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鴉は少女と肉を喰らう。  作者: 詩徒
第二章 人間回帰への旅
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第九話 商人と狩人

「この先の村で獣が出た。そいつを始末してほしい」


 人気のない林道で出会った商人、リパッチが神妙な面持ちで語ったのは獣の出現だった。

 旅を始めて早速湧いて出てきた獣の事案に赤頭巾は瞠目をする。


「それは……本当だろうな?」

「誰がこんなつまらん嘘を吐く?」


 その余りに早い獣の出現に鴉頭も驚いたようで脅しにも似た確認をリパッチから窺う。

 だがそれすらも無駄だと言うようにリパッチは顔を顰めながら肯定を返した。


 そんな中、一人だけ納得の行っていなかった傭兵が声を荒げる。


「おい!なんで〈狩人〉なんかに教えやがった!?」

「……あぁ?」


 獣の出現に最も怯えていたにも関わらず、不遜にも食ってかかる傭兵にリパッチは顳顬に青筋を立てて睨みつける。

 だが鴉頭ならともかくただの商人であるリパッチには怯まないのか、傭兵は唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。


「ギーセン村には俺のダチだって居るんだぞ!?もし獣がダチの知り合いならどうする!狩人なんかに殺されたら目も当てられねぇだろうが!!」


 傭兵の言い分とはつまり、そう言う事だった。


「……えっと、何が駄目なんですか?」

「要は見ず知らずの人間ではなく身内で片付けるべきだと言いたいんだろう。よくある話だ」


 傭兵が何故怒っているのか全く理解できなかった赤頭巾は傭兵を刺激しないように鴉頭に耳打ちをする。

 鴉頭もまた小声で赤頭巾の疑問に応えた。


 世間一般的に〈狩人〉は忌避されている。

 それは彼らがいつ何時自分たちを獣と断じて襲ってくるのか分からないからである。

 だがそれ以外にも理由はある。

 即ち自身の家族を見ず知らずの狂人に殺されたくない、という感情論が根底にはあった。


 故に傭兵は自身の友人、ひいてはその知り合いが獣であった場合、鴉頭によって殺される事が気に食わないのである。

 子供ながら聡明な赤頭巾では理解し難いかもしれないが人間とは基本愚かなのだ。

 人の生死よりも面子を気にするのは普遍的であり、鴉頭もよく体験した事柄であった。


 しかし傭兵に詰め寄られた商人は違った。


「……なら誰が獣を殺す?お前か?はっ、無理だろ。だから本職に頼んでんだろうが」

「ぐっ」


 傭兵に対してリパッチの言い分はどこまで行っても正論だった。

 狩人に獣といえど顔見知りを殺されたくないのなら自らの手、若しくは村で徒党を組んで殺せばいい。

 だがその選択を放置してなお〈狩人〉を頼りたくないというのは身勝手に過ぎる。

 言外に小太りの商人はそう伝えたのだ。


 傭兵にも思うところはあったのか少しだけ怒気を抑えながら、しかし余りに見当違いな感情論でもって返した。

 それがリパッチの逆鱗に触れることも知らず。


「あ、アンタには人の心ってのはねぇのかよ?」

「……あ?」

「獣になったってだけでも哀れなモンなのに、更に似たような狩人に殺されるなんて可哀想だとおもわねぇのか」

 

 傭兵の実感のこもった泣き落としはどこまでも感情論であり、自身の言葉が一切の無駄になったことを理解したリパッチは文字通り、()()()


「その感傷は金になるのか?」

「え?」

「俺がギーセン村の取引にこぎつけるまでに掛かった期間はどれだけだと思う?……二か月だ。顔馴染みの取引先ならそれなりの利益が出せる期間をあの村に投資したんだぜ?」

「お、おい。さっきから何を……」

「それが獣ごときでポシャった時に出る損失がお前に想像できるか?犬畜生も食わねぇ感傷で賄えるか?……そんな訳ねぇだろうが!!村人の命なんざ知ったこっちゃねぇが、俺の利益が減るなら狩人だろうと利用して当然だろ!?」


