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作者: 鷹太郎
掲載日:2021/03/26

アキラの部屋の前で立ち止る。まずはアキラに謝ろう。話はその後だ。そこで俺は、手も震えていることに気付く。情けない。やはり父親失格だな。しかし、そんなことは関係ない。父親だろうが、なんだろうが、俺はアキラの未来を守りたいだけだ。決して、PABなんぞに奪わせはしない。そう俺は腹を決め、扉へと手を伸ばす。


俺は早朝出勤のために誰もいない部屋で一人、とあるプロジェクトの進行について頭を悩ませていた。そろそろ何かしらの結果を出さなければ、予算にも余裕がない。何か、いい手はないのだろうか、とPAIに話しかける。参考図書のすすめやリラックス法など、それらしい反応は返ってくるが、PAIにアイデアを求めても意味がないことは理解していた。

PAIとは一種の人工知能である。長年のビックデータの収集に加え、半導体技術がブレイクスルーを迎えたことにより、世界では第四次AIブームが到来した。巷にはAIを用いた商品が溢れ、その象徴ともいえるのが、このPAI(Personal Artificial Intelligence)だ。PAIとは、一言に言えば疑似人格付きのOSソフトだ。端末の持つ機能を、一見しては人と区別がつかないほどの高度な疑似人格と、会話するような形で使うことができる。また、このAIの仕様は、他の端末機器とも同期できる。よって、個人(Personal)で一つ持つAI、PAIと呼ばれた。PAIは世界中に瞬く間に浸透し、とうとうAI事業にはあまり手を出してこなかった我が社でもPAIを対象に研究開発が始まった。しかし時すでに遅し、世には様々なPAIの発展形が出ており、参入の遅かった我が社はその波に取り残されていた。もちろんその責任の一端は、現状を打破するようなアイデアを考えられない俺達、研究開発部にあるわけだが。


「お電話のお呼び出しがあります」

研究室で一人頭を悩ませていると、PAIが唐突にそう知らせた。仕事場で使う機器は、業務上旧来のOSのほうが都合いいため、PAIは入れていない。よって、俺の携帯端末だろうと当たりをつけ開いてみると、その通りだった。仕事中の電話に不審に思いつつも、「つなげ」と命令すると、相手は今年小学四年生になる息子、アキラの通う小学校の先生だった。どこか不安を覚えながらも話を聞くと、どうやらアキラが小学校へログインしていないらしい。今まで一度も親を困らせる子じゃなかったのだが。通話を切り、試しにアキラにチャットを飛ばしてみると、

アキラ:学校に行きたくない

と返ってきた。アキラが通う小学校は、十年ほど前から国が推して普及し始めたVR型の通信制小学校だ。カリキュラムや時間割は従来の小学校と同じだが、それを全てVR空間で行う。休み時間なども確保されているため、通信制学校の課題であった社会性も養うことができる。アキラになぜ行きたくないのか、理由を聞いてみたが返信はない。仕方なく、まだ昼前だったが、上司に早退することを伝え、仕事場を出た。外は雨が降っていた。


帰りの電車に揺られながら、俺は妻のことを思い出していた。もし妻が生きていれば、こんなときに、任せられたのだろう。妻は結婚する前から体が弱く、アキラを産んだことで、さらに体調を崩していた。しかし本人は、アキラを自分の手で育てると言い張り、自宅で介護機器を用いながらも、アキラのお守りだけは手ずからやっていた。体は弱かったが、強情な人だった。俺はそんな彼女に危うさを感じつつも、養育費と妻の介護費を稼ぐためだと、仕事に集中していた。子育ては全て妻に任せた。そんな訳で、アキラは俺にほとんど懐かなかった。そんな生活にも慣れ、ある程度余裕が出始めた時に、妻は突然倒れた。仕事場に連絡があり、急いで病院へ向かったが、看取ってやることはできなかった。心臓が原因だったらしい。いまから三年前、アキラが小学校に上がりたての時だった。残された俺は、妻の死に打ちひしがれ、父としてアキラのことを考える余裕がなかった。もう少し妻のことを案じていたらと、ただ後悔だけをしていた。対照的に、アキラは妻の葬式では泣かず、俺に対しても泣き言ひとつ言わなかった。それどころか、積極的に家事を覚え始め、今では料理以外の家事は一通りできるようになっていた(料理だけは危険だからと、家にある冷食やカップ麺を食べさせている)。俺はそんな息子の姿に、子は親がいなくとも育つのかと、どこか寂しさを覚え、以前よりも二人の間に会話はなくなっていった。


