27.もう一度ダンジョンへ
「なあ、どうして俺たちはダンジョンなんかを降ってんだ? これじゃいつもと一緒じゃねえか」
「目的はダンジョン最下層なのではないか?」
ぼやく元金髪ことテッドと、仲間二人を率いたレッドフォードの問い。
冒険者選抜はユーリ、テッド、レッドフォードとその仲間のアレックス、ルイン。
そこにソロの上級冒険者二人とルカを交えた、計八人となった。
「まあ、少し確認をね」
先導する二人に応えたのは、軽鎧に着替えたジュリオ・ジュリードだ。
「でも先導者がいてくれて良かったよ。僕たち三人でこの広いダンジョンを迷わずに進むってのは厳しそうだ」
「どうしてテストの時にダンジョンに行くって言わなかったんだ?」
「それはもちろん、知られてはいけないからだよ」
「知られてはいけない……か。もしや、帝国と関係があったりするのか?」
「ジュリオ、それ以上はまだ」
「いいじゃないか少しくらい」
「あたしも話したいなー」
「ジュリオ、ナディア」
「……レイもこう言ってるし、この辺にしておこうか」
「そ、そうだね、とにかく下層目指してがんばろうっ」
垣間見える三人の力関係。
ここでナディアは、冒険者ですらない青年に話を振ることにした。
「ところでルカくんは、今日も全身鎧を持って来てるのかな?」
「もちろん」
「それなんだけどさ、さすがに防御に関しては支援系の魔法やアイテムを使った方が確実じゃないのかな?」
ルカは戦闘系のスキルを駆使して戦うのだと勘違いしているナディアは、首を傾げる。
「その辺は、直接見た方が早いのではないか?」
「そういうわけなので……よろしくお願いしますルカ先生!」
すっかり下手に出慣れてきたテッドが、レッドフォードたちと共に動き出す。
「――――骸骨竜」
現れた骨だけドラゴンの名を、レイが口にした瞬間。
「了解」
鎧をまとい、ルカは真正面から魔物に突っ込んで行く。
骸骨竜の頭上に、閃く白光。
「待て! 鎧なんかで防げるものじゃないっ!」
迫る絶対零度の嵐に、ルカはなす術なく飲み込まれた。
騎士三人が悲鳴を上げる。
「喰らえ――ッ!!」
一方ルカをオトリに骸骨竜への接近を果たした二人の冒険者。
テッドの衝撃の魔剣が、腕を消し飛ばす。
「もらったよ!」
続くアレックスがダブルアタックでもう片方の腕を飛ばし、骸骨竜は両手をもがれた。
「一点突破!」
トドメとばかりに突っ込んで来たレッドフォードの巻き起こす爆発が、脚部を消し飛ばす。
半壊し、なす術もなく倒れ込んでいく骸骨竜。
しかし。その胸部と頭部はまだ生きていた。
「ちょ、おおおおっ!!」
身体のほとんどを失いながらもなお、その顎はテッドに喰らいつきに行く。
「駆けろ、十字星!」
しかしユーリの持つ魔剣『導きの十字星』が、その頭部を串刺しにした。そして。
「――――ブレイズ」
豪炎と共に、残った骸骨竜の上半身を粉砕する。
パラパラと舞い落ちてくる火の粉の中、ユーリは小さく息を吐いた。
超高速の刺突からさらに、剣に魔法を乗せる。
これがユーリの得意技だ。
「早くルカを助けないと――!」
慌てて駆け寄るジュリオ。
「大丈夫、問題ない」
ルカはそう言ってあえて、鎧をインベントリに収納してみせた。
「無傷……だっていうのか?」
「なんということはない。彼の鎧にはそれだけの防御力があるという事だ」
ヒュドラが放った八倍の蒼炎からの生還。
間近で目撃したレッドフォードはもう、驚くこともない。
「うわー、すっごい」
「まったくね……」
敵の攻撃を一人に集中させて、その隙に魔剣士が一斉に襲い掛かる。
そんな、異常な防御力を誇るルカだから可能となるとんでもない戦法に、騎士たちはあっけに取られるばかりだった。
◆
「これがヒュドラ討伐で見つかった道か」
ヒュドラ戦で崩れた崖の裏側に続いていた道。
岩壁に空いた大穴の前に立ち、レッドフォード達が感嘆の息をもらす。
ウインディア王国ダンジョンは、すでに最深部といわれる45層まで踏破されている。
ただ、そこにあるのは脈絡のない行き止まり。
魔石脈の唐突な途切れ方から『本当の最下層は別にあるのではないか』という予想はされていたが、探索はそこで止まっていた。
その理由は単純。
そこまで辿り着ける人間があまりに少ないだからだ。
「ま、なんにしたって本物のダンジョン最奥を目指すってのは悪くねえな」
未到達地帯へと踏み込んで行くテッドは、早くも得意げだ。
「まだ見たことのない敵、そしてアイテムが手に入るかもしれない」
「新しい魔剣の素材も……あるかもな」
そんな言葉に、にわかに活気づく冒険者たち。
「本当に最奥を目指すんだな……」
最後尾のルカがつぶやく。
「なんだか不思議な感じだなぁ。ギルドの人たちと一緒に戦うっていうのは……ユーリ?」