 商人としては正しく、人としては最低に過ぎる主張が田舎の林道に響き渡る。

 そのあんまりにも正直な発言に、傍から見ていたはずの赤頭巾やもう一人の傭兵がドン引きしたような表情を浮かべた。

 目の前で怒鳴られた傭兵も例に漏れず目を見開いて固まっている。

 唯一気にしていないのは鴉頭ぐらいだった。


 ようやく動き出した傭兵も、歯に衣着せぬ物言いに毒気を抜かれてしまったらしく片手で両目を押さえると短く笑みを溢す。


「はぁ……俺の負けだ。もう好きにしてくれ」

「ケっ、時間の無駄だったな」


 リパッチが吐き捨てた言葉も無視して傭兵は馬車馬の方へ行ってしまった。

 だがリパッチもこれ以上責めるつもりは無いのか、すれ違いざまに一瞥を送ると鴉頭に向き直った。


「さてと、本題に入るとするか」

「まだ何かあるのか?」


 傭兵に横槍を入れられたとは言え、この先の村で獣が出たという情報以外に必要なものがあっただろうかと鴉頭は首を傾げた。

 疑問符を浮かべる鴉頭にリパッチは口角を上げると得意げに口を開いた。


「実は獣の正体について見立てが立ってんだ」

「……ほう」

「最近べイルムの方から左遷された貴族の息子がいるんだが、おそらくそいつが獣だ」

「根拠は?」

「その貴族……シプラムって奴なんだが、こいつがまた如何にもボンボンみたいなのでな。自分でケツの拭けねぇやらかしをしでかして左遷されたってのに、名前を笠に村の女を口説きまくってんだ」

「そいつがどうした。話を聞く限りただのクズみたいだが」


 鴉頭の罵倒を嬉しそうに嗤ったリパッチは少し前に出ると、人目を憚るように囁いた。


「シプラムの食った女が軒並み死体で出てきたんだよ」

「……そうか」

「あぁ、確かな情報筋から聞いた話だ。間違いねぇ」


 リパッチのドヤ顔を横目に僅かに逡巡した鴉頭はやがて納得したように頷くと、内ポケットを弄りながらリパッチから背を向けた。


「俺はもう行く。ではな」

「この期に及んでも淡泊な狩人だな、おい」


 そう言いつつ何処か鴉頭の態度を気に入るようにはにかむリパッチに、鴉頭は振り向きざまに内ポケットから出てきたそれを投げつけた。


「やる。情報料だ」

「あ?……ってこれ、金貨じゃねぇか!?」


 訝しみながらも何とか受け取ったリパッチは、それが金貨であることに驚愕した。


【大獣害】以降、各国の混乱を防ぐために世界連合政府が行った政策の一つが貨幣の統合であった。

 今まで流通していた貨幣を回収、政府間取引での価値の失効を行い、新たな貨幣制度を制定させたのだ。

 この政策はある程度の成功を収め、統合され簡略化された貨幣は国家間の取引を円滑に進める一助となり経済の回復に貢献した。

 

 貨幣は銅貨、銀貨、金貨の三つに分かれ、それぞれが百倍した価値になっている。

 つまり銅貨百枚が銀貨一枚、銀貨百枚が金貨一枚という計算である。


 一般的な村人の年収は良くて銀貨五枚ほどであり、金貨は一枚だけでもかなりの価値を含んでいる。

 大都市で取引をするリパッチですら一日で稼げる額の金ではなく、ましてや適当に放り投げながら渡すような代物ではない。

 確かに情報を与えたからといってリパッチが驚くのも無理はないだろう。


「鴉頭、お前相場って知ってるか?」

「手持ちにそれしか無くてな。なるべく他人に借りを作りたくないし、それが商人なら尚更だ」


 あれだけの金を渡しておいてなお態度を変えない鴉頭に、リパッチはとうとう堪え切れず、吹き出すように笑った。


「悪くねぇ。気に入ったぜ鴉頭」

 

 リパッチはそう言うや否や荷馬車から妙な形の装飾品(チャーム)を取り出すと、鴉頭に倣ってそれを投げ渡した。

 難なく受け取りつつも鴉頭は首を傾げながらリパッチに意図を尋ねる。


「これは?」

「得意先にしか渡さねぇ俺の商人(あきんど)証だ。それを持ってギーセン村のホスニッポって奴に見せろ。タダで馬車を使えるはずだ」

「……いいのか?」

「あぁ、金づるになり(ゆうぼう)そうな奴にはサービスをするのは当然だろ?」


 何か含みを持たせたリパッチの言葉に頬を緩ませた鴉頭は吐き捨てるように笑みを浮かべると、今度こそ振り返ることは無かった。

 だが無言で去ろうとする鴉頭に、リパッチは別れの言葉を放った。


「じゃあな」

「ああ」


 

 やがて商人一行が見えなくなってきた頃に、無言を貫いていた赤頭巾が口を開いた。


「何だか鴉頭さん、楽しそうでしたね」

「……そうか?」

「はい、私の時より喋ってましたし」

「それは喋る必要があったからに過ぎん」


(それって私とは喋る必要すら無かったという事では……?)


 相変わらず自身の扱いがぞんざいな鴉頭にムカついた赤頭巾は、少しだけの嫉妬を混ぜて鴉頭の腰の辺りを後ろからパンチした。


「おい」

「ひゃっ、ご、ごめんなさい……」


 即時に鴉頭から咎められたと思った赤頭巾が弱々しく謝ると、彼女の勘違いに気付いた鴉頭が先の景色を見せるように身体を横にずらした。


「何を勘違いしている」

「え?」

「着いたぞ」


 鴉頭の巨体が除けたその先には赤頭巾にとって初めて訪れる村。


『ギーセン村』が鎮座していた。

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