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30.帝国将軍vs鎧鍛冶

「ウインディアとやらも、あっけないものだな」


 魔剣イクスプロジアの爆破攻撃によって破れた上着。

 鋼のような筋肉をまとった男の肉体には、無数の魔法陣が刻まれていた。


「無様だ」


 倒れ伏す騎士や冒険者たちをつまらなそうに見下した後、バアル・ベラフマーは冷徹な視線をルカに向ける。


「あとはギルドのヤツらを皆殺しにして、施設を奪うだけ」


 帝国将軍。

 それは世界に名を轟かせるガルデン帝国が誇る、最強の『矛』


「行かせるものか……っ!」


 誰もが恐れ慄く脅威の前に、ルカは一人立ちふさがる。


「なんだ、ギルドに特別な人間でもいるのか? 名を聞かせろ。そいつは特別に――――誰より惨い殺し方をしてやる」

「ッ! お前は……俺が止める」


 バアルはまたも、つまらなそうにため息を吐く。


「そんな言葉はこれまで千と聞いてきた。そして誰もが無様な死に方をさらしてきた。貴様ら弱者とオレの間には覆しようのない差が存在する。これから始まるのは戦いではない……一方的な虐殺だ」


 バアルは、黒鱗の悪魔を呼び寄せる。


「――――ウォンクルス」


 巻角の生えた頭部に空いた二つの穴が、赤く輝く。

 ぶつ切りの下半身から垂れた灰色の血管を揺らしながら、悪魔がバアルの背に控えた。


「貴様はせめて、薄汚い鳴き声をあげてオレを楽しませろ。これは――――命令だ」


 バアルがそう告げると突然、背後のウォンクルスが赤光の砲弾を吐き出した。


「ッ!!」


 慌てて回避する。

 巻き起こる爆発。次の瞬間、目前にバアルが飛び込んで来た。


「灼手」


 腕に描かれた魔法陣が鈍く輝く。

 直後、重たい音を鳴らして拳が叩き込まれた。


「ぐっ!?」


 腹部に強い衝撃が走る。

【耐衝撃2】でも、これだけのダメージを!?

