛失にはお気を付けください」
「はい、ありがとうございます」
『赤頭巾』と刻まれた長方形状の金属板を握って赤頭巾はとうとう自分があの狩人になったのだと強く自覚する。
しかしそこであることに気付く。
「鴉頭さんの狩人証とちょっと違う?」
ギーセン村で目にした鴉頭の狩人証には、確かその名を象徴するような翼の浮彫細工が象られていたはずだ。
それに比べると赤頭巾のものは些か無骨に感じる。
そんな赤頭巾の小さな発見に鴉頭は顔を逸らした。
「余計なとこまでよく見てるな……」
「鴉頭様は上位ランカーですので。他の方と区別し易い様に特別な意匠が施されているんです」
「じょういらんかー?」
聞き馴染みの無い言葉を赤頭巾が反復すると受付の女性は親切心で解説を始めた。
「狩人協会は狩人各位の獣の討伐数、教会への貢献度を評価し順位付けを行うランク制度を導入しておりまして。その中でも上位一桁の狩人様を便宜上、上位ランカーと呼んでいるのです」
「はぇー」
「言っておくが狩人の大半はこんな順位付け、気にしていないからな」
「そうなんですか?」
「……ええ。本音を言えば、市井の皆様に親しみを持ってもらうために行っています」
協会としては狩人たちの競合意識を高める要因にもなる上に、内部情報を提示することで市民へ協会の透明性を強調させ更に狩人を身近に感じて貰う為に導入した、正に一石三鳥な制度なのである。
だが実際にはそもそも狩人は獣を狩れれば他はどうでもいいので浸透していないし、市民はこんな不況に狩人の情報なんて微塵も必要としていないので、控えめに言って残念な制度と化しているのが実態だ。
「私は良いと思いますけど」
「正気か?」
「赤頭巾様も狩人になったのですから上位ランカーを目指してみるのはいかがでしょうか。掲示板にも掲載しているので是非目を通されては」
「はぁ……もういいだろ。行くぞ」
これ以上の無駄話に耐え切れなくなった鴉頭は受付の女性の話を遮ると赤頭巾を置いて狩人協会から足早に去っていった。
まさか置いて行かれる訳にもいかない赤頭巾も鴉頭の後を追う。
「え、鴉頭さん!あの、受付のお姉さん、ありがとうございました!」
去り際、扉の前で頭を下げた赤頭巾に受付の女性もまた微笑みながら礼をして彼女の門出を祝うのであった。
果たして田舎の少女の狩人デビューは為された。
この変化が赤頭巾に何を与えるのか。それはまだ誰にも分からないまま。




