31.決戦
「取れない……っ!」
全身をつかんだ無数の血管を慌てて振り解こうともがくが、もはや身動きすら取れない。
ルカの身体は、どんどん飲み込まれて行く――。
「――――駆けろ十字星!」
手にした魔剣で、悪魔の血管を斬り飛ばす。
ルカの危機に飛び込んで来たのは、ユーリだった。
「ユーリ、助かった!」
拘束が緩くなった隙を突き、ルカは慌ててその場を離れる。
「大丈夫?」
「ああ、そっちは?」
「大丈夫だよ。でも、これは一体……」
分からないと、ルカは首を振る。
見ればレドもすでに、その身体を飲み込まれていた。
二人の人間を『喰らった』血管は、やがてその黒い外皮の中へと戻っていく。そして。
「――――ォォォォォ」
歪な巻角。赤く輝く塗料をぶちまけて描いたような目。
それにもかかわらず、口内に並んだ乱杭の牙は恐ろしいほどに生々しい。
頭部と四肢を持つがゆえに『人型』ではあるが、漆黒の外皮を縫うように走る太い血管が赤々と輝く。
そんな、一体の悪魔ができ上がった。
その模様のような目が、ルカたちに向けられる。
「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」
「「ッ!!」」
巨大化した右腕が、辺りを薙ぎ払う。
二人が後方への跳躍でかわすと、悪魔は続けて左腕を大きく振り上げる。
これを体勢を低くすることで回避。
爪に削られた天井が崩れ出すが、悪魔は止まらない。
落下物をかわしたユーリ目がけて再び腕を振るうと、その手から伸びた血管が岩を切り裂く。
ムチのような軌道で迫り来る血管を、魔剣で斬り飛ばすユーリ。
その隙に距離を詰めたルカは、キングオーガの剣で悪魔の本体を斬りつけた。
「こいつも……かっ!!」
【パワーレイズ3】をもってしても、深手は与えられない。
黒い外皮には、浅い傷がついただけ。
続け様に放った【魔力開放】ですら、その表面を荒く削っただけだ。
「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」
放たれる赤光の砲弾。
もはやこの悪魔に明確な目標なんてない。
ただ目に付いたものを狙って赤光砲を乱発するのみ。
次々に巻き起こる爆発。これをどうにか短く早い跳躍でかわすルカ。
すると悪魔が突然、その顔をユーリの方へ向けた。
「ユーリ!」
ルカはとっさにユーリの前に躍り出ると、その背にユーリを隠して【魔力開放・砲撃】を放つ。
相殺は不可能。
撃ちもらした赤光弾が足元で爆発し、衝撃が襲い掛かってくる。
「く……うっ!」
全身を揺さぶるその威力に、ルカは足をふらつかせる。
とんでもない威力だ。
新装備ですら、いつ打ち抜かれてもおかしくな……いっ!?
ようやく衝撃波が落ち着いたところで見えたのは、高く振り上げられた右腕。
「助かった! 私は大丈夫だ!」
その言葉に、ルカは即座に悪魔の『攻撃範囲』を脱するために跳ぶ。
ユーリも同時に『導きの十字星』による低空飛行でその場を離れる。
V字を描くように後退する二人。
「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」
真上から振り下ろされた巨碗は、足元にめり込むや否や盛大な爆発を巻き起こした。
「めちゃくちゃだ……っ」
悪魔の動きに理性はない。
目にした動くものを、ただ狂ったように破壊するだけ。
そして明確な対抗手段がない以上、このままではじり貧だ。
「……あの黒い外皮を、少しの間だけでも何とかできれば」
すると、ユーリがポツリとつぶやいた。
「何か考えが?」
「そこから内部に攻撃を叩き込めると思う。あの血管もそうだけど、おそらく内部はそこまで固くない」
「そういうことか、それなら外皮への攻撃は俺がやる」
「分かった。隙は……私が作る!」
そう言ってユーリは、腕を戻した悪魔目がけて真っすぐに駆け出した。
【大地駆ける星】による疾走。
赤光弾を華麗な身のこなしでかわし、中空へ。
悪魔の手から放たれた血管がユーリを捉えに行く。
これを導きの十字星を使った跳弾のような動きでかわし、そのまま特攻。
高速飛行で悪魔の目前にまで迫ると、駒のようにぐるりと一回転。
その左手には、レドの封魔剣。
「はあああああ――――っ!!」
次の瞬間、十数発の爆炎をため込んでいた封魔剣が猛烈な爆発を巻き起こし、無数の血管が焼け飛んだ。
「――――ィィィィイイイ!!」
悪魔も大きく後ずさる。
「「――――今だ!!」」
ルカの左腕にはすでに、オクタノヴァ鉱石製のガントレット。
「魔力装填!」
キングオーガの剣に魔力が装填されると同時に、全力の跳躍で悪魔に飛び掛かる。
今だ燃え上がる炎を切り裂くように宙を行き、キングオーガの剣を振り下ろす!