 その恐ろしい攻撃力に驚きながらも、ルカは反撃に移る。

 振り上げた左拳がかわされると、インベントリに戻しておいたキングオーガの剣で横なぎを仕掛ける。

 その切っ先は、懐に潜り込んで来たバアルの頭頂部をかすめていった。

 直後、回し蹴りがルカの側頭部に叩き込まれる。


「うぐっ!」


 ぐわん、と視界が揺れた。

 そこへ拳による連打を叩き込み、掌底へ。

 強烈な一撃に大きく後ずさるルカ――――の足もとにかかる影。


「ッ!?」


 振り返るとそこには、初見の倍はあろうかという巨躯を誇るウォンクルス。

 体躯を大きく伸長させた悪魔が、巨碗を振り上げていた。


「二対一だ」


 つぶやくバアルの声に、かすかに混じる嘲笑の色。

 慌てて巨碗の一撃をかわす。

 叩きつけられた悪魔の碗が砂煙を上げる中、再び放たれる赤光砲。


「ッ!!」


 これをギリギリで回避すると、飛び込んで来たバアルの蹴りが再びルカの頭を捉えた。


「ぐああっ!!」


 蹴り飛ばされた先は、またもウォンクルスの射程内。


「く、うっ!」


 振り回された悪魔の爪が、ガリガリと鎧の表面を削り取っていく。さらに。


「背中がガラ空きだ」

「ッ!」


 ルカはすぐさまバアルの方へ視線を向け、スレスレで拳打をかわす。


「いいのか? ヤツに背中を向けて」


 続く蹴りを弾くと、足元に大きな影が伸びる。


「くっ、それなら――っ!!」


 もてあそぶような口ぶりのバアルを斬り上げでけん制したルカは、即座に剣をインベントリに戻す。

 そして左腕を『ミスリル』に替えつつ振り返ると――。


「――――魔力、解放ォォォォッ!!」


 目前のウォンクルスを、魔力砲で消し飛ばした。


「なんだと……?」


 まさかの事態に驚きを見せるバアル。

 ここでルカは攻勢に転じる。

 ガントレットを再びダマスカスに交換。

 速度を上げた低空跳躍で一気に距離を詰め、放つは全力の薙ぎ払い。


「チッ!」


 バアルは灼手でキングオーガの剣を受けた。

 驚くべき硬度、しかしルカは止まらない。

 さらに踏み込み、体重を乗せた斬り降ろしへとつなぐ。

 これを再び灼手で受けにきたバアルを前に、インベントリを発動。

 キングオーガの剣に代わり、ひたすら重く大きなハンマーが握られる。


「……なに?」


 剣で斬れないのなら、馬鹿みたいな重量で勝負。


「グッ、ガアッ!!」


 地を転がるバアルに、追い打ちをかけに行くルカ。

 その視界を、赤い輝きがかすめた。

 振り返ると同時に、ウォンクルスが放つ赤光。


「ッ!?」


「言っただろう? ヤツに背中を向けていいのかと」


 蘇ったウォンクルス。

 しかしこの状況は三回目だ。ルカはミスリルに換えた左手を突き出すと――。


「魔力開放――――キャノン!」



【魔装鍛冶LEVELⅤ-Ⅲ.魔力開放・砲撃】



 それは新たな派生スキル。

 放った魔力の砲弾が赤光弾にぶつかり、猛烈な爆発を巻き起こした。

 二人の間を吹き抜けていく爆風。

 鎧鍛冶ルカ・メイルズが、無敵と呼ばれる帝国将軍を上回り出す。

【滑走】で一気に距離を詰め、振り下ろした剣が受け止められたところで突き出す左腕。


「ッ!!」


【魔力開放】の威力を知るバアルは、とっさに射線上から飛び出した。

 それこそがルカの狙い。

 この無理な回避による隙を突いた振り払いが、バアルの胸元を切り裂く。


「ぐっ! ウォンクルス!」


 踏み込んで行くルカの目前に現れる、漆黒の巨碗。

 地面から突き出して来た悪魔の腕は、ナディアを一発で打ち倒した必殺の一撃だ。

 ルカはここで大きく跳躍し、迫る腕をスレスレで飛び越えた。

 中空から迫るルカの手には、キングオーガの剣。


「こい……つ!」


 バアルは灼手でこれを受ける。

 すると次の瞬間、忽然とキングオーガの剣が消えさった。

 ルカは振り下ろした両手で、柄を握り直すと――。


「はああああああああ――――ッ!!」


 返す『槌』

【パワーレイズ3】を駆使し、巨大ハンマーを全力で振り上げる。


「なんだと!?」


 問答無用の一撃に再び弾き飛ばされたバアルは、その背を壁に打ち付けた。


「グフッ、ガハアッ!」


 足元に、ボタボタとこぼれる血。

 帝国将軍が、鎧鍛冶に圧倒されている。


「……褒めてやろう。貴様ごときがオレに手傷を負わせるとはな。特にその妙な鎧、防御はなかなかのものだ」


 誰もが目を疑うような状況を前に、しかしバアルの態度は変わらない。

 あくまでルカを『格下』と見下したままだ。


「だが。オレが殺すと決めた以上、弱者である貴様が惨たらしく死ぬことに変わりはない」


 全身に刻まれた魔法陣が、光り出す。

 ウォンクルスが消え、バアルがドクンと大きく一度痙攣した。


「見せてやろう。強者との絶望的な差というものを」


 身体が節ごとに盛り上がり、その体躯はあっという間に二回り以上大きくなる。

 外皮は漆黒へ変わり、全身に刻まれた魔法陣が赤く明滅。

 頭には不吉な巻角が生え、その目も爛々と輝き出す。


「悪魔と、一体化した……っ!?」

「……こうナったらもう、加減はできナイ」


 黒い悪魔が、ルカに赤眼を向ける。


「汚い鳴き声ヲあげて死ネ。コレは――――命令ダ」

「ッ!!」


 ドン! と強烈な破裂音と共に、黒い悪魔が跳び込んで来る。

 その巨躯に見合わない驚異的な速度に、ルカは慌てて飛び下がる。

 直後、輝く灼腕が地を砕く。

 すると地面から荒々しい赤光の柱が噴き上がり、ルカは弾き飛ばされた。


「ぐああああっ!」


 黒い悪魔は地面を蹴り、すぐさま追いすがって来る。

 振り上げられた左腕をルカがかわすと、続けて右腕が振り下ろされる。

 これをキングオーガの剣で受け止めると、バアルが口を開いた。

 その口内に、輝く赤光。


「マズいッ!!」


 とっさに跳び下がる。

