13.不死の王
「アンタねぇ、もう少し気をつけなさいよ」
「無事だったんだからいいだろ」
付術師に文句を言われたバックラー男が、不満げに言い返す。
「よりによってデモンビーの軍団と鉢合わせになるとはなぁ」
「うまく隠れられて良かったな。あの賢い蜂どもの軍団を相手するなんて、考えるだけでゾッとする」
「ま、おかげでデモンビーたちはかなり殺気だってるけどね」
ルカのもとに増援として現れたデモンビーの軍団は、彼らの騒ぎによって現れたものだった。
「ほら、そんなことよりもうお宝は目の前だぞ。いいな、不死の王と真面目に戦おうなんてするなよ?」
「当然だ、死にたくないからな」
「あたしだってあんな化け物とやり合いたくないわ」
男たちはもう一度確認し合って、準備を開始した。
◆
ぽたりぽたりと滴る、紫色の雫。
30層は各所にこの紫の毒液が滴っていて、溜まりを作っている。
この毒だまりが魔石の燐光を反射する光景は、なんとも薄気味が悪い。
そんな空間を、ルカは一人進む。
「そろそろ左ガントレットを銀に替えておくか」
今回は、丸まる銀で造ったガントレットを持ち込んでいる。
銀は【耐衝撃】も【耐魔法】も【パワーレイズ】も載らない素材なので、他パーツによる【全体化】の恩恵は受けられない。
しかし現状銀にしか載らない【解毒】は、装着すれば毒を打ち消してくれる優良スキル。
銀のガントレットを含んだ、現状のスキル構成は以下となる。
全身(鉄) :【耐衝撃2】【耐魔法1】【パワーレイズ2】【滑走跳躍1】
左腕(銀) :【解毒】
鉄パーツのスキルが何一つ載らないのが痛いが、この形でないと【解毒】が使えない。
魔力開放を使う際もやはり、青銅のガントレットへの換装が必要だ。
「……ここは」
左手を銀のガントレットに替えたところで、足を止める。
そこは毒の溜まりが一面に広がった空間。
紫色の溜まりに大小様々な骨が無数に浸かっている、とにかく趣味の悪い場所だ。
その場にいるだけであっという間に身体に毒が回っていくというのが、また恐ろしい。
「宝はこの先だな」
嫌な感じのする毒だまりの上を、ルカは緊張と共に進んで行く。
すると空中に、紫の炎が燃え上がった。
炎は渦を巻き、付近の骨を巻き上げて行く。
「ッ!!」
閃く強烈な紫光。
現れたのは、ボロボロのローブに禍々しい首飾りを付けた、巨大な骸骨。
濃紺のローブを引きずりながら浮遊する姿は、不思議と優雅さすら感じさせる。
「これが……不死の王……」
そう言葉にした瞬間、足元の溜まりが突然爆発した。
「なッ!?」
辺り一面に飛び散る毒液。
強襲に近い方での範囲攻撃に、回避のしようなどない。
ルカはその身に思い切り毒液の雨を浴びてしまった。
それはわずかな時間で罹患者を殺す劇毒だ……だが。
「……問題なし!」
左腕を【解毒】で固めたルカに効果なし。
この隙を突き、滑走で一気に距離を詰めて行く。
対して不死の王は、手にした金色の杖を掲げてみせた。
フードによって影となった不死の王の目が怪しく光り、紫の炎弾が放たれる。
それは炎の攻撃力と毒性を同時に持つという、まさに一粒で二度マズい魔法攻撃。
炸裂。まばゆい紫色の火花を盛大にまき散らす。しかし。
「効かないな!」
これをルカは、【耐魔法】の載った右腕で弾き飛ばした。
【耐魔法】と【解毒】の効果が最高の形で活きる。まさに狙い通りの展開だ!
いまだ瞬く燐光をまといながら、ルカは急加速の勢いに任せて特攻。
「インベントリ! なんかデカい剣!」
そのまま横なぎ一閃。
すれ違い際の一撃が、不死の王の胸元をローブごと斬り裂いた。
肋骨がボロボロと崩れ落ちていく。
「よし、これならいけそうだ」
「――――――――ィィィィ!!」
「……ん?」
ルカの目が留まる。
不死の王が奇妙な金切り音を上げると、足元でうごめく骨たちが融合を始めた。
そして不死の王が破損した個所を、新たに作り上げていく。
「さすが『不死の王』を名乗るだけあるな……」
修復を終えた不死の王は、再び杖を掲げる。
「攻撃魔法じゃない?」
王の前に立ち上がったのは、十体ほどの骸骨たち。
歯こぼれした鉄剣を手に現れた骸骨剣士たちが、一斉に襲い掛かって来る。
「本人の魔法攻撃に加えて、配下まで出してくるのか……おっと!」
骸骨剣士の剣を受け止める。
攻撃自体は簡素で、恐れるほどのものじゃない。
問題はその数だ。
いくら緩慢とは言え相手は剣士、この数で襲い掛かられれば厄介には違いない……のだが。
「退いてろォォォォ!」
【パワーレイズ】による薙ぎ払いで、三体の骸骨剣士を砕いて払う。
わずか三回の攻撃で骸骨剣士たちを還したルカは、そのまま王のもとへと走り出し――。
「骸骨兵たちは、このための時間稼ぎだったのかっ!」
「――――ィィィィ!!」
足元を吹き抜けていく、重たい白煙。
次の瞬間、逆立つ鱗のような氷刃が足元から一斉に突き上がった。
「う、おおおおッ!!」
強烈な魔法攻撃を前に、とっさにルカは『銀の腕』を守る。
