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22.危機

 この日のウインディア王国ダンジョンでは、めずらしい光景を見ることができた。

 いくつものパーティが一緒に、ダンジョンを降っていく姿だ。


「あーあ、俺たちが先に気付いてりゃなぁ……」


 自慢だった金髪を刈り込んだばかり青年が、悔しげな顔をしながら先を行く。


「しかもヒュドラ狩りに行ったのってレッドフォードたちだろ? あいつらは上級でもトップでやれるレベルだし、おこぼれすらなさそうだ」

「魔術師もかなりの腕前だものね」


 仲間の女性魔術師が付け加える。


「でもさ、こんな人数で見学に行くってことは、それだけ大物なんじゃないの?」


 中級者パーティの女性剣士がたずねた。


「大物っても手の内は割れてるし、そもそも敵としての強さは『なかなか』って位で、とにかく金になるってところが話題の中心だからな。竜胆石はうまく転がせば貴族になれるくらいの稼ぎになんだよ」

「貴族になれるくらい!?」


 驚く女性剣士を前に、再びため息を吐く元金髪。


「ま、上級者の戦い方ってのを見学するって意味では、面白いかもな」

「そのレッドフォードって人たちはそんなに強いの?」

「そら魔剣使いが二人もいるんだから弱いわけがねえよ。ギルドでもトップの一つって言えるくらいのパーティだ。いつ騎士になってもおかしくねえ」

「そりゃすごいね。で、噂のヒュドラってのはどんな魔物なのさ」

「一言で表すんなら蛇竜だ。身体がデカくて首の数も多い。炎を噴くし毒も吐く。硬い鱗と魔法もやっかいだが……ま、一番の特徴は回復力だな」

「回復力?」

「傷を負ってもドンドン再生していきやがんだよ。だから早く勝負をつけにいかねえとじり貧になる」

「ふーん、そりゃ怖いね」

「つっても、これだけ情報が出てる上に魔剣使いが二人いるんだからなぁ。やっぱ負ける要素がねえよ」



   ◆



「ここが34層の未確認地帯か」

「まさかほら穴の中に道があるなんてね、どうりで気づかれないわけだよ」


 レッドフォードを先頭に、魔剣士パーティはギルド地図未記載の道を行く。

 抜けた先は、ただ広いだけの岩場だった。

 巨大な空洞のようなその空間。

 岩壁に走る魔石脈も程よい明るさを提供してくれていて、特別な雰囲気はない。


「お前はそいつの後ろで見てればいい。すぐに終わる」

「竜胆石は譲るから、その後の『ストーリー語り』はよろしくね」

「……はい」


 魔術師の後ろで、ただ静かにうなずくトリーシャ。

 母のためにダンジョンへ駆け込んだギルド嬢と、危険を顧みずその後を追った冒険者たち。

 騎士へとたどり着く『物騙り』はもう、できあがっている。


「さあ、お出ましだ」


 大きなくぼみから顔をのぞかせたのは、八本の頭を持つ蛇竜。通称ヒュドラ。

 その体長は、長い長い尾を抜いても数十メールに至るほど。

 ヒュドラは現れた四人の『獲物』を発見すると――――。


「グギャアアアアアアアア――――ッ!!」


 猛烈な咆哮をあげた。


「行くぞアレックス!」

「了解!」


 レッドフォードの呼びかけで、魔剣士二人が動き出す。


「来たぞ!」


 ヒュドラの頭の一つが猛烈な火炎を噴き出すと、アレックスは手にした魔剣を振り上げる。


「守りの乱風」


 魔剣が二人の周りに強烈な風のヴェールを生成、炎は千々となり消えた。

 アレックスは早いステップを可能とするスキル【瞬動】で一気に距離を詰め、低い位置にいた首に接近すると――。


「断ち風!」


 魔剣の放つ一撃が鋭い風の刃を起こし、ヒュドラの首に深い傷を残した。

 しかしこれでは片手落ち。

 ヒュドラの回復力の前では、半端な傷などないに等しい。

 すぐに傷口の再生が始まろうとしたその瞬間――――首が飛んだ。

 スキル【ダブルアタック】

 近距離攻撃を一度の振りで二発叩き込むその技で、早くもを先勝をあげる。

【瞬動】と【ダブルアタック】という二つのスキルに風の魔剣を用いて戦うのが、アレックスのやり方だ。

 対してレッドフォードは、そんな風の魔剣士をしり目に――。


「剛盾」


 襲い掛かって来た二つの頭を同時に押しとどめてみせた。

 発動したのは、敵の物理的な攻撃を阻む防御スキル。

 レッドフォードは剛盾でせき止めたヒュドラの頭に、魔剣を振るう。

 巻き起こる爆発に、二つの頭がまとめて消し飛んだ。


「ルイン。準備……できてんだろ?」


 レッドフォードがチラリと視線を寄こすと、魔術師ルインは笑み一つで応える。


「もちろん。閃氷矢!」


 即座に下がる魔剣士の二人。

 掲げた魔法杖から、二十本にも及ぶ氷の矢が放たれる。

 魔力の尾を引く氷矢は、着弾と同時にヒュドラの身体の一部を氷漬けにした。

 凍り付いた首は、再生が遅くなる。

 まさに文句なしのコンビネーション。