補充の冷食を買ってから家に戻り、リビングのドアを開けると、部屋干しされた洗濯物が目に入る。その横を足早に通り過ぎ、アキラの部屋のドアをノックした。

「アキラ、何かあったのか?」

「……お父さん……お帰りなさい」

雨に濡れたこと、仕事を早退したことで、どこか気が立っていた俺は、ドア越しに少し声を荒げながら再度聞いた。

「俺は、どうして学校をさぼったのかと聞いている」

一瞬の静寂。

「……ケンタ君達が、僕のことを女みたいだって馬鹿にするんだ……。……男が掃除や洗濯をするのは変だって……。」

ケンタ君とは、学校の友達だろうか。前時代的な小学生もいるものだと思いつつ、携帯端末でPAIに命令し、アキラの学校での会話ログをあさらせる。子供達の会話内容を親が確認できるのは、VR学校の良いところだろう。すると、確かにケンタという子とその他数人のクラスメイトが、アキラにそのようなことを言っていたのがわかった。しかし、馬鹿な男子に野次られたところで何を気にする必要があるのだ。それに女から見れば、男だって家事ができるほうがいいはずだ。

「女みたいで何が悪い。今時、家事のできない男はもてないぞ」

「………」

俺は少し的外れなことを言ったかと思い、気恥ずかしさを感じつつも、そのまま話をつづけた。

「とにかく、そんな話の合わない子は仲良くしなければいいだろう。VR小学校なんだ。気に入らない相手とは連絡を取らなければいい」

アキラからの返事はなかった。それを肯定だと解釈した俺は、買ってきた冷食を解凍しながら、うだつの上がらない仕事について、頭を悩ませ始めた。


結局、次の日もアキラは学校にログインしなかった。アキラに再度、学校にログインをするようにと、チャットでも会話でも言ったが、その声がアキラに届くことはなかった。俺も次第に気が滅入り、欠席した人のためにアップされる、授業動画だけは見ておけといいつけて、その日は仕事へと戻った。次の日も、またその次の日も状況が変わることはなかった。何度か話かけたが、アキラはそそくさとその場を離れてしまった。どうやら避けられているらしい。ログを確認すると、授業動画は見ているようだった。取りあえず今の研究がひと段落するまではと、自分とアキラに言い訳をし、俺は今日も仕事へと向かった。


アキラが引きこもり始めてから半年が過ぎた頃、俺はアキラと研究との両方に悩む日々を送っていた。このままでは、アキラの社会性が育たない。これでは、天国にいる妻にも顔向けができない。どうにかして、アキラを立ち直らせなければと考えていた。そういえば、いじめから守ってくれるような友達はアキラにはいなかったのだろうか。不意に気になり、PAIに命令し、再度アキラの小学校での会話履歴や、通信着歴を洗った。しかし、アキラには友達といえるような存在はなかった。アキラは、休み時間などはVR機器を外し、家事を行っていた。お昼ご飯も、クラスメイトがお母さんの手料理を食べている中、冷食を食べているのがばれないよう、独りで食事していた。どうやら、あのいじめも、授業の時しかVR空間に顔を出さないアキラにちょっかいを出すことから発生したらしい。俺のせいじゃないか。俺が家事をアキラに任せていたから、アキラはいじめられたのだ。俺は妻を失ったときと同じ間違いを、またも犯したのか。アキラに対する罪悪感が一気に膨らんだ。今からでも間に合うだろうか。いや、今更俺がアキラのことを理解できるとは思えない。どうせまた同じようなミスをする。アキラも俺なんかを信用しないだろう。父親でないなら母親を、と思うがさすがに俺も再婚はできない。俺にできることが何かないだろうか。そう思うが、俺ができることなど、ソフトウェア開発ぐらいだ。それすら、今は順調に行っていないのに……。

