捨てられた私と魔王様
目が覚めたら、床に転がっていた。
縛られた手足が痺れて痛い。左の上腕に、見た事の無い魔道具がくっ付いている。
「外すなよ。爆発したら困る」
「勇者様?」
床に横たわる私を取り囲み、蔑んだ目で見下ろしているのは、魔王城を目指して共に旅をしてきた勇者と仲間達だ。
「ここは、魔王城?」
仲間が使ったと思われる魔力の残渣を見れば、大胆にも城壁を登り、この大広間の様な場所に侵入したのがわかった。
「私、寝てたの?」
「中々起きないから、このまま、さよならかと思ったよ」
にやにやと笑う勇者に、仲間達も同調して喋り出す。
「お前薬入れすぎなンだよ、死んじまったらどうすんだ」
「だってぇ、この魔道具、付ける時、結構痛いって聞きましたよぉ?途中で起きたら面倒じゃないですかぁ」
「運ぶの本当重かったわ。無駄に魔力を使っちゃった」
私は昨夜の食事に薬を盛られ、寝ている内に魔道具を付けられ、そのまま魔王城にまで運ばれたらしい。
勇者が私を指差した。
「その魔道具で、この魔王城を爆破するんだ」
私が勇者一行に選ばれたのは、この魔道具の動力にするためだったという。
理由は、魔力の量が膨大だったから。
「無理に外しても無駄だからな。既にお前一人死ぬくらいの魔力は溜まっている。どうせ死ぬなら魔王を巻き添えに魔王城ぶっ潰して、俺達の功績にしろ」
にたつきながら言った後、わざとらしく神妙な顔を作った。
「お前を好きとか言って優しくしたのは、今日まで逃げられたら困るからだ。誤解したまま死ぬのは可哀想だから言っておくが、お前なんかこれっぽっちも好きじゃない。女心を弄んで悪かったな」
これも国のためってやつだよ。
そう言った後、別れの言葉を最後に勇者と一向は、広間の窓から去っていった。
こうして私は魔王城に捨てられた。
魔道具のせいで、上手く魔法を発動できない。
勇者達を捕縛し、脅して解除の仕方を聞こうと、こっそり試みたが、魔法が使えず、手足が縛られているとなると流石に無理だった。
だから、黙って話を聞いてやり過ごした。
いつもの様に。
そして、一人になった今だからこそ言いたい。
リップサービスしてたのはこっちですから!!
王子で勇者な男にアピールされて、気持ち悪いからあっち行って! なんて正直に言って許される庶民が何処にいる?!
すぐに触って来ようと距離を詰めてくるのを、不興を買わない様に躱すのに、どれだけの神経を使ったか。
勘違いの顔だけ王子に鳥肌立てながら、仕事だと割り切って、表情だけは笑顔を保って頑張った挙句が、爆弾付けられての放置。
世知辛い……。
仕事貰えるって聞いて魔力測定なんて受けるんじゃなかった。
しんどい。
このしんどいの、気分だけじゃないな。
多分、魔力吸われちゃってる。この魔道具、ちゃんと作動しているみたい。
左腕に目をやる。魔道具が接している所がジリジリ痛い。
腹立つなぁ。
「あれ?一人残ってますね」
声の方に、ハッと顔を向ければ、眼鏡の美青年と、神々しいまでの美貌を持つ黒髪の男性が立っていた。
黒髪の男は、装飾が多く威厳のある服をかっちりと着こなしている。
この存在感の凄さはもしかして……。
「お初にお目にかかります。魔王様でいらっしゃいますか?」
「そうだが。君は一体……どうした?」
ですよね。
縛られて転がった女に、お目にかかりますとか言われても、当惑しますよね。
「お二人とも、お逃げ下さい。これ、爆発したらお城崩れるらしいです。だから出来るなら、お城の中にいる人も避難させた方が良いです」
二人は「ええ?!」と驚きの声を上げた。
「貴方はそれで良いのですか? 死んでしまうのでは?」
眼鏡の君が困惑した様に聞いてくれる。
「嫌に決まってますよ! 薬盛られて、寝てる内に魔道具付けられて、縛られて運ばれて、さっき目が覚めたらこの状態だったんですよ?!」
「それは、ひどいな」
「勇者達がいきなり城にやって来たので、何をするのかと様子見していたですが、とんでもないですね」
美形の二人にうんうん頷かれて、私の暴露に拍車がかかる。
「魔王城への旅の目的は、魔王様の国と隣国の和平の継続の為って、私は聞いていたんです。な、の、に、勇者もその仲間も、私がこうやって死ぬ為に雇われたの知ってたんですって。私が逃げない為に、嫌々優しくしてくれたらしいですよ? 気持ち悪くて、逆に逃げたい位でしたけどね」
あぁ駄目だ。口が止まらない。
だって死ぬなんて怖すぎる。恐怖と混乱で頭がぐちゃぐちゃになって、胸が苦しくて、黙ったら逆に叫び出してしまいそう。
「みんな笑ってました。私、笑って捨てられたんです。お二人がここから逃げたら、復讐してくれとは言わないので、せめてあいつらの悪い噂でも流してもらえませんか? でないともう、死んでも死にきれないっていうか」
魔王様の手が腕の魔道具に触れた。唐突な動きに驚いて、喉がヒュッと音を鳴らす。
魔道具が消えた。
「え?」
突如起こる窓の向こうからの光と轟音。
爆発の余韻による耳鳴りの中、のんびりとした二人の会話が聞こえてくる。
「すごい破壊力でしたね」
「森にいた勇者達の上に捨てたんだが、思ったよりも威力が大きかったな」
「被害が無いか見てきます」
勇者達の上に、捨てた?
