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魔を従える少年  作者: ミルク星人
原初の悪魔
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4話 インバ

4話 インバ


  聖光歴1247年

今から50年前の話である。かつてインバはグレゴ戦王国に住む貴族の妻だった。貴族階級の中では中流ではあったが、3000人ほどの領民が住む領地を治める貴族であり、他と比べても平々凡々なただの貴族であった。

インバも家族を支える良き妻として民衆にも慕われており、苛烈な競争が望まれるグレゴ戦王国においても平和に住んでいた。長閑な風景が、どこにでもある日常がそこにはあった。

………インバに魔力がないことを除けば。


 インバは生まれながらに魔力がなく、本来であれば穢れたものとしての烙印を押されるはずだった。

だが、インバを哀れに思った両親はその事実を隠した。

インバの両親は神ミスラを疑ったことはないが、魔力がないだけで人と見做されないことに常々疑問を抱いていた。同時にその疑問をわざわざ世の中に訴えるほどのことでもないとも考えていた。

仮に世の中にこの疑問を投げかけても返ってくるのは教会の異端審問であり、殺されるか、穢れた地に送られることは明白。

ただ疑問に思うだけでいい。ほんの少し憐憫を抱いてるだけでいい。

インバが生まれるまでそれで良かったのだ。


 幸いにもインバの両親は貴族であったため、インバの魔力がないことを隠すことにかなりの苦労を要したが不可能ではなかった。

両親はインバの魔力がないことを生涯誰にも漏らさないことを誓った。日常のあらゆる行動に気を遣い続け、そしてインバにも常に気を張るように、言い換えれば嘘をつき続けるように求めた。全ては子どもを守るために。


 そしてインバが16歳になった年に、両親にとって人生最大の幸運が舞い降りる。

貴族の中に神ミスラの考えに疑いを持つ稀有な男を見つけることができたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。娘の長い人生で事情を理解してくれる者はきっと現れないだろう。

嘘をつき続けることの心理的ストレスによって、心を壊し廃人となることは珍しいことではない。精神に異常がきたしてもなんらおかしいことではないのだから。


 両親はすぐさまコンタクトをとり、インバとの婚姻を進めた。そしてインバが家族以外の理解者に出会ったことによって覚えた感激は、生涯忘れることはないだろう。

張り詰めた人生に生まれた安らぎの時。しかし、両親はそれでも周りにバレないように気を配り続けた。魔力がないことがバレた者がどのような末路を辿るかを知っていたからだ。

だがインバは知らない。魔力がない者がどのような結末に辿り着くかを。両親はインバを不安にさせないために、穢れた者がどのような目に合うかを伝えなかった。

だからインバは思ってしまった。


 魔力がないことを理解してくれる人は世の中にいるのではないか。


 結婚して12年。インバは当時28歳になった年に、インバの両親は周りに気を許さない心労で早くにこの世を去った。

両親が死んだ心理的ダメージはインバを弱らせた。そんなインバを支えてくれたのは、夫とインバのメイドであるメリナであった。

メリナはインバが10歳の時から使えてくれている同年齢のメイドであり、インバとは長年の親友関係であった。だからインバはつい秘密を漏らしてしまう。両親の死、夫という理解者の存在がつい気を緩ませていた


「これからもよろしくねメリナ。私は、少し他人と違って魔力がなくて……。夫以外にも理解者が欲しいの。嘘をつき続けるって本当に潰されそうで…

メリナなら分かってくれるよね?これからも私とよき親友でいてちょうだいね」


インバがマルメット村に前日の最後の会話である。インバの夫は穢れた者を隠匿した罪で死罪となった。


 インバはマルメット村に送られた。そこからの人生はまさに地獄。初めは絶望に心を囚われてしまい、何もできずただ寝込んでいる日々が続いた。そんな彼女を動かしたのは、なにか食べるためには働かなければならないという現実と空腹という原始的な欲求。

ただ、インバには自分でも気が付かなかった才能が有った。先代の産婆と薬師から技術を学ぶことで、村には欠かせない役割を担い一定の地位を得ることに成功したのだ。


 だからこそマルメット村の中でも周りとは違う、自分には価値がある存在であるという無意識の優越感が生じていた。自覚はしていない。けれども自分は害されることはないという打算があったからこそ、村で起きたあらゆる不幸に対して憐れみを覚えることが出来、傍観者に徹することが出来た。口ではやめるように言いながらも、直接不幸を止めるような行動はとらなかった。知らず知らずのうちに自分の価値が下がらないように行動をしてしまっていた

