28.深層に立ちふさがるもの
ウインディア王国ダンジョン48層。
未到達の地に現れたのは、銀の毛並みをした一頭の狼だった。
その体躯は、幌馬車の一台くらいなら丸ごと食い潰してしまえそうなほどに大きい。
パチパチとほとばしる魔力光によって神々しくすら見えるが、目は獰猛そのもの。
誰もがその威容の前に、息を飲む。
すると銀狼が荒々しいうなり声をあげた。
影が伸び、あっという間に数頭の黒い狼が生み出される。
「僕が本体を叩く! 騎士は一人一頭、冒険者はチームで影の狼と戦ってくれ!」
放置すれば際限なく増える可能性があると判断したジュリオは、即座に動き出す。
振るう魔槍の一撃。
これを後方への跳躍でかわした銀狼を、ジュリオは追いかけていく。
同時に、影の狼たちも動き出した。
「喰らえっ!」
テッドが衝撃の魔剣を振るう。
「シャアッ!!」
しかし黒狼は、咆哮一つで衝撃波をかき消した。
「マジかよッ!」
特攻を仕掛けてくる黒狼。
真横からレッドフォードが【一点突破】を叩き込む。
「ありがてえ!」
「これで小破と言ったところか……っ」
その強固さに、驚くレッドフォード。
しかし次の瞬間、一点突破でつけられた傷口に『導きの十字星』が突き刺さった。
「――――ブレイズ」
巻き起こる爆炎に、黒狼は霧となって消える。
「危ないッ!!」
煙を突き破って来た新たな黒狼の首元を、ルカがキングオーガの剣で消し飛ばす。
ここに来て、息の合った連携を見せ始める冒険者たち。
「ライジングピーク!」
一方ナディアは、得意の隆起魔法で黒狼を串刺しにする。
岩刃に腹を突き刺された黒狼が霧になって消えると、そのまま魔剣イクスプロジアを岩柱に叩き込む。
弾け飛んだ無数の石塊が、迫っていた黒狼の肩と頭頂部を消し飛ばす。
それでも決死の様相でナディアのもとにたどり着いた黒狼の胴に、刺さるペンデュラム。
振り上げた右腕付近が一瞬で凍結し、続くイクスプロジアの刺突によって爆散。
「……たいした身体能力だっ!」
追い迫るジュリオの攻撃を、銀郎は華麗にかわす。
「それならっ!」
風を射出することで挙動を加速させる【風射】を用いて前進、右薙ぎから再び前進して切り上げ、さらに前進から放つ突き。
銀狼はこれらを全てかわし、身体を半回転。
鋼鉄のような尾が、前髪をわずかに散らす。
大きな後方への跳躍で距離を取ったジュリオは、魔槍を薙ぎ払う。
駆ける扇形の衝撃波を、銀狼は跳ぶことでかわした。
「終わりだ――」
回避行動を取らせたところを、見えない刃で貫く必殺の一撃。
しかし銀狼は、中空で身体を強引にひねることで掠めるにとどまらせた。
「それなら――――ッ!!」
魔槍の先端を銀狼に向けて腰を落とし、最大の【風射】に背を押させる形で飛び出す。
ジュリオはそのまま真正面から銀狼へ魔槍を突き出して――。
「ジュリオ、あぶないッ!!」
響くナディアの叫び声。
「ッ!?」
突然真横から飛び込んで来た赤光の砲弾に、弾き飛ばされる。
砂煙を上げながら地を転がったジュリオは、直撃寸前で【風射】を防御に回すことで致命傷を回避した。
「あ、ぐ……っ」
しかし、ボタボタと滴り落ちる血液。
見れば上半身には、ライトアーマーを削り取るほど深い傷が刻まれていた。
「なんだ……あれは」
現れた異様な化物に、レッドフォードは思わず息を飲む。
それは、生物として造られた悪魔とでも形容すればいいのか。
禍々しい巻角の生えた頭部には、不気味な赤光を灯す二つの穴。
全身を包む黒い石鱗に、むき出しになった灰色の血管。
そしてぶつ切りの下半身からは、無数の血管が垂れている。
おぞましい。
それ以外に言葉が見つからないような化け物。
――――パチ、パチ、パチ。
「よく生き残りました」
一人の男が、拍手をしながら現れる。
「……お前たちには……監視をつけていたはずだ」
片ヒザを突いたまま、ジュリオが問う。
「彼らなら死にましたよ。残念ながらおもちゃとしても三級品で、ウインディアの程度が知れる結果となりました」
そう言ってレドは、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「まあ、あなた方のレベルではそんなものでしょう。そもそも私たちがわざわざ王城にまで出向いたのも、その後慌ててダンジョンに向かうであろうマヌケ達に道案内をさせるため。おかげで楽をさせてもらえました。最下層も近いだろうということで、殺すためのタイミングを見計らっていたのですが……狼に意識を集中したのは失敗でしたねぇ」
吐き出される余裕の言葉。
反応したのは、銀狼だった。
「グルアアアアアアアア――――ッ!!」
闖入者の首を狙い、容赦なく飛びかかる。
しかし割り込んで来た悪魔が、その首を難なくつかみ上げた。
「貴様では足りん」
悪魔の背後からゆっくりと歩を進めて来たのは、バアル・ベラフマー。
もがく銀狼。悪魔の長い指が首にめり込み、血がその腕を伝ってこぼれ落ちていく。
広がっていく血だまり。
やがてボトリと音を鳴らして銀狼の首が落ちると、悪魔は死体を放り投げる。
