19.引継ぎの時
「よし、これでいこう……」
その手には、屑鉄で作った8分の1サイズフルプレート。
スキル構成を含めていくつも試作品を作り、デザインまでを追及し続けた結果、ようやくたどり着いたのがこの一体だ。
なにせ高級素材のミスリルとダマスカスを使うのだから、失敗は許されない。
「さて、行くか」
計算では今夜で、『次』の鎧づくりに必要な額を貯えることができる。
そして間違いなく、新たな魔装鎧は強力だろう。
ただ、これで終わりではない。
行商人に頼んでいる『アレ』の情報も、数年前のものを最後に更新されていない。
それは、いつ現れてもおかしくないということだ。
直接戦うことになるのか、買い取りに名乗りを挙げられるようになるまで稼ぎ続けるのか。
大事なのはあくまで、強化された装備を使ってどう戦うかだ。
「……待っててくれよ、トリーシャ」
一言そうつぶやいて、ルカは鍛冶場を出た。
◆
ウインディア王国ダンジョン42階層。
それはまごうことなき上級者たちの領域。
比類するもの無き化物たちの巣窟は、並みの冒険者ではたどり着くことすらかなわない。
まさに選ばれた者だけがたどり着ける、別格の世界だ。
42階層は、見慣れた岩肌に高い天井。
血管のように細い無数の魔石鉱脈の光が、幻想的な雰囲気を作り出している。
装備はまた、メインを鉄に戻しての打ち直しとなった。
【――――魔装鍛冶LEVELⅩ.耐火耐熱】
【――このスキルによって作られた防具は、燃え盛る紅蓮の炎にも焼かれることはない】
覚えた新スキル。
意外だったのは、魔法で生まれる炎と自然の炎を別物として捉えていることだ。
確かに、燃料を燃やすことで生まれる火を【耐魔法】で防ぐというのは無理がある。
そんなわけで今回はこの【耐火耐熱】を織り込んで装備を製作した。
全身(鉄) :【耐衝撃2】【耐魔法1】【パワーレイズ2】【滑走跳躍1】
右腕:【耐衝撃3】【耐魔法2】【パワーレイズ3】【耐火耐熱】
右腕に【耐火耐熱】スキルを載せた形だ。
また防御スキルは載っていないが、高い威力を誇る【魔力開放】や【拡散】の使える青銅のガントレットに左腕を換えることで、剣を持ったまま敵へ魔力開放を放つことも可能。
前回の銅装備に比べると、衝撃に強く魔法に少し弱い。
そんな装備。
だがその着用も、今夜で最後になる。
「一応、投擲用に廃斧を三つほど持って来てみたけど……どうかなるかな」
ルカは一人、42層を進んで行く。
「来たっ!」
この階における初の接敵は、悪魔のような外見をした有翼の魔物だった。
ガーゴイル。
身体の大きさは人間に迫るほど。
しかし五体もの魔物が、空中から隊列を組んで攻撃してくるというのはやっかいだ。
その手に持った槍で、ルカ目掛けて突撃を仕掛けてくる。
「オラァッ!」
インベントリから取り出したキングオーガの剣で、先頭の一匹を両断する。
すると二匹目と三匹目はルカを避けるように左右に分かれた。
その背後から現れた四匹目が吐き出すのは、魔力弾。
肩に当たって起きた爆発は、予想通り避けるほどのものでもない。
しかし爆破によって起きたわずかな姿勢の乱れに乗じて、四匹目の後ろにぴったりつけていた五匹目が飛び込んでくる。
「させるかっ!」
距離はすでに間近。近すぎるという意味で射程外だ。
インベントリにキングオーガの剣を戻したルカは、正面から飛び掛かって来た五匹目の槍をかわし、ダマスカスの右手で角をつかんだ。
そのまま、力任せにぶん投げる。
五匹目のガーゴイルは、壁に激突して地に落ちた。
「ッ!!」
しかし五匹目が稼いだ時間を使い、二匹目と三匹目が左右から同時に襲い掛かってくる。
さらに若干の距離を置いて着地した四匹目は、再び魔力をため出して――。
「それならッ!!」
ルカは即座にキングオーガの剣を呼び戻し、左右の二匹を――。
突然。
三匹のガーゴイルがビクリと動きを止めた。
戦いの最中、しかも勝負どころといった状況にも関わらず、視線を周りに走らせ出す。
戦闘中に、動きを止めた……?
