海雅
アイツなんか嫌いだ。
優れていることを、価値があることを、見せつけてくる、知らしめてくる。
やめろ、やめろよ。
蔑むな。憐れむな。
頼むから関わらないでくれ。
アイツはお母さんから愛されている。
アイツはお父さんから愛されている。
勉強だって出来る。学校の人間関係も好調で、顔だっていい。何人かの女子から慕われていて。
全部、何もかも、正反対。
俺に価値はない。生まれてこなきゃよかったんだ。そうすれば、皆、皆幸せだったんだろ?
不出来な弟が消えて、お父さんもお母さんも俺を養う分無駄に働かなくて済む。
学校は、世界は、俺がいようがいまいが何も変わらない。
わかってる、わかっているから。
救うだなんて、偽善はやめてくれ。
笑いかけるな、抱きしめるな。
相談することはない、頼ることもない。
憐れまれているって事実が惨めになるんだ。
アイツに勝るとこが一つも無い、虚しい真実の証明になるんだ。
嫉妬と拒絶で固めた心が崩れて、俺の本性が世界に晒されてしまうから。
死ぬ勇気がない。
無いんです、ごめんなさい、死にたくない。
わかってます、死にますから。
怖い。生きてても邪魔なのに。
ごめんなさい、はやく消えるから。
だから、今は放っておいて。
どうすることも出来ないんだ。
俺のために人生を無駄にしないでくれ。
あいつさぁ、いつも絵ばっか描いててキモくない?
まあ、顔は良いけどね〜。
実際モテてるし?
顔しか見てない女にはねぇ! ウケる!
あいつさあ。やばくない? 人間に無関心すぎじゃない?
もうあれ、筆とヤっちゃってるでしょ。
いや、筆でヤッてるって言うべき?
そうとしか思えなくな〜い? ね!
キャハハハ!
絵以外マジ興味無いって感じだもんね〜。
恵まれた容姿からクソみたいな固執!
男子に馬鹿にされても足蹴にされても、全然気にしてないよね〜。
本気で笑いが止まらんわ〜。
そういやあいつんち超貧乏じゃない? ね、結構昼ごはん食べてないで絵書いてる時あるよね。腹鳴ってるのに。
絵の具買う前に自分の飯買えよ〜って誰か言ってやりなよ!
……え? あいつ弟いんの?
見たことないわ〜! 衝撃の事実発覚っつーかぁ!
海雅は、本当に良い子。
弟思いで、芸術に真剣に向き合ってる。
まっすぐな子で、いつも私たちを心配してくれる。
海のようにたおやかで、雅な子に育ってほしいと名付けた名前通りに育ってくれて、とても嬉しい。
ごめんね。
いつも寂しい思いばかりさせてしまって。
私たち、恨まれても仕方ないと覚悟しているのに、あなたはいつも家族のことを想ってくれる。
それどころか、時々お家に帰れたときには美味しいご飯を作ってくれて、無理をしないで休んでねとわがままも言わない。
幼い頃から、ずっとそうだった。
そんなあなたに、私たちも応えなきゃね。
あなたが行きたい芸術の学校を応援します。
少しずつだけど、お金を貯めて……学費と画材費に宛てましょう。
それぐらいしか、私たちにできる事はないから。
ごめんね、ごめんね。
あのガキはたまらなかったなぁ。
金欲しさに、まさかこの世界に手を出すはなあ。
遊ぶ金だとさ。休憩時間ずっと財布を見てて、将来有望すぎるだろ。
そんなクソガキはわからせてやるべきよな。
彼奴は自分で成人って言ってるし、ちゃんとそれも録音した。
顔を隠して撮影したから、特定なんか出来ないし、彼奴自身で虚偽の証言をしたのだから、もしバレたとしても、罪も控えめだろう。
だって、オレたちは、本当にあのガキの本当の年齢なんか知りもしないのだから。
それにこんなことを、あのガキが人にバラせるわけがない。
この世界にあるのは、遊ぶ金欲しさに嘘をついて、身……おっと、手を汚した事実だけ。
世間にバレたところで、ガキだけが汚名を被るのさ。
ホント、馬鹿なガキ。