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29.ユーリvsレド

 それは今から数年前の事。


「試験の結果が良かったらしいな」

「は、はい……っ」

 記憶を失い、行く当てもなかった少女は貴族の一家にひろわれることになった。

 自分を助けてくれた家の人たちに、認めてもらいたい。

 そう考えて挑んだ学院の試験。

 結果は良好だった。

 呼び出された家長の部屋で、かすかな期待をふくらませるユーリに投げかけられた言葉は――。


「調子に乗るなよ、捨て子の分際で」


 そんな、冷たいものだった。

『――――この可哀想な孤児は、我がブランシュ家が責任をもって育てます』

 ブランシュが発したその立派な言葉は、彼女のためではない。

 落ちつつあった評判の回復。いわば、保身のためのものだったのだ。



「おい捨て子」


 プライドばかり高いブランシュの実子による差し金で、ユーリは孤立していた。

 取り巻きたちが言いがかりをつけに来るのも、すでに日常だ。


「無視してんじゃねえぞ! 捨て子のくせによォ!」


 それが貴族ばかりの学院での呼ばれ方。

 普段であれば、何も言わずにやり過ごす。

 だがその日ついにユーリは立ち止まり、振り返った。 

 ダンジョンのことが記された一冊の本を、取り巻きに破り捨てられたからだ。


「……君たちの相手をすることに、価値はないと判断しただけだ」


 まさかの反撃に、唖然とする取り巻きたち。

 ユーリの性格が形作られたのは、この時だ。



 そして、時は来る。


「これはどういうことだ?」

「……申し訳ありません」

「どこの者かも分からない、怪しい捨て子をひろってやったというのに、よもやブランシュの名に泥を塗るとはなぁ」


 儀式の結果、ユーリは王国騎士への推薦を持ち掛けられた。

 それはとても名誉なことであり、それゆえにブランシュの者たちにとっては許しがたいことだった。

 これまで散々足蹴にしてきた養子の娘だけが、その才能を認められる。

 皮肉な結果に、憤るブランシュの家長。


「騎士への推薦は、断っておいた」

「……はい」

「これから、どうするつもりなんだ?」

「ダンジョンに、行こうと思います」

「ほう、ダンジョンねぇ……」


 家長の男は途端にその表情を緩ませる。

 ユーリの提案は、すぐに許可されることとなった。

 理由は簡単。

 王国ダンジョンの冒険者という仕事は、死亡率が高いからだ。

 ギルドからユーリ死亡の報告が入れば、次は『最愛の娘を失った悲劇の貴族』になればいい。

 領民の不満をせき止める、良い防壁となるだろう。

 こうしてユーリは一人、ブランシュ家を出た。

 記憶も身寄りも味方すらいない、彼女の願いはただ一つ。

『知りたい』

 ダンジョンのことを知った時から胸を叩き続けている、この感覚は一体何なのか。

 その『何か』を確かめたい。



 ……きっとそこに、私の大切なものがある。



「あなたには、何か夢がありますか?」


 レドは問いかける。


「ぜひ聞かせてください。その切なる想いを容赦なく踏みにじるのが……私の楽しみなのです」


 帝国将軍バアルの右腕として王国にやって来た、魔剣使いの男。


「どうせ死ぬのだから、少しくらいは……いいでしょう?」


 レドは笑いながら、舌なめずりをした。


「その必要はない」


 ユーリは『導きの十字星』に手を伸ばし、スキルを発動。


「――――大地駆けるエスティラーダ


 付近の魔力を身体能力へ変換すると、強く地を蹴った。


「はああああっ!」


 袈裟斬りからの切り上げ。

 この連携を後方へのステップでかわしたレドは一転、早い踏み込みから横なぎを放ってきた。

 ユーリが剣で弾くと、即座に首元への刺突を狙ってくる。


「ッ!!」


 半身になることでこれをかわすも、想像以上の動きに驚かされる。

 帝国兵はなぜか身体能力の高い者が多いと言われるが、スキルを用いずにこの速さは異常としか言いようがない。


「やりますね。では、これならどうですか!」

「ッ!?」


 レドが強い踏み込みから振り払った剣が、斬撃の弧を描く。

【剣気】は、任意の場所に斬撃を発生させるスキル。

 驚きながらもユーリは短いステップでこれを回避した。

 しかし触れた者を斬り落とす死の線は、次々と襲い掛かってくる。


「距離を取っていたら、一方的に攻められる……っ!」


 ユーリは走り出し、レドの放つ【剣気】を細かな挙動で搔い潜っていく。