まさに剣を振ろうとしていたルカは、突然始まったその行動に困惑する。
忙しなく辺りを警戒していたガーゴイルはやがて、一目散にこの場を離れ出した。
あれだけ綺麗にそろっていた隊列も乱れたまま、我先にと争うように。
「……良くない、感じだな」
この層まで来ると、ギルド作成の地図も内容がかなり薄くなっている。
ガーゴイルが出てくることは知っていた。
その強さ、やっかいさも知識として持ち合わせていた。
しかし、ガーゴイルが慌てて逃げていくような事態についての情報はどこにもなかった。
静まり返る42層。
息を飲み、ルカは辺りに視線を走らせる。
「ッ!?」
わずかに聞こえた風の音に視線をあげる。
魔石鉱脈の支脈に彩られた、高い天井。
そこには、大きな身体を持った四足獣がその翼を羽ばたかせていた。
通常の数倍はある体躯を持つ獅子。
しかしその顔は三つ。一つは獅子、一つは山羊、そして最後の一つは竜。
上半身は獅子で、下半身は山羊。
そして背に生えた翼と、見るからに硬質な尾は竜のもの。
三匹の魔物が一つの身体に集まった、その不気味な化け物は――。
「……キマイラ」
「「「ギャオオオオオオオオ――――ッ!!」」」
ルカがその名を口にした瞬間、三つの獣が同時に雄たけびを上げた。
全身を震わせるほどの咆哮。
大きな羽ばたきで近づいてきたキマイラの竜顔が、いきなり上空から炎を吐いた。
「なっ!?」
飛び下がるルカ、生まれる炎の海。
キマイラはそのまま空中を旋回して滑空に切り替えると、猛烈な勢いで飛び掛かって来る。
「おおおおお――――ッ!!」
とっさの防御態勢。
鉄鎧が火花を散らす。硬質な爪の一撃は、その表面に深い爪痕を残していった。
それは敵対した冒険者を、初手で死のふちへと追いやるコンビネーション。
しかし衝撃のほとんどを【耐衝撃】によって防いだルカは、滑走でその背を追いかけていく。
キングオーガの剣を手に、振り返ったキマイラの首元を狙う!
するとキマイラは小さく早いステップで、わずかに後退する。
剣は獅子の鼻先を通り過ぎ、たてがみを散らすにとどまった。
かわされた!?
巨躯に見合わない俊敏さに驚愕するルカ。
そのかすかな動揺を感じ取り、キマイラは喰らいつきにくる!
ルカはとっさに短いバックステップでかわし……飛び掛かりだ!
キマイラがさらにもう一歩迫って来ることを予期。先行して突きを放ちに――。
「ッ!?」
とっさに左腕で頭を守る。
キマイラが反転と同時に繰り出したのは、竜の尾だった。
ガリガリと鉄を削る嫌な音が、鉄兜の中に響き渡る。
【耐衝撃】の載ったガントレットと鉄兜に、たった一撃で深いささくれの様な傷が刻み込まれた。
さらに追い打ちをかけるように、山羊の頭部が吠える。
するとルカの頭上に魔力光が収束し、痛烈な衝撃波を巻き起こした。
「くっ!」
その勢いに大きく弾き飛ばされたルカに、トドメとばかりに竜口から放たれる紅蓮の炎弾。
「それは効かないっ!!」
剣を戻し、【耐火耐熱】のガントレットで振り払う。
舞い散る火の粉。
ここでようやく、両者の間にインターバルが生まれる。
「……ちょっと、レベルが違う感じだな」
龍の知能と獅子の勇猛さ、そして山羊の荒い気性を持つその魔物は、これまで幾人もの上級冒険者たちを食い物にしてきた。
ウインディア王国ダンジョンでも最強格の一体だ。
ギルドの地図に情報が記載されていないのは、相対した者が生きて帰ることができなかったからに他ならない。