「あの魔物が……まるでザコ扱いじゃねえか。な、なあ、こいつら一体何者なんだよ」
あっさり倒された銀狼に、驚きを隠せないテッド。
「……帝国将軍だ」
「ッ!!」
ジュリオの言葉に、冒険者たちが驚愕する。
「道案内は十分だ――――死ね」
直後、悪魔の口から吐き出される赤光の砲弾。
「ッ!! ルイン!」
「氷壁ッ!」
慌てて防御に回る冒険者たち。
しかし赤光弾は厚い氷の壁を打ち破り炸裂。
「うああああああああ――――ッ!!」
冒険者たちが、ジュリオが、吹き飛ばされて動かなくなった。
「よくもッ!」
回避に成功したナディアは、即座にバアル打倒に動き出す。
レイもそれに続こうとするが――。
「ッ!?」
「させませんよ」
立ちふがったレドの一撃。
これをレイは、手にした短剣で受け止めた。
「その剣、自動防御ですね? 遠距離攻撃用のペンデュラムとの構成は面白いですが――――」
「きゃあッ!!」
早い踏み込みから振るわれた剣に、レイが弾き飛ばされる。
「得意のペンデュラム攻撃は接近戦になれば使い物にならず、その魔剣は力押しに対応できない」
レドの読み通り、レイの魔剣【ボージュ】は敵の攻撃を自動防御する便利な一品。
だがあくまで『受ける』だけ。威力を相殺してくれるわけではない。
起き上がったレイに、レドは再度攻撃を仕掛けてくる。
「ダンジョンで手の内をさらしたのは失敗でしたねぇ! もはやあなたに勝ち目はありません!」
「……勘違いを、しているようね」
防御に集中し、どうにかつばぜり合いに持ち込んだレイはレドをにらみ付ける。
「確かに近接戦闘となればペンデュラムを飛ばすことは難しい。でも……使えないわけじゃない」
「ッ!!」
その足元には、黄色のペンデュラムが刺さっていた。
「そして私は、こういう事態を想定した装備を身につけている」
「まさか……っ! 自分ごとッ!?」
「巻き起これ――――雷霆!」
走る稲妻が、容赦なく二人の身体を駆け抜けていく。
強烈な衝撃に、ヒザを突くレイ。
その目が、驚愕に見開かれる。
「どう……して……?」
レドは大きくよろめいたものの、無傷。
「さすがに今のは焦りましたねぇ。ですが私の武器は【封魔と放出】の魔剣。つまり最初から魔法攻撃は効かないんです……よっとォ!!」
繰り出された一撃をボージュが自動で受け止める。しかし。
「――――解放」
「きゃあああああああッ!!」
放たれた電撃に崩れ、倒れ伏す。
煙を上げながら身体を震わせたレイを見て、レドは思わず舌なめずり。
「レイジングピーク!」
ナディアは黒い悪魔のやや手前を狙い、地面を隆起させる。
こうして手前に出てきていたバアルと悪魔を分断したところで――。
「レイズ!」
さらに足元を突き上げ、せり上がった地盤を踏み台にして跳躍。
そのまま魔剣で斬り掛かる。
するとバアルは、飛び掛かって来たナディアの剣をつかんだ。
「魔物を使役するヤツは本体が弱い……か?」
「そういう……ことだよっ!!」
魔剣イクスプロジアが起こす爆破、爆破、爆破。
しかしバアルは、イクスプロジアをつかんだまま放さない。
吹き飛んだ上着に代わってのぞいたのは、全身に幾重にも刻まれた魔法陣だった。
「この程度の攻撃で、オレを倒すことはできない」
鈍い光を放つ魔法陣。ナディアはイクスプロジアを手放し大慌てで飛び下がる。
そこに、聞こえてきた声。
「――――こいつは、お返しだ」
ジュリオが投擲した魔槍は、【風射】によって風すら置き去りにするほどの速度で飛来する。
しかし、わずかに首を傾げたバアルの頬をかすめるようにして通り抜けていった。
壁に刺さった魔槍が、盛大な爆発を巻き起こす。
「……ぐ、ああっ!」
渾身の一撃を放ったジュリオはさらに多量の血をこぼし、再び倒れ伏す。
「気づいていなかったとでも思ったか?」
つまらなそうに、バアルが息を吐く。
「――――逃げて!!」
ルカに向け、叫ぶナディア。
その背後から突き出してくる、巨大な悪魔の手。
「……ッ!?」
叩きつけられ、動かなくなる。
こうして三人の騎士は、あっという間に倒された。
「よろしかったのですか? 槍の騎士は戦えばそれなりに楽しめたかと思いますが」
「楽しめる? 勘違いをするな。オレから見れば皆、無様な弱者でしかない」
「なるほど、その通りですね」
残ったのは悪魔の放った魔力砲に耐えたルカと、その背に守られたユーリのみ。
「……女の方は、私が頂いてもいいでしょうか?」
レドはいやらしい笑みと共に、唇をなめる。
「貴様は相変わらずだな。女とみれば殺したくなる」
「これはお恥ずかしい」
「騎士の女はどうした?」
「もちろん目が覚めてから……ふふ、たっぷり時間をかけて」
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます」
うやうやしく頭を下げるレド。
嗜虐的な笑みを浮かべながら、ユーリの方へと向き直る。
「では始めましょうか。ご心配なさらなくとも、あなたもしっかり殺しますよ……ふふふ、できるだけ無残にねぇ」
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