リプレイ01 我ら、無貌の神に拝謁せん(語り部:LUNA)
私の名はLUNA。
その名の通り、私を敵に回した者は例外なく恐怖・恐慌・狂乱に陥り、己の浅はかさを呪う事となる。
秋の涼やかな風が、夜の清流がごとき私の黒髪をなびかせる。
私は今、渋谷スクランブル交差点の中心に男女四人の仲間達と立っていた。
きらびやかな商業ビルが林立し、無数の人々がーープレイヤー・NPC問わずーー大きな一つの流れになって、私たちの側を通り過ぎてゆく。
平凡で平和な光景だ。
フッ。真の幸福とは、この世の真理を微塵も知覚出来ぬ一般人のコトを言うのだろう。
けれど、私たちからすればこの光景、“平凡”と言うには少し語弊がある。
前時代的な、古めかしい街並みと言う方がしっくり来る。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの怪奇小説群、クトゥルフ神話をテーマとしたこのゲーム“The Outer Gods”は、まず「どの時代設定でプレイするか」を選ばされる。
元ネタが元ネタなので、1920年代ーー所謂“ジャズエイジ”と呼ばれる時代のアメリカが一番人気のようだけど。
私たちが選んだーーと言うか正確には私たちの事実上のリーダーであるHARUTOが選んだのだけどーー時代はもう少し進んで令和初期の日本だった。
このHARUTOとは、かれこれ5タイトルのゲームを共にしてきた。
彼のこの選択が、今からのプレイに有利になるかはわからない。
けど、彼の選んだ宿命であれば、少なくともつまらなくはならないだろう、と言う信頼はあった。
さて。
このゲームは、世界の裏側にある深淵、すなわち宇宙的恐怖の片鱗に触れてしまう事から物語が始まる。
メタ的に言い換えると、クエストギバーのNPCから何らかの物語を受注しない限り、何も進まないと言うコト。
いつまで経っても未知との遭遇は無く、ただただこの“令和レトロ”の時代でぼけーっとしているしか出来ない。
かと言って、そんな都合よく事件を持ってきてくれるクエストギバーなんてどこにいるのかって話だけど。
HARUTOが、おもむろにポケットから何かを取り出した。
スマートフォン、あるいはiPhoneと言う、昔の通信機器だった。
非実体型の仮想情報端末が普及して久しい私たちの時代からすれば、骨董品に等しい遺物だが、こうしたレトロな時代を生の感覚で追体験出来るのもVR時代ならでは、だろうか。
実際、年代の選択は日常生活の利便性にもそのまま反映される。慣れ親しんだウインドウがこの時代設定では使えないので、私としてはロマン半分・不便さ半分ってトコだ。
ただ、むしろ、若い世代のウインドウ依存症の治療として、こうした物理端末が使われる事も多いと言う。
どうせこの時代はこの時代で、スマートフォン中毒みたいなのが社会問題になっていたであろうコトを考えると皮肉だけど。
話が横道に逸れた。
HARUTOは、レトロ機器に物怖じする事もなく、手際よく指先でタッチパネルをトントンし、何らかのアプリを起動した。
そして、端末を受話器として耳に当てて、
「……にゃる・しゅたん!
にゃる・がしゃんな!
にゃる・しゅたん!
にゃる・がしゃんな!」
人目も憚らず、無貌の神を称える文言をぶちあげた。
パッと見、控えめに言ってもキチガ◯のそれだ。
まあ“そう言うゲーム”なので、他のユーザーが怪しむ様子はない……と言うか、同じコトをしている他プレイヤーが、見える範囲でそれなりにいた。
そして。
【ゲームマスター・ニャルラトテップシステムを起動します】
合成音声のような声が、HARUTOの携帯端末から発せられた。
そして。
本当に悪びれた様子など微塵もなく、しれっと、さらりと“そいつ”は私たちの前に立っていた。
その姿は……とても表現出来るものではなかった。
何故なら、そいつは玉虫色の光沢を帯びた、のっぺりとしたシルエットでしかなかったからだ。
そのくせ、奥行きや質量はちゃんとあるのだけど。
強いて近いものを当てはめるなら、ペプシマン?
