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04.気づかぬ偉業

 ウインディア王国では、魔物の多くがダンジョン内に現れる。

 だが稀に、ダンジョン外部にも強敵が生まれ出る場合もある。


「おい、その話は本当か!?」

「ああ間違いない! 確かにこの目で見た!」


 二人のベテラン冒険者が、大慌てで森を駆けていく。


「それならAランク冒険者、いや最悪を考えて王国騎士にも助けを求めた方が良さそうだ」

「ああ、もう二人伝令に向かわせてる」

「よりによってキングオーガが出てくるとは……下手すれば大量の犠牲者が出るぞッ!」


 深夜の森。

 突然訪れた危機に、流れ出す不穏な空気。

 そこには、危機を伝えるために駆ける冒険者たちの姿があった。

 そんな二人から離れること、数百メートル。

 同じ森を疾駆する、一体の甲冑。


「さあ、ここからだ!」


 迫り来る木々。

 その狭い隙間を、わざと鎧の端を掠らせるくらいの感覚で軽快にすり抜けていく。

 滑走スキルは、その速度すらも思い通りにすることができる。

 視界が開けたところで、一気に速度を上昇。

 そのまま加速に任せて跳躍する!

 転がっていた大岩を悠々飛び越え、空中で一回転。

 フルプレートの後方宙返り。

 信じられないような軽業を見せつつ着地すると、そのまま滑走状態を維持する。


「よーし完璧だ!」


 ルカは【跳躍滑走】のスキルを、すっかり我がものとしていた。

 滑走により大きく広がった行動範囲を、今夜も自在に周遊する。


「…………なんだ?」


 するとその目が、一つの大きな影を捉えた。


「あれは……オーガか!?」


 予想外の難敵を見つけて、思わず滑走を止める。


「ギルド近くまで出て来るなんて、めずらしいな」


 ルカはここで、冒険者でないがゆえの致命的な勘違いをした。

 目の前に現れたのは確かにオーガだが、その中でも別格の力を持つ個体キングオーガだ。

 それは三メールに届こうかという巨躯に、異常発達した筋肉をまとう悪鬼たちの王。

 首に下げた石の首飾りと、その手に握られた重厚な大剣こそが王たる証。

 その姿を拝むことができるのは、一流の冒険者のみ。

 ダンジョンの下層階でようやく、稀に見られるくらいの大物だ。

 もちろん下手な冒険者が相手にしていいような魔物ではない。

 不運にも相対してしまったら、死に物狂いで逃げるのが鉄則。

 それにもかかわらず。


「このままにしたらギルド付近の住民が危ない。それに……この鎧が一緒なら」


 ルカはやはり冒険者ではないがゆえに、ありえない決断をしてしまう。


「…………勝負だ」


 その進行方向へ先回りして、足を止めた。

 走る緊張に、ノドが鳴る。

 何せダンジョン前ギルドで働き出してから、初めての実戦だ。

 自然と、鼓動が激しさを増していく。


「来た……」


 やがて、堂々たる歩みと共にキングオーガがやって来た。

 その目に捉える。自分を待ち構えるかのようにして立つ、武骨な全身鎧の戦士を。

 どちらともなく、構えを取る両者。

 キングオーガは巨大な剣を、ルカはインベントリから取り出したハンマーを手に間合いをはかる。

 静まり返る、夜の森。

 ぽっかりと空いた平地にて、両者は同時に動き出した。


「はああああ――っ!!」


 先手を打ったのはルカ。

 滑走で一気に距離を詰め、ハンマーを上段から叩き込み行く!


「ッ!!」


 その意外な挙動と速度に虚を突かれたキングオーガは、これを巨剣の峰で受け止める。

 始まる異色のつばぜり合い。

 それは、あまりに無謀。

 剛腕を誇るキングオーガ相手に、力勝負を挑むなど愚策以外の何物でもない。

 しかし……。


「オ……ラァァァ……!!」


 まさかの均衡。

 それどころか徐々に、キングオーガが押されていく。

 ありえない事態にわずかな驚愕を見せる鬼王。しかし。


「ハンマーが!?」


 根負けしたのは、ハンマーの柄の方だった。

 ヘッドが地に落ち、ルカはバランスを崩す。

 キングオーガはその隙を逃さない。

 豪快な風切り音を鳴らしながら、手にした巨剣を薙ぎ払う!


「ッ!!」


 剛腕から放たれるその一撃は、岩をも砕く。

 しかしルカは――。


「来いっ!!」


 ハンマーの柄を投げ捨てると、なんとその一撃を甘んじて受けにいく。

 浅はかとしか言いようのない判断。キングオーガは超重量の一撃を叩き込む!


「……ッ!?」


 しかし人間など盾ごと分断する必殺の薙ぎ払いは、鈍い音を立てただけ。

 武骨な鉄の鎧と【耐衝撃】によって、完全に受け止められていた。

 強靭な体躯から放たれる豪剣ですら、ルカにはダメージ足りえない。

 驚きに表情を変えるキングオーガ。

 その脇腹に、ルカの拳が突き刺さる。


「グォッ!!」


 キングオーガは、ルカに向けて左の拳を振り上げる。


「させるかあっ!!」

「ッ!?」


 常人であれば一撃で内臓を破壊され尽くすほどの一撃はしかし、【パワーレイズ】の載った右手一本で受け止められた。

 そのまま始まる、文字通りの力勝負。

 ……いける!

 やはり力負けはしていない。

 ルカは滑走で一気に後方へ下がると、今度は全力の低空跳躍で最短距離を行く。

 弾丸の様な勢いで迫るルカが【パワーレイズ】と共に放つは、強烈な掌底!