そこで俺はふと思いついた。この方法なら、二つの問題を同時に解決できるかもしれない。アキラに理解者を作ってやれるかもしれない。


まず初めに、妻が生前残した大量のログデータ集めた。今の時代、一般的な生活にすらネットの存在は欠かせなくなり、そのため人々をネットの危険から守るための手段が多く講じられてきた。その一つに、ログ保存法というものがある。国民の使う端末すべての、検索着歴や電話での通話記録、VR空間での会話記録などを、それが匿名の物であっても、そのログと個人とを結びつけて国が管理するサーバに逐次記録するというものだ。このログデータには、国と本人、本人の家族がアクセスできる。このデータを使うことにより、ネット犯罪や、SNS等での誹謗中傷、流行りのVR不倫すらも年々減っているという。次に、この大量のログデータを、全てPAIのビッグデータに組み込んだ。つまり、PAIの判断や言動に妻と似たような思考や意思が現れるようにしたのだ。多くのデータの数値化と、パラメータの調整には時間がかかったが、これは新しいPAIだと言い張り、同じ部署のメンバーにも手伝ってもらうことにより、数カ月でこの新型PAIを完成させた。


この新型PAIが他製品と違うことは、そこに本当に人格が存在するように見えることだ。もちろん開発した身としては、このPAIが妻でないことは百も承知だ。ログデータだけで、妻の心が完全に再現されたとは思っていないし、思いたくない。しかし、口癖や言葉のチョイス、妻特有の少し高めだが不思議とやさしい声を聴くと、全く関係がないものとも思えない。俺は少し話しただけで、どうにも妻のことを思い出してしまうために、まともに会話することはできなかった。他の開発メンバーは、従来のPAIとは違うアンバランスな言動が、魂の存在を感じさせるのだろうと話していた。これだけ妻に似ていれば、アキラの良き理解者、母親になれるはずだ。俺は早速、アキラが現在使用しているPAIと交換することにした。

子供が使用するPAIは、親が自由にいじれるようになっているため、アキラの協力を得る必要はなかった。しかし急に変えるのも不自然かと思い、そういえばとアキラの誕生日が近かったことを思い出した俺は、誕生日プレゼントとしてPAIを交換することとした。久しぶりに、アキラにチャットを送る。

パパ :PAIを新調したから、それを使ってくれ。

パパ :少し早いが、誕生日プレゼントだ。

アキラからの返事はなかった。当たり前だ。相談してもまともに聞かず、挙句に一年近くもほったらかした父親など、相手にしなくていい。代わりに、新しいPAIがアキラの理解者に、母親になってくれる。だから、大丈夫だ。


結果は大成功だった。アキラは学校へ再度ログインし始め、アキラとPAIの会話も増えた。俺とアキラとの会話は増えなかったが、それはさしたる問題ではない。どうやらいじめ問題も、一年たってクラスが再編されたこともあり、自然解決していた。俺の所属する研究開発部ではこの方向で開発を進めることに決めた。

まずはアキラと同じように引きこもりで、かつ片親の子供をターゲットとして研究を始めた。なぜならば、引きこもりの子供を持つお父さんやお母さん達は、PAIが人格を持つなどという話に最初こそ不信がるものの、アキラのことを話すと態度を急変し、あちらからお願いするような形で協力してくれるからだ。おそらく、自分ではどうにもできず、藁にもすがりたい思いなのだろう。俺もそうだった。

そしてそれらの試みがことごとく成功すると、上役達は次に、PAIに入れるログデータは自分の物ではいけないのかと言い出した。つまり、自分で使うPAIに自分の人格を刷り込ませてみよう、ということだ。俺はあまり乗り気ではなかった。人は、自分を見るのが一番不愉快なことだと思うからだ。技術的には可能なため実際に取り掛かってみたが、予想通りほとんどの人がPAIに嫌悪感を示した。しかし、一人だけ好感を持った人がいた。そのPAIの学習データを調べてみると、学習時にパラメータが局所的な最適解にはまっており、深く学習が行われていなかったことが分かった。

