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16.その正体は鎧鍛冶

 バフォメット。

 大きな山羊の顔をしたその魔物には、三本の角が生えている。

 顔の両側面で巻かれた禍々しい二本の角と、頭頂部で燃え続ける立錐の角。

 ダンジョン39階層に棲むその魔物は、誰もが恐れる力を持つ。

 その右手から放たれる、豪炎の砲弾。


「喰らわねえよ!」


 金髪の青年が振るった魔剣の起こす衝撃波が、炎弾を火の粉へと変える。

 するとバフォメットは続けざまに、猛烈な炎のしぶきを巻き起こす。


「光の盾!」


 大盾の男が展開した光の壁が、仲間を守る。

 すると盾の庇護下から、弓手が五本の矢を同時に放った。

 輝く五本の矢は、敵までの間に直線を求めない。

 対象目掛けて、光の弧を描くようにして飛んでいく。

 バフォメットは背中に生えた黒い翼を羽ばたかさせることでそれをかわし、今度は左手を上げた。

 すると足元に描かれた魔法陣から現れたのは、五匹ほどの鋼蜘蛛。


風閃刃ウィンドブレード!」


 すかさず女性魔術師の放った魔法が、鋼蜘蛛たちを切り刻む。


「さすがに強敵ですが……いけますね!」

「ったりめえだ。俺は騎士になる男だぞ」


 歓喜する弓手に、金髪の青年は強気に笑みを見せる。

 しかし次の瞬間、足元から伸びた四本の鎖が大盾の男の足をつかんだ。


「身体が、動かないっ!」

「ったく、しゃあねえな!」


 金髪の青年が魔剣で鎖を切り落とすと、そのまま四人全員が跳び下がる。

 すると四人がいた場所に、荒々しい炎の柱が吹き上がった。


「あっぶねえ……」


 安堵の息を吐く青年に対し、バフォメットは間髪入れずに左手を上げる。

 すると骸と化した鋼蜘蛛たちが魔法陣に溶かされ再構築。

 鉄と岩が入り混じった大型のゴーレムになった。

 即座に弓手と魔術師が攻撃を放つが、硬質なゴーレムに深手は与えられない。


「それなら俺が……なッ!?」


 動き出そうとした金髪青年の腕を、四本の鎖がつかんでいた。

 さらにバフォメットは炎砲弾を三連射。


「光の盾!」


 どうにか大盾の男が守りに入るも――。


「……ウソだろッ!!」


 煙をかき分け現れたゴーレムに、殴り飛ばされた。

 弓手を巻き込み転がる二人。

 バフォメットはさらに炎砲弾を放つ。


「冗談じゃねえ!」


 どうにか鎖を断ち切り魔剣を振るうが、始動の遅さゆえに相殺はし切れない。


「ぐああああッ!!」


 吹き飛ばされ転がる青年。

 さらにそこへ、鋼のゴーレムが追撃を仕掛けてくる。


「ちょっとマズくない!? ここからどう戦うの!?」

「……そんなの、決まってんだろ」


 形成を一気に逆転され、慌てて駆け寄って来る魔術師。

 バフォメットに背を向けた青年は――。


「逃げるぞー!」

「「「ええッ!?」」」


 撤退を開始した。

 しかしバフォメットは、そんな冒険者たちを見逃したりはしない。

 その背中に炎砲弾を放り込む。


「隠れろ! 岩場の隙間に隠れろォォォォ!」


 大慌てで岩の隙間に飛び込む四人。


「盾だ! 光の盾で防御しろ!」


 盾を展開し、次弾からどうにか身を守る。


「ねえ! このままこんがり焼かれて死ぬなんて嫌よ!」

「ウェルダンならまだマシだな。最悪ミディアムレアで長らくその姿を無残にさらす可能性も……」

「ちょっと待て。俺の髪……燃えてるゥゥゥゥ!」


 岩にはじかれ火の粉を巻き上げる炎砲弾。

 光の盾も、炎は防げても暑さまでは防げない。

 さらにゴーレムまでもが、こちらへ向かって歩き出した。


「ひいいいい! 熱いですー!」

「ちょっと! どうするのよ!?」

「その前に俺の髪が! 俺の髪がぁぁぁぁ!!」


 自身の頭をバンバン叩いて鎮火させる金髪の青年。


「……ん?」


 不意に、目を丸くする。



「…………なんだ、あいつ」



 そこにやって来たのは、見知らぬ一体の全身鎧。

 鈍い褐色をしたその青銅鎧は、バフォメットを見つけるや否や大きな剣を構えた。


「ま、まさか一人で戦うつもりなんですかね?」

「この階層で単騎特攻なんて……無謀が過ぎるわ」


 バフォメットは右手をあげ、突然やって来た全身鎧に問答無用で三連発の炎砲弾を叩き込む。


「おい、避けろ!!」


 思わず叫ぶ大盾の男。

 しかしその叫びはむなしく、爆炎の砲弾は全て鎧の冒険者に直撃した。


「何ボーッとしてんだよ! そんな鎧一つじゃどうにもならねえことくらい分かんだろ……っ!」


 燃え上がる紅蓮の炎。

 それは誰がどう見ても即死の状況だった。

 ――――しかし。


「ウソだろ」


 大盾の男は驚愕に目を見開く。

