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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第二章 人間回帰への旅

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第十二話 貴族の冥途

本日20時ごろにもう一話投稿致します。是非ご一読ください。

 赤頭巾と別れて狩人協会を出た鴉頭は予てから訪れる予定だったある場所に来ていた。


「で、俺は言ってやったんだよ!」

「ぎゃははは!!下らねえ!!」

「おい、さっさと金を返せクソ野郎が!!!」


「……騒がしいな」


 そこは酒場である。

 扉を開けば昼間であるにも関わらず騒音と酒臭さが鴉頭の五感を襲う。

 赤頭巾がいない事は逆に好都合だったと自分を納得させて鴉頭は賑やかな酒場に足を踏み入れた。


 そもそも何故鴉頭が酒場に訪れたのかといえば、無論情報を集めるためである。

 酒場ならば人も多くまたアルコールのお陰で口も軽くなっている。

 そして何より金さえ払えば狩人だとしても排斥される事は無い。正にうってつけの場所だと言えるだろう。


 こんな時間に酒を飲む連中は狩人に負けず劣らずの日陰者であるため、騒いでいた者たちも鴉頭を一瞥するだけに留めていた。

 鴉頭は店の奥にあるカウンターに腰掛けると銅貨を一枚置いて酒場の主人に声を掛けた。


「適当に頼む」

「狩人が来たかと思ったら開口一番にそれか?」

「シプラムという貴族に心当たりは?」


 嫌味を無視して話を進める鴉頭に主人は破顔すると銅貨を受け取りつつ彼の目の前にジョッキを置いた。


「悪いがそんな男は知らないな」

「……相変わらずクソ不味い液体だな」

「はっ、それ出した奴の前で言うか?」

「では若い貴族についての噂は?」

「ん?……いや、忘れちまったな」


 若い貴族の言葉が出た瞬間、鴉頭の真意を悟った主人は顎に手を当てながらしらばっくれた。つまり()()()()ということである。

 主人の露骨な態度に舌打ちをして鴉頭は追加の銅貨を渡した。


「アンタが聞きたいのは貴族が獣だって噂のことだろ?」

「ああ。ついでに所在も教えて貰えると助かるが……ま、そこまで贅沢を言うつもりはない」

「なら運がいい。この前その貴族がここに飲みに来てな。すげえ荒れっぷりだったぜ」

「さっさと本題に入れ」

「へいへい、何でも女が捕まらなくて困ってるらしい。いざひっかけても翌朝には死体で出てくるってんで更に避けられてるって話だ」


 ひとまずリパッチの情報の裏どりが完了したことに満足した鴉頭は結局ジョッキに殆ど手を付けずに立ち上がる。

 やはり貴族を隠れ蓑に殺人を繰り返す獣がいるらしい。期待はしていなかったが最低限の情報が複数手に入ったことで鴉頭は内心ほくそ笑んだ。


 鴉頭はついでに次の目的地について尋ねた。


「ホスニッポという運び屋はどこにいる」

「店を出て通りを真っ直ぐ歩けばあいつの店があるはずだ。だがお勧めはできねぇな」

「あ?」

「あの野郎は村でも特にがめつい。なんにしてもふんだくられるだけだぜ」

「なら大丈夫だな」

「はっ、なんでだよ?」

「もうお前にふんだくられてる」

「銅貨二枚でそれはないだろ……」

 

 主人のため息交じりの突っ込みを無視して鴉頭は店を後にした。

 薄れていく喧騒を背に通りを進むとやがて馬車の絵が書かれた看板を吊り下げた建物に到着した。恐らくここがリパッチの紹介にあったホスニッポという男が運営する運送会社で間違いない。


