11.意外な一幕
金色の髪の剣士、ユーリ・ブランシュ。
彼女が戻って来ると、わずかにギルド酒場の空気が変わる。
粛々とその日の戦果を告げる美しい少女の立ち姿に、皆一様に視線を奪われるからだ。
そんな昼過ぎのギルド酒場。
「……そこで聞いちまったんだよ。その階層にある宝を狙ってるヤツらの話をな」
ダンジョン攻略を終えて帰ってきた中級冒険者の男が、同じパーティの仲間たちにそっと打ち明けた。
「俺たちでいただいちまおうぜ」
「でも、不死の王が出るところだろ? 回収は少し面倒だな」
「そうね、特にあの階層の一部は不死の王のせいで毒まみれだもの」
「別に絶対倒さなきゃいけないってわけでもねえだろ? 時間を稼いでる間に宝だけ頂いて逃げりゃいいのさ」
男は女性付術師の言葉をさえぎるようにして、そう続けた。
「なるほど、それならありね」
「ああ、悪くない」
「俺たちの後に探しに来たヤツは、宝はねえのに手強い魔物だけ残ってる状況になっちまうけどな。へっへっへ」
「まあ、それも運が悪かったと諦めてもらうしかないな」
笑う男に、仲間たちも同意する。
「よし決定だ。そういうことなら…………おい、鎧鍛冶」
「お、修理かな? それなら一応全体を確認しておいた方がいいよ」
「……なんでそんなに乗り気なんだよ」
それはもちろん、レベル上げのためだ。
「今回はバックラーとガントレットの接続部だけでいい。明日の夜までにやっとけ」
「夜? なんでまた」
「お前には関係ねえだろ。とにかく夕飯の後までだぞ、いいな?」
そう言い放った男は修理品を置くと、さっさと仲間たちのところへ戻って行く。
すると入れ替わるようにして、戦果報告をしていた金髪の少女がやって来た。
「今日もお疲れ様。装備の調子はどう?」
「君は私の父親か何かかい? 問題があれば私の方から報告するよ」
ユーリ・ブランシュはそう言って「やれやれ」と息をつき、ギルドを後にした。
◆
ルカは水面に手を浸し、新たに得たスキルをもう一度確認しておく。
【――――魔装鍛冶LEVELⅨ.解毒】
【――この技をもって作製された防具は、強力な解毒作用を持つ】
「大丈夫、間違いない」
正確にはもう一つ新たなスキルが『追加』されているが、それは後回し。
なぜなら――。
「……よし、交渉は成立だな。これが頼まれてたシロモノだ」
「助かる。これからも頼むよ」
「もちろんだ。こちとら『モノさえちゃんとしてれば何でもアリ』が信条だからな。たとえそれが……どんな出自だろうがよ」
そう言って若い行商人はニヤリと笑う。
商人としてなり上がるためなら、危ない橋もいとわないのが彼の理念だ。
「別に怪しいものじゃないって」
「はいはい、もちろん存じておりますとも」
「あと、例の情報も頼む」
「万能薬についてだな。何か情報が入り次第すぐに持って来る。それじゃ今後ともごひいきに」
そう言い残して鍛冶場を後にする行商人。
彼こそが『足を付けず』に物品売買ができる、唯一のツテだ。
そして今回、これまでの稼ぎと交換で手にした金属は――――銀。
この銀という金属は、ラミニウムのように【耐衝撃】や【跳躍滑走】などが載らず、そもそもの硬度も低い。
しかし【解毒】という特殊なスキルが搭載できる。
これがこの後、活きてきそうなのだ。
「果たしてこの【解毒】スキルがどんなものなのか……さっそく試してみるか」
単純な防具としては厳しいのだろうが、とにかく作ってみない事には始まらない。
ルカは意気込んで、いつもの鍛冶場へ足を踏み入れる。
……あれ?
月明りに照らされた鍛冶場には、意外な先客がいた。
机の上に置かれたルカの槌を手に取り、じっと見つめる金色の髪の少女。
今日もギルド酒場で会った剣士、ユーリ・ブランシュだ。
仕事の依頼かと思い、ルカが声をかけようとすると――。
「――――ごめんなさい」
そう、ポツリと口にした。
予想外の言葉と、他者を寄せ付けない普段の雰囲気との差に思わず足を止めてしまう。
「どうして私は、いつも余計なことを言ってしまうのかな……」
悔恨を感じさせる、しゅんとした表情でユーリがつぶやく。
意味が、分からない。
一体彼女はこんなところで何に対して謝っているんだ?