「グァガッ!!」


 弾き飛ばされた悪鬼の王へ、さらに追い迫っていく。

 一直線に距離を詰め、急加速。


「ッ!?」


 突然の加速で再び虚を突かれたキングオーガに、右拳が突き刺さった。

 大きくたたらを踏んだところにもう一撃、左の拳を叩き込んだところで旋回するように距離を取る。

 するとキングオーガが力任せに振り回した大剣は、むなしく空を薙いだ。

 ルカは再び前方へ。

 迫る剣をかわし、短い跳躍によるタックルでキングオーガを弾き飛ばす。


「このままたたみ掛ける!」


 地を滑り、真正面から追い込んでいくルカ。

 そんな敵手を前に、キングオーガは地面に剣を突き刺した。


「……なんだ?」


 まるで勝負をあきらめたかのような素振り。

 しかしその直後、ふくれあがる圧倒的な気迫に悪寒が走り抜ける。

 突き出したキングオーガの両手に、強烈な深紅の炎が燃え盛り始めた。


「炎! ファイアボルトってやつか!?」


 否。それはオーガのファイアボルトではなく、悪鬼の王が誇る最終奥義。

 敵を一発で灰にする灼熱の魔法・クリムゾンフレア。


「グルアァァァァァァァァ――――ッ!!」


 咆哮と共に放たれる、灼熱の豪炎。

 その禍々しい業火は、直撃すれば一瞬で敵を焼き尽くし、消し炭にする。

 自らの勘違いに気づかないルカは、真正面から灼熱の業火へと突っ込んでいく!

 そして、激突。

 赤熱の閃光が駆け抜け、弾けた炎が一気に燃え上がる。

 夜空は一瞬で焼き尽くされ、付近一帯は炭と灰に変えられた。

 直撃だった。

 それは魔法による支援があったとて、直撃すれば王国の騎士ですら焼き尽くす無情の焔。

 普通に考えれば、生き残るどころか人の姿を保つことすら不可能だ。

 ――――しかし。


「ッ!?」


 勝利を確信していたキングオーガは、我が目を疑う。

 今だ燃え盛る深紅の獄炎。

 そのど真ん中を突っ切って来る、一体の甲冑に。


「耐魔法……最高だっ!!」


 黒く煤けてこそいるが、その表面に大きな損傷はなし。

 あり得ない事態に、驚愕するキングオーガ。

 その隙を突くように、ルカは滑走の速度を上げていく。


「オラァァァァッ!!」


 腹部に叩き込む全力の鉄拳。

 体勢を崩したキングオーガは、慌てて後方へ大きく跳躍。

 もう一発! ここで勝負を決めるような『何か』があれば……っ!

 圧倒しているとはいえ、相手はその鋼の肉体を武器とするオーガの王。

 ハンマーを失ったルカには、決め手がない。


「何か、何かないか……ッ!!」


 するとその視界に、地面に突き立ったままの大剣が入ってきた。


「こいつだっ!」


 キングオーガの剣を手に取ったルカは、滑走の勢いのままに跳躍。

 今だ足をふらつかせている鬼の王に、全力で大剣を振り降ろす!


「これで……終わりだああああああああ――――ッ!!」


 一刀両断。

 あまりに重い一撃が悪鬼の王を、その無敵の肉体を斬り裂いた。


「グギャアアアアアアアア――――!!」


 凄絶な断末魔をあげながら、ヒザを突くキングオーガ。

 その巨躯が、音を当てて倒れ伏す。


「と、とんでもない緊張感だったな……」


 全身を痺れさせる激しい高揚感の中、大きく息を吐く。

 すると森にも、静寂が戻ってきた。


「……この剣、使えそうだな」


 キングオーガの残した銀色の大剣は、『王』の持ち物らしい瀟洒な文様が刻まれていて、なかなかの風格を感じさせる。


「インベントリ」


 武器として『キングオーガの剣』を収納。

 あらためて息をつくと、ルカは自作の鎧を見下ろしてみる。


「でも、一人でオーガに勝てるなんて……この鎧、本当に強いのかもしれない」


 ルカは冒険者ではない。

 だからまだ気づかない。その『鎧』の異常なまでの強さに。

 そして知らない。

 たった一人で、キングオーガ相手に無傷の勝利を飾る。

 これだけの奇跡を起こしてなお、この時点では基礎が完成しただけ。


【魔装鍛冶】のスキルはまだ、始まったばかりなのだということを。



   ◆



「間違いない、みたいだな」

「うん、キングオーガの首飾りだよ」

「でも、それならどうして討伐者は誰にも報告していないんだ? キングオーガを倒したとなれば報酬も出るし、ランク査定にも大きく影響するんだろ?」


 冒険者に連れられてやって来た、二人の騎士が悩む。

 なんてことはない。

 ギルドに連絡がないのは、キングオーガ討伐をなした人物が冒険者ではないためだ。

 ルカは、冒険者のシステムをよく知らない。


「おい、この燃えあとを見てくれ……相打ちだったんじゃないか?」


 昇り始めた太陽を背に、ベテラン冒険者が焦土と化した一帯を指さした。


「だとすれば、素晴らしい戦士を失ったことになるな。優秀な者が一人でも欲しい状況だというのに……」

「王国の方も大変なんだな」

「ああ。これほどの力を持つのなら、ぜひとも力を貸してもらいたかったのだが……」


 騎士は、悔しそうに唇をかむ。

 ――――一方その頃。


「んん……」


 当のルカはすでに宿舎へ帰還。

 さらなる鎧の進化を夢見ながら、寝返りを打っていたのだった。

お読みいただきありがとうございました。


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何卒よろしくお願いいたします。

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