32.最奥にあるもの
冒険者たちと別れたルカは、ユーリと共に48層を進んでいく。
「でも、なんだったんだろうな……あの悪魔」
「魔獣を使役するスキルもあるらしいから、その強力版と言ったところではないかな」
身体を魔物と共有できるが、最悪飲み込まれてしまう。
果たしてそれは、どんなスキルなのか。
今となってはもう、詳しいことは分からない。
「ここしか……なさそうだね」
49層へ降りるには、岩場に空いた穴に降りる以外の道は見つからなかった。
「でも、これはなんだ?」
足元に空いたその穴には、青みを帯びた白霧が充満している。
「これは瘴気だよ。吸い込めばたちまち身体を蝕んでいく悪い空気」
ユーリはそう言って息を吐く。
「これだけ濃いと視界も悪いだろうし、この瘴気層を無事に抜けるというのは難しそうだね……」
「どうすれば通れるようになる?」
「瘴気の発生源を止める他ないと思う」
49層は、未だ広さも構成も分かっていない。
下手に飛び込んだところで、瘴気で身体が動かなくなるまでに突破するというのは無理だろう。
ユーリは「ここまでか」と肩を落とす。
「瘴気の発生源を、なんとかすればいいんだな」
「待って、いくらなんでも無理だよ」
さっそく穴の中へ降りようと歩き出すルカの腕を、ユーリが慌ててつかむ。
「いや、大丈夫だと思う。この鎧【抗瘴気】って効果を持ってるんだ」
「抗瘴気?」
「瘴気に対して強力な抵抗が付くらしい。この手のヤツは毒を解消するガントレットも持ってるし、効果は間違いない」
「その鎧は一体どうなっているんだ……でも一応、すぐに戻れる位置で試してみてくれないかな」
心配そうな目をするユーリ。
ルカとしても、ここでその検証をするというのは悪くない。
【抗瘴気】の載った脚部を装着したまま手を瘴気につけてみたり、顔だけのぞき込んでみたりしてみる。
予想通り、影響はなさそうだ。
「よし、行ってくる」
穴の中へと降りたルカは、壁沿いに49層を進んでいく。
見通しは悪い。
だが岩に囲まれた狭い道が続くだけで魔物の姿はなく、瘴気が溜まっていること以外に問題はなさそうだ。
いくつかの角を曲がり、ひたすらに道を進んでいく。
するとやがて、四角い小さな空間にたどり着いた。
「……これが、瘴気の発生源?」
一面に張り付いた、青く透明な結晶。
その中央に、同じく八角錐型の大きな結晶が突き立っている。
瘴気を発しているのは、この結晶で間違いない。
「てっきり魔石脈辺りから出てるものだと思ってたけど……」
キングオーガの剣を取り出し、結晶の真ん中に突き刺す。
すると狙い通り、瘴気は消え去った。
やがてそのことに気づいたユーリが遅れてやって来る。
結晶の部屋から続く道の先には、円形の空間が一つだけ。
49層は、ここで行き止まりだ。
足もとにはしっかり均された床石と、刻み込まれた魔法陣のような紋様。
直径2メールほどの中央部分には、質感の違う石材が使われている。
二人がそこに立つと、紋様部分がゆっくりと降下を始めた。
「どれだけ降りるんだ……?」
思ったより長い搭乗時間に、ルカがつぶやく。
「この昇降機によっていくつかの層を飛ばして行くのか、深い地下にポツンと部屋でもあるのか、それとも……」
緊張に手を震わせ出すユーリ。
たどり着いた先は、狭い正方形の空間だった。
ただこれまでと大きく違うのは、何を表しているのか分からない不思議な文様と絵図が、壁一面に記されていることだ。
「大丈夫、魔物もいない」
一応先を確認。
この部屋から続くのは、狭い一本の道のみ。
天井の高さは人間一人分といった感じで、ここにも紋様がびっしり描かれている。
踏み出す二人。
狭い通路に足音が響き出す。
「ユーリ、大丈夫?」
ドンドン大きくなっていく震えに、ルカが声をかけた。
「うん。魔物がいるわけでもなさそうだし、少し緊張しているだけだよ」
「それでも何があるか分からないから――――気をつけて」
ハッと、顔を上げる。
それはダンジョンに向かう前にいつも、ルカにかけられていた言葉だ。
ユーリは慌てず、自身を落ち着かせる。そして。
「…………ありがとう。大丈夫だよ」
その言葉に初めて、同じ温度で応えることに成功した。
「今は、君も一緒だから」
念願だった。
自分の無事を思う言葉をかけてくれるルカに、素直に向き合える瞬間が来たらいい。
そんな思いは、今かなった。
思わず満面の笑みがこぼれる。
ブランシュの家を出て二年。
狂ったように続けてきたダンジョン攻略。
何度もケガを負い、何度も死にかけた。
だが、大切な出会いもあった。
これまでのことを思い返して、思わず感慨にひたる。
今そこにあるのは、求め続けた『大切な何か』への期待。
出口はもう、目の前だ。
「……ついに、知ることができる」
震える手を握りしめながら、ユーリはルカと共に狭い通路を抜け出した。
「「…………」」
その目に映った光景に、言葉を失う。
これまで通過してきたどの層よりも高さのある、巨大な空間。
「なんだ……あれ」
つぶやくルカ。
そこには、100メールに迫ろうかという体長を持った巨大な人型の化物。
それは魔獣か悪魔か、それとも魔人か。
大きな角を持った化物。
頭部が羊の骸骨のような化物。
くちばしのような口を持った化物。
三体もの巨人が並んでいる。
見上げても見上げ切れないほどの体躯。そこから発せられる膨大な生命力に、ルカはすぐさま気づかされる。
この鎧を着ていてなお、現状は『裸で猛獣の前にいる』ようなものだと。
これまで見たどんな魔獣、どんな敵とも……ケタが違う。
そして悪魔にも魔人にも見える三体の巨人はなぜか、信じられない大きさの鎖で壁に拘束されている。
そう、規格外の力を宿すその三体は皆――。
「生きてる……」
呼吸に合わせて静かに肩を揺らすモノ、目だけを動かすモノ、指先を震わせるモノ。
それぞれ方法は違えど、確かに生を主張している。
「これは……?」
灰色の壁に三体の巨大な『何か』が磔にされた異常空間。
その中で、ルカの目が捉える。
どこか場違いな真っ白な塗料で、壁の一部にされた殴り書き。
「なんだ、この見たこともない文字は」
巨大な三体の魔人を前に、残された謎の文字列。
それなりに世界各地から人が集まるギルドの職員であるルカにすら、かすかな見覚えすらない。
「一体、何が書かれているんだ……?」
「――――偉大なる犠牲を忘れるな」
答えたのはユーリ。
壁の殴り書きを前に一人、力なく崩れ落ちる。
「私は……」
憔悴を交えた、鬼気迫る表情。
自分自身を抱きしめるようにしながら、ユーリは嗚咽にも似た声をあげる。
「私は忘れている……とても、とても大切な何かを…………っ」
その日ついにたどり着いた、ウインディア王国ダンジョン最下層。
ガタガタと震え続けるユーリの腕を引き、ルカはギルドへの道を戻っていく。
最下層への到達は終わりではなく、物語の始まり。
そのことをまだ、ルカは知らない。
第一章 ダンジョンと魔法の鎧――――完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作はこれにて一度、終了となります。
お付き合いいただいた皆様には、とにかく感謝の一念です。
重ねて、本当にありがとうございました!