3話 生贄
3話 生贄
マルメット村の8割は、武王グレゴリウス1世が治めるグレゴ戦王国から追放された人族である。そして残りの2割が、盗賊、泥棒、殺人鬼などの犯罪者で構成されている。この2割の犯罪者の人間が、マルメット村を統治する支配者として幅を利かせていた。
彼らは全員グレゴ戦王国で捕まえられたもの達であり、マルメット村には国からの刑罰として村の統治を言い渡されていた。
なぜ犯罪者に統治を任せるのか?
それは、戦王国の人族の誰もがマルメット村のような穢れた地を統治したくなかったからである。彼らは同じ人族であるが、劣等種族とされるドワーフや獣人以下の存在。唾棄すべき存在である彼らに、関わることさえもが不名誉とされた。だからこそ刑罰として犯罪者に統治させていたのだ。
もちろん犯罪者であるため、戦王国から見下される存在ではあるが、そんな犯罪者の彼らでさえ村の住民よりはマシといえる。
彼らは殺すことは禁じられているが、特権として多少の暴力どころか略奪、強姦などあらゆる犯罪行為が許されていた。
穢れた者が集まる村を治める必要が戦王国にはあった。ただ単に、奴隷以下の存在として奴隷のフラストレーションを解消する以外の理由があったのだ。
言い換えるとフラストレーション解消のためであれば、わざわざ犯罪者を刑罰がわりにしてまで村を治める必要がない。殺すことを禁じる必要がない。
では、なぜ村に集めさせていたのか?
それは、彼らが王国が行う延命儀式の生贄に必要であるからだ。国王グレゴリウス一世と、その側近、大貴族たちは、グレゴ戦王国の建国以来、一度も代替わりしていない。1年に2度行われる儀式によって、彼らは老いることなく国を支配し続けた。
奴隷以下の存在を作り、穢れた存在として村に集める。奴隷の溜飲を下げつつ、国上層部の延命儀式の材料として使う。
このようなシステムは、ミスラを主神に据えた全ての国で運用されている。
当たり前である。国を治める我ら尊き支配者が、愚昧な民衆を導くために、より良い世の中を作るために、ミスラが目指した正義の世の中を体現するために必要な犠牲である。
そのような考えを国王を含め、側近、大貴族の全ての人間が意識・無意識に関わらずもっていた。
黎明戦争終結後は、愚かなアルシエルを信奉する信者を使えばよかった。戦争の生き残りや捕虜を使えばよかった。
だが、300年が経過した時に、アルシエルを信奉する材料の全てを使ってしまった。
彼らは次の生贄を探すために、何十回と会議が開いた。ただ我が身が可愛く、死にたくないという理由だけなはずなのに。
国の指導、政治、正義などの虚飾を重ねて、さも正しいことをしているかのように、彼らは醜悪な顔を並べて会議を開いた。会議の最中に戦王国のある貴族が悪魔的な案を思いつく。国を治める者達にとってはこれ以上ない妙案を。
「主神であるミスラは、我らに正義の世の中を体現することを期待しています!であれば戦王国に住む者すべてに、正義を体現することが神命として課せられているはずです。
………ですが、魔力がない者や素養がない者達は、果たしてミスラが期待する正義を体現できますでしょうか?力無き者どもに神命を体現する力がありますでしょうか?
あるはずがありません。であれば神命を果たさない彼らは神への叛逆者、神敵です。穢れた存在です。
我らが今後もより良き国を作っていくために、彼らを今後の生贄にするのはいかがでしょうか?」
福音であった。たかだか300年で我らの命を終わらせていいはずがない。即座にこの案は採用され、翌年より生贄システムが運用されるようになった。
支配者にとっては幸運なことに、国に住む者にとっては不安なことにこの生贄システムは王国の発展に寄与した。
少しでも落ちこぼれると生贄にされる。穢れた者と皆に思われる。そうならないために、少しでも努力しなければ、国に尽くさなければ、自らの価値を証明しなければならなくなった。
住民同士で監視し、少しでも欠点があれば国に報告する監視社会の構築。
国民全てが強制的に努力することでの国力の増加。
貴族も目障りな家があれば、謀略に嵌めることで魔力なしと判定させて敵対する家を潰すことで先鋭化していった。
下の立場のものを這い上がらせないように叩き、下のものはさらに下のものを叩く地獄のような連鎖。
何度も言うが、生贄システムは国の支配者にとってはひたすらに都合がよかった。
それが約900年前から連綿と続く生贄という呪い。膨大な犠牲者の数は記録に残されていないので不明である。