「――――ィィィィィィィィイイイイイイイイッ!!」
その強固な黒皮が、打ち破られた。
すると次の瞬間。
「駆けろ十字星――――ッ!」
ルカの刻んだ裂傷に、飛び込んで来たユーリの魔剣が突き刺さる。
「――――ブレイズ!」
すかさず放った爆炎によって悪魔の血肉が飛び散り、大きく体勢を崩す。
そこへ踏み込んで来たのはルカ。
「インベントリ……ミスリルガントレット!」
そのまま左手を悪魔の腹部、ユーリの攻撃によって大きく割れた箇所に突き付ける。
これまでずっと、一人きりで戦ってきた二人。
まるで、呼吸を合わせたかのように。
「――――魔力開放ォォォォッ!!」
「――――ブレイズ!!」
全力の一撃を叩き込む。
爆炎と共に放たれた魔力光が悪魔の背を突き破り、中空に光の飛沫を噴き上げる。
まるで時間が止まったかのような静寂の後、悪魔の身体から赤い光が消えた。
動きを止めた悪魔の身体がボロボロと崩れ落ち、砂へと変わっていく。
荒い息を吐くルカとユーリ。
こうして、戦いは終わった。
◆
帝国の使者レドと、将軍バアル・ベラフマー。
そしてウォンクルスと呼ばれていた悪魔。
激闘を終えたルカとユーリは、倒れた者たちの安否を確認した。
深手を負った騎士たちは、意識が戻っていないものの息がある。
重傷を負ったジュリオも、すぐにギルドへ連れ帰れば助かりそうだ。
「あー、痛てててて」
そんな中でも、ほぼ無傷と言っていいのが元金髪ことテッド。
彼に至っては吹き飛ばされた際に、ちょっと強めに頭を打った程度だった。
「こりゃ今日はここまでだなぁ」
テッドの言う通り、この状況ではダンジョン攻略を中断する他ない。
やるべきことは早い撤収だ。
しかしそんな中。
「私は……最下層を目指したい」
その瞬間を目指し続けて来たユーリが、つぶやいた。
「勝手なことを言って申し訳ない。もちろん、一人で行くつもりだ」
声をあげる者はなし。
この異常な状況下で、安易なことなど言えるはずがない。
「……もう終わりは近い、そんな気がして」
46層辺りから、明確に狭まってきたダンジョン。
銀狼ただ一匹が待ち受けていた48層。
ここまでの構成を考えれば、確かにその可能性は高い。
「いいんじゃねえか」
沈黙を破ったのは、テッド。
「レッドフォードとアレックスが軽傷で済んで良かったな」
そんな適当にも聞こえる言葉に、レッドフォードが続く。
「ここへ来るまでに目ぼしい大物は倒して来た。俺たちなら問題なく戻れるはずだ」
実際付近の階は、銀狼の死に魔物たちが気づくまでは静かだろう。
ミノタウロスのような大物もすでに倒されているし、その復活にはまだ時間がある。
そしてこのメンバーなら、40層まで戻ってしまえば問題なし。
「そーいうことだな。そっちもルカ先生が付いて行きゃ問題ねえんじゃねえか。何せ、あの帝国将軍をやっつけちまったんだからよ」
ルカは静かにうなずいた。
「まったくとんでもない鎧鍛冶がいたものだ。まさか一度ならず二度も助けられてしまうとはな……戻って来た時は、最下層の話を聞かせてくれ」
「お願いしますよ、ルカ先生」
先頭をレッドフォード、殿をテッドとアレックス。
ルインと残る二人の上級冒険者が、気を失ったままの騎士たちを抱えて帰路につく。
「……いいの?」
残ったのは、ルカとユーリの二人だけ。
「……これでもさ、昔は王選騎士になりたかったんだ」
そう言って、ルカは歩き出す。
「こんな時、譲れない想いを抱えた人の助けになれるようにさ」
探査団と別れた二人が目指すのは、ウインディア王国ダンジョン最深部。
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