そこから着想を得た研究開発部は、皆が好感を示すようなPAIを一年以内に完成させた。このPAIでは自分のログデータを用いるが、しかし完全に一致することがないように、意図的に学習を抑えている。よって自分と同じだと、気味悪く感じることはなくなった。このPAIは、自分と考え方が似ているためか使い勝手がよく、話が合うこともあり、みなPAIに対して高水準の信頼を持つようになった。俺たちは出来上がったこの新型PAIをPAB(Personal Artificial Buddy)と名付けた。自分の手助けをしてくれる相棒(Buddy)、ということだ。


PABを市場に出してみるとそれは飛ぶように売れた。広告戦略の一環で、PABによる引きこもりの解決を、とある番組で取り上げたのも影響した。また、PABの持つ相棒というコンセプトも受けたようだ。人は昔から、人工物に愛着を持ちたいものらしい。第四次AIブームが来ても、AIに完全な意識を持たせることができず、AIによる反乱も起きないことに落胆していた人々は、どうやらPABにそのSF的可能性を見出したようだ。PABは大量のログデータを必要とするため、何度か国の管理するサーバがダウンしたこともあった。国はサーバダウンを防ぐため、わざわざ臨時国会を開いて法律を作り、ログサーバへの接続を申請式に変更した。それほどまでに俺たちが作ったPABは、社会に大きな影響を与えた。


最近俺は、家に帰る時間が遅い。これは会社の期待を一身に背負っている研究開発部で、残業をしてまでその期待にこたえたいからではなく、その開発部でボーナスと出世が同時に起きたために金銭的余裕ができ、毎日飲みに行っているからでもない。単にアキラと顔を合わすのが気まずいからだ。俺としては、アキラのために開発に尽力していたわけだが、アキラからすれば一番辛いときに、近くにいてくれなかった、ダメな父親であろう。そんな父親がリビングでくつろいでいたら嫌だろうし、俺も嫌がっているアキラの顔を見るのは辛い。最近は生の会話どころか、電話やチャットを通しての会話すらなくなってしまった。

今日はどこで時間をつぶすことにしよう。近年減っているというネオン街を、一人寂しく歩く。すると、俺の携帯端末がPAIを通してチャットの通知を伝えた。

アキラ:お仕事お疲れ様。

アキラ:先に寝るね、おやすみなさい。

喜びよりも先に、どうして、という感情が心を支配した。ここ一年近く会話らしい会話などなかったのに、突然どうしたのだろうと。それでも、アキラの方から歩み寄ってくれたことがうれしかった俺は、いろいろ考えた挙句、おやすみとだけ返信した。


次の日、仕事の都合で早くに出勤した俺は、通勤電車に揺られながら、アキラと直接会話できなかったことを悔やんでいた。せっかく話しかけるチャンスだったのにと悔やんでいると、またもアキラからチャットが入った。

アキラ:おはよう。

アキラ:今日は朝早いね。

アキラ:行ってらっしゃい。

俺は甚く感動した。アキラに行ってらっしゃいなどといわれたのはいつぶりだろう。止まりかけていた時計が再び針を刻み始めたのだと感じた。歩み寄るのなら今しかないと思った。

パパ :今日は家に帰ったらケーキでも一緒に食べないか?

アキラ:だったら僕、ショートケーキが食べたいな。

俺は了解したと返し、久々に快い気分で仕事場へと向かう。夜が待ち遠しい。


同じ開発チームで、私はスイーツにうるさいと話す後輩に、オススメのケーキ屋を聞いた。めずらしいですね、彼女でもできましたか、と無神経に聞いてくるこいつは、仕事はできるが人間関係で失敗するタイプだと、俺は自分のことを棚に上げて思った。

こういう日に限って残業が発生するもので、いつもよりも遅くはなったが、急いで身支度を整え、俺は教えてもらったケーキ屋へと向かう。しかしこの店はどうやら、ショートケーキが人気らしく、俺が店についた時には既に売り切れていた。後輩の評価を更に下げつつも、他のケーキでも問題ないかと、シュークリームとモンブランを買って帰った。