 そのまま一気に射程圏内に入り込んだところで、レドが振り下ろす剣を受けようとして――。


「……違うッ!」


 とっさの判断で右に転がり、後方へ跳び下がる。

 見ればレドの剣は、地面に深々とした亀裂と走らせていた。

 距離を取ることも、剣撃を直接受けることも許さない。

 シンプルゆえに強力。それが【剣気】の持つ特性だった。


「よく……気づきましたねぇ」


 聞こえてきた声に、全身を駆け抜けていく悪寒。


「ですが、これならどうですか!!」


 間髪置かずに放たれるは、【剣気】の嵐。

 それは対象に受け止められることがないからこそ、一切のよどみなく放たれる。


「ッ!!」


 低い跳躍から頭を下げ、そのまま前方へ飛び込んだ直後に身体を一回転。

 迫る斬撃の乱舞を、ユーリは決死の思いで回避する。しかし。


「う、ぐっ!」


 七つ目の剣気が肩を切り裂いた。

 さらに八つ目が腿を裂き、飛び散る血。

 ぐらつく足元。そこへ二本の剣気が迫り来る!


「駆けろ……十字星ッ!」


 その魔剣が持つ力は、『狙ったポイントへの高速直線移動』

 目標を空中に定めれば、持ち主ごと一直線に飛び上がる。

 こうして残り二本の【剣気】を強引にかわしたユーリは、そのまま狙いをレドへ。

 魔剣に引っ張られる形で再度、中空から必殺の刺突を放つ。


「はあああああああ――――ッ!!」


 今だ残身の途中にあったレド。

 導きの十字星の切っ先は、真っすぐその胸元に迫り――。


「ッ!!」


 その表面を擦るようにしてすり抜けていった。

 わずかな上半身の回転と、胸部から腹部を守る軽鎧に貫通を防がれた。

 それでもユーリは着地と当時に身体を回転。

 通常の斬撃でダメージが通らなかったのなら――。


「――――ブレイズ!」


 剣に『魔法』を乗せる。

 二つ目のスキルを発動し、爆炎をともなう回転斬りを放つ。

 これをレドは魔剣で弾くと――――。


「解放」

「ああああああああ――――ッ!!」


 レドの剣から巻き起こった爆炎に吹き飛ばされ、ユーリは石壁に背を打ち付けた。

 それでもすぐに顔を上げ、炎の剣で猛烈と斬り掛かる。


「攻勢を保たなければジリ貧になる一方。よって強い一撃で勝負を決めたい。ですが……炎を乗せた剣はその力を吸収されるだけ」


 レドがユーリの剣を弾くと、再び『導きの十字星』から炎が消えた。


「解放」


 走る爆炎。巻き起こる熱風。


「うぐっ」


 腕でとっさに熱波から身を守ったユーリの横っ腹に、レドは蹴りを叩き込む。


「う、ああああああッ!!」


 再び地を転がり、ユーリは片ヒザを突いた。

 ……パチ、パチ、パチ。

 必死なユーリの姿に、レドはおざなりな拍手をしてみせた。


「剣技も速さも十分。思った以上の強さです。ですがやはり、手の内を知られているあなたに勝ち目はありません」


 そして呼吸を荒くするのユーリを、存分に見くだした後。


「そろそろ聞かせてもらえませんか? これから潰えるあなたの夢を。そうだ! もしかしたら感動のあまり、殺し損ねてしまうかもしれませんよォ?」


 そう言って、悪魔のような笑みを浮かべてみせた。



 ブランシュを出たユーリは一人、無我夢中でダンジョンに潜り続けた。

 鬼気迫るその姿は、さらに彼女を孤立させていく。

 そしてその孤高はやがて、彼女を窮地へと追いやった。


「はあっはあっ……」


 モンスターから受けた毒による高熱の発症。

 荒くなる息、震える身体、視界すらままならない。

 ダンジョンで一人きり。普通の冒険者であれば諦めてしまうほどの苦境。

 それでも。


「……死ねない…………何も……知らないままで……っ」


 その一心でユーリは、死にかけの身体を引きずってダンジョンを戻った。

 もはや、執念以外の何物でもなかった。

 それから、数日後。



「――――気をつけて」



 どうにか毒を癒したユーリは、鎧鍛冶の青年が発した言葉に足を止めた。

 思い返せばこの青年はいつも、出がけの自分にそう言ってくれていた。

 そして細かなところに気づいて、防具の補修まで申し出てくれる。

 ユーリは気づく。

 ルカ・メイルズは、この世界にたった一人『自分の無事を願ってくれる』存在だと。


「……言われるまでもない」


 それにもかからず、口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 長らく続けてきた性格は、早々直らない。