そしてもう一つ、ルカは捨て置けない問題に突き当たる。
「鉄の鎧じゃもう……キツそうだ」
あらためて見下ろして見れば、ダマスカスの部分だけを残して鉄鎧には無数の傷が刻み込まれている。
中でも竜の尾による一撃は、肩や胸部に深い傷を生み出していた。
屑鉄を集めて作った鎧の限界が、確かに近づいて来ている。
「でも、ここで引くわけにはいかない――――行くぞ!」
滑走による急接近。
キマイラの竜顔が即座に炎弾を放つ。
「炎弾なら問題ない!」
ダマスカスの右腕でこれを弾き、そのまま距離を詰めに行くルカだが――。
続けざまに山羊が起こした爆発によって、炎が大きく燃え広がった。
「熱っ!!」
熱波が身を焦がす。
さらに燃え上がる炎によって、視界が一気に悪くなる。
「ッ!!」
次の瞬間、目前に現れたのは獅子。
その顔をダマスカスで食い止める。
竜顔が再びを吐き出す炎弾。
獅子が顔を引いたことで自由になった右手でこれを握りつぶすと、山羊の眼前に収束する魔力光が見えた。
「ヤな連携だなッ!!」
走る衝撃波。鎧がベキッと嫌な音を鳴らし、後方に吹き飛ばされる。
キマイラは即座に追い打ちをかけに来る。
対してルカは再び大剣で対抗。
鋭い踏み込みから放つは、キマイラたちの頭部を狙った横なぎ。
キマイラはこの一撃を、体勢を落とすことで回避する。
刃は返さない。
剣をインベントリに戻し、懐に飛び込んでくる獅子の横っ面にそのまま右拳を叩き込む!
すると山羊の目が赤く輝いた。
「ああもう鬱陶しい!」
左腕を鉄から青銅のガントレットに交換。
「ショットォ!!」
拡散型の魔力開放を山羊の頭部に放ち、魔法の使用を強引に制止する。
しかし効き目自体は僅少。キマイラは身体を半回転した。
来るっ! 尾撃だ!
「インベントリ! とにかく重たいハンマー!」
呼び出したのは、取っ手を付けただけの鉄塊。
これを、受け取らない。
そのまま身体の右側に落ちたハンマーは、地面に突き刺さる。
すると頭の悪い重量を誇るハンマーが、尾撃を阻んだ。
思わぬ障害物に全力の攻撃を止められ、キマイラの動きが止まる。
この隙にハンマーをしっかり握ったルカは、その場で一回転。
「おおおおおりゃあ――――ッ!!」
【パワーレイズ3】によって真横からやってきた巨力無比な一撃が、キマイラの巨体を弾き飛ばす。
ガントレットを鉄に戻し、ルカは短い跳躍で一気に距離を詰めに行く。
しかし地面を派手に転がったキマイラは後方へ跳躍、翼で空へと逃げる。
「インベントリ――――廃斧」
持ち込んで来た斧を、右手でつかむ。
「逃がすか――――ッ!」
投擲。しかしこれをキマイラは見事な翼さばきでかわす。
「もう一発!」
今度は先ほどのものより一回り大きな斧が、わずかに獅子の身体を斬り裂いた。
「もう……一発だ―ッ!!」
さらにもう一回り大きな斧を投擲。
強引な回避で致命傷こそ回避するも、山羊の左角が砕けて散った。
バランスを崩し、飛行姿勢を保てなくなったキマイラは壁にぶつかり地に落ちる。
無様な着地となったキマイラを追いかけていくルカ。
すると怒り狂った山羊が、猛烈な雄たけびを上げた。
「なっ!?」
足元から噴き上がる荒々しい魔力の飛沫。
吹き上がった閃光が、全身を激しく打ち付ける。
「う、おおおおおっ!!」
鉄鎧の魔法耐性は【1】しかない。
鎧の表面が削り取られ、歪んでいく。
猛り狂う山羊は、さらに魔法を重ねてくる。
煌めく魔力光の収束。巻き起こった爆発で――――左のガントレットが飛んだッ!!