 近くに馬房は見えないが恐らくこの店は契約を行うためのもので馬車自体は村の外にある関門の近くに置いているのだろう。

 僅かに逡巡した鴉頭が扉のベルを鳴らしながら店に入ると、酒場よりもかなりこじんまりとした店内で足を組みながら煙草を吹かす一人の男が新聞を読んでいた。


「らっしゃい。うちは獣だろうと何でも運ぶホスニッポ運送……ってなんだよ狩人か」

「随分立派な社訓に悪いが仕事を頼みたい」

「……社訓じゃなくて売り文句だ。悪いが大人しくて帰ってくれ」

「リパッチの紹介だ。あいつが言うにはタダになるって話だが」


 当然ながら狩人である鴉頭を見るや否や面倒ごとはごめんだと言わんばかりに拒絶するホスニッポだったが、リパッチの名前を出した途端に目の色を変えた。


「なら出すモンがあるだろうが」

「ああ」


 ホスニッポの催促に合わせて鴉頭は懐からリパッチに貰い受けた商人証を取り出す。

 それを確認したホスニッポは白煙を口から目一杯吐き出すと、吸いかけの煙草を潰して灰皿に捨てると鴉頭に向かって座るように手で指示する。


本当(マジ)であの禿に認められたならとやかく言うつもりは無い。一応注意事項について話すぞ」

「待て。まだ出立するつもりはない。お前もわかってるだろ」

「……はぁ、貴族の噂か」

「ああ、放置してこの村を出るつもりは無い」


 ホスニッポにも自覚はあったのか、鴉頭を止める意思はないようで寧ろ獣の情報についてぽつぽつと話し始めた。


「リパッチには悪いがシプラムは獣じゃねぇ可能性が高い」

「だろうな」


 鴉頭は今回の獣害は十中八九、擬態型の獣によるものだと予想していた。

 獣が人間を襲う目的は摂食である。

 しかし人間の頃の記憶を保持している擬態型の獣は態々リスクを負ってまで人間を襲う必要性がないと理解している。


 それでもなお、人間を襲うのは何故か。

 それは衝動である。

 獣は目の前の生物を殺さざるを得なくなるのだ。そこに合理など存在せず、故に獣の根絶は世界の悲願なのである。


 とは言え擬態型の獣は先述した通りある程度の知能は持っているため死体を隠したり、今回のように誰かしらに疑いを擦り付けるために敢えて死体を残す個体も居る。

 鴉頭が知りたいのは何故シプラムなのか、ということである。

 酒場の主人もそうだがこの村はシプラムについて知っている人間が余りにも少ない。名前すら知られていないのだ。

 であるにも関わらず女癖の悪さと獣の噂だけは蔓延している。まるで意図しているかのように。


「だがあいつを調べると如何やら独りでこの村に左遷された訳じゃないらしい」

「他に貴族がいたのか?」

「そうじゃない。貴族サマだぜ?どうも一人だけ従者がついてきていたみたいだ」

「従者……つまりそいつが」


 ――パリン。


 ホスニッポと情報のすり合わせを行っている鴉頭の鼓膜を硝子の割れる音が揺らした。


――――


「こちらは本家から取り寄せた紅茶になります」

「あ、ありがとうございます」

「余計な事する暇があったらさっさと失せろ」

「ちょっとシプラムさん!」

「いえ、出過ぎた真似を致しました。失礼します」


 客間に案内された赤頭巾がソファに腰掛けているとメイドが何処からともなく紅茶を差し出す。

 だがシプラムは何が気に食わないのかメイドを罵倒すると客間から追い出した。

 シプラムを窘めつつ出された紅茶を遠慮なく飲み始めた赤頭巾に流し目を送るシプラムは、寛ぐ彼女に疑問を投げかけた。


「それでお前はいつまでいるんだよ」

「このお屋敷を見て回ってからですかね」

「マジか……」


 居座る気マンマンの赤頭巾に項垂れたシプラムは湯気を立てる紅茶を見つめると億劫そうに手を伸ばす。

 終始シプラムのメイドを嫌悪した態度を疑問に思った赤頭巾はぐいと紅茶を飲み干した。


「シプラムさんはあのメイドさんの事が嫌いなんですか?」

「……そんなんじゃねぇ」


 てっきり食い気味に肯定すると思われたシプラムは渋々といった感じに首を振る。


「あ!もしかして好きな人に嫌がらせする的なやつですか?」

「ちげぇよ!……いや違くはないか……」

「違くないんですか!?」

 

 突然の恋バナに食いついた赤頭巾に顔を紅潮させたシプラムはそっぽを向いて頷く。


「まぁ、初恋ってやつだ」

「きゃー!」

「うるせぇ……」

 