首を傾げざるを得ないルカ。しかし。
「本当は君が、声をかけてくれるのがうれしいんだ…………」
……俺か!?
これまでのことを振り返ってみる。
この子はいつも一人でギルド酒場にやって来るし、何度となく声をかけた記憶もある。
でも、いつだって素っ気ない感じだったはずだ。
まさに、意外過ぎる告白。
「ダンジョン攻略が落ち着いたら……その時は、素直になれるようがんばるから」
そう言って、かすかに笑みを浮かべるユーリ。
ここまで来て、ようやくルカは思い至る。
……これ、俺が聞いちゃいけないやつだ!
そして、聞かれちゃいけないやつを聞かれてしまったということを知られるのは、もっとマズい。
まさかの事態に慌てふためき出すルカは、音を立てないよう気を使いながら物陰に隠れる。
こ、ここはこのまま隠れてやり過ごすんだ!
覚悟を決めるルカ。
しかしここで、最悪の事態が襲い掛かる。
……ヤバい。めちゃくちゃくしゃみ出そう……!
い、いやいやいや、ここで音を出したら終わりだぞ!
俺が知らなかったフリをするだけで全てが丸く収まるのに、こいつをぶちかましたら何もかもがぶち壊しになる!
ルカは必死にくしゃみを抑え込もうとする。
ダメだぞ! 今だけはなんとしても耐えるんだ!
発射のために空気を取り込もうとする口を強引に閉じ、呼吸を止める。
…………行ける。
くしゃみが引っ込んでいく感覚。
それは、生理現象に対する勝利の前奏曲。
やった! 勝った! これでこの件はなかったことにでき――。
「はーっくしょい!」
鳴り響く、無情の一撃。
ルカは、おそるおそる顔を上げていく。そして。
この世の終わりみたいな顔をしたユーリと、目が合った。
生まれる、静寂の時間。
「い、いやあー、槌を忘れててさ。あ、そうそうそれ……それじゃまた!」
ユーリから槌を受け取って、ルカはそそくさと鍛冶場を後に――。
「……待って」
ギク!
「お、おおお俺は何も聞いてないっ!」
「何も聞いてないって言葉は、何か音や声がしていたのを知っていなければ口にしない」
「しまったああああ!!」
羞恥に顔を真っ赤にしたユーリは、ブルブル震えながら腰もとに下げた剣に手を伸ばす。
「……もう」
「……もう?」
「死ぬしかない」
「…………どっちが!?」
まさかの事態に、とんでもないボケを炸裂させるルカ。
「いやいや待ってよ! そもそも俺は君に謝られるような思いはしてないから! だからセーフ! セーフ!」
「…………え?」
しかし、続くその言葉がユーリを止めた。
「だって無理な依頼を急に持ち込んで来たりもしないし、基本メンテナンスは自分でやってるみたいだし、何かあった時はちゃんと見せてくれるし、修理にも応じてくれてるじゃないか!」
それは、防具を扱っているルカとしては非常に助かることだ。
冒険者に多い『無理なんか押し付けて当然』という態度はなく、ルカ自身を傷つけるような言葉を吐いたこともない。
この少女は一見感じが悪いように見えるが、思い返してみれば行動自体は素直な方だ。
文句を言われるのが日常のルカの目線では、むしろ優秀な冒険者に属している。
確かに少し変わったところがあるのは……間違いないが。
「それなら……良かったけど」
恨まれたりしていないことは良かった。でも、本心を聞かれたことは良くない。
そんな状況に、感情の落ち着け先を見失ったユーリは……。
「と、とにかく、そういうことだから」
よく分からないまとめ方をして、逃げるように走り出す。
「ていうか、何か用があったんじゃないのか……?」
ユーリはびくりと足を止め、もう一度その顔を赤くする。
そもそもここに来た目的を、完全に忘れていたようだ。
「こ、この傷を見てほしかったんだ。あ、後は頼んだっ」
そう言って傷の入った胸当てをルカに渡すと、今度こそ鍛冶場から逃げ出して行くのだった。
この夜ユーリが、ベッドの上で何度も『思い出し悶え』をしたことは言うまでもない。
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