巻き起こる強烈な衝撃波の中、ついに左腕に装着していた鉄ガントレットが弾き飛ばされた。
「インベントリ! 青銅のガントレット!」
慌てて青銅のものを装備するが、もちろんこれには何の防御スキルも乗ってない。
そしてこの異常事態を、キマイラは逃さない。
一気にルカを攻め立てに来る。
攻撃をもらえば……左腕が死ぬ。
覚悟を決めるルカ。
張り詰める緊張感の中、竜が放った炎弾を右腕で払う。
「ショットォ!!」
続けて山羊の魔法を散弾で食い止める。
――――次は獅子が来る!!
左腕の分だけこっちが不利なんだ。一気に勝負をつけさせてもらうぞ!
距離を詰めてくるキマイラに、ルカは左手を突き出すと――。
「魔力――――開放っ!!」
放つ強烈な輝きに、獅子は強引にその射線上から身体を投げ出した。
頭上スレスレを通り過ぎて行った魔力光は、そのまま壁と天井の間に直撃。
多量の岩が砕け落ちてくる。
「もう一発! 開放っ!!」
魔力開放の威力を『危険』と判断したキマイラは、決死のステップで再びこれを回避する。
「もう一発――――!!」
そしてルカの叫び声に後方へ大きく跳躍。そのまま空へと飛び上がり――。
「今だ! ワイヤーガントレット!!」
ルカの狙いは、まさにこの瞬間だった。
知能の高い竜は「もう一発」の声に、再び【魔力開放】が放たれると予想。
その予想を見事に裏切って放たれたワイヤーに、飛び下がったばかりの前足が絡め取られた。
右手で鉄糸をつかんだルカは、【パワーレイズ3】の力で地面に叩き落とす。
ズン! と重い音を立てて地に伏したキマイラは、即座に体勢を立て直すが――。
そこにはすでに、迫るルカの姿。
「もらったああああ――――!!」
鋭い踏み込みと共に放たれるキングオーガの剣。
これをもらいに行ったのは竜。
硬質な首が難なく斬り飛ばされる。
しかしここに至ってまだ、竜の知能は活きている。
大きな振りで放った横なぎの隙を突き、喰らい付きに来る獅子。
間近に迫った獅子の牙に、今から剣を合わすのは不可能だ。
「魔力、解放ォォォォッ!!」
青銅の左腕を突き出す。
この日三発目の魔力開放が獅子の顔を消し飛ばした。
そして勝負は、決着へ。
竜、そして獅子を犠牲にする代わりに与えられた時間。
山羊はその全てを魔力の凝縮に注ぎ込んでいた。
これこそが、今はなき竜の立てた勝利への流れだ。
「これで、終わりだぁぁぁぁ!!」
ルカは再び右手に呼び寄せたキングオーガの剣で、最後の首を取りにいく。
しかし山羊も同時に、全ての魔力を賭けた魔法で対抗する。
収束していく多量の魔力光が、まばゆく輝いて――。
「ウオオオオオオオオオオ――――ッ!!」
「グギャアアアアアアアア――――ッ!!」
響き渡る両者の咆哮。
直後、巻き起こった盛大な爆発が全てを飲み込んだ。
広がる白煙。
大きく削り取られた地面に、転がる鉄兜。
少し遅れて、撥ね飛ばされた山羊の首が重い音を立てて地に落ちる。
煙が、晴れていく。
その場に立っていたのは、ルカだけだった。
「…………やった。やったぞォォォォ――――っ!!」
三度の魔力開放で一気に重くなった体を引きずり、拳を突き上げる。
「痛っ」
身体の陰になっていたとはいえ、青銅のガントレットで完全な防御は不可能。
初めての負傷に思わず苦笑い。
キマイラの遺品は獅子の牙と山羊の頭角。そして龍宝玉。
牙と頭角はどちらも武器やアイテムの生成に使われる高級品で、龍宝玉も宝石としての価値が非常に高い。
これで間違いなく、目標の金額を超える。
兜とガントレットをひろい上げ、帰途につくルカ。
鉄の装備はどれも、見る影もないほどにボロボロだった。
そんな中でも、右腕のダマスカスは傷の一つも負っていない。
それはまるで、ついに訪れた引継ぎの時を暗示しているかのようだった。
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