 沸き立つ赤頭巾を鬱陶しそうに睨んだシプラムが紅茶を啜るのを見て赤頭巾は最初の疑問について改めて聞き直した。


「だったら尚更メイドさんを邪険に扱う理由がわからないんですけど」

「さっさと俺から離れて欲しいんだよ」

「好きなのにですか?」

「……好きだからだ。俺が本家からこのクソ田舎に飛ばされた理由知ってるか?身に覚えのねぇ殺人だ。そんな落ちぶれた貴族の息子なんて泥船過ぎるだろ」

「私はシプラムさんの事応援しますよ」


 赤頭巾の純粋な願いを敢えて無視したシプラムは紅茶を飲み干す。

 するとまたも暗がりからメイドが音もなく現れると空になったティーカップを慣れた手つきで片付けていく。

 洗練されたメイドの動きを眺めていた赤頭巾は、屋敷に訪れた時から感じていたメイドの近寄りがたい雰囲気を何とか無視して声を掛けた。


「あの、メイドさんはどうしてシプラムさんについてきたんですか?」

「おい!?」

「坊ちゃまに仕えるのが私の責務ですので」

「な、なるほど……脈無しですか」


 無表情のまま答えたメイドに先ほどのシプラムのような羞恥は微塵も感じられず、赤頭巾の口からは残酷な事実という名の感想が漏れ出た。

 この密室でそれが本人に聞こえないわけもなくシプラムは怒りと悔しさの余り赤頭巾の襟を掴んで器用に小声で怒鳴った。


「お前何を余計なことっ!?」

「ちょっ、いきなり掴まないでくださ……あっ」


 間違っても頭巾を取られる訳には行かない赤頭巾がシプラムから離れようと身をよじった瞬間、オーバーオールのポケットから血液瓶が零れ落ちる。

 鴉頭が言っていた通り衝撃に弱いそれはカーペットの上でありながら落下と同時にパリンと音を立てて割れてしまった。


「あ、あああ!?」

「な、なんだこりゃ?」


 高級そうなカーペットに赤いシミと硝子の破片を拡げた赤頭巾は、獣に遭遇する前に瓶を割ってしまった事で驚きと鴉頭に怒られる恐怖で大声を上げる。

 一方で血液瓶など知る由もないシプラムは香水でも割ったのかと思いメイドに向かって命令を飛ばした。


「おいディア、さっさとこれを片付け……」


 だが立って陶器を片付けていたと思っていたメイドはそこには居なかった。


 何故ならメイドが血液瓶の落ちた箇所に屈みこんで必死に舐めていたからである。


「……え?」

「おい、お前なにやってる!?」


 メイドの突飛な行動にシプラムが驚いているのをよそに赤頭巾の脳裏で鴉頭の言葉が反響する。


 ()()()()()()()()()()()()()()


「まさか……!」


 赤頭巾が気づくには遅すぎる答えに辿り着く前にメイドは既に這いつくばるのを止めてゆっくりと立ち上がっていた。

 未だに困惑してメイドを眺めているシプラムに赤頭巾は叫ぶ。


「シプラムさん離れてください!そのメイドさんが……獣です!」

「はぁ!?急に何を言って……」

「……こんな事でボロを出すことになるとは」


 否定しようと声を荒げるシプラムを遮るようにメイドが諦観の混じったため息を吐く。

 自身が獣であると認めた発言にシプラムと赤頭巾が警戒する中、振り返ったメイドの口元からは夥しい量のよだれが垂れ落ちていた。


「申し訳ありません。坊ちゃま。この頃人間の肉を裂いたり、潰したりしていないものですから……もう、辛抱ができそうになくて」

「噓だろ……!ディア……!?」

 