「一気に片を付けるぞ!」


 残る頭は五つ。

 先頭に躍り出たアレックスは【瞬動】で、喰いつきに来た五つの首を次々にかわしてみせる。


「アレックス!」


 そしてさらに頭の一つを【断ち風】で斬り飛ばした瞬間、レッドフォードが叫んだ。

 長い尾が、その身体を巻き込みにいくような軌道で迫ってくる。


「おっと!」


 アレックスは慌てて【瞬動】による垂直跳躍で尾をかわす。

 一方レッドフォードは、再び【剛盾】で受け止めにかかった。

 その強烈な反動によって擦れた足元から砂煙が上がるも、ダメージはわずか。

 一人で攻防のどちらをもこなしてしまう魔剣士二人は、まさにギルド最強格の戦闘を見せつける。


「――――危ないッ!」


 突然、ルインが切迫した声をあげた。

 余裕を見せたレッドフォードの背後から放たれる蒼い炎球。プロミネンスフレア。


「ッ!?」


 目を疑う。

 それを放ったのは、最初にアレックスが斬り落とした頭だった。


「再生が……早い!?」


 とっさに魔剣を振るい、爆破の衝撃を前方に向けることで難を逃れる。


「ッ!」


 しかし先ほど自分が吹き飛ばしたはずの頭が、さらに背後から毒液を放ってきた。

 岩をも溶かす劇毒をギリギリのところでかわしたレッドフォードは、思わず息を飲む。

 見ればついさっきアレックスが【断ち風】でつぶしたはずの頭も、すでに再生を始めている。


「連携も、情報より明らかに上だ」

「……まさか、個体差か?」

「どういうことだルイン」

「そもそもヒュドラは目撃されたこと自体が少ない。以前までの個体がヒュドラの中でも『弱い個体』で、今回が『特に強い個体』であれば、別物みたいな差が生まれてもおかしくない……」


 それは勘に過ぎなかったが、紛れもない真実だった。

 そして、ここから戦いは一方的になっていく。

 アレックス目掛けて襲い掛かってきた二つの頭が、同時に炎を吐いた。

 これを風の魔剣で切り払うも、三つ目の頭が牙を向けてくる。

 死角からの攻撃を仕掛けられたアレックスは、回避が遅れた。

 どうにか得意のダブルアタックで切り落とすも、再生してきた四つ目には間に合わない。


「うあああああっ!!」


 喰われることだけは防いだものの、弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。


「アレックス!」


 レッドフォードは、倒れたアレックスに迫る二つの頭目がけて魔剣を引く。


「――――一点突破」


 高速移動から放たれる『突き』

 レッドフォードはこのスキルに爆破の魔剣を用いることで、驚異的な威力の一撃を放つことを可能とする。

 アレックスを狙うヒュドラの頭が二つ、まとめて消し飛んだ。

 さらに飛んできた炎弾を魔剣で打ち払って、叫ぶ。


「いったん立て直す! アレックスは下がれ! ルインは壁を作るんだ!」

「げほっげほっ、了解」

「分かった!」


 レッドフォードの指示に、即座にアレックスが後退する。

 ルインは杖を掲げ、魔法を展開。


「氷壁ッ!」


 戦線を下げた二人の魔剣士とヒュドラの間に生まれていく厚い氷の壁。

 その強度はプロミネンスフレアの一発や二発くらいなら耐え抜くほど。まさにパーティの最大防御だ。


「よし、これで一度立て直して――」


 そう言いかけたレッドフォードの目が、それを捉える。


「おい、青の炎を同時に吐くなんて……ウソだろ」


 絶望の声をあげるレッドフォード。

 それはこれまで見た、どの情報にもなかった。

 四つの頭が、同時に放つプロミネンスフレア。

 口内に生まれた四つの炎球は、その色を橙から黄、翠から蒼へと変え――――炸裂。


「うああああああああ――――っ!!」

「きゃあっ!!」


 四倍の威力を誇るプロミネンスフレア。

 灼熱の蒼炎が氷壁を消し去り、四人は熱風に吹き飛ばされた。


「……そんな……強すぎる」


 もはやこのダンジョン屈指の化物となったヒュドラを前に、倒れ伏すパーティ。

 額を伝ってくる、一筋の血液。

 身体を起こすことができたのは、最後尾にいたトリーシャだけだった。

 ――――そして。

 すでに傷の再生を終えたヒュドラの赤眼が、トリーシャを捉える。


「……ッ」


 立ち上がれない。

 まるで地面に縫い付けられたかのように、身体が動かなくなってしまっていた。

 ヒュドラはその八本の首を伸ばし、トリーシャに迫っていく。

 やがてその頭の一つが口腔を開いた。

 その内に灯る炎。

 恐怖に震える彼女を助けられる者は、もういない。

お読みいただきありがとうございました。


【ブックマーク】【ポイントによるご評価】いただければ幸いです。


何卒よろしくお願いいたします。

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