しかし鉄の鎧の【耐魔法】レベルも【1】
無数の白刃が、ガリガリと魔装鎧に傷を刻み込んでいく。
「配下ごと消し飛ばすとは、なかなかハードな王様だな……ッ!?」
不死の王による攻勢は止まらない。
掲げた手にはすでに、煌々と輝く魔力の光。
氷結空間に放たれた光弾が、炸裂する。
「うわああああっ!!」
強烈な爆風が巻き起こり、ルカはゴロゴロと毒だまりの上を転がった。
粉々になった氷鱗が舞い散る中、訪れるひと時の凪。
不死の王が上級冒険者たちにすら忌避されるのは、毒の足場と骸骨の配下、そして何より怒涛の魔法攻撃によるものだ。
しかし。
「……め、めちゃくちゃ冷たいっ! 特に銀の腕が……ッ!」
それでも、魔装鎧を打ち抜くには至らない。
体勢を持ち直したルカに、不死の王は再び杖を掲げる。
一際強烈な輝きと共に立ち上がるのは、百を超える骸骨剣士たち。
「これ以上戦闘を続けてもキリがないな。それなら……ここで決めさせてもらう!」
あらためてキングオーガの剣をつかみ直したルカは、一気に距離を詰めに行く。
「邪魔だぁぁぁぁ!!」
【パワーレイズ】によって振るうキングオーガの剣で、骸骨兵たちを次々に粉砕。
そんなルカを狙って放たれる魔法。
しかし不死の王は、ここで魔法の選択を間違える。
放たれたのは、毒を含んだ炎弾だった。
「――――悪いな、効きが悪いんじゃない。そもそも毒は効かないんだ!」
紫炎を突っ切り、骸骨剣士たちの振り降ろす剣の隙間を縫うようにして跳躍。
そのまままっすぐ不死の王へ。
しかし、決め手に欠けるのはルカも同じ。
キングオーガの剣では、どれだけ深い傷を負わせたとしても回復されてしまう。
かといって銀のガントレットを外して【魔力開放】を使えば、【解毒】の効果が消える。
全てが【毒】で作られたこの場所でそれは、あまりに怖い。
「インベントリ!」
だからルカは手を伸ばす。
右手に持ったキングオーガの剣が消え、代わりに現れたのは――。
「――――ただ異常に重いだけのハンマー!」
それは屑鉄を集めて固めただけの、巨大ハンマー。
前回のダンジョン攻略時に生まれた、『切断以外の攻撃方法が欲しい』という思考のもとに作られた新装備。
ヘッドだけで数百キロに及ぶ武骨な鉄塊に、同じく鉄の取っ手を付けただけの代物だ。
もちろん普通に振り回すには重すぎし、大きすぎる。
だが、高いところから落下の勢いに乗せて振り下ろすだけなら、その威力は絶大だ!
「オラアアアアアアアア――――ッ!!」
超重量を叩きつける。
武骨な鉄塊は不死の王の頭部を楽々砕き、そのまま首、胸、腰の骨までを巻き込み地面にめり込んだ。
まさに必殺の一撃。
ここまで粉々になってしまえば、いかな不死の王といえど復活はできない。
砕かれた骨が、砂のように崩れて消えていく。
不死の王、討伐完了。
「次は魔法防御について少し考えた方がいいかもしれないな……っていうか、魔術師系の敵はこのパターンが多いなぁ」
その場に遺されたのは、杖に使われていた宝玉だった。
ルカはささっとひろい上げて、奥へと急ぐ。
「さて、ここの宝は…………」
魔石脈から零れ落ちる、スライム状の液体。
どんな怪我にもなかなかの効果を発揮するらしく、薬師はこれを使って様々な調合をするんだとか。
もちろん高級品だ。
無事お宝を発見したルカは、さっそくビンを片手に採取にかかる。
「よし、今夜はここまでだな」
こうして今夜も無事にダンジョン攻略を終えたルカは、【滑走】で帰途へ着いたのだった。
――――そんなルカが、31階層を出た直後。
入れ違いになるように、冒険者の一団がやって来た。
「やっぱり、不死の王がいねえ……」
「おいおいラッキーじゃないか。それならとっととお宝をいただいちまおうぜ」
「それが……宝もねえんだ」
「そりゃどういうことだ?」
「……どうやら、先を越されたみたいね」
荒れた現場、失われた宝。
残された痕跡を見て、付術師の姐さんがこれ見よがしなため息を吐く。
「さあ今夜は大残念会よ。もちろん――――アンタの奢りでね」
「ええっ!?」
「酒場にいるやつらの代金もまとめてな」
「えええー!?」
仲間たちに引きずられていく、バックラーの冒険者。
「ったくなんだよツイてねえな!」
足元の石を蹴っ飛ばす。
蹴られた石ころが飛んで行った先には、デモンビーの群れ。
「…………」
怒りに震える黒蜂たちが動き出す。
「じょ、上等だ! 十匹や二十匹くらいなんだってんだ! こうなりゃお前らで腹いせしてやっから、かかって来いよ!!」
雄たけびをあげるバックラー男。
するとさらに背後から、多量のデモンビーを引き連れたクインビーの姿が。
「……に、逃げろォォォォ!!」
半泣きになりながら逃げ出す、バックラーの男たち。
結構刺されはしたものの、多量に用意していた毒消しポーションをがぶ飲みすることで、どうにかこうにか事なきを得たんだとか。
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