 未だに現実が飲み込めないシプラムを置いて、メイドは譫言を呟きながらぱきぱきと音を立てて人間の擬態を解いていく。

 その姿は狼型の赤頭巾の祖母とは違って牡鹿のような二本の角を生やし腕を地面に接するほど長くした異形の姿だった。


「逃げましょう!シプラムさん!!」

「っ、ああクソ!!」

「ハァァァァ……ギャオオオオオオ!!!」


 客間から飛び出して廊下に躍り出た二人を逃がさんとばかりに獣が叫びながら扉を突き破って襲い掛かる。


「おい、お前狩人の助手なんだろ!?早くどうにかしろよ!」

「わ、私自身はただの人間ですよ!?」


 屋敷の部屋を乱雑に入りながら逃走する中シプラムの正論が赤頭巾を襲う。

 本来ならば攪乱用に携帯していた血液瓶は既にカーペットのシミになっており、同じく獣であるはずの赤頭巾は戦闘能力を一切持っていない。


「坊ちゃまァァァァ?お食事を用意しましたァァァ!!!」

「あいつも言ってる事がおかしくなり始めてやがる……!」

「早くこの屋敷から出ましょ……っ!?」


 出口に向かって逃げる二人に後ろから迫っていたはずのメイドが消えていたことに赤頭巾が気づくと、先行していたシプラムがその出口に居座る影に感づいた。


「先回りしてやがった!!」

「坊ちゃまァァ!やっとムスばれれェェェ!!」

「シプラムさん!危ない!」


 屋敷の扉の前で待ち構えていた獣はその長い腕を横に振りかぶると近くにある壁を抉ってその破片を殴り飛ばした。

 咄嗟の攻撃に対応できず立ち止まるシプラムを赤頭巾がその小さな体で突き飛ばす。


「ぐ、うっぅ……!」

「お、おい!」


 シプラムを庇った赤頭巾は直撃こそ逃れたものの少なくない数の破片が体に無数の傷を描く。

 してやったとばかりに口角を上げた獣はこの好機に合わせて二人に近づいていく。


「シプラムさん逃げて……!」

「っクソ!」


 最早自分は足手纏いだと悟った赤頭巾が自分を置いて逃げろとシプラムに伝えると、彼は苦虫を嚙み潰したように苦悶の表情を浮かべて()()()()に走り出した。


「な、なんで……!?」

「るっせぇ!ガキを見捨てて逃げるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!」


 赤頭巾を守るように飛び出したシプラムは案の定迫ってきた獣の巨大な手に捕縛されてしまう。


「坊ちゃまァァァ」

「がっ……ぅ、ディア……目ぇ覚ませよ……」


 万力の如く掴まれたシプラムは藻掻く事も放棄して獣に手を伸ばして懇願する。

 今となっては遥か昔のように感ぜられる幼少期。

 貴族と従者でありながら結ばれようなんて約束したあの頃を想起させるように。


「坊ちゃま……」

「でぃ」


 ――ばぐっ。


 シプラムと見つめ合った獣は彼の名前を呟くと、シプラムの頭を首から丸ごと喰らった。


「うそ……」


 余りに残酷な結果に赤頭巾が嘆息を溢している間にも獣はシプラムの頭をぐちゃぐちゃと咀嚼すると、用済みと言うように首のなくなった死体を投げ捨てた。

 次は自分かと赤頭巾が一部始終を眺めて戦慄していたが、獣は彼女の予想に反して今しがた自身が投げ捨てたシプラムの死体を拾い上げて鳴き始めた。


「あああああ!?坊ちゃま、坊ちゃまがァァァ!!!!どうシて……どうしてェェェ!!!??」


 横たわった赤頭巾の眼窩には見るに堪えないおぞましい光景が広がっていた。

 口元を拾った死体で深紅に染めた獣がシプラムの死体を抱えながら死を哀しみ怒り狂っている。

 そしてその怒りの矛先は目の前の少女に向けられた。


「お前が……オ前がァ、坊ちゃまを……!!」

 

 その坊ちゃまの死体を怒りの余り握り潰しながら獣が赤頭巾へと鋭く尖った爪を伸ばす。


「……鴉頭さん」


 祈るように赤頭巾が目を瞑ったその瞬間だった。


 ――ガシャン!!


 廊下の窓を音を立てながら割って投げられた【鋸鉈】が赤頭巾と獣の間を通り過ぎて壁に突き刺さる。

 突然の襲来に獣が動きを止めていると、割れた窓から鳥の嘴を模した仮面の男が現れた。


「やっと見つけたぞ……害獣が」


 日の落ちそうな暗がりの屋敷で漸く獣と狩人の対峙がなされるのであった。

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