 しかしそれからだ。

 ユーリのダンジョン攻略が無謀なものでなくなったのは。

 危険を顧みない進攻から、危機を見定める進行へ。

 ……きっとその言葉は、彼にとって何気ない一言だったのだろう。

 それでも。

 ただの一度だって『味方』がいなかった私にとっては、救いだった。

 だから、いつか返したい。

『ありがとう、気をつけるよ』と、その目を見て。



 ――――ここで私が負けたら、もうその想いはかなわない。



「ほらほら、早く聞かせてくださいよォ。どうせ死ぬなら最後くらい私を気持ち良くしてくれてもいいでしょう? イヒ、イヒヒヒィ」


 薄気味悪い笑い声をあげ出すレド。

 ユーリは、ゆっくりと立ち上がる。


「死ぬ?」


 そして『導きの十字星』を握り直すと。


「――――それは、どっちが?」


 再び地を蹴った。

 戦い方は変わらない。

 攻めを継続することこそが、勝利への唯一の道。

 大きな斬り上げから、剣を返して斬り降ろし、さらに踏み込んで横なぎを放つ。

 かわしたレドの振り下ろしをバックステップで回避し、その足が接地する寸前に――――【導きの十字星】を起動。


「ッ!?」


 あり得ないタイミングで放たれた高速の突きが、レドの腕を切り裂いた。

 ユーリは止まらない。早い踏み込みから再び横なぎを放つ。

 足を引くことで避けるレド。

 回避されることは予測済み。だからその手は、振り切らない。

 横なぎの終わり際に手首を戻し、剣の切っ先をレドへ向ける。

【導きの十字星】が、駆ける。


「チッ!」


 高速で戻ってきた刃先が、その頬に深い傷を刻み込んで行く。

 思わず舌打ちをしたレドは下がり、水平の【剣気】を放つ。

 とっさに地に飛び伏せるユーリ。

 これを好機と見たレドは即座に追撃に向かい……真っすぐ自分に向けられている切っ先に気づく。


「チィッ!!」


 気づいた瞬間の突撃。

 これを寸前のところで回避したレドに対し、ユーリは身体をひねる。


「があああッ!!」


 側頭部に叩き込んだ蹴りが、ついにレドを地に転がした。

 ユーリは【導きの十字星】に炎を灯し、追撃をかけにいく。


「勝負をつける!!」


 怒声を上げたレドに、ユーリは苛烈な攻勢を仕掛ける。

 弾かれるたび、消える炎。

 それでも再び炎を灯し、剣を振るい続ける。


「……まったく、ウインディアの猿どもはそろって頭が悪ィなあ!」


 レドが横なぎと共に放った【剣気】を跳躍することで避け、そのまま【導きの十字星】を走らせる。


「その手はもう効かねェェェェんだよ!!」


 レドは叫び、これを払う。


「どうしたァ! そんなんじゃ魔力がドンドンたまってくぞォ!!」


 吸収され続ける爆炎。

 それでもユーリは攻めることを止めない。

【導きの十字星】による突進を仕掛けにいく。


「効かねえっつってんだろォォォ!!」


 それは、刺突にみせかけた回転斬り。


「ッ!! オラァ!!」


 しかしその一撃も、レドの魔剣に弾かれた。

 思わずたたらを踏むユーリ。

 十数発分の爆炎を吸収したレドは勝利を確信、おぞましい笑みを浮かべる。


「――――さあ、全開放だ。死ねやガキがァァァァ!!」


 そのまま雄たけびと共に魔剣を振り上げて――。


「な……にッ!?」


 腕が、上がらない。

 見ればレドの剣から腕にかけてを、白氷が覆い尽くしていた。


「……その魔剣は吸収して『変換』するものではなく、吸収して解放するもの。だから炎を溜めた状態で別属性の攻撃を受けた時は、吸収できない」


 レイとの戦いでは電撃、ユーリとの戦いでは炎。

 相手と同じ属性の攻撃しか使っていないことから予想したレドの弱点は、見事に的を射ていた。

 ユーリの戦い方はもう、無謀などではない。

 敵を、危機をしっかり見定める。


「そして最後の回転斬りは氷結。私はまだ……手の内を残していた」


【導きの十字星】を握り直したユーリは、左手を真っすぐレドに向ける。

 右足を下げ、剣を持った右手を引く。

 それから右脚に、力を込めて――。


「駆けろ、十字星!」


 今度は外さない。

 地を走る彗星のごとき一撃が、レドの肩に突き刺さった。そして。


「――――ブレイズ」


 巻き起こる爆炎に肩口が吹き飛び、左腕がだらりと垂れ下がる。


「うぐああああぁぁぁぁッ!! こ、こここ殺してやる! おおおお前は必ず殺してェェェ……!!」


 倒れ伏し、怨嗟の声をあげるレド。


「…………!?」


 その目が――――ソレを捉えた。


「ア、ア、アア、アアアアアアアアアア――――ッ!?」


 響き渡る絶叫。

 見開かれたレドの狂眼に、映ったものは――――。

お読みいただきありがとうございました。


【ブックマーク】【ポイントによるご評価】いただければ幸いです。


何卒よろしくお願いいたします。

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