隣りに並んだユーリは、神妙な顔つき。
「どうしたんだよ」
「……なんでかな、動悸がするんだ」
「いよいよ念願がかないそうで、ドキドキしてるんじゃないか?」
「どうなんだろう。よく、分からない」
ユーリは胸元に手を当てる。
にぶい痛みを帯びたその感覚は、果たして昂ぶりなのか。
「ダンジョンに惹かてれる……って話だったよな」
「……ブランシュ家に引き取られた私は、たくさんの本を読んだ。どこかに記憶を取り戻すカギがあるかもしれないと思って。そしてこのダンジョンのことを知った時、不思議な感覚がしたんだよ」
追い出されるような形で貴族の家を出てから、約二年。
「初めてダンジョンに入った時には、それをもっと強く感じた。以降はその答えを求めるようにダンジョンに潜り続けてきたんだ」
単独40層到達を果たした少女の背を押し続けてきたのは、そんな『感覚』だった。
「もしかすると、私の記憶や過去に関する何かがあるのかもしれない」
「もともと記憶を取り戻すために本を読んでたわけだし、ありえるかもしれないな」
「……ルカ」
ユーリが、あらためてその名を呼ぶ。
「帰る場所もない私は、全てを一人で抱えなくてはならないから……大変な時もあった」
そう言って目を閉じると一度、呼吸を整える。
「だから、君が声をかけてくれるのが嬉しかったんだ。君の何気ない『気をつけて』が聞きたくて……私は周りより少し遅れて……君の前を通っていた。あの場にルカがいてくれてよかった。ありがとう」
ルカだったからこそ、ユーリは支えられていた。
ならば鎧鍛冶を続けてきた意味は、確かにあった。
「もし最下層まで行ったら、その後はどうするんだ?」
「分からない。でも、その答えもきっと見つかると思う」
そう言って、ほほ笑んでみせたユーリは――。
「……何の話してんですか?」
「そんなの決まっているだろう。これからの作戦だ」
フラっと声をかけに来たテッドに、大慌てでいつもの感じを取り繕ってみせたのだった。
「さあ、ここからは未到達階層だ」
聞こえて来たのは、先を行くジュリオの声。
ルカたちはついに、未知の46層へと踏み込んでいく。
過去最深となるその場所は、これまでと明らかに雰囲気が違っていた。
付近の岩が全体的に暗い灰色に変わり、どこか無機質さを増している。
大きな魔石脈の輝きも、さらに下方を目指して流れているようだ。
そして。
「おいおい、冗談じゃねえぞ……っ!」
テッドが、レッドフォードが目を疑う。
「あのキマイラを……従える魔物だとッ!?」
待ち構えていたかのように現れたのは、二匹のキマイラを引きつれた巨大な牛の化物。
ミノタウロス。その太い腕には巨大な一本の斧。
「ナディア、レイ、いこうか」
「りょーかい!」
「分かりました」
それを見て、動き出す王選騎士たち。
ジュリオが大きな踏み込みから魔槍を振るうと、半月型の強烈な衝撃波が広がった。
これを魔物たちは、跳躍でかわす。
「はい、終わり」
中空のキマイラに向けてジュリオが槍を突き出すと、その胸元に突然大穴が穿たれた。
続くナディアもキマイラを目前まで引き付けて、慌てることなく右手を地につける。
「ライジングピーク!!」
得意の地変魔法。
猛然と切り立った地盤が、真下から魔物の身体を貫いた。
これで残るは一匹。
レイが右手を掲げると、青い魔法石のペンデュラムが二つ浮かび上がった。
そのまま空を駆け、ミノタウロスの腕と腹部に突き刺さる。
もちろんこれだけでは軽傷だ。
「フリージア」
しかしレイが一言そうつぶやくと、ミノタウロスはあっという間にその巨体を氷結させた。
「ナディア、お願いできますか」
「りょうかいっ」
純白の氷像と化したミノタウロスに、もう用はないとばかりに背を向けるレイ。
ナディアが魔剣『イクスプロジア』を振るうと、氷像と化した牛鬼は爆発四散した。
「さあ、行こうか」
何事もなかったかのように、歩を進め出す騎士たち。
「これが……騎士の力か」
たった数秒でダンジョン最強レベルの魔物を狩るその強さに、冒険者たちが息を飲む。
しかしその余韻もわずか。
「なあ、なんでこんなに静かなんだ?」
道は思ったよりも短く、なぜか魔物の姿も見られない。
不気味な静けさの中、48層にたどり着いたところでテッドが違和感を口にした。
「食われてしまうからだろうね……あいつに」
その言葉に応えたのは、ジュリオ。
視線の先には、見たことのない魔獣が鋭い眼光を輝かせていた。
お読みいただきありがとうございました。
【ブックマーク】【ポイントによるご評価】いただければ幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。