 放たれた赤光砲は肩口をかすめ、後方の壁に大穴を開けた。

 さらにバアルの右腕が、大きく隆起する。


「この距離……まさかッ!!」


 煌々と輝く爪が描き出す、荒々しい赤の軌跡。

 距離を選ばない灼腕の一撃が、天井から壁を通り足元まで深々とした傷を刻み込む。


「うああああああ――――ッ!!」


 地を転がったルカはそれでも、追撃に来たバアルを引き付けたところで身体を一回転。

 レベル3の【パワーレイズ】で渾身の斬り払いを放つ。


「ムダだ」


 明滅を続ける灼腕が、これを止める。


「それならッ!!」

「そレも、ムダだ」


【魔力開放】を狙って伸ばした左腕も、回し蹴りで弾かれた。

 バアルはそのまま、身体を大きく後方へひねる。


「ま、ずい……っ!」


 ギラリとした閃光を放ち、鳴動する右腕。

 轟音と共に振り払われる灼腕が、辺り一体を薙ぎ払う。


「ぐああああああああ――――ッ!!」


 慌てて防御したものの、その凄まじい威力に地面を大きくバウンドするルカ。


「……ガハッ! はあ、はあ……ッ!?」


 砂煙を上げて倒れ込んだルカは、自身の姿に驚く。

 ウソだろ……新しい鎧にこんなに深い傷が……っ。

 見れば全身に、幾重もの傷跡が刻み込まれていた。

 帝国将軍は、これまで戦ったどんな魔物より遥かに強靭。

 まごうことなき怪物だ。


「理解シたか?」

「理解……?」


 突然の問いに、困惑するルカ。


「シょせん貴様たちの命は、オレのような強者に弄ばれルためにある」

「ふざ、けるなっ!」

「オレにハまだ、ギルドとやらの『掃除』も残っているカらな…………終わらセるぞ」


 向けられる冷酷な視線。

 バアルの右腕が、一際強烈な輝きを帯びていく。

 ……ここでこいつを止めないと、皆、殺される。

 ダンジョン攻略への思いを語ったユーリも。

 笑顔を取り戻したばかりのトリーシャも。皆。



『――――俺が助ける』



 かつて口にしたその言葉。

 今、皆を助けることができるのは……俺だけだ。

 憧れだった全身鎧を身に着けたその青年は、覚悟を決めるように息を吐く。


「インベントリ――――オクタノヴァガントレット」


 左腕の装備が替わる。

 ヒュドラ戦で得たアイテムの中には、一つの鉱石があった。

 オクタノヴァ鉱石。

【審眼】で確認したところ、青緑色をしたこの鉱石には一つだけスキルを載せられることが判明した。



【――――魔装鍛冶LEVELⅫ.魔力装填】



 これも同じく、ヒュドラ戦後の鍛冶仕事で覚えた新スキル。


「まだ実戦では、試してもいないけど」


 スキルを発動すると、左手でつかんだキングオーガの剣に魔力が浸透していく。

 その威力は未知数。

 ゆえに、これは賭け。


「案ずルな、全員すぐに貴様の後ヲ追わせてやる」


 灼腕はすでに、まばゆいほどの明滅を繰り返していた。

 急激に高まっていく緊張感。そして。


「終わりダ――――哀しキ弱者よ」


 猛烈な破裂音と共に、バアルが地を蹴った。

 荒ぶる赤光の軌跡を描きながら、迫り来る漆黒の悪魔。

 対してルカは、魔力を宿したキングオーガの剣で迎え撃つ。


「お前は俺が止める。そして……皆を助けるんだッ!!」


 全てを切り裂く赤き閃光の一撃と、未知の白い輝きを放つ大剣。

 紅白の魔力光が交差し、弾けた粒子が48層をまばゆく照らし出す。

 ビリビリと全身を震わせるような衝撃。

 おとずれた、一瞬の静寂の後。


「ナ、にッ!?」


 宙を舞ったのは、灼腕。


「…………キ、キサマァァァァァァァァ――――ッ!!」


 失った右腕に激高したバアルは、左腕を巨大化。

 雄たけびと共に、真っ赤に輝く巨碗を叩きつけにくる。


「死ネ、死ネ、死ィィィィネェェェェェェェェ!!」


 ルカは再び、魔力を帯びたキングオーガの剣を強く握りしめると――。


「これで……終わりだああああ――――ッ!!」


 渾身の力で剣を振り上げる。

 再び交差する二つの軌跡がぶつかり合い、中空で弾ける。

 やがてキングオーガの剣から魔力光が消えると、斬り飛ばされたバアルの腕がドサリと音を鳴らした。


「…………このオレが、貴様のようナ弱者に敗れるトいウのか……っ?」


 両腕を斬られたバアルは、信じられないという表情でよろめく。


「……ア……アア。アグァァァァァァァァ――――ッ!!」


 ヒザを突き、あげる嘆き声。それはすぐに壮絶な叫びに変わる。


「アガアアアッ! アアアア! アグアアアアアアアアア――――ッ!!」


 響き渡る、血を吐くような絶叫。


「ア、アアア、アアアアア――――!! アアア! アア! ア……アア…………ア……」


 やがて、それが静まると――。


「…………ヤ、ヤメロ」


 突然、制止を促す声をあげ始めた。


「なんだ?」


 その急な変わり様に、困惑する。

 何せルカはすでに動きを止めている。

 一体バアルは、何を『やめろ』というのか。


「そ、そんな……ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロォォォォ!!」


 狂い出すバアル。すると次の瞬間。

 身体の内側から外皮を突き破るようにして出て来た無数の血管が、バアルを覆い尽くす。さらに。


「ッ!?」


 足元から伸びて来た血管が、ルカの脚をつかんだ。

 それをきっかけに一斉に伸びて来た無数の血管たちが、胴や肩に絡みつく。


「う、動けない……ッ!」


 留まることなく、覆いかぶさって来る血管。

 そのままズルズルと、ルカは悪魔の方へと引きずられていく。

お読みいただきありがとうございました。


【ブックマーク】【ポイントによるご評価】いただければ幸いです。


何卒よろしくお願いいたします。

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