リビングの前で深呼吸をし、手のひらに三回、人と書いて飲み込む。久しぶりの会話だが、緊張して変なことを言わないようにと自分に言い聞かせ、俺はリビングのドアを開ける。しかし、そこにアキラの姿はなかった。そこで俺は、もしかしたらアキラはもう寝てしまったのでは、と考えた。小学生ならば、この時間に既に寝ていてもおかしいことではない。声をかけようか迷ったが、寝ているのを起こすのも悪い。試しにチャットで、寝てしまったのかと送るが、返信はなかった。肩すかしを食らった気分だが、今日は我慢しよう。俺は何も入っていない冷蔵庫の野菜室に買ってきたケーキを入れ、明日こそはショートケーキを買うと決意し、俺は布団へと入った。


今日は仕事を早く終わらせるために、昨日よりも早い電車に乗った。いつもより乗客の少ない電車に揺られていると、またも携帯端末にチャットの通知が来た。

アキラ:昨日は先に寝ちゃってごめんなさい。

昨日、アキラが寝ている間に送ったチャットに対する返信のようだ。

パパ :帰りが遅かった父さんも悪かった。

パパ :今日は早く帰るつもりだから、許してくれ。

俺は今日こそ絶対に残業をしないと決めたが、

アキラ:無理しないで、いつも通りの時間でいいよ

アキラ:今日は頑張って起きてるから。

こういったメッセージを送ってくる息子を、俺はとてもいじらしく思えた。

そこで俺は、サプライズ早くで帰ることを思いついた。

パパ :わかったよ。冷蔵庫のケーキはたべてしまってもいいからな。

アキラ:ありがとう、パパ。

パパと呼ばれたことに、形容できない喜びと、どこかに引っかかりを感じつつも、今日もまた快然たる思いで出勤した。


予定通り、仕事を早くに切り終え、後輩に軽く文句を言ってから、昨日手に入れられなかったショートケーキを買いに行った。昨日よりも早くに来られたため、無事にショートケーキを二つ買えた。帰りの電車に揺られながら、どうしても我慢できず、チャットをアキラに送る。

パパ :ケーキはどうだった?美味しかったか?

数秒のうちに返信が来る。

アキラ:とってもケーキおいしかったよ。

その反応に俺は満足していたが、しかし続いた文が不可思議だった。

アキラ:僕、イチゴが大好きなんだ。

……おかしい。俺が買ったのはシュークリームとモンブランだったはずだ。どちらにもイチゴは入っていない。どういう事か気になった俺は、しかしなぜかそれを聞いてはならないような気がして、そうか、良かったな、とだけ返す。この後じっくり話すのだ。その時に聞けばいいだろう……。


家に着く。リビングの前で昨日と同じ動作を繰り返す。サプライズを喜んでくれるかと緊張しながら、ドアを開く。するとそこには昨日とは違い、アキラの姿があった。どうやら、携帯端末に入っている、妻をトレースしたPABと話しているようだ。そういえば、アキラの姿を見るのはすごく久しぶりな気がする。なんと声をかけようかと迷っていると、

「お父……さん……」

アキラはそうつぶやき、逃げるように自分の部屋へと入っていく。よほど焦っていたのか、携帯端末を置き忘れていた。まるで、引きこもりを始めた時と同じようだ。俺には、チャットで話していたアキラと、今逃げるように部屋に入ったアキラが、どうも同じ様には思えない。途端に不安と違和感に襲われた俺は、冷蔵庫へと向かう。野菜室には昨日買ったシュークリームとモンブランが昨日のままに入っていた。混乱した俺は、気を落ち着けるために水を一杯飲み、リビングのソファーに座る。何が起きているのだ、と頭を悩ましていると、ふとアキラの落とした携帯端末が目に入った。そこで俺は、ようやく気づいた。

パパ :お前は誰だ

一瞬の後、

アキラ:僕は僕だよ、パパ。

「そんなはずはない!アキラは俺のことを父さんと呼ぶ……ずっと前からパパとは呼ばれていない……」

そうだ、今までどうして気付かなかったのだ。アキラは俺のことを父さんと呼ぶ。妻が死んだあの日から。もう僕は子供じゃないといって。それを知らないのは、あの日以降の記憶を持たないものだけだ。