そして気づいたころには、村から生贄を出すときに暴れさせないための睡眠薬を提供するようになっていた。インバがただの可哀そうな被害者ではなく、生贄システムに加担する側になったことに齢50歳を越したころに気が付く。


 当時のインバは思った。自分が恐ろしい。

マルメット村で何とか生きていけるように努力をしていただけなのに、気づけば嫌っていた生贄システムの一部になり果ててしまい、善人とは言えなくなってしまっている。そんな後悔で苦しんでいる時に1人の女が訪ねてきた。

それがミリオネーラとの出会い。


「あなたがインバさんで間違いないでしょうか?実は怪我をしてしまったので薬が欲しくて。薬の代わりになるものは無いのですが、どうか貰うことはできないでしょうか?」


「・・・・あ、ああ。いいとも。薬だね、分かったまずは怪我をしている個所を見せてくれないかい?」


 インバは目の前のミリオネーラを見捨てることは出来なかった。今までも無償で薬を渡していただろうか?思いだそうとしても頭に霧がかかったように思い出せないが、おそらく渡していなかったのではないかとインバは考える。傲慢だった。穢れた存在としてこの世の最下層に落とされたはずなのに、気づけば自分も誰かを見下せる場所にいた。

実際に見下していたかは関係ない。今まで気が付かなかったことが、恐ろしく、そしてとてつもない罪を犯した罪人であったようにインバには思えた。

だからこそ、ミリオネーラが自分の前に現れたことがインバの人生のターニングポイントであり、見捨てないことが自らの贖罪に繋がるという確信をインバは覚えたのだ。


 ミリオネーラは村の中でもずば抜けた美人であった。だからこそ村を治める犯罪者達からの性的な関心を寄せられ、村の女からは嫉妬を集めた。最初は1週間生きていくのに困らない食糧や日用品と引き換えに、犯罪者はミリオネーラと性的関係をもっていた。代わる代わる行われる犯罪者とのセックス。ミリオネーラも嫌がっていたが、生きていくに困ることは無かったので不満を心に収められた。

そんなミリオネーラに同情する女はおらず、彼女への嫉妬から村である言葉がささやかれ始める。


「私たちをゴミのように支配する犯罪者に股を開くミリオネーラこそ、この世で最も悍ましく穢れた存在なんじゃないかしら」


 徐々にこの言葉がマルメット村に浸透していく。彼女は村で一番の穢れた存在となった。そんなミリオネーラと多くの食糧と交換してまで売春しなくてもよいのではないか。犯罪者にも都合が良かったので噂に乗っかることにした。

1食分にもならない食糧で彼女は性行為を強要された。穢れた存在でも顔はいいのだから。人間の醜さが煮詰まった環境がミリオネーラを取り巻いていた。


 そんなミリオネーラををインバは救いたかった。今度こそ自分の人生が間違いではないことを証明するがごとく、彼女は村に訴える。村の女にはミリオネーラの地位が回復するように働きかけた。村を支配する犯罪者にはミリオネーラに性行為をしないように直談判した。

しかしインバの行動の悉くが失敗。それでも止まらないインバの行動をとめたのは他ならぬミリオネーラであった。


「もうこれ以上の無理はしないでください。これ以上はインバさんが村から嫌われてしまいます」


「しかしもうお主の体と心は限界なんじゃぞ。お主を助けるためにもやめることはできん」


「ですが、私のように村中から嫌われてほしくはないのです!」


「それでもじゃ!!わしにはやめられん。お主には・・・ミリオネーラにはどうしても生きてほしい・・・」


「その気持ちはとてもうれしいです。ですが私は長生きできません。自分でもわかる。

それよりもお願いが1つあるのです」


「・・・・お願い?何じゃ?」


「私の子どもが産む手伝いと面倒をお願いしたいです」


「なんと、子どもがおるのか!父は・・・・いや、なんでもない、、聞かなかったことにしてくれ」


「どうかお願いします。この子にはインバさんしかいないのです」


 こうしてインバはアルスロットの育ての親になった。そしてインバにとって人生最後の決断の時が訪れようとしていた。

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