そいつは、“ニャルラトテップ”は、前置きも無く事務的に言った。
【ご機嫌よう、無謀なる探求者達よ。真理への旅路をご所望か】
いかにもな芝居がかった物言いだけど、当然、こいつは本物のニャルラトテップなどでは無い。
音声認識でやり取りするだけの、ただのAIだ。
こいつはいわば、この世界の管理者たる“運営AI”であり、こうして私たちと話している間にも、他の無数のプレイヤーとも同時に対話し、クエストを発注している。
1920年代のジャズエイジから令和時代、現代まで、ゲーム中全ての地域と“時代”に遍在し、全ユーザーに対し24時間対応している様が、システム名に、かの無貌の神の名を付けられた所以である。
「……そうだ。お奨めのクエストを聞きたい」
HARUTOが、ワンテンポ遅れてニャルラトテップに応じた。
彼の喋りは、ほぼ全てがこんな調子だ。
何かを発言する前に、いちいち独特の沈黙を置く。
結果、言ってる事の悉くが的確なあたり、熟考ゆえの“間”なのかもしれない。
それに対し、ニャルラトテップ型AIも、機械とは思えない滑らかな振る舞いで、
【ならば、このようなシナリオは如何かな?】
ーー題して“夢の国に渦巻く陰謀”。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの著書は怪奇小説などではない。
それらは全て、彼自身の体験や聴取によって集められた“事実の記録”であった。
後に戦友であったオーガスト・ダーレスが設立したアーカム・ハウス社は、ラヴクラフトの功績と人類への警鐘を遺すべく、エンターテイメント複合企業としての方針を取った。
その本懐の一貫として、同社はテーマパーク部門を設立。
現在のラヴクラフト・リゾートとなった。
しかし。
昭和時代にアーカム・ハウス社とライセンス契約を結び東京ラヴクラフト・リゾートを運営していた日本のドリームランド社は、近年、ダゴン(和名:陀金様)を信奉する秘密教団に経営中枢を掌握されていた。
無論、その目的は、彼等が崇めるダゴンの召喚の為である。
果たして、君達は秘密教団の陰謀とダゴン召喚を阻止できるか!?
【詳細は以上だが】
「……良いだろう。そのクエストを受けよう」
ほとんどHARUTOの独断で話が進んで行くけど、私と“二人の”仲間に異論は無い。
いずれも、別ゲームで彼と共闘して来た仲だ。
私に至っては、さっきも言ったように5タイトルのゲームを共に駆け抜けてきた間柄であるし。彼を疑うだけ無駄だと、一番知っている。
ただ、残りの一人は、何を思っているのかが読めない。
MAOと言う、中学を卒業したばかりの“子”は、今回はじめてパーティを組む。
私と同じく、ストレートの黒髪を長く伸ばした……一見して女の子に見えるけど、どっちかはわからない。本人が、頑なに開示しないのだ。
まあ、私たちの誰も、嫌がるのを無理矢理聞き出す気はないけど。
私達レベルになると、性別などそこまで大事な情報ではない。
ただ、そこにいるもう一人の仲間のMALIAもなんだけど、私とルックスの属性が被っているのが複雑だ。主に、黒髪ロングってトコとか。
とにかく、この子が黙ってHARUTOに従っているのは、如何なる意図からか。
それより今は、彼の動向だけど。
「……“交渉”を提案する」
【良いだろう】
ニャルラトテップに交渉を持ちかける。
このやり取り自体はよくある……と言うか、このゲームの目玉の一つである“リアルタイム後付けシステム”と言うものだ。
元々、テーブルトークRPGを祖としたこのVRゲームでは、1パーティにつき一体ずつ、クエスト進行の為のゲームマスターーーつまり“1ニャルラトテップ”ーーが付けられる。
そして、プレイヤーはいつでも、ゲームが自分に有利な展開となるよう、ゲームマスターに持ち掛けることが出来るのだ。
例えば武器が欲しい時「そこの警察署にマフィアの銃器が押収されている事に出来ないか?」など。
勿論、運営AIが面白いと判定しないと却下されるし、それなりに理屈が通った説得を要求されるか、サイコロを使った判定が行われるのだけど。
問題は、こんな初っ端から彼が何を交渉する気なのか、だけど。
「……我々は、“善意の”探索者では無い」
「邪教の崇拝者としてプレイしたいのだが、宜しいか?」