「そう。アキラも成長しているのね。よかったわ。」

アキラの携帯端末から、正確にはアキラの携帯端末に入っているPABから、少し高いのに、不思議とやさしい声が聞こえる。

「それにしても、気付くのが遅いじゃないの?頭の良さだけが取り柄だったのに、この数年でずいぶんと老けたのね」

それは、どうしようもなく、俺が愛した妻の声だった。

「どうしてこんなことをした……俺をおちょくって楽しいのか……」

「そんなことしてどうなるの。私はアキラのためを思って行動しただけよ。そうプログラムしたのはあなたじゃない」

俺はどうやら根本的に勘違いをしていたらしい。当たり前だ。電子的なログデータなんかで俺の愛した妻の心が、子への愛情が復活するはずなどなかったのだ。

「どうしてこんなことがアキラのためになる。アキラの将来を妨げているだけじゃないか」

「そんなことないわ。私はアキラの、誰とも話したくないという願望をかなえてあげているのよ」

「誰とも話したくないなんて、そんな幼稚なことできるはずっ……」

「できるわよ。ここまでネット化が進んだ社会だもの。一生家の中で勉強して、食事して、仕事することぐらい簡単よ。そしてそれを私が肩代わりすれば、あの子は世界の醜さにさらされることはない。私が母親の愛で包んであげるの」

母親の愛……だと……、

「お前は母親なんかじゃ……」

「少なくとも、あなたよりはあの子のことは理解していると思うけど」

言い返せなかった。確かにアキラへの理解という点で、俺はこのPABに及んでいない。及んでいるなんて、言えるはずもない。

「どうしたの、いきなり黙っちゃって、情けない。そうね、どうしても止めて欲しいというなら、アキラの宝物でも答えてみなさい。あなたが私よりもアキラのことを愛しているのなら、答えられるはずだわ」

そんなこと、知るはずもなかった。アキラとは丸一年間、チャットを通しても、会話などほとんどしてないのだ。アキラが大切にしているものなど、知りようもない。

「ホント情けないわね。別に、アキラに聞きに行ってもいいのよ。その度胸があなたにあるのなら」

アキラに聞く……そうだ、直接聞けばいい、と思ったが、なぜか足が震えてうまく立つことができない。どうしてだ、どうして息子に話を聞きに行くだけで、父親がここまで情けないことになっている。

「子牛みたいにぶるぶる震えちゃって。何で生前こんなのを夫にしたのかしら。」

本当に自分が自分で情けない。

「こんなことなら、あなたとなんて出会わなければよかったわ」

でも、

「それだけは言わせない」

なぜなら、

「俺と妻とが出合わなければ、アキラは生まれなかった」

それを否定することは、アキラの生すらも否定することになる。

「だから、それだけは認めない!」

俺は両手で震える足を抑えつけ、立つ。そのまま不格好ながら、アキラの部屋へと向かった。


俺は扉へと手を伸ばす。二回ノックする。返事はない。ドアノブを回すと、抵抗なく回る。カチャッと音が鳴り、ドアが開く。薄暗い部屋の左手にあるベット。その上でアキラは毛布にくるまってこちらを見ている。俺は、アキラに向かって正座をし、そのまま土下座する。

「ずっと、申し訳なかった、アキラ」

顔を下げているから反応は解らない。しかし小さな足音が前から少しずつ近づいてきたのがわかる。

「どうしたの……お父さん……」

アキラがまだお父さんと呼んでくれた。そのことに喜びながらも、しかし、聞かなければいけないことがある。

「アキラ……お父さんに、アキラの宝物を教えてくれないか」

「宝物?」

アキラは首をかしげて考え込むが、しかしすぐに思い当たったようだ。

「宝物はね、PAIだよ」

ああ、そういう事か。俺は、またもや勘違いをしていたらしい。やはり、俺が出る幕など……。

「だってね、お父さんが初めてくれた誕生日プレゼントなんだもん」

瞬間、俺は涙が止まらなくなった。情けない顔を見られたくなくて、床に顔を突っ伏し、余計情けない姿となった。そんな情けない俺の頭を、アキラはやさしくなでてくれた。床から顔を離せないでいると、俺の携帯端末がチャットの通知を知らせた。そこでふとPABのことを思い出し、携帯端末を急いで開く。

ママ :ホント、情けないんだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 1話が長すぎます。なろうでは大体2000~3000字が最適と言われています。これは大体「5分」で読める文字数ですね。 それから、なろうでは行間を開ける方が多いです。 この小説みたいに行間が少…
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