今の威力だと、跡形もないのでは?
いやいや、シールドさえはれば、何とか致命傷は防げる……かも?
それ以前にあの人たち、そんな瞬時にシールドはれるのかな?
……止めよう。
私は気にしない事にした。
だって、自業自得だし。
魔王様は、私ごと魔道具を転移させることが出来たのに、実際、転移させたのは魔道具だけ。
爆発物を持ち込んだ一行の一員だった私を見逃してくれたらしい。
「助けて下さって、ありがとうございます」
「良い。君は被害者だからな」
ふっと、美麗に微笑まれて、その眩しさに目がつぶれるかと思った。
魔王様が手足の拘束も消してくれたので、私は起き上がり、両膝をついて右手を胸に当てる。
「魔王様の優しさに感謝します。そして、今回は魔の森の視察と和平の継続による内容確認を交わすはずが、この様な事態となってしまい、申し訳ございません」
まさか、魔王城の破壊や、魔王様を傷付けるのが勇者達の目的だなんて、考えてもみなかった。
私の謝罪に魔王様は苦笑する。
「君に謝られてもどうしようもない」
ですよね。自己満足でした。すみません。
「できれば、その形式ばった言葉もやめてほしい」
私は喜んで承諾した。
敬語でさえ自信がないのに、どうにか、かしこまった言葉を探して、頭がこんがらがっていた所だ。
それにしても魔王様は麗しい。
褐色の肌は滑らかで、その上を絹の様な黒髪が流れ落ちている。
黒く長いまつ毛に縁取られた金色の煌めく瞳。すっと通った鼻筋に、薄く形の良い唇。
美しすぎて、ため息が出る。
許されるならずーーーっと見ていたい。
「お前、怖くないのか?」
「そうですね。怖いくらいにお美しいと思います」
咄嗟に心のままに答えてしまった。容姿の話で合っていたのかな?
「美しい?って、どこが」
「簡単に言えば、顔と髪と体のバランスと……あ、手も綺麗ですね。声も」
「違う違う」
いや、違いませんから。
好みの否定されると、ちょっとイラッとくるよね。
「見る場所がおかしい。この角、尖った爪、尻尾、牙だってあるし、ほら目も普通じゃ無いだろ?」
あぁ。そういう事か。
私が思案していると、魔王様がしょんぼりとした。
「怖いだろ?」
「可愛いです。とっても」
魔王なのにしょんぼりって、やばくないですか?
「かわっ?!」
そんで魔王様、真っ赤になっちゃったんですけど。
あ、口がむにゅむにゅしてる。
笑いそうなの堪えてる? これは、喜んでいるのかしら。
魔王様、ちょっと褒めただけですよ?
こんな事で喜んじゃうんですか?
簡単すぎでは?
それ以上に、可愛すぎでは?
魔王様のちょろ可愛いさに、私はどきどきした。
これは、魔王様の魅力を、もっと教えてあげなくてはなりませんね。
「角、つるんとクルンとしてて、可愛いです。サラサラの黒髪からちょこんと出てる様子も、とても愛らしいですよ。触りたいくらい」
「さわっ?!」
魔王様が、眉を下げて、目元を赤く染めて、プルプルしている。
なんてピュアな反応。
魔王なのにピュア。ギャップ萌え。
褒められ慣れてないのかしら?
まぁ、角とか生えてるの、動物と魔物以外で見たことないものね。
魔王様にとって、この容姿は特別ってよりコンプレックスなのかな。
こんなに、お美しくて可愛いのに。
「さっ……触る、か?」
魔王様がお辞儀をする様に、軽く頭を下げてくれた。黒髪が肩からサラリと流れ落ちる。
畏れ多さに慄いた。
それなのに。
何という事でしょう。手が、手が、誘惑に抗えない。
本当に、良いの?触っちゃって、良いの?
戸惑いつつも、指先で、するり。
魔王様がふるるってした。
「……どうだ?」
「つるつるすべすべで良い感じです。魔王様は?」
「良い感じだ」
「……」
何だろう。
私も顔が熱くなってきた。
居た堪れなくなって、手を引くと、魔王様が残念そうな顔をする。
きゅんっ。
私は胸を押さえた。
「爪はどうだ」
どうだ?
「そう、ですね。魔王様の大きなすらっとした手を見ると、猛禽類を連想します。とてもかっこいいです」
動物に例えるのって、失礼なのかな?嫌な思いさせたら申し訳ない。
「かっこいい……」
「流石に刺さったら痛そ」
「刺したりしない!」
私の手を掴む魔王様。
「ほら大丈夫だろう?刺さったりしない」
美形に優しく手を取られ、すらりとした指が私の手の甲をそろりと撫でて、星が煌めく瞳に至近距離で見つめられる。
これは、動揺する。
「そ、そうですね、大丈夫」
赤面しながら、カクカク頷く私。
「目は?」
目? あ、瞳孔が縦って事?
「ねこちゃん」
キュワッと瞳孔が開いた。
その深い色と周りの煌めきが凄い。吸い込まれそう。
「きれい……」
じわりと黄金色が滲む。瞬きでまつ毛も潤って、キラキラしている。
褐色の肌が火照ったように色付いていて色っぽい。
私の言葉でこんな風になっちゃうの?
なんかもう。
「好き」
「っ!?!!」
ちょろいのは私の方だった。
読んでくださり、ありがとうございました。
魔王様の可愛さ、伝わりましたでしょうか?
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最後までお読み下さり、ありがとうございました。