 全身鎧のルカは赤熱の業火をもろともせず、バフォメットに飛び掛かっていく。

 手にした大剣を一閃。

 しかしそれを翼による飛行でギリギリで回避したバフォメットは、再び右手をあげた。

 再び放たれる炎砲弾。

 これをルカはキングオーガの剣で斬り払う。しかし。


「なっ!?」


 炎による攻撃を隠れ蓑にして放たれた鎖に、身体を拘束された。

 バフォメットの恐ろしさは、その攻撃の連続性だ。

 別種の攻撃を怒涛の勢いで押し付けることで、相手の連携や守りを打ち崩す。

 最初こそ各自の強みを活かして戦っていた金髪の青年たちも、その勢いに飲み込まれたのだ。

 太い四本の鎖に囚われたルカ。

 バフォメットが右手をあげると、その足元から盛大な炎柱が突き上がった。


「今度こそ……終わりだ」


 敵を拘束し、灼熱の炎で焼き尽くすその一撃。

 金髪の青年が唇をかむ。

 それは目にした四人を震え上がらせるほどに、恐ろしいコンビネーション。

 ジリジリと頬を焼く熱が、辺りに広がっていく。

 だが、しかし。


「……効かないな」


 これこそが今回の事前準備で、鎧を青銅に変えて来た理由。

 バフォメット自体は物理攻撃を行わず、強力な魔法による攻めを得意とする。

 そして青銅の【耐魔法】レベルは【2】だ。

 ルカは身体を拘束していた鎖も、【パワーレイズ3】であっさりと引きちぎってみせる。

 すると――。


「……雰囲気が変わった」


 金髪の青年が息を飲む。

 突然現れた全身鎧の実力に、バフォメットの角が激しく燃え上がった。

 ゴーレムが崩れ去り、さらに一回り大きな岩鉄混合のゴーレムができあがる。


「ッ!?」


 放たれた鎖はこれまでの三倍、十二本。

 身動きの取れなくなったルカに放たれる烈火の砲弾。巻き起こる爆発。


「何本でも変わらないっ!」


 全ての鎖を引きちぎり、炎を払う。

 そこにはすでに、ゴーレムがその巨大な拳を振り上げていた。

 ルカは叩きつけられる鉄拳をかわし、地面にめり込んだゴーレムの拳に触れると――。


「魔力――――開放!」


 放たれた魔力は、ゴーレムの体内を駆けめぐる。

 内側からあふれ出した輝きがそのまま爆発を引き起こし、腕を砕く。

 崩れ落ちていくゴーレム。降り注ぐ石片の雨。

 無類の力を見せたルカは、再びその目で黒山羊を捉え――。


「……鎖もゴーレムも、その一撃のための時間稼ぎだったのか!」


 深紅になるほど、燃え上がった炎角。

 ルカの足元に現れた魔法陣が、その光を強めた次の瞬間。


「ッ!!」


 マグマのように煌々と輝く赤光の豪炎が、足元から吹き上がった。

 壮絶。ごうごうと燃え続ける灼炎は付近の岩を黒く炭化させ、熱波が付近の温度を跳ね上げる。

 まさに怒涛。そして圧倒的。

 目が眩むほどの光量を誇る必殺の爆炎を、ルカは――。


「めちゃくちゃ熱い……っ。でも…………問題なし!」


 今だ付近を燃やし続ける炎。

 バフォメットの放った攻撃の全てをその身に受け、なお無傷。

 火の粉をまといながら、ルカはバフォメットの目前に飛び込んで――。


「これで……終わりだああああーっ!」


 そのままキングオーガの剣を一振り。


「ギアアアアアアアア――――ッ!!」


 黒山羊を一刀のもとに斬り伏せた。

 砂になり、消えていくバフォメット。

 その場に残ったのは、赤く輝く角だった。

 それは炎を自由自在に放出することができるという、言わずもがなの高級素材。


「……おそらく、次でそろう」


 新たな魔装鎧まで、あと一歩。

 ルカは散らばった無数の鎖に触れて「……これも鉄かぁ」とつぶやいた後、さっさと39層を後にした。


「なんだよ……あれ」


 唖然とした表情で岩の隙間から出て来たのは、元金髪の青年。


「バフォメットに一人で勝ってしまうなんて、半端じゃないですね……」

「あんなの『強い』の一言で済まされるレベルじゃないわ」


 ギルドでも評判のパーティである四人は、危機が去ったことより攻防どちらにも秀でた全身鎧に驚嘆していた。

 バフォメットは本来、専用のチームを組んで挑むべき相手だ。

 優れた前衛がゴーレムを引き付けている間に、鎖と炎を回避しながら本体を攻撃する。

 その討伐難易度の高さはもはや、語るまでもない。


「一体何者なんだ……」


 すでにいなくなったルカが去った方を見ながら、つぶやく大盾の男。

 その異次元ぶりに、元金髪の青年も首を傾げる。


「でも……全身鎧のヤツなんて、うちのギルドにいたか?」

お読みいただきありがとうございました。


【ブックマーク】【ポイントによるご評価】いただければ幸いです。


何卒よろしくお願いいたします。

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