第十話 第二の村
エタるな(自戒)
14時ごろにもう一話投稿致しますので是非ご一読ください。
「……大きい門ですね」
「あぁ、恐らく自衛の為だろうな」
「ここまで大きい村だと、そういう施設も普通なんですか?」
「どちらかと言えば標準的な装備になる。あとギーセン村は小さい部類の村だ」
「そ、そうですか……。って、あれ?人が出てきましたよ?」
自身の考えを悉く否定された赤頭巾が落ち込んで頭を下げている間に門の内側から甲冑を纏った門兵らしき人物が姿を現す。
その数は一人。手には槍を持ち、腰には角笛をぶら下げていた。
「門番だな」
「ですね」
しかし鴉頭に驚いた様子や戸惑う様子はなくそのまま門番の方へ足を進める。
どうせまた碌な反応をされないんだろうなぁ……などと思いながら赤頭巾も鴉頭の後に続いた。
「そこの狩人、止まれ!」
漸く門番の甲冑から覗く精悍な表情が見えるぐらいの距離になった所で鴉頭たちは門番から静止を受ける。
傭兵の時とは違って門番に怯えた様子は皆無で鋭く張った声に赤頭巾はびくりと身体を震わせた。
またしても他人の指図など無視するのかと思われたが意外にも鴉頭はその場で足を止めた。
「と、止まるんですね」
「ああ、張り合う意味も必要もないからな」
二人がコソコソと耳打ちをしている合間に槍を構えた臨戦状態の門番がじりじりと近付いて来ていた。
「この村に何の用だ。狩人」
「そんなもの一つしかないだろう?」
「生憎だがこの村に獣は存在しない」
「それを決めるのはお前じゃない。さっさと通せ」
(さっき張り合わないって言ったじゃないですかぁ!?)
何故か結局門番と言い争いを始める鴉頭に内心でツッコむ赤頭巾。
あの鴉頭が優しく笑顔で対応するとは微塵も思えないが、それでも売り言葉に買い言葉で口論は激化し今にも殴り合いを始めそうである。
「貴様が何を言おうと通行証も持たない不審者は通さん。だから門番が居るんだよ。知らなかったのか?」
「……チッ、俺が狩人と知っておいて詭弁をタラタラと」
「鴉頭さん。これは門番さんが正しいですよ」
「分かっている。少し待て」
両者から矢面に立たされた鴉頭は煩わしそうに呟くと自身の懐を探って羽を模した金属板を取り出した。
「……クソっ、持っていたか」
「それは……?」
「狩人証だ」
「ま、またですか?」
「ああ。商人どもとは違って政府公認のものだが」
狩人証とは、世界連合政府認可のもと狩人協会が所属狩人に発行する認可証のことである。
商人証のような個々人間の取引で使われるものではなく謂わば政府公認の狩人であると示す身分証なのだ。
またその効力は強く、世界連合政府直轄領や同盟国、同盟都市の無条件での通行許可や狩人協会での物資支援、また政府資金の一部支給など多岐に渡っている。
基本的に他者の干渉を厭う狩人の多くがそれでも協会に所属するのはその為でもあった。
そしてその実物を見せられてしまえば一介の田舎門番に通行を妨げる権利など最早なかった。
「偽装だと思うなら鐘鳴らしにでも渡して確認すると良い」
「……通れ」
「話が早くて助かるよ」
思っていたよりもあっさり引き下がった門番を不思議に思いながらも赤頭巾は鴉頭の後を追う。
だがそそくさと後を追う自身を側から鑑みて足が止まった。
「あれ……?えっと、私は良いんですか?」
「あぁ」
「……お嬢ちゃんも問題ない。さっさと行ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
「おい、行くぞ」
「もう……!」
門番に恭しく礼をした赤頭巾だったが既に進み始めた鴉頭の催促に従って村の中へ進んでいった。
あまりに差がある対応をされた門番は仲間の場所に戻りつつ独りごちる。
「何だったんだ?あの二人組」
少しの悶着を経て村に入った鴉頭たちは道すがら会話をしていた。
「あの、村に入れたのは良いですけど、今回は獣の正体も分かっているんですよね?……もう倒しに行くんですか?」
「ん?……あぁ、恐らくあの商人が言っていた事は嘘だ」
「そうなんですね。……えええっ!?」
これから始まるであろう血生臭い戦闘を予期していた赤頭巾は鴉頭から予想外の答えが返って来た事で驚きを上げる。
だがそれも仕方のない事だろう。
商人に嘘を吐いている様子は無かったし、信じたからこそ鴉頭は高額の報酬を払ったのだと赤頭巾が考えるのも無理は無い。
そんな驚く彼女を見て鴉頭は気まずそうに首を振った。
「嘘、と言うのは少し語弊があったな。どちらかと言えば願望に近い」
「願望ですか?」
「あぁ。この村に獣が出たことは門番の反応から間違いないだろうが、貴族本人が獣だと決めつけるのは時期尚早だ。商人の言い草からして商売の邪魔でもされた腹いせに言ったんだろう」
「な、なるほど……私、完全に信じちゃってました」
世間知らずだと自覚している赤頭巾は自身が前回の会話から何一つ真意を汲み取れていないことに肩を落とした。
それを見かねた鴉頭は頭巾越しに彼女の頭を撫でる。
「お前はそれでいい」
「え?」
「掛け値なしに人を信じられるのもある種の長所だ。俺の言葉だって絶対じゃない。だから、あー、なんだ、別に気にしないでいいんじゃないか」
「……ふっ、フフフ。はい!ありがとうございます!」
「何に対する礼なんだ……?」
何故か急に喜び始めた赤頭巾を怪訝に思いながら鴉頭は虱潰しにギーセン村を歩いて回る。
少ない村人に避けられながら道を進むと、やがて村の端の方にアルスフェルト村のものにも似た塔のような建物が見えてきた。
入り口まで来ると『狩人協会支部』と書かれたボロボロの看板が立てかけてある。どうやらここで間違いないようだ。
「着いたのは良いですけど、やっぱり村の人たちからは避けられてますね」
「安心しろ。じき慣れる」
「慣れたくないなぁ……」
軽口を叩き合う二人が扉をくぐると閑散とした部屋が広がっていた。
アルスフェルト村と同じくカウンターこそあれど受付を担う人員はいないようだった。
「ギーセン村にも受付の人は居ないんですね」
「大体地方の村には居ない感覚だな」
「過疎地は人が少ないからですかね?」
「いや、それもあるがそもそも狩人と接するような仕事は誰もやりたがらない。例え高給でもな」
「……」
狩人の世間からの嫌われっぷりに赤頭巾が言葉を失っている間に鴉頭はカウンター脇の階段を上がっていく。
慌てて赤頭巾も鴉頭の後を追って階段を登るとチリンチリンと細かな鈴音が耳朶を打った。
(これって……)
聞き馴染みのある、不安を掻き立てるような鈴音に気付きつつ漸く階段を登り切った赤頭巾の視界に鴉頭とアルスフェルト村にも居た目深にローブを羽織った男、〈鐘鳴らし〉が何やら話し合っていた。
「この村に獣が出たとタレコミがあった。それについて把握していたか?」
「残念だが初耳だ」
「……死体が出たと聞いていたが」
「生憎、我々にそこまで市井に干渉する権力は無い。出来る事などただ獣を避ける鈴を鳴らすことだけだ」
「そうか」
鴉頭は呆れたようにそう吐き捨てると興味を失ったのか鐘鳴らしに一瞥もくれず赤頭巾とすれ違って階段を降りてしまった。
そして鴉頭が去ったのであれば赤頭巾にも滞在する意味はなく未だ虚空に鐘を鳴らす鐘鳴らしに会釈をしてから鴉頭の後を追った。
赤頭巾が階段を降りると鴉頭は早速村の資料を漁っていた。
パラパラとかなりの速度で資料を流し読みする鴉頭に赤頭巾は先程から浮かんでいた疑問をぶつけた。
「あの……鐘鳴らしさんってみんな同じ見た目なんですか?」
「急になんだ」
「だってさっきの鐘鳴らしさん、私の村に居た人とすごい似てましたもん」
「正直俺も詳しくは知らないが鐘鳴らしはどいつも似たような格好しているな」
「狩人協会の決まりなんですかね?」
「さあな」
赤頭巾の疑問も氷解したところで会話が途切れまたしても鴉頭の資料を捲る音とかすかな鈴の音が響く。
だがそれは突如として終わりを迎えた。
「面倒な事になった」
「え?」
音を立てて資料を閉じながら億劫そうに呟いた鴉頭に赤頭巾も思わず声を上げて反応する。
そして赤頭巾が是非を問う間髪を入れずに鴉頭は口を開いた。
「この村にシプラムという名の貴族は存在